桐始結花
『いやー、マジで良い具合に怪しいのが居てくれて助かったわ』
《けれど流石に、急に効いたんじゃ怪し過ぎる、ココは何日か掛けて効いた事にした方が良いと思う》
『だな、1日3回、3日分だし』
《本物かも知れないな、靈丹妙藥》
『いや安過ぎでしょう、ちょっと値切ったらアホみたいに値下がったんだよ?』
《人を見て値段を付けると言っていたんだし、本物かも知れない》
『まぁ、本物かも知れないって信じて飲む方が効くって言うけどさぁ』
《よし、コレは本物だな、疑い深い雨泽の為に神や仙人様が授けて下さったんだ》
『純粋かよ』
《裏切られるのがそんなにイヤか、弱虫毛虫芋虫甲虫》
『お、バラすぞ』
《途中で止めると縁起が悪いって兄上が言っていて》
『いやそれ絶対に騙されてるって』
《じゃあ途中で止めてみてくれ》
『弱虫毛虫芋』
途中で止めるとちょっとキモいな。
《腹が減ったな》
『芋か、芋粥でも食うか』
《嫌いか?》
『いや、まぁ、食うか』
そこから雨泽は演技する間も無く不運に見舞われ、すっかり静かに、大人しくなってしまった。
それこそ、同行している御者すらも心配する程。
「あー、気になるぅ、せめて気を付けろって部分だけでも教えて貰えません?」
《しょうがないわねぇ》
『あ、直接はダメですよ、特に気を付けろって事を抽象的に伝えてるだけなんですから』
《んー、天の恵み》
コレは意外と難問。
雨の事なのか、食べ物かもだし、まだまだ暑い陽射しについての事かもだし。
『ですね。で、私のは?』
男難の相って。
何て言えば良いのかしら。
「陽」
《あぁ、上手いわね》
『ぅう、範囲が大きい』
《で、私のは?》
コッチは女難なんですよねぇ。
『私としては西ですねぇ』
「あぁ」
《ぐっ、でもそうなると花霞には手加減し過ぎたかしら?》
『かもですねぇ』
「楽しいですねぇ」
遊具が無くても遊べちゃうんですよね、人って。
それに少なくとも藍家と朱家には遊具は有りましたし、こうした宿屋にも置いてはありますけど、お金が掛るんですよねぇ。
そう、何にでもお金が掛るのです。
タダだからと乱雑に扱う者が多いから、と。
藍家でも朱家でも疑似貨幣でやり取りしていたので、貨幣の価値が分からない子は散財の果てに借りまくって、持参金にまで手を付けた子も居たそうで。
しかも足りなくて家にお金を催促した子も居て、貴族のご令嬢だったかな。
《独りじゃないってだけで、やっぱり随分と違うわよね、色々と》
「ですねぇ」
『けど花霞は、最初は孤立しそうでしたよね、あのままだったらどうするつもりだったんですか?』
「んー、困ったら周りに頼ろうかな、と。でも逆に困りそうも無かったので、ココは馴染むのが先かな、と。朱家の方にご心配を掛けてもいけないので」
《あら、何か言われたの?》
「何か有れば言ってくれと、個別に伝えて頂けました」
『あぁ、人前で言っては逆に目立ちますしね』
《他には大丈夫だったのね?》
「はい」
私達が楽しんでいた占で遊ぶ方法も、道中で他の子達に広まった。
そう宣伝したワケでも無いのに、不思議。
それにしても占は信じないのに、信心は有るんですよね、花霞。
『不思議ですね花霞は、占は信じず神様や仙人様は信じる』
「そこは家柄だと思いますよ、商家だからこそ、占を信じ過ぎてはいけないので」
《そこ、ウチとは違うわね、一族お抱えの呪術師が居るし。迷ったらシャーマン、天気もシャーマン頼み》
「そこは土地柄でしょうねぇ、ウチは気候にそこまでは左右されませんから」
《中央の更に中央は、屋根有りの市場ですもんね》
『それに外拱廊も、買い物と食事がし易くて助かりました』
《けどアレって維持費が大変そうよねぇ》
「アレは雨水を溜める為でもありますし、炎天下でもお買い物をして頂く為。結果的に売り上げに繋がってますし、今は職人の養成中だそうで、近々四方でも導入されるそうですよ」
『あぁ、そっか、雪でも安心ですね』
「あ、そこ逆なんですよ、石畳だと凍って滑ってしまうので。天気の良い日には開けて貰わないといけませんから、どうにか改良しようとしてるんです」
《全天候型を目指してるなんて、欲張りね》
「下手に導入されて怪我人や死者が出て、ウチのせいにされても困りますから」
『まだ居るんですかね、そんな人って』
《居るのよねぇ、出された茶が熱くて火傷した、気を付けろって言わなかった。って訴え出たのが居たわ》
「子供に触らせるななんて聞いて無い、ウチの子が針で怪我をした、とか。まぁ、ウチの場合は直ぐに役人を呼んで事情を聞く間に人相書きを作って、全戸に配布。品物を売る際は特に気を付けろって、次の関所まで尾行して余りをお渡しして終わり、ですね」
『それ、急ぎの買い物の時に困るのでは?』
《そうよ、下手をすれば1品に1枚、契約書を書かせる》
『お手間では?』
《詐欺を防ぐ為でも有るもの、予行演習だと思ってるわ》
「それに、説明も契約書も要りません、全て自己責任で買います。って書類を自分で作って提出して頂ければ、直ぐに買い物は出来ますから」
『商売って、やっぱり凄く大変なんですねぇ』
「でも楽しいですよ、お客さんが喜んでるのを間近で見れますし」
《そこよねぇ、時差無しで喜ぶ姿を間近で味わえる。料理人か料理屋かで迷ったのよね、私》
「あー、分かります、けど結婚するなら家で見れるだろ、と」
《そこよねぇ、毎日ってなると、よねぇ》
『毎日、家でも外でもは、流石に嫌になりそうですしね』
《そう言えば、アナタの手料理もお菓子もまだよねぇ》
「あ、次は何処に配属になるんですかねぇ」
『絶対に尚食は無理です、私は食べる専門ですから』
「大丈夫ですよぉ、包むだけとか有るんですし」
『そこが無理なんですよぉ、他の事を考えちゃって、それで失敗しちゃうんですから』
《量が多いものね尚食は。なら個人で食べに行くわ、近いし》
「良いですねぇ」
『ウチの母が雲南なので、多分、虫も出ますよ?』
《それはちょっと、遠慮したいわね》
「そこは流石に無理ですわぁ」
『漢方にも使われてるのに』
「それはそれ」
《そうそう》
寺院巡りも程々に、私達は天候にも恵まれ、無事に着いたのは良いのですが。
花霞が生理に、しかも今回は珍しく重め。
「ふぇぇ」
《そんな壊れた山羊みたいに鳴かないの》
『目眩は危ないんですから、今回は私達に任せて下さい』
「すみません、お願いしますぅ」
生理用品は自分で、それか信じ合える友に任せるか。
血は病を伝染させる、どの家でも洗ってくれる事は無い、なので使い捨てにするか洗うか。
《本当、量が少ないわねぇ》
『私もこんなものですよ?』
《やっぱり、妊娠するしか無いかしら》
『昔はこの年齢が適齢期ですからね、多分、こうした者の為の制度だったのかも知れませんね』
《そうね、先人達は漢方の限界も分かってらっしゃったのかも知れないわね》
男になりたがる、早く老いたがる子女は少なくない。
特に遠方へ行かなくてはいけない者は、気軽に動き回れる男を羨む。
だとしても私、朱家の四の宮樣に強く言い過ぎたかしら。
『どうしたんですか?』
《私、少し言い過ぎたかしら》
『何かご事情が有っての事で、軽んじる気が一切無い場合、ですけど仮病ならもっと言えって感じですけどね?』
《そう、かしら》
『仮病なら市井にこっそり遊びに行って分かってらっしゃるだろうし、本当に分からないなら、いつか分らせるしか無いんですから。大丈夫ですよ、そこまでコチラを慮って下さらないなら、更に追い打ちを掛ければ良いだけなんですから』
《結構、言うわよね》
『従姉妹が病弱だと偽って姉妹に何でも押し付けてて、なのに嫁ぎ先で元気に過ごしてる事が分かって、全員で縁を切ったんです。恩を返してくれてたならまだしも、特に何も無かったですから』
《それ、どうやって分かったの?》
『漢方です、嫁いで直ぐに使用人にあげてて、それでも元気に過ごしてて。調べたら、前から漢方は横流ししてたんですよ、友人に』
《ぁあ、どう調べたの?》
『実は毒入りだった、って言って炙り出したんです。タダだったから直ぐに信じて、全て言ってくれました』
《それでも、それこそ虚偽の可能性が》
『嫁ぎ先の侍医の処方で具合が悪くならなかったのが証拠なんですよ、ウチで持たせたのと相性が悪い筈で。ちゃんと飲んでたと言うのに、元気な姿を私が見てしまいましたから』
《あぁ、辛かったわね》
『いえ、憤りは従姉妹の姉妹ですよ。世話してくれって頼んでないのに、勝手にやっといて、恩着せがましいって。今は謝罪の手紙が来てるみたいですけど、封も開けずに送り返してますから』
《馬鹿ね、程良く健康になったと偽れば良いのに》
『馬鹿だからこそですよ、上手くやってのけた知り合いからの入れ知恵だったそうで、ウチの要注意人物になりましたし』
《あ、そうした者の情報を分けない?きっと縁談ともなれば多少は調べるでしょうし》
『コレが友の縁なのですね、ありがとうございます』
《良いのよ。さ、サッサと洗って花霞を甘やかしましょう》
『ですね』
女はこうして縁を築いていくのだけれど、男子は、どう友情を築くのかしら。




