116 愛別離苦。
「ごめんなさいね、冬支度を手伝えなくて」
「いえいえ、お手伝いして下さる方も、仕込み終えた野菜を下さる方も居ますから」
「あら、気が引けるのね。なら徳を積ませてやってるとでも思っちゃいなさい、元は無闇に噂を流した者が悪いんだもの、その次に鵜呑みにして噂した者。アナタも被害者、アレはお詫びの品、良いわね?」
「凄い、我儘なんですが、幸せになって戻って来て欲しいんですが」
「ふふふ、頑張るわね」
「程々でお願いしますね?」
「やっぱり私って、頼りないかしら?」
「あ、いや、寧ろ頑張り過ぎそうで不安だな、と」
「そうね、尽くし過ぎない様にするわね」
「はい」
「じゃあ、元気で、またね」
「はい、また今度、暁霧さんもお元気で」
今回、暁霧さんは雨泽様の噂を知り、憤りから町を出る事になった。
次はそう噂を流す事になり、正直、気が重いです。
《花霞、暁兄の事は僕らに任せてくれて構わないよ。冷えは体に悪いからね、家を温めて居てくれないかな》
「すみません、臘月様」
《そう正直な所も良い所だよ、君は君が出来る事をしてくれるだけで十分だからね》
「すみません、ありがとうございます」
《それで、花霞が出来る事は何だと思う?》
「お料理とお掃除と、後は刺繡ですかね?」
《他には?》
「他?」
《実は凄く不満が有るんだ、分かるかな?》
「それは、どの様な事で?」
《出来るなら、夜伽に誘われたい》
「あー、すみません」
《だから暫くは我慢するね、君から誘ってくれるまで、僕らは待つ事にしたんだ》
「そこまでします?」
《求められたいからね、もっと好意を示されたい》
「刺繡じゃダメですかね」
《触れるなら花霞を触りたいから》
ご尊顔がもう、凄いんですよ本当。
顔が良過ぎて、未だに目が合うだけで照れちゃって、近いと恥ずかしくて。
「善処、しますぅ」
でも誘うって、一体、どうすれば。
「あぁ、俺も言われたが、要は遠慮するなって事らしいぞ」
「成程?」
「お前なぁ、もうそろそろ半年経つだろうに、一体今までどうしていたんだ?」
「用事用事抱かれる用事、ですかね」
「はぁ、色々と有ったのは分かるが、忙し過ぎたか」
「あ、え?皆さんこんなものでは?」
「薔薇姫は違うだろうが」
「いやアレはもう見せびらかすのが趣味では?」
「なら、お前の親はどうだったんだ?」
「仲良いですけど、あそこまで露骨じゃないですよ?」
「年が、まぁ良い、要は薔薇姫の様に擦り寄って貰いたいんだろう」
「なら私じゃなくて薔薇姫を選べば良かったのでは」
「恋愛ド初心者か、トゥトクに言ったら絶対に泣かれるぞ」
「でもだって、私はこうなのに、何で選んだんですかね?」
「そうじゃない、お前に好かれている実感が欲しいんだろ。しかも身近に居るのがアレだ、そこが見本となっても仕方無いだろう」
「まさかの弊害が」
「いやお前のド初心者っぷりが悪い、ガキかお前は」
「ガキですもん」
「拗ねるな拗ねるな、寂しいだとか言われたり、擦り寄られたいんだろうよ。あまり俺に関わらず、しっかり寂しさを実感して、甘えてやれ」
「先生のクセに」
「おう、恋愛擬きなら幾つか経験してるからな、お前よりは上だ」
「ぅう」
「さっさと用事を済ませて薔薇姫達を送り出してやれ、あの様子じゃ堪えきれずに妊娠させるかも知れないんだしな」
「避妊方法のせいですかね、私が出来無いのって」
「いや恋愛ド初心者だからだろうな、そのまま母親になられたら、流石に俺ですら可哀想だと思うぞ」
「そんな介入の仕方って有ります?」
「さぁな」
こう言う時に限って、だんまりなんですよね、神様。
「はぁ、戻ります」
「おう、仲良くやれよ」
少し、余計な事を言ってしまっただろうか。
《臘月》
《あぁ、春蕾、もう道場が終わったんだね》
《初心者が多いから、先ずは軽く、慣れて貰うのが目的だから》
《花霞にも、もう少し軽く、慣れて貰う為に控えるべきだったかな》
《それは、無理だと思う》
《まぁ、そうだね》
《それに、コレからやっと夫婦になるんだと思う、かなり忙しかったから》
《家の事だけ、とは言うけれど、新しく四つも建てたからね》
彼らの為にもと思っていたのだけれど、ココから去ってしまった。
不満からでは無く、新しい事を、次を求めて。
《雨泽も暁霧も、ココにずっと居るのだと思っていた》
《僕もだよ、けれど夏を過ぎた辺りから、気配はしていたんだ》
《全然、気付かなかった》
《雨泽は兎も角、暁兄は迷っていたみたいだからね、ずっと。それが雨泽の事だと分かったのはその更に先で、些細な気配だったからね》
《ココで幸せにはなれないんだろうか》
《ダメなら移動すれば良い、無理に何かにしがみついても、損な事が殆どだからね》
《せめてココで冬は過ごしたい、寒い中での移動は控えさせたい》
《そうだね、折角花霞が仕込んだ食材も有るのだし、本当なら無事に過ごせるのが一番なのだけれど》
《嫌な気配が?》
《と言うか、噂だね。噂を流していた張本人の奥方が、離縁するらしい》
《あぁ、相談に》
《謝罪と共にね。覚えているかな、最初に雨泽と2人で会せた子だよ》
《知らなかった、と》
《本当に知らなかったらしい。それこそ他の女性、三人目の女性が流していたのかと、片や三人目は他の女性かと。そして二人目も同じく、どちからなのかと、身内を守る為に敢えて追求しなかったワケだ。やはり優先されるのは地元の者、僕ら部外者は二の次、覚悟はしていたけれどね、残念だよ》
《関わり方の塩梅や加減が、難しいんだとは思う》
《けれど正義を疎かにされるとね、そう、こうやって隔絶していくんだね》
《道場に来る子供は大丈夫だと思う、雨泽を良く知っているから》
《あぁ、意外と子供の相手もしていたし、何より口煩く叱らないからね》
《雨泽が、怒る事は有るんだろうか》
《無いだろうね、拘りが無いから》
関心が有るからこそ、憤りや不安を感じる。
けれど雨泽には。
《暁霧が心配になってきた》
《そうだね、出来るなら、折れる事が無い様にと願っているよ》
この麗江に来て、私達はいつまでも花霞と一緒に居られると、そう錯覚してしまっていたのよね。
《まぁ、こんなに》
「荷物にはなっちゃいますけど、食べ物ですし、浩然様も居ますし」
『アナタ自分達の分は取り分けて有るんですよね?』
『無理してません?』
「大丈夫ですって、先生の分もちゃんと有りますし、来客用も確保してコレなんですから」
《まぁ、アナタがそう言うなら良いのだけれど》
『アナタ不意に偏食になるんですから、ちゃんと食べるんですよ?』
『冷えは大敵なんですから、しっかり体を温めて下さいね?』
「皆さんの方こそ、そっちの方が寒いんですから、気を付けて下さいね」
《もし何か有ればウチへ来なさいね》
『そうですよ、銀川市でも待ってますから』
『私は直ぐに成都に戻りますけど、その前に何か有れば文を出すんですよ?どうとでもしますから』
「大丈夫ですって、ウチには男手が三人も居るんですから。はいはい、皆さん行って下さい、途中で雪に降られても知りませんよ?」
《もし会いに来れないなら行くわ》
「はい、私も楽しみにしてます」
『もっともっと、薬草に詳しくなりますから、無理せず楽しく居て下さいね?』
「はい、薬草に頼らないまでも出来ちゃってるかも知れないんですから、小鈴は兔子様の事をお願いしますね」
『そこは私が見張ってるんで、道中だけなら大丈夫ですよぅ』
「あ、コレで試して良いですよ、乾燥に弱いんですよこの子」
『それは喋り過ぎるからですって、大丈夫です、控えます』
「我慢も程々にお願いしますね?」
『そんな柄にも無い事はしませんよ、したいからするだけです、無理は絶対にしませんよ。だからアナタも我慢しない、分かりましたか?』
「はいはい」
《さ、行きましょう、また直ぐに会える様に準備する為にも》
『ですね、はい』
『ではでは、また』
「はい、また」
陸地で繋がってるのだもの、今生の別れでも無いとは分かっているわ。
けれど。
『もう良いのかい?』
《ええ、あまりごねると困らせてしまうもの》
『また直ぐに君達が会える様に、僕も努力するよ』
《ありがとう、浩然》
もし、あの人だったら、こう言ってくれたかどうか。
そうね、寧ろお礼をしないといけないわね。
私からあの人を奪ってくれたお陰で、私はもっと幸せになったんですもの。
『あのー、余計な事かも知れませんけど、少し寄り道しません?』
《あら、丁度私もそう思っていたのよ》
『もしかして、火棘とか言う子の事かな?』
《お礼をしたいと思ったの、本当に、アナタに出会えたんですもの》
『はいイチャイチャしないで下さいね、せめて家に着く七日前程度でお願いします、それ以上は誤魔化しが利きませんから』
『成程、居てくれて助かるよ金絲雀』
『ではでは、次は向こうの様子伺いに行きますから、どうしますか火棘の件は』
《言わないでおくわ、二人には綺麗に澄んだ心持ちのままで居て欲しいもの》
『そうだね、銀川市を出ての事になるのだし、彼らに邪念は相応しくないからね』
《そうなの、清く澄んだ美しさが有るのよね》
『ですけど兔子って繫殖期には凄いんだそうですよ?』
『そこが楽しみだよね、どう変わるか』
《そうね》
『良い趣味過ぎて、分かりませんねぇ』
『君も意外と純粋だね』
『と言うか、私は骨董品が好きなんですよ、変わらぬ美の方が好きですから』
《そこも好きは好きよね?》
『そうだね』
向こうには私が悪趣味だと思われつつ、私も私で向こうが悪趣味だと思っているんですが。
まぁ、趣味は其々ですから。
『金絲雀さんが乾燥に弱いと聞いたので、コレをどうぞ』
『色が濃い飴ですね、どうしても警戒してしまうんですが』
『大丈夫ですよ、翠鳥も美味しいって食べてくれましたから』
『はい、ちゃんと甘いから大丈夫ですよ』
小鈴はどうにも、味覚の幅が広過ぎて我々凡人が追い付けない位置にいらっしゃるんですが。
『あら意外と美味しいですね』
『私としては少し物足りないんですけど、幅広くご賞味頂くなら、この位かと思いまして』
『僕らはもう少し薬草の風味が欲しいんですけど、どうやら慣れてないと本当にダメみたいで。だからこそ効くんですけどね?』
『まぁ限度は有りますからねぇ、この位が妥当だと思いますけど。もし、コレで物足りないって人には濃い方をお出しする、とかは?』
『あぁ良いですね』
『なら最初は少なくお配りして、次は濃いのを試して頂きましょう』
学問だけではお金にはなりませんからね、何処かで何か結果を出してこそ、商売になってこそ。
その点、先生は凄いですよねぇ、考えるだけでお金になるんですし。
いや、人の相手もしてるんですもんね今は。
寧ろ先生の方が心配、でも無いですね、トゥトク氏が居るんですし。
「全員発ったか」
『うん』
「コレでかなり静かになるな」
『うん』
「どうしたトゥトク、寂しいか」
『コレから、本当に2人だけになるから、こわい』
「何が怖いんだ?」
『考える時間が出来るから、嫌にならないかなと、思って』
「お前をか?」
『うん』
「どうしてそう思うんだ?」
『好きになった事が無いって言ってたし、無理してるかどうか分からないから』
「俺が無理する様な柄か?」
『嫌な事はしないだろうけど、努力はするから』
「なら、どうしたら安心する」
『多分、春もこうしていられたら、多分、大丈夫だと思う』
あぁ、コイツとは1年も一緒に居ていないからな。
そうか。
「慣れろ」
『うん』
「要望は具体的にな」
『うん』
「我慢はするな、抱え込まれても面倒だ」
『一緒にお風呂に入りたい』
「だけか?」
『それは、追々で』
「追々か、なら準備するか、そっちだと日暮れ前に入る習慣なんだろ?」
『うん、冷えるから』
「だな、陽が落ちると途端に冷える。準備するぞ」
『うん』
肌馴染みが良いとは、こう言う事を言うんだろうな。
他人と居ても苦じゃない、寧ろ楽だとすら思う。
だからこそ、何年も一緒に居た感覚なんだが、まだ1年も経っていない事に少し驚いたんだが。
コイツにしてみたらまだまだ、落ち着かないまま。
そうだな、婚約式も何もしていないんだしな。
「悪いが、花霞に伝言を頼む」
《何か良き事を思い付いたんじゃな?》
「おう」
辛気臭さを吹き飛ばす祝い事だ。




