暁霧。
花霞が初日の挨拶に居なかった、月経休みで寝込んでいる、と。
《今までの家でも、軽かったんですが》
「そこじゃないかしらねぇ、特にこの時期は多いのよ、中央の子って」
『あぁ相克的に』
「そうそう、慣れた頃に移動だから、中には張り切り過ぎちゃう子も居るし」
『あー、確かに、ウチにも居たかも、けど慣れたからじゃ?』
「慣れも相まって、よ。特に箱入りの子はもう、頑張り過ぎて次で風邪を引く子が多いから、特に気を付けさせるのよ」
後宮の事情にも精通しているこの方は、白家の三男、暁霧さん。
俺達より年上だからか、少し毛色が違うからか、兎に角詳しい。
《詮索する気は無いのですが、どうして》
「あぁ、愚痴を聞いてる間に相談役になったのよ、謂わば後宮と外界との連絡窓口ね」
『だから結婚せず?』
「あー、そこはほら、毛色の方よ。並みの女より色気が有るでしょ?」
『自分で言う』
《まぁ、はい、多分》
「えっ、何、童貞?」
《はぃ、やっぱりダメですかね》
「冗談よぉ、傷口に当てる布は清潔に限るわ。この誂いは男同士の情けない守り合いの為なのよ、誂われたから童貞を捨てただけで、愛は無かったから許してやれ。って、後で仲裁に使えるでしょ?」
『下らねぇ』
「ね、けど流されちゃう弱い子も居るし、偶に襲われちゃう子も居るから。あまり潔癖過ぎない方が良いわよ、自分を追い詰める事にもなるし、稀に事情が有る子も居るのだから」
『それはまぁ、気を付けはしますけど』
《守ってくれている家族と友人には感謝しています、でも、本当に居るんでしょうか》
「残念だけど居るのよ、それで仏門に入ろうとする子とかも。けど世には男か女でしょ?永遠に全く関わらないのは難しい、例え出来ても周りに迷惑が掛かるし、その周りが居なくなれば結局は関わらなくてはいけない。けど男が男を襲う事も有る、なら程々に慣れるのが1番、そこを分からせるのが1番手間なのだけどねぇ」
《そこを分かった上で、男に》
「居るわね、けど分かっててならもう何も言わないわよ、例え1人っ子でも。だってその子の子孫が居なくても世の中は困らない筈だし、もし居ないせいで滅びる世なら、逆を返せばどう足掻いても滅びるって事。必ず夫婦になれば子が成せるワケでも無いのに、1人だけしか産めなかった時点で家の者は予想すべき、それに家が困る程度で子に苦痛を強いるなら親としては失格。じゃない?」
子は親に従うもの。
けれども決して虐げてはならない、いつか自分の身に返ってくるのだから。
『経典一家だから?』
「あ、別にウチは凄い宗教家ってワケでも無いわよ、寧ろ芸術肌なのよ。楽器に仏画、経典の読み上げは歌にも関わるし、寺院の建設にも関わるから石像の彫刻や木工にも関わる。ま、1番関わらないのが商売ね、利益度外視でもう、大変なのよ本当」
『そこでウチとも関わってたんですよね、浅学非才でした、すみません』
「良いのよ、支え合い助け合いだし、と言うかその年で何でも知ってたら怖いわ」
《精進させて頂きます》
「硬いわねぇ、この子」
『そうなんですよぉ、ウチでもこんなんだったし』
《他意は無いです、家でしか過ごしてこなかったので》
「真面目」
『けど変態』
《女装は趣味じゃない》
「あら楽しめば良いのに、勿体無い、ねぇ?」
『だってぉ』
誂った罰だ、とか言って。
「ほら似合う」
『何で、俺まで』
《似合うな》
「けどダメよ、アンタの貞操帯無いもの、だから出入りは宦官と侍従が入れる所だけ」
『えっ、コレで過ごせって事?』
「大変さを味わう良い機会じゃないの」
『もう子供の頃に味わってます、異正装で過ごしてたので』
「けど大きくなってからはまだでしょ?はい、玉牌」
『えー』
「1日だけよ我慢なさい、何事も経験。今までサボってたんだから少しは頑張んなさい」
『はーい』
靈丹妙藥の事を深く追求されなかったし、この位は。
とか思ってたけど。
「はい、お疲れ様、自分で脱ぎなさいね」
『え、コレ、どうなってるの』
《ココに結び目が有る》
『あー、って、胸で見えないんだけど』
「豊乳有る有るよ、頑張って、脱がすのにも覚えておいた方が得よ」
《成程》
『成程違う、慣れて穿った見方されても困る』
「本当に面倒臭がりよねぇ」
《いえ、雨泽は面倒臭がりと言うか、性質で悩んでただけなんです》
『何でバラす?』
《多分、理解してくれると、思う》
「あら信頼してくれたのね、春蕾は」
『いや別に、追々、相談しようかなーと』
《コイツの本題はそこです》
「西の白家だから白や銀が好き、義理堅く正義感が強い筈だ。んなワケ無いでしょうよ、全員が全員その性質しか無いなら誰も苦労しないわよ、と言うかそんなの逆に周りが苦労すると思うわよ。夫が我が身の利害を省みず人の為に尽くしても、嫁が諸手を挙げて喜ぶワケ。そう、そこかしらね、次の子達の課題」
『課題?』
「行儀見習いだけじゃなく、何かを得て貰うのが四家巡り。それに男に怯え過ぎず、理想を追い求め過ぎず見目を養う、それが最後の家の役目。けどだからってウチが何もしないワケににはいかない、四家巡りの最後は男と混ざって普通に過ごして貰うんだもの、準備させないとね」
『あー、だから後宮内部がそんだけ分かれてるんだ』
「そうそう、住み分け。けど、ココから篩い落としが始まるのよ」
《今まで大目に見られていた者でも、三家目では一気に篩い落とされる、下手に男と関わらせて身を崩させない為に》
「そうそう、幾ら堅物でも口説かれて身持ちを崩すなんて良く有る事。しかも寒いと人肌恋しくなるし、家と離れて寂しく感じる者も出る、自分自身だけじゃなく友人の支えも無いと厳しい状態になる。いえ、させるの、次の家の為にも、お姫様達の為にもね」
『それ、ウチだけかと思ってたけど、経典を司るのに大丈夫なの?』
「この堅物ちゃんの所でも、してたでしょ?」
《俺は関わってませんが、はい》
『あー、それで心配だったんだ』
《他家を信用していないのでは無くて》
「分かってるわよ、惚れたらまぁしょうがないわよ」
『女装も?』
「あら意外と少なく無いわよ?宦官として関わるより、女装し同性として関わりたがる者も」
『性的な意味で?』
「其々ね、女同士の友人、女として女を愛したいだとか、色々よ」
《男として花霞に関わりたいです》
「そこよねぇ、無鉄砲に女装姿で接触しちゃって、どんだけ馬鹿なのかしら」
『頭は良いんですよ頭は、真面目だし』
《一目惚れだと気付いたのは大分後で、引くに引けず》
「あぁ、それでアナタも性質の事が気になってるのね」
《はい、それと加護についても》
お、俺の本題に食い込んでくれた。
「そう、なら着替えてからね、ほらさっさと脱いで」
『手伝ってくれ』
《分かった》
私だって相克の事は気にするわよ、それこそ性質の事でも悩んだけれど。
まぁ、家との関わり方の違い、かしら。
『ほいで』
「はいはい、先ずはお茶とお菓子をどうぞ」
《ありがとうございます》
「私も悩んだけれど、どうやら当主しか本当の事は知れないらしいのよ」
『はい解散』
「ちょっと待ちなさいよ、私なりの考えはいらないワケ?」
『本当に悩んだ事が?』
「そりゃね、私、芸術関係は全然なのよ。あらどれも綺麗ね、可愛いわね、で。好きだけど、仕事として向いてるのは数字、お金の事。だからまぁ白家の者だと思われなくて、良く軽口を言われたのよ、朱家の子が間違えて生まれたんじゃないのかって。褒めてくれたり陰口だったり、まぁ、どう見ても母に似てるから疑われる事も無かったのだけど、ね」
『俺は別に、そこまでは言われて無いけど』
「私とは逆ね、私は周りから、アンタは自分で気付いて思い悩んでるって事よね」
『うん』
「先ず、加護とは何か、よ。アナタはどう思う、春蕾」
《有ると思えば有る、無いと思ったり拒絶をしては失われてしまう、御利益に近い何かだと思います》
「アンタは?雨泽」
『それに加えて、性質と引き換えなんじゃないかと思ってる、性質での損や欠陥を補う何か』
「ある意味で商家だものね朱家は、けど違うのよ、近いし似てるけど違う。もう少し古くからの事を考えてみて、何故、どうして四家が成立したのか」
大昔、太古の神話時代では中央政権だった、とも言われている。
一党独裁、王も皇帝もただ1人。
だからこそ後宮が栄え、女も富も中央へ。
そして末端程、貧し苦しんでいた。
けれども各地で一揆が起こり、皇帝は倒され、各民族の長が仙人様の助言を得て四家を成立させた。
《一揆の際に神々や仙人様が加護をしてくれた、と聞いているんですが》
「ウチもよ。けれど会った事は無いし加護を明確に感じた事は無い、けれどココで普通に生きてられる時点で加護を得られているのだと思うの。もし間違った行いを続ければ見放され、家は没落してしまう。栄えずとも維持されてる事が、加護が有っての事だと思うの」
『何か、曖昧って言うか、凄く不安定』
「そうね、明確にモテモテだとか有れば良いけど、それって本当に加護と言えるのかしら。自分が好きでも無い女にモテて、加護と言える?」
《呪いですね》
「そうそう、そこよ。なら四家への加護とは何か、朱家なら朱家、藍家なら藍家。家への加護って事よ、公私で言う公、私達への加護と言うより家。その家の道に外れないなら生かして貰える、外れたら本当に苦しむ事になる、それが明確に分かっている事が加護の1つじゃないかしら?」
『そんな、死んじゃうとか有ります?』
「ウチで凄いのが出たのよ、と言っても無理に奪われて外で育てられた子なんだけど、大昔にね」
当時、白家は子沢山。
それを羨んだ婿の家が1人位は良いだろう、と奪って行ってしまった。
追い掛けて来れば子を害すると脅され、親は諦めて遠くから見守るしか無かった。
そうして大きくなってからウチへ、甘やかし過ぎて手に負えなくなった事も有り、ウチへ。
けれども読み書きの、仕事の1つもこなせない、けれども顔は白家そのもの。
どうしたものかと悩んでいると、1つの寺院から修業にとお誘いが有った。
そして嫌がる子を無理に行かせてみると、寺院に入る前に足を滑らせ転落死。
神々が引導を渡してくれたのだと、改めて信心深くなった白家は経典を司る様になった。
『奪った2人がどうなったか知りたくなる』
「それは道中で亡くなったらしいわ、騙されてるんじゃないかと顔を見に行く途中、夫婦喧嘩をして1人は憤死。妻の方は仕方無く近くの寺院に行く道中、暴れ馬に轢かれて亡くなったそうよ」
《それが、加護》
「生き地獄の方が辛い場合も有るけど、死んだ方がマシな者も居る。そして神々や仙人様に、そう思われないって事は、生きてても良い、そう示して貰えてるって事じゃない?」
『そうなると、四家意外に加護が無いって事になるんだけど?』
「そこは違うわ、其々の家が崇め奉る神様が居て、加護してらっしゃる。けれど命を奪わない加護だから、少しウチと違う様に思えるけれど、見守って下さってるのは同じよ」
『でも、それだと呪いじゃん』
《いや、四家か四家以外かでは大きく違う、貴族や領民を束ねるのが四家。その四家に不俱戴天の仇が生まれたら、困るのは領民》
「そう、だから加護と思うか呪いとか、全ては気持ち次第。それに新しい当主が既に継いでるなら心配要らないわよ、人の道に外れさえしなければ、ね」
『女装はどうなの?』
「別に迷惑を掛けないなら何をしたって良いのよ、けどねぇ、雨泽は危ないかも知れないわね」
《いや、ある意味で誠実なんだと思う、興味を持たれない事を嫌がる者も多いので。雨泽は賢さ故に引き籠っていたんだと思います》
「まぁ、朱家からも同じ事が書かれてたし、春蕾が言うならそうなのでしょうね」
『いや、本当にお腹は弱いし、寒さにも弱い』
《熱は出すし腹は下すしな》
「毒出し、解毒、身を清めさせて頂いたと思って信心なさい」
『はーぃ』
「はい、じゃあ帳簿付けお願いね、アナタもよ春蕾」
《はい》
丁度欲しかったのよ、助手。
 




