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110 幻泉。

「すみませんね、お世話になりますわ先生」

「おう、自分の家だと思ってくれて構わんぞ、俺もお前の事は気にせんしな」


「はい」


 まさか先生の家に暫くお世話になるなんて、そう有頂天になっていたのだけれど。

 コレも試練の一つ、だったのよね。


「どうです?先生の家の住み心地は」


「ハッキリ言って、最悪だわ」


「え?」

「もう本当に私が居てもイチャイチャするわ夜伽を見ちゃうわもう、本当、試練にしてもコレはキツいわ」


「え?」

「いえね、見る気は無かったのよ本当、けれどお水を飲み過ぎちゃったみたいで、真夜中に起きちゃったのよ。それでボーッとしてた私が悪いのだけれど、あら具合でも悪い人が居るのかしら、なんて隙間を覗いたら、はぁ」


「あの、何か、すみません」

「あ、違うのよ、コレは私の問題なの。そう、本当なら喜んでるハズなのよね、私」


「他人の夜伽を喜びます?」

「あ、違うのよ、そうじゃなくて。先生に愛しい方が居る事は喜ばしいし、仲が良い事は何よりだわ。でも、凄く羨ましくて羨ましくてもう、余計に雨泽(ユィズーァ)ちゃんの事を考えちゃうのよぉ」


「すみません、まさかそんなに先生達がイチャイチャしているとは思わず」

「あら、アナタには遠慮してるのかしらね?」


「と言うかトゥトクとは殆ど会わないので、はい」

「あぁ、アナタに気を遣っているのね。はぁ、こんなにも自分に欲が有るだなんて思わなかったわ」


「あー、臘月(ラーユエ)様も言ってましたねぇ」

「あぁ、アナタの惚気は良いのに、本当、男色家になってしまったのかしら」


「他に良いなと思う男性って居ます?」

「そう思って改めて見てみたけれど、無いのよねぇ、触りたいとも思わないもの」


「逆にこう、女性は?」

「無いのよねぇ、そもそも良い年の子は相手が居るか、相当ヤバい子か。そう、そこなのよ、そもそも構いたい欲が減ったのよね。ただその分だけ、もし幻の泉が有れば、その事ばかり考えちゃって」


「すみましぇん」

「あ、違うのよ、私はきっとそこまで敢えて考えない様にしていた。でも聞かれてしまうと、もう、殆ど捨ても良いと思えるのだけれど。全て、となると、だからやっぱり私は、そこまで愛してはいないんじゃないかしら、と」


「いや価値有るモノだと分かってるからこそですよ、私は家族を犠牲にしてまでは妊娠したくないです。でもだからって大して妊娠したくないのだろう、だなんて聞かれたら殴り殺します。価値が分からないか最初から価値が無いモノしか手元に無いから、捨てられるだけ。寧ろ逆に暁霧(シャオウー)さんが何もかも捨てたら、どうかしたんじゃないかと心配しますよ私は」


「やっぱり、花霞(ファシャ)ちゃんは長く悩んでいただけは有るわね」

「そこはどうなんでしょう、寧ろ神頼みが過ぎる、他人任せが過ぎるとも思います。私は自分の為に医学に進む事も無かったですし、功徳を得る為に熱心に神社仏閣へ通うワケでも、裏道を探したりもしてません。他人の知識と経験と運を頼り、妊娠の為だけに生きたワケじゃない、所詮はその程度と言われればその程度ですから」


「そう誰かに言われたの?」

「いえ、ですけど自分でそう思う時が有るんです、意地悪な私が私に尋ねるんです。もし、妊娠が難しいと知った時から、もっと全力で頑張っていれば容易く妊娠していたかも知れないって」


「でも、努力すれば必ず実るワケじゃないわよね?」

「それすらも言い訳だ、信心が足りないんじゃないか、信じなかったから出来無いんだ。そこにまた違う私が反論するんです、そこまでして得られなかったら、私は死んでしまうんじゃないかって。でも、でもって無限にやり取りが繰り返されて、他は何も考えられなくなる。だからこそ店先に立って気を紛らわす、跟踪狂(ストーカー)ですらも私には救いだったんです、気を紛らわせてくれるから」


「悩みの深い場所って、まるで毒沼、動けないけれど苦しくて藻掻いて消耗してしまう。コレはやっぱり、体験してみないと、体験しても尚、どうしたら良いのか分からなくなってしまうわよね」


「そこも他力本願なんですが、沼は自力では抜け出せないので、助けて貰っちゃいます。でも毎回は呆れられてしまうだろうから、その沼に近寄らない様にする、でもそれが凄く難しい。なのに考えなければ良いだろう、だなんて簡単に言う人は本当、大嫌いですね。死にたいと願う様な苦しみのまま、永遠に生き続ければ良いと思ってます」


「あまりの苦しみには、死が救いとなってしまうものね」


 死んでくれて良かったと思う反面、生きて地獄を味わい続けて貰えば良かった、とも思うわ。

 今でも、寧ろ今こそ。




「あ、すみません、何の話を。あ、全て捨てられないから大して愛して無いなら、私は誰も愛せませんね、家族も友人も捨てたく無いですから」


「それは分かるわ、でも、全てを投げうってまで愛へ。だなんて良く有るじゃない」

「実際に全て捨てられたら凄く重荷になると思うんですよ、そうならなければ得られたモノが大きければ大きい程、後悔が大きくなって逃げ出せなくなる。成程、捨てさせて縛るってそう言う事なんですね」


「あぁ、私それなの」


「あ、すみません」

「良いのよ、もう気にして無いのだけれど、自分が逆にその事を利用しようとしていた事がね、自己嫌悪だわ」


「いや分かりますよ、掴み所が無いですから、紐を付けたり重しを付けたくなるのは分かります」

「アナタでも掴み所が無いと思うのね?」


「もし私が振り向かせられるか考えてみたんですけど、そも執着が平穏以外に無いので無理だよなぁと。あ、私の場合は、ですからね?」


「つまり、女の場合はって事よね?」


 あー、察しが良いんですよね、暁霧(シャオウー)さん。


「ぶっちゃけ、負担が無いかなとは思います、妊娠出産子育ての負担は無い。代わりに家族を作る事が難しい、例え養子を貰っても今度は周りに家族として認めて貰えるかどうか、その子の縁談がどうなるか。どちらにも負担と利点が有りますけど、少なくとも雨泽(ユィズーァ)様には負担が負担にならない場合も有る。なので男色家でも、別に、ウチの子がそうなら、まぁ、良いかなと」


「私、欲張りかしら」

「いえ、寧ろ当たり前だと思いますし、妊娠出産子育てを舐めてるとも思えないので、それだけ情愛が深いのだと思いますよ?」


「でも死んでも産みたい、そう思えないのよね、だって責任を無理矢理にでも負わせるだけ、彼の為になると思えないのよ」

「だと思います、じゃあそうやって心に残れるかと言うと違うだろうし、喜ぶかと言うと別に、だと思います」


「と言うか、私が何かしても喜ぶと思えないのよねぇ」

「でも嫌がらなかったんですよね?」


「嫌と好きは違うじゃない?」

「まぁ、そうですけど」


「はぁ、欲に際限って無いのよね、困るわ」

「いや好意を返して欲しいのは当たり前で、ぁあ、ココで性別の違いが出るんですかね。最悪は子種だけ貰うって発想になるかなとも思ったんですよ、心が得られないなら子種だけ」


「成程ね、最悪は子種だけ、確かに私には出ないけれど。そう、最後の子がそこまで到れれば、違ったのかも知れないわね」

「あー、全滅だったそうで」


「そうなのよ、もう最悪はお願い出来無い?」


「いや、流石にちょっと、もう既に友人と思っているので無理ですね」

「そうよねぇ、しかも気を遣って手始め出さないだろうし」


 あー、コレ本当にルーちゃんが泉を望む理由が出来ちゃいましたね。

 万が一、すらも嫌がる子ですから。




『絶対にお願いします、神様』

《そう力まんでも協力するで、コレもまた、持ちつ持たれつじゃよ。なぁ西王母や》

『そうですわね、不老不死の泉でもあるまいに、この程度は誤差の範囲。例え子孫繁栄に繋がろうとも、片や死の沼ともなる。であれば増減の加減も出来るのですから、やはり、誤差の範囲でしょう』


《では、幾ばくか崑崙山の瑶池と繋げるかの》

『龍の寝床であり、性を変える泉、湧き出なさい新たな神話の泉よ』


 それは石油の様に表面が虹色に光りながらも、真っ黒な粘度の高い液体が地面から湧き出てきた。

 コレは石油を知る転移転生者は避けるだろうし、例え何も知らない者にしても、鼻を突く悪臭から避ける筈。


《ふむ、コレは悪者用の毒沼じゃよ》

『あ、そうなんですね』

『そしてコッチが、幻の泉よ』


 瞬きの間に、毒沼は青く透き通る泉へと変わった。


 僕は神々には勝てない。

 こうした魔法を超えた奇跡を目にする度、僕は万能では無いと改めて感じる。


 出来る事と出来無い事が有る、僕は人はで、当然限界は有る。

 その方が良い、横暴になるよりは、ずっと良い。


《使うべき者の手元にこの鈴が辿り着く、そしてこの鈴を鳴らせば現れるで》

『そして鈴と共に入った後は、消える。良きカバーストーリーね、褒めておいてあげて』

『はい、ありがとうございます』


《うむ》

『では、また』


 神話の真相は、転移者が愛する人の為、愛する人が大切にする者の為に願った産物に過ぎない。


 けれどもコレから広まる神話は、龍と人との異類婚姻譚。

 悲恋となるのを防ぐ為、神々が1つの鈴を与えた。


 そして鈴を鳴らした先、共鳴する泉は龍の寝床と呼ばれる、その泉には悲恋から命を落とした龍の力。

 変化の力が有る。


 そして鈴と共に泉へ入ると、龍は人へ、人は龍へ。

 そして男は女になり、女は男となる。


 けれどももし、鈴を手放さなければ、その泉は毒沼となり鈴と共に全てが消える。

 悪しき者も鈴も、毒沼と共に消えてしまう。


 それが先生の考えたシナリオ、事実を覆い隠すカバーストーリー。


 便利なモノは敢えて不便に、悪用させない為の神話、人と神を守る装置。

 真実だけが全てじゃない、嘘は悪い事じゃない。


 最も悪しき者とは、悪用する者、悪用する者が居ないと盲信する者。

 人は容易く醜くなれるし、容易く堕ちる、落ちる。


 だからこそ、落とさない為の偽物語、偽の神話。

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