98 麗江。
やっと着きました、麗江。
いや皆さんの方がよっぽど、やっとか、と思ってるとは思うんですが。
《やっと、ね》
「ですよねぇ、そう思いますよね、すみません」
『いや本当ですよ、結局は男女に分かれての川船だったんですし』
『子女だけで過ごす旅はコレで終わりとなると、やっぱり名残惜しかったので』
成程、それで再び男女別だったんですね。
『ですけど風流越えて暇過ぎでしたよ、何ですか山間で絵と詩が溢れるとか、何がそんなに良いんですかね?』
「金絲雀は野山より人の方が好きですからねぇ」
《でも熱心に眺めていたじゃない、青燕の絵を》
『素晴らしかったですからね』
《アナタの詩もね》
小鈴が詩を読むと青燕さんが絵を付ける、若しくは絵を見て小鈴が詩を読む。
どちゃくそ風流でしたからねぇ、私でも素敵だなと思いましたもん、全体的に。
『けど、コレで終わってしまうんですよね』
其々にご家庭を築くワケですし、小鈴はまだまだでも薔薇姫様が。
『それはどうですかねぇ、アレは好きそうですよ、夜伽』
「いや、だからこそ」
『あら知りませんか、避妊方法』
「いえ知ってますけど、そこまでします?」
『薔薇姫が煽りに煽ってますし、暫くは楽しみたいでしょうよ、兄もそうしてましたし』
「は?」
『まぁ、アナタにしてみたら何を考えてるんだ、と思うのは分かりますが。孕んでしまったら1年は致せなくなるんですよ?夜がお強い方に耐えられると思いますか?』
「いや、だからこそ色々な方法が」
『それはそれ、コレはコレ、なんだそうですよぅ』
いや分かりますけど、それで妊娠しなかったら。
いや、妊娠しないかも知れない、だなんて普通は思わないんですよね。
向こうでも、ココでも。
若ければ特に。
けど、私がこうで。
言い難かったんですね、そうした事。
「あー、気を遣わせまして」
『いえいえ、持ちつ持たれつ、ですよぅ』
「そこは分かりましたけど、逆に失敗したら大変なのでは?」
『まぁ、そこもお教え頂いておりますので、まぁまぁ、ご心配なさらず』
「な、何処で、誰から」
「やぁ、何とか着いたね」
あぁ、ウムトさん。
しかも先生も居るんですし、まぁ、何とかなりますかね。
「お疲れ様でした」
「いやいや先生に挨拶させておくれね?」
「あ、はい」
そうして先ずは、先生達が居る宿へ皆さんで行く事に。
「遅い」
「先生、向こうを基準にしないで下さい?」
「そうそう、空飛ぶ何某は無いんだからね」
『気球なら出来そうですが』
「残念だけれど、そうなると直ぐに諍いに使われてしまうだろうから、とね」
「あー」
「相変わらずアホ顔で言うな、変わらんか」
「今更ですねぇ」
コレは前からのクセなので、取り繕ってる時は多少なら抑えられるんですけど。
つい、気を抜くと。
『可愛いと思いますよ』
「お、惚気た」
「君自分で言っちゃうんだね」
「アホだからな。しかも、どうやら全く進展が無いらしいな」
「はい、無理でした、意外と潔癖なので」
「そこは意外でも何でも無いんだが、流されなかったのは偉い」
「えへへ」
「ただ、あの案だ」
あ、人間選別計画。
道中で四家の皆さんが考えておくから心配するな、と言われて全く考えて無かったんですけど。
コレ、もしかして怒られる?
「ぅう」
「何も言う前から当草を食った様な顔をするな、全く、俺が怒るワケが無いだろう」
「ですよねぇ、先生は大概私に呆れる事が殆どで」
「心配するな、アレは良い案だ」
「また、またまた」
「他からも相談を受けていたが、断っていたんだ。為せばかなり大きな事になるんでな」
「ですよねぇ」
「俺は既に十分に目立っていた、且つ、俺がそこまで手出しする程に世が乱れてもいなかった。が、四家の外縁がやるなら別だ、そこでお前ら子女が徒党を組み出した案ともなれば、そう悪目立ちもしないだろう」
「ぉお、高評価」
「どうして不安に思ってたんだ」
「だって、私が選別すべきじゃないんですけど、私が選別するみたいで。と言うか、そもそも平等であれとか自由は大事だから、そう誰かを規制してしまう事に、不自由にしてしまうので」
「平等と自由を生かせるのは教育と平和だ、今はまだ教育の水準が低い、国民全てに一定水準の教育が行き届かない以上は平等も自由も不可能だ」
「でも出来無い子の烙印を押す事に」
「向き不向きの選別だ、その中でどうしようも無いのが居ても仕方無い、だが寧ろ理解されない場所に居るよりは良いと思える場所も作る。だろうウムト」
「勿論、仕方無い愚かさを抱える者を鉱山送りにする事は無いよ。ただ、その中で学ぼうとしない愚かなままの子はね、うん、全て行くべき場所へ辿り着ける様にするだけだよ」
「だとしても」
「仮に、だ、お前が愚か者だったなら、今の中に居続けたいか?」
「遠慮しか無いですけど」
「なら逆に今の環境に、例のクソ女、火棘が中に入って来るのはどうだ」
「ごめんなさい、凄い無理です、ですけどアレは教育のせいで」
「だけ、だと思うのは良いが、どうだルー」
『様子を伺いに行きましたが、僕には性根が悪いな、としか思えませんでしたよ』
「そんなに?」
「結婚したからと初夜に誘ったらしい、反省と教育の為、勉強させていたそうだが」
『侍女が部屋に向かっただけで浮気だと騒ぎ立て、どうにか弱みを握ろうとしてたんです、そもそも妊娠して商人の事からも遠ざかるつもりだったそうです』
「会ったんですか?」
『道士として両者から相談を受け、少しだけ心中も聞かせて頂きました』
「お前ならそう考えないだろう」
「いえ前世だったらそうしてました」
「浮気もか」
「いやそれは無いですけど」
「頭の悪さと性根の悪さは似て非なるモノだ、それら両者を併せ持った犯罪者未満をどうするか。その者に力が無いとしても被害は大きいく出る、あの女1人で、どれだけの者が巻き込まれたと思う」
「少なくとも、3つの家が、はい」
「愚か者をも、そうした者からも守る為だ。高い塀で景色が悪くなろうとも、子を食い殺されるよりはマシだろう」
「分かるよ、恨まれるのが怖いんだね」
「まぁ、はい」
「狩りを効率的にこなす為、最初に弓を発案した者に罪が有ると思うか?なら刃物は、その他の武器は、それは使い手次第だろう」
「使う方も慣れなければならない、だからこそいきなり完璧を目指して大きく作る事は無いよ、全ては徐々にだ」
「年単位じゃないぞ、世代単位でだ、その合間に時世や状況に合わせれば良い」
「そうやって良い方向へ馴染ませれば良いだけだよ」
「専門家みたい」
「まぁ、7人も子が居るしね」
「俺は選別されたい側だったからな、無性愛者として、ほっといて欲しかったからな」
「あー、そう言えばどうなったんですか?」
「我慢させてるが、アレはアレで面白いな」
「いや私は面白くて我慢させてるワケじゃないですからね?」
「そうか?」
「少し申し訳無いですけど、当たり前と言えば当たり前なので」
「だが婚約式が待ってるぞ」
「けど家が先では?」
「あぁ、まだ見て無いんだな、行くか」
「はい」
花霞を心配して下さる女の道士様が、ココにも居て下さる。
確かにあの盧道士の後ろ盾、道教とは強い繋がりの有る場所なのね。
《ありがとうございます、道士様》
『いえ、同門の大切な方ですから』
『あ、そこですよぅ、評判はどうなんですか?』
『私は知り合いですので、偏らない意見は難しいかと』
『もしかして深いお知り合いで?』
『あ、いえ、彼の顔も知りませんので』
《一切外さない事って可能なのかしら?》
『宿には泊まりませんので、男女に限らず奥の間をお借りさせて頂いております』
『となると、奥の間に男女で泊まる事が?』
『いえ、私達は尼寺に泊まらせて頂きますので、そうした事はご心配には及びませんよ』
『でも秘儀を知ってらっしゃるんですよね?』
『お悩みが?』
『どうにかして体だけでも引き付けておきたいんですよぉ』
《あぁ、アナタの場合は特にね》
『でしたら後日、改めて知り合いを紹介致しますので』
『是非お願い致します。で、評判は?』
『浮ついた噂も何も、無いかと』
『信用しますからね?』
『少なくとも、彼の事は信じて下さって大丈夫ですよ』
女性の道士に見えてしまう事は、時に便利で、不便。
まさか自分の事を聞き出させられ、あまつさえ女性の性の問題まで。
「大変だな、ふふ」
『もう術を解いて、僕として出たいんですが』
『“でも、そうなると内密な話は難しいんじゃないですか?”』
「そこがな、お前が女だったら少しは便利なんだがな」
『“そうした魔道具って無いんですか?”』
『有ります、けど、本当に女性になってしまいますよ?』
『“道具だとして、外せば元に戻れるんですよね?”』
『まぁ、はい』
『“付けて貰えません?”』
「俺かよ」
『“折角だし、全部見てみたいので”』
「お前もだぞルー」
『何で僕も?』
「俺らには女に見えてはいないんだ、当たり前だろ」
『“ですね”』
『ですねって、女性には何も興味が無いんですよね?』
『“はい、どうでも良いです”』
「言ったな?俺が誘っても反応するなよ?」
『先生、何をするつもりですか』
「そら童貞には言えない様な事だ」
『“えー、でも中身はエンヴィルなんだよね?”』
「おう、目の前で変身してやるよ」
『“そうなると、難しい、かも?”』
「よし、コレは試すしか無いな」
『“反応しても怒らないでね?”』
「状況によるな」
『先生、楽しそうですね』
「おう、猫と違った面白さが有る」
『“僕の恋敵は猫なんだよね、よしよし”』
「こんなに可愛い生き物はそう居ないからな」
『“良かったですね、良い家になって”』
『僕が先回りしたからですよ、安全が最優先ですから』
「それとウムトもな」
『“父も猫は大好きですから”』
商隊の玉牌は強力で、直ぐにも先生の家が建つ事になった。
しかも中央の先生と呼ばれているから、と、本来とは違う筈の建物も進んで建てて貰い。
最低限、外堀と建物は完成し、猫も運び入れる事が出来た。
「で、貸すのかお前が先か」
『分かりました、こうなります』
良い女なんだろうな、他にしてみたら。
「花霞よりは良い女なんだろうな」
『“確かに美人さんだね”』
『褒められても全く嬉しくない事って本当に有るんですね』
『“あぁ、どうだろ、僕もそう思うかも”』
「お前は美人になりそうだが、意外と凄いのになるかも知れんな」
『“あー、そこで嫌になられたら困るかも”』
「あぁ、ならルーが最初に見ろ」
『何で僕を巻き込むんですかね』
『“性別以外、僕の何がダメなのか教えてくれる?”』
差別を嫌いつつも受け入れきれない、それは分かるんだが。
だからこそ、受け入れる必要は無いんだがな。
『先生、少し良いですか』
「おう」
で、コイツが思うに。
ダメな部分が無いからこそ、困ってるらしい。
それこそ、もし女性なら許せたのに、と。
そう思う自分がまるで差別主義者の様だ、と。
『それがまた、嫌で』
「差別結構、医療も科学も何もかも、ココで出来る事と出来無い事はまだ多い。しかも俺らが居た場所でも男は孕めなかった、そもそも女と男の仕事に違いが有るのは女を守る為、女に苦痛無く生きて貰う為だ。それを差別だと言うなら、俺は差別主義者で結構だ」
『でも』
「お前もアレもだが、自由が必ずしも幸福に繋がる、不幸は制限から起こる、と未だに思い込んでいるが。制限と自由が幸せ不幸せに繋がるなら、それこそ腕の無い者はどうなる、片親の子供には不幸しか無いのか?」
『必ずしも、そうでは無いとは思いますけど』
「本人と周囲、それ次第で幸せになれる筈。なのにも関わらず、腕の無い者が必ず常に不幸だ、そう思い込む方が俺は差別だと思うがな」
『すみません、先生は腕の無い者として生きてたんですよね』
「おう、常に欠けてると言われ続ける位なら、俺を無視し隔離して欲しかった」
花霞の提案は、弱者にしてみたら逃げ場を作る事になる。
向こうの俺なら受け入れなかったかも知れない場所だが、死まで経験し、ココを経験するとな。
如何に居場所が大事か、尊厳を侵されず生きられる場所が如何に大切なのか。
少しばかり俺が前と違うのは、こうした安定のお陰だとも思う。
『すみません』
「だから謝るなと言ってるだろう、少なくともお前は俺を理解しようとしながらも強制せず、矯正もしない。つまりは害していないんだ、気にするな」
『どうしたら、先生みたいに大人になれるんでしょうか』
「1度死んで人生を2周し、環境に恵まれたら誰でもなれるぞ、アレもう相当だと言ってたしな」
遺伝もだが、やはり教育と性根だ、とココで思い知らされたしな。
『家って呼べねぇ状態って、マジだったなぁ』
「そうねぇ、やっぱり人が住まないとダメになるって、にしてもあんなになるのかしら?」
『作りが少し違うのも有るけど、何でも補修が大前提だからさ。壁とかも塗り直しが基本、そこから雨水だのなんだの入ると一瞬でダメになんだよね』
「頼もしいわねぇ、包々ちゃん」
《助かるよ、僕には家の知識は無いからね》
《うん、俺にも無い》
『僕もです、他の生き物用なら分かるんですけど』
『あぁ、それはそれで大変そうですね?』
『大体、ですけどね。知られていない生き物だと特に、特性に合わせて常に試行錯誤ですから』
『そこは更に専門家が付くんですかね?』
『いえ、けど毎回同じ者を指名してる方が多いみたいですね、指示を出すにしても口頭での修正が多いそうですから』
『となると、良く動ける専門の方が居る方が良いですよね』
『ですけど全体でも発注数が少ないですし、予定通りに捕まえるのも難しいですから』
『成程、確かに食い扶持に困りますしね』
「あら、商機を見出そうとしたのに残念ね?」
『ですねぇ、しかもココでは鳥や猫を飼う事が稀有ですし』
『何処でも、病を広げる様な生き物、しかも手の掛かる生き物に構うのは物好きか専門家位ですから』
『けど先生は飼ってたから、物好きか』
「分からないわよ、もしかすれば食べる為に肥やしてるだけ、かも知れないじゃない?」
『あー、好奇心か』
「けれど愛着が湧いて、なんてね」
『ココでも回院建ててたもんなぁ、ビビったわ』
『あ、付き添いの女道士様とかどうですか?』
『年下に心配されんのも何か微妙だなぁ』
『じゃあ僕が、楽しみと幸福を知って欲しい、そうした親切心ですよね?』
『そうですそうです、生きるのが倍楽しくなりますよ』
けどさぁ、興味が有る相手ってのが大前提じゃん。
触りたいだ触られたいだ、深く関わりたいとも思わないのに。
「もしかしたら、アンタも男色家の」
『無いんだよなぁ、前は気持ち悪いなとしか思わなかったし』
「は?」
『男色家が触らせろって言うから触らせてみたんだけど、反応しないわ不快だわ、何も楽しくなかったんだよね』
「は?」
『あれ?言って無かったっけ』
「は?」
『あ、市井でな、家が完成した礼にって。けどまぁ、嫁も子供も居たから、男色家ってのも違うのか』
「は?」
『どう言うとかあんの?』
「色欲魔」
『あー』
「あーじゃないわよ、ダメよもうそんな」
『しないしない、バレても面倒だし』
何も楽しく無かったし。
《包子、良く俺と旅を》
『お前は無いじゃん、つか無理矢理にとかじゃないし、その後も何も無かったから大丈夫だってば』
『コレは、半童貞では?』
『そうだねぇ、僕らにしてみたら半童貞だね』
「もう絶対にダメよ?」
『分かってるって、興味が先、でしょ』
「そうそう、せめて興味の持てる方と途中まで試しなさい。あ、アナタはダメよ兔子ちゃん」
『しませんよ、例え小鈴に振られても、暁兄の教訓を決して無駄にはしませんから』
「そうそう、是非踏み台にして頂戴」
《それで、家の事だけれど、先日の案で良いかな》
「そうね、塀と家屋は別々で、四合院の、そうね、横に広げる袴院にするのだし。八合院って所かしらね」
『それを広げる場合は四方へ、結局は四家みたいになっちゃうんですね?』
『基礎だとか基本だし、それこそ防犯だよね、傍から見て違い過ぎたら誰が何処に居るかバレバレになるし』
「お宝が何処に有るか、も。それに道や草木の手入れもしないとね」
『そこですよ、そもそも紫荊花園って言うから期待してたのに、花蘇芳じゃないですか』
『あ、違うんだ』
『違いますよ、全然違うんです。紫荊の花は百合みたいに大振りなんですけど、咲いてたのは花蘇芳、枝に小ぶりな花がいっぱいに咲いて。何で間違われるのか分かりました、絶対にココのせいです』
『あー、ごめんなー』
「じゃあ、植え替えから、かしら」
『ですね、学者としては許せません』
『そこからかぁ』




