112 陽烏。
花霞が寺院にも料理を届け始めて三日目に、やっと暁霧から文が届いたんだけど。
宿の場所だけ、目的地もいつまで掛かるかも無し。
『まぁ、また三日後って書いて有るし、良い年した大人の男なんだから、そこまで心配しなくても良いんじゃね?』
《そうだね、土産を買って帰るとまで言っているのだし》
『心配し過ぎる方が気まずくなると思うよ、それで問題が起きたら特にさ』
《それに、この旅で違う運命に、運命の相手に出会うかも知れないよ》
『そうそう、良い意味で帰って来ないかもだし、意外と長く掛かるかもだし。あんま無理しない方が良いんじゃない?』
《重陽の節句に菊の刺繍を贈ろう、僕らも縫って贈りたいから、手伝ってくれないかな》
「はぃ、けど七日目までは寺院に通わせて下さい、願掛けも兼ねているので」
《そうだね、無事を願おう》
それから三日後に文が来て、今度は五日後って書いてあって。
暫くしてから俺も花霞と刺繍を始めた、流石に重陽の節句迄には帰るだろうと思って。
でも五日後の文に、目的の物が見付かったかも知れないから、暫く調べるんで五日後迄には文を送るって。
けど今回は宿の名前が無かった。
方角は何となく分かるし、もしかしたら前と同じ宿だから省いただけ、かも知れないんだけど。
心配になるの分かったわ。
『アレ、単に騙されてるだけ、とか無いよなぁ』
《あぁ、けれど流石に僕らも花霞も待っているのだし、そう簡単には騙されないんじゃないだろうか》
『どうだかなぁ』
『あのー、もし、また騙されて帰って来る事が有ったら、どうしたら良いんでしょう?』
《どう思う、包々》
『えー、んー、もうコッチで勝手に相手決めちゃう?』
『あー、落ち着いたら流石に無い、筈、ですよね?』
『まぁ、多分』
《なら、暁兄にはどんな相手が良いだろうか》
『んー、先ずは年ですよねぇ、若い人が相手だと遠慮しちゃうだろうから、似た年だと、やっぱり寡婦ですかね?』
『でもなぁ、良いのなら直ぐ貰い手が現れる。で残りってなると、問題アリか前の旦那に義理立てしてるか』
『どっちにしろ、ですよねぇ』
『いや、寧ろ同じ思いをしたヤツ、とかか?』
『それ探す方が難しく無いですか?』
『だよなぁ、まだ寡婦の方が居るからなぁ』
『取り敢えず義理堅い未亡人の方と知り合って貰う、とかですかね?』
《ただ、それで暁兄が興味を持つかどうか。そうした者と知り合う機会は有った筈、けれど興味を持たなかった、なのに今更興味を持つかな》
『んー、今だから、とか?』
《結局は他の誰かに譲りそうじゃないかな、暁兄が自分でなければならない、そう思える様な相手が一番だと思うけれど。どうだろうか》
『それってどんな人なんでしょう?』
《浮世離れした者、自分だけが相手を理解出来るかも知れない、そして何より傍に居たいと思うかどうか》
『仙女ですか?』
『あー』
《確かに、そうかも知れないね》
『そっか、天女の羽衣を探しに行ったんですね』
《かも知れないね》
暁霧、そんなに女に飢えてたのか。
しかも手が掛かる女を、大変だなぁ、変な性癖持ってると。
「ただいま花霞ちゃん」
「あー、えっと」
「私よ、暁霧。ほら菊の刺繍の手帕、他に何を言えば良いかしらね?」
「あ、合言葉を決めましたよね?」
「上手いわねぇ、その前に私が出ちゃったわよね?」
「文でやり取りしましたよ?」
「残念、宿の名前は途中まで、その中には無かったわよ?」
「私の秘密はご存知で?」
「半陰陽、以外にも有るのかしら?」
「凄い、暁霧さんだ」
「お久し振りね、花霞ちゃん」
「お帰りなさい暁霧さん」
あら女って便利ね、こうやって花霞ちゃんを抱き締められるんですもの。
「ただいま、ごめんなさいね、文はかなり偽装したし、もう暫く届き続ける様にはしてあるのだけれど。嬉しくてつい、我慢出来ずに帰って来ちゃったわ」
「あ、食事は?先にお風呂にします?それとも眠ります?」
「お風呂からの食事、でお願い出来るかしら」
「はい喜んでー」
あぁ、跳ねる様に走って。
本当、物凄い心配を掛けちゃったわね。
アレから良く考えたのよ、この鈴と本について。
コレが無策のままに広まってしまったら、神々が住まう聖域が、本当に荒らされてしまう。
そして私の対価は、この事実を教えるべき相手を見極める事。
そんなの私だけじゃ無理。
だから対価に友人との関係を差し出す事も、家族と縁を切る事も、言葉も目も対価には差し出せなかった。
けれど、龍神様は受け入れて下さった。
そして良く有る異類婚姻譚とは違って、正体をバラすなとも言われていない。
子を龍神様へ差し出すワケでも、期限が有るワケでも、必ず出産で命を落とすとも言われていない。
ただ、少し変化してしまう時期が有るのよね、一月毎に男と女になっちゃうらしいの。
花霞ちゃんが予想していた通り、私が恩恵を授けて頂いた龍神様は成長途中、まだまだ不安定だからこそ私は永遠に女性で居続ける事は難しい。
この不便さは、私にとっては嬉しい不便さ。
でも、私は素直に喜べなかった。
だって若かりし頃と言えど騙された私よ?
まぁ、だからこそ花霞ちゃんにも協力して貰って、伝えるべき者に伝えるつもりで。
私としても先ずは偽装して、と思っていたのだけれど。
もう、会いたくて会いたくて仕方が無いのよね、雨泽ちゃんに。
『あぁ、お帰りなさい。何と呼べば宜しいですか』
「あら道士様は流石ね。そうね、陽烏はどうかしら?」
『太陽に居るとされる鳥ですね』
「流石、博識でらっしゃるわ」
『コレは先生のお陰ですよ』
「あそうそう、先生は」
「おう、戻ったか」
『お名前は陽烏、だそうです』
「日の鳥か、姓はどうする」
「同じく玉の字を使おうかと」
「どちらも暁、太陽からか」
「ですね」
「浮かれているが、受け入れて貰えるとは限らんぞ」
「受け入れて貰えるまで粘るだけですよ、人生は長いんですから」
「そう腹を括ったか」
「はい、今の所は、ですわね」
だって、未だにどう対面するか、決めてないんですもの。
「で、何か策は有るのか」
「実は……」
ザッと言うと、希望的観測が混ざるので策は考えていても練っていなかったそうで。
「案は幾つか有るが、先ずは適当でも良いから案を出せ」
「もう、そのまま正直に言うか、異類婚姻譚と同じく偽って会うか。なんですけれど、どちらも、私の考える深い情愛とは程遠いかしらと」
「あー、正直に言って重荷を背負わせて情愛を得るのも違いますし、正体を偽って得た情愛も自分が情愛を得た気がしないですもんねぇ」
「そうなのよぉ、我儘だとは思うのだけれど、やっぱりほぼ別人になってみて思ったの。コレは私だけれど私じゃない、暁霧とは少し違う何か、私の子供に私が転生したみたいで。どう、言えば良いかしらね、今は私、だとは思うのだけれど」
私、外見も何もかも前世と全く違うので違和感を抱くべき、なんでしょうけど。
無いんですよねぇ。
性能の良い鏡は無いし、ガラスだって姿をハッキリ写せる程の物は最高級品で滅多にお目に掛かれませんし、周りはすっかり慣れちゃってますし。
本当、自分の中身と外見に違和感を覚える事が殆ど無かったんですけど。
前世が男で今世が女になったら、そりゃ違和感しか無いですもんね。
「仮初めの姿であり、真実の姿。お前がお前だと思う要素の1つに、男と言う性別が必要なんだろうな」
「あぁ、花霞ちゃんには失礼かも知れないけれど、両方を兼ね備えていて少し羨ましいわ」
「初めて言われましたよ、半陰陽が羨ましいだなんて」
「そりゃ苦労も有るだろう事は分かっているし、私がこうなってみて初めて思う事だもの」
「その、どう羨ましいんです?」
「両方、全て愛されているんだもの、羨ましいしかないわぁ」
成程。
「つまりは両方愛されたいんですね?」
「確かに、そうね、でも欲張り過ぎじゃない?」
「そこはお前次第だろうな、アレが女の姿のお前だけしか無理かも知れない、逆に女の姿が愛せないかも知れない。見極めが必要だろうな」
「アレ、あのアレはどうなんですか?雨泽様が許容出来る組み合わせ」
「あぁ、アレは結局は出なかったぞ、どんな組み合わせであれ他者に譲る結論になるんでな」
「あー、暁霧さんと似てるんですねソコ」
「そう?」
「暁霧さん、無意識でしたか?少し気が有りそうな方が来ても、隙あらば他者を紹介してますよね?」
「それは、ほら、私より相応しいだろう相手が」
「真逆だな、そう1周して同じ行動になるか、面白いなお前ら」
「ある意味で鏡合わせって事なら、何とかなりそうな気が、するんですが」
「だな、お前が逆の立場なら、どうしたら受け入れられるか」
私としては、全て正直に言ってみる、ですかね。
だって、本当に無共感者なら、負担に思わない筈なんですから。
『マジで暁霧だとして、何でそんなんなってるの?』
「実は、呪われちゃったの」
『いや冗談は良いからさ、どう言う理屈なのよ』
「もー、ちょっとは乗ってくれても良いじゃないのよ」
『あー、ぽいぽい、暁霧っぽいわ』
「まぁ、この本を読んでの事なのよ」
龍と人の異類婚姻譚が書かれた、古くなったボロボロの本。
けど、コレだと鈴は。
『鈴は?』
「道士様が本と一緒にくれたのだけれど、本当に消えちゃったのよ、気が付いたら無くなってたのよ」
『どう』
「泉へ一緒に入って、目の前に龍神様が出て来て、持ってた筈なのだけれど。姿が変わってほしい時にはもう、無かったのよ」
『周りに人は?』
「民家まで半日の場所で、誰も居なかったわ」
『マジで?』
「マジなのよねぇ本当、私も夢かと思って色々と試してみたのだけれど、まだ覚めないのよねぇ」
『何か違う?』
「そりゃもう、色々と違うわね」
『マジかー、俺も試したいわ』
「どうしてそうなるのよ」
『だってさ、もしかしたら俺って男だからダメなのかなと思って。アレからやっぱ職人からも少しチクチク言われたりしてさ、何か欠けてるんだよなぁと思って』
「それが女の要素だって言いたいワケ?」
『うん。だから試してみたいなと思って』
「アンタ、家は未だよね?」
『もう涼しくなって来たし、やり方は鶺鴒とか春蕾が覚えてるし、もう大丈夫』
「最悪は、戻れないかも知れないのよ?」
『まぁ、商隊の船に乗って行方不明に、とか何とかして貰えば良いんじゃん?』
「お兄様が悲しむんじゃない?」
『かもだけど、後追いで死ぬとかは無いだろうし、別に良くない?』
女なら女でちょっと生き方変えないといけないだろうけど、まぁ、そこまで困るワケでも無いだろうし。
寧ろ、コレで常人と同じになるかも、だし。
「はぁ、アンタも私も女で、いえ、寧ろアリなのかしら」
『何が?』
「色々よ、色々」
『で鈴ってどう手に入るとか聞いて無いの?』
「勝手に手に入るらしいのよね、私みたいに誰かから貰うか、若しくは露店で出会うか」
『ちょっと家に戻るかなぁ、荷物もマジで整理したいし』
「アンタ女になって何処で暮らすのよ」
『先生の家の隣か正面に同じ家建てて俺と暁霧で住めば良くない?』
正面の方が面白いかもなぁ。
向こうは男色家、コッチは女色家って事にすれば、正しく陰陽って感じだし。
「アリね」
『まぁ、鈴が手に入ったら、だけどねぇ』
それで常人と同じ心持ちが手に入るか、だけど。
まぁ、面白そうだからなってみたいじゃん、女。




