97 子供。
「で、子供の事についてだ、俺が欲しくなったらどうする」
『“父とも話し合って、もし誰も居なくなったら僕が子を成す予定です。すみません、後出しになって”』
意外だな、そこを呑んだのか。
「どうしてその条件を呑んだ」
『“家族は大事だからです、それに当たり前の事が出来ないから、その償いと保障です”』
子育ての大変さを分かっているからこその、償いと保障。
あぁ、親思いは大変だな。
コイツも花霞も。
「そうか」
『“他に聞きたい事は無いですか?”』
「お前の弱点を教えろ」
『“アナタですね”』
「はぐらかすなら話し合いは終わりだ」
『“高い所が苦手です、山も、下を見下ろすのが無理なので”』
ならルーの天馬に乗せればかなりの罰になるが、本当かどうか。
「なら、確かめに行くか」
『“アナタには嘘を言いません”』
「信じるかどうかは俺次第、行くぞ」
で、街中の物見櫓まで来たんだが。
2階辺りから震え出し、3階の手前ではもうすっかり固まって。
『“コレ以上は本当に無理です”』
「何となくは分かるが、まぁ、お前はそこで待っておけ」
そうして3階部分の見晴台に出たんだが、そう高くも無いんだ前世よりは。
コレが怖いと最上階は無理だろうな。
『“エンヴィル”』
「無理すんな、生憎と俺は高い所が好きなんだ」
見晴らしが良い家に住みたいとは思ったんだが、向こうでは叶わなかったしな。
ココでいつか、と思っていたんだが。
『“エンヴィル”』
「だから無理をするなと言ってるだろ」
『なれようと、おもって』
「かなり喋れるな」
『こわい』
「だろうな」
『さわっていい?』
「手だけな」
掌にぐっしょり汗をかいて、脈拍も早い。
コレすら演技なら、もう誰が騙されても悪くは無いだろうよ。
『なんでへいき』
「眺めが良いだろ。それに死ぬ時はいつだって死ぬ、そう警戒しても簡単に人は死ぬと知ってるからな」
『“誰か、死んだ?”』
「俺がな」
『“凄い、聞き取れてる”』
「そろそろ下に降りるか、色々と詳しく話す必要が有るしな」
『うん“早く降りよう”』
で、宿に戻り結界を張り。
「コレもコレも宝貝、魔道具が有るからお前の言葉が分かった」
『“転移者?”』
「いや、転生者だ。見た目の倍は中身が年を食ってる、だからかさっきのお前は可愛かったぞ」
『“怖がってるのが可愛いって、変態だと思う”』
「男色家のお前が言うか」
『“だってコレとは少し違うよ”』
「まぁ、俺にしてみたら全部が変態だけどな。性愛だの愛欲だの肉欲が全く分からん、だからこそ致してみて、とお前に尋ねたんだ。前世から、俺はそうなんだよ」
『“愛が分からない?”』
「少し違う、家族愛だとか兄弟愛、友人との情は分かる。だが他人同士の情愛は分からん、肉欲が絡むと特にだ」
『“何か有ったの?”』
「いや、何も、原因や問題が分からないまま死んで、ココでも分からないままだ。ただ思うに、コレも同性しか愛せない者と同じだと思ってる、一種の予備、働かない蟻の存在は知ってるか?」
『“うん、父さんから聞いた”』
「で、しかも俺は厄介な事に巻き込まれて男も女もココで経験した、だから余計に情愛や肉欲が分からなくなった面も有る」
『“嫌なら”』
「嫌とは思わない、ただもっと触れられたい、触れたいとも思わない。そこはお前に悪いと思ってる、思いを等倍で返せない」
『“僕が一緒に居たいから構わない、けど無理はさせたくない”』
「何も無理は無いんだ、ただ失いたくないとも思って無い。コレが一生続くかも知れない、だからこそ諦めるなら今のうちだ」
『“嫌じゃないなら居たい”』
「いきなり嫌になるかも知れん」
『“そうならない様に、慣れて貰う”』
女には慣れようとした前世の経験値が有るが。
「確かにな、慣れも必要か」
『“嫌になる前に言って欲しい、嫌われたくない”』
「嫌悪は元々無いんだ、ただ無が有るだけ、虚無が有るだけだ」
『“無なのに有るんだね”』
「そうだな、もしかすれば種が有るのかも知れんな、運命の相手と出会って開花する種」
『“やっぱり、してみよう”』
「アイツらが来たらな」
女に期待して致してみてもダメだったんだが。
まぁ、俺の事を分かっててウムトが任せたんだ、何が有ってもアイツがどうにかするだろう。
《そう、試しに麗江で》
「はぃー」
『あら浮かない顔ですね?」
だって、先生に話す前に進んじゃったんですもん。
不安しかない。
「先生にご相談してから、って言ったのに」
「強引に協力を申し出られちゃったのよね」
「凄いんですよご当主様、喋り倒されましたよ、で気が付いたら書簡と玉牌を渡されてて、返そうと思ったら出て行っちゃって、追い掛けるにしても女人禁制の場所に逃げられちゃって。奥様に返そうと思ったら念の為に持ってるだけで良い、って、そのまま昼餉に連行されて」
「で書簡と玉牌は私に預けられて、無事に追い出されたのよね」
「酷いんですよ青燕さんまで向こうの味方なんですもん」
『良い案ですし、もう少し自信を持たれても宜しいかと』
「でも何か見落としが有るかもなんですよ、だって先人達が考えて尚、実行出来無かった事なんですから」
そこなんです、不安なのが。
幾ら完璧にと思っても、どうしても抜けが出るから、向こうでも法律が日々改正され続けてたんですし。
コレはそれと同等、人の人生を左右する場所を作るんですから。
はぁ、天才なら直ぐに盲点を炙り出せるのに。
やっぱり凡人に大きな事は無理なんですよ。
「やっぱり、麗江に着くまでは無理そうね」
《ですので、明日にでも向かおうかしら、と》
「え?早くないですか?」
《アナタ、家具選びもままならなそうなんだもの。それに家具を見繕うにしても、先ずは家。ココへなら直ぐに来れるんだもの、何もかも全て1回で済まそうだなんて、流石に無理よ》
「そうねぇ、職人の病気や怪我、それこそ長雨で進まない場合も有るもの。そこは、流石の天才でも難しいんじゃないかしら?」
「まぁ、そうですけどぉ」
「じゃあ、さっさと支度させに行くわ」
《はい、では》
もう少しココでゆっくりするつもりだったんですが、本当に行く事になってしまい。
ただいま湖を航行中です。
「何もこんな」
『湖渡り、私はしてみたかったですけどねぇ?』
《そうね、それに、待たせ続けるのも嫌でしょう?》
『そう焦って判断を謝られても困りますし、ね?』
湖船、馬車、湖船と乗り継ぎ玉溪市へ。
今日はココ、杞麓湖の畔でお泊り、だそうで。
「はぁ、皆さんの言う通りです、着くまで何も進みませんから」
《アナタ、身に覚えが有っての事よね?》
「家の事も婚姻についても、はぃ、そうですぅ」
《まぁ、分かっているなら良いわ》
「はぃー、さぞもどかしいでしょう」
『本当ですよねぇ』
『可哀想とまでは言いませんが、やはり気持ちが芽生えていない事は残念、と言うか私がそうだとなると凄く切ないので、はい』
分かりますよ、もし私が他人なら、ですけど。
だって、何をするにしても先ずは婚姻、そう教えられましたし。
子と自分の身を守る為にも、確かにな、と。
「すみましぇん」
《まぁ良いわ、もう少しで花霞がデレデレと、するのかしら、この子》
『お母様越えはどうかと、直ぐには難しいんじゃないですかねぇ』
『だからこそ、そうですね、天候不良にならない様にとお祈りしておきましょう』
凄いイチャイチャを期待されている。
『まだ数日あんのに、もう興奮して寝れないの?』
《いや、天候不良にならない様にと祈っていた》
「そうよねぇ、ココまで来て足止めを食らったら、流石に道士様の呪いを疑うわね」
《それはどうかな、早く決着が付いた方が向こうも良いと思うけれどね》
「そう、決着ね、確かに」
『で向こうは仕事してんだよなぁ、どうすんの?』
《道場を、開こうかと》
「あら良いじゃない、しかも太極拳も、となれば一緒に居られるわね」
《うん》
『あんまり仕事は一緒じゃない方が良いと思うけどなぁ、ウチ見てみなよ、仕事で喧嘩してたじゃん』
「アレはもう仕方無いわよねぇ、同じ志なんだもの、けど道場は少し違うから大丈夫よ」
『だとしてもさ、ハレムはどうやって管理すんの?』
「私が、と本気で名乗り出たいのだけれど、どうかしら?」
冗談交じりに言っていたのだけれど、何も言って貰って無いのよね。
それこそ否定も、肯定も。
《僕は構わないよ》
《俺も、負担にならなければ》
『何で良いの?』
《真面目だから》
《そうだね》
例えコレが臘月ちゃんの策だとしても。
信頼されると弱いのよね、私。
「けれど年上って事は無しにして頂戴ね?私だって未だに純潔のままなんだもの」
『童貞しか居ねぇんだよなぁ』
《それはどうだろうね、向こうの部屋には違う者が居るかも知れないよ》
「あら、もしかして薬羅葛氏の事かしら」
『あー、何か手慣れてそうだもんな』
《聞いてみる》
《頼むよ映日果》
「なら私も行くわ」
そうして尋ねてみたのだけれど。
『生憎と僕も童貞なのでお力にはなれませんね』
「またまた、良いのよ、ココだけ、男同士の秘密にするわよ?」
『そう誤解して頂けるのは嬉しいんですけど、本当なんです、ずっと北朱雀を娶りたいと思っていたので』
「あらあらあら、楽しそうな話じゃない、少し聞かせて頂戴?」
『まだ本人には言っていないので、秘密にして頂けるなら』
『しますします、ね?』
《良いと言われるまで言わない》
『実はですね、大昔に一度だけ会ってるんです、僕ら』
「もー、そこからして既に素敵だわ」
『それでそれで、どうしてこうなったんですか?』
商人でも何でも無い家に生まれたものの、情けない事に当時は何にでも怯える子供で、羊の乳搾りすら怖かったんです。
その事で周りの子供に誂われ、また泣いて。
影でコソコソ泣いている時、商人の子供に見られてしまった、それが美雨。
どうして泣いているのか聞かれたんですが、相手は年下の女の子ですし、意地と見栄から何でも無いと言い張ってその場から逃げ出したんですが。
まぁ、運動も苦手な子供だったので、転んでしまったんですよね。
もう悔しくて悔しくて、けど泣けば誂われると思って、情けなくて。
そのまま蹲って、また泣いて。
「そしたら何も言わずに背中を撫でてくれたんです、何て言ったら良いか分からなかったんだと思うんですけど、馬でも宥めるみたいに黙って撫でてくれて」
それで少し落ち着いてから、顔を見ると。
誂いでも何でも無い表情で、それこそ不思議そうな顔でコチラを見て、なのに黙ったままで。
つい、言い訳をするつもりで、理由をペラペラと言ってしまったんですけど。
黙ったまま頷きながらも聞いてくれて、そう暫くしてから、一言だけ言ったんです。
私も蛇は苦手だから大丈夫、って。
僕より小さいのに大人だな、と思ったんですよね、子供同士なのに。
「女の子ってマセてるって言うものね」
『そうらしいんですけど、僕の周りは同じ様なもので、なので街の子は凄いんだな、と』
そうして街に興味を持って、直ぐに下働きに出して貰って、暴れたり走って逃げない文字や数が好きになった。
そこでやっと自分の得手不得手を理解したんです、平民にも武官と文官に分かれる、僕は文官の方だと。
暫くして養子に来ないか、と親に誘いが有ったらしく。
そこで好きな相手は居るか、気になる相手は誰かと聞かれて、彼女が浮かんでそのまま答えた。
商家としては良い答えだったらしく、そのまま養子になったんですが。
まだ情愛について詳しく知らない頃だったのと、仕事を覚えるのが楽しくて、婚約がどうこうは特に無かったんです。
「出来れば、家の子供と姻戚になって貰った方が良いものね」
『はい、娘さんも何人か居ましたから』
『でも何も無かったんですか?』
『はい、本当に仕事の事ばかりで。それに、彼女と既に比べてたんですよね、彼女はもっと大人だったと思うと、どうにも興味が持てなくて』
そう婚約の事すら何も気にせず、考えずに居た頃、彼女に婚約者が出来たと知って。
怒りなのか悲しみなのか、兎に角混乱して、仕事が手に付かなくなってしまった。
異変に直ぐに気付いてくれた養父母と話し合って、それでやっと自分の心持ちを少しだけ理解した。
納得がいかない、と。
『自分と結婚するんだ、とかは思って無かったんですよね?』
『そう考えた事も無かったんですけど、どうして自分じゃないんだろう、と』
養父母も全く心変わりしていない事に少し驚いていたんですけど、協力してくれる事になり、更に本格的に仕事を仕込んでくれる様になったんです。
今思うと、仕事で気を紛らわせ様と考えたのか、どうなのかは分からないんですけど。
兎に角、商人、商家として様々な事を教えてくれました。
「で、アナタの心持ちは?」
『もうどうにか奪えないか、どう奪うか、どう陥れるかばかり考えてましたね』
商人にも道理は有るんですが、悪しき商人には何をしても良い、そんな暗黙の了解が有るんです。
だから僕は最も近道だとして、悪しき商人から仕事を奪い続け、機会を伺い続けました。
いつ、どうやって彼女を取り戻すか。
「アナタ、まさか」
『今でも居るんですよ、悪しき商人って。ですけど彼らをどうにも出来ない理由が有る、何だと思いますか?』
『不正の証が無い、とか?』
『そうなんです、証が無いまま訴えれば、逆にコチラが悪しき商人とされてしまう。なら、何の証も残さず取り戻せば、僕は良き商人のまま』
「枇杷ちゃんが怯えていた理由って、そこを勘付いての事なのかしらね」
『僕、彼女に怯えられていたんですか?』
『天才って強大過ぎて怖いなって、うん、僕も少し怖いです』
『大丈夫ですよ、悪しき誘いには乗らず、悪い事をしなければ良いんですから』
本当に彼女を愛しいと思うなら、冷静に、全ての物事を見極めるべきなんですし。
《何で、別に病気も》
『無理だよ、夜伽の練習の為に他の男に抱かれた君を愛するなんて、流石に無理だよ』
《でもだって、結婚もしたし》
『子が居たら僕しか責任を負えないからね、けど居なかった、僕の責務はそこで終わった。それ以上僕に何をしろと?そもそも君は何を僕に与えられる?体以外で』
婚儀の直後に、こんな風に掌返しをするだなんて。
《酷い》
『酷いのは君の方だよ、酷いと言える立場じゃない筈が。はぁ、そこも分からないんだね』
《そんな言い方しなくたって》
『言われても仕方無い様な事をしてる、それも、か』
《何よ、そうやって莫迦にして》
『そうだよ、凄く莫迦だと思ってる。自分のした事を鑑みて謙虚に控え目にしてくれたら、と思っていたけれど、謝罪もせずに堂々と夜伽に誘うだなんてね』
《もう謝ったじゃない》
『許されているかどうか、許されるまで何度で何度も謝るかどうか、そこも考えられないんだね』
《何よ、アンタだって》
『君の手を借りた事は有ったけど、本当に失敗だったと思う。何なら騙されたのは僕の方、感謝しつつ謝られるのは僕の方だと、教えられなかったのかな』
お父さんもお祖父さんも、農奴の様に働かなくて良いのは、この人のお陰だから感謝しなさいって。
けど、でも。
《勉強だって頑張ってるのに》
『君の半分の年の子にやっと追い付いた程度で言われてもね。そう、そんなに妊娠して勉強から逃げたかったワケだ』
《何でそんな意地悪な》
『何でか、分からないのかな』
《ごめんなさい》
『兎に角、別室で寝るから、決して立ち入らないでくれ』
《はい》
失敗した。
完全に、何もかも僕は失敗した。
『はぁ、君に浮気を疑われるとはね』
《良いから答えてよ!侍女と浮気してるんでしょう!》
『部屋には僕と侍従、それからもう一人侍女が居て、その状態でもう一人の侍女から君の様子を聞いていただけだよ』
《でもだって》
『君みたいに好いてもいない者と体を重ねる考えは無いし、そもそも四人で睦合う趣味も無い、まして見せ合う気も無い。君と同じにしないでくれないかな』
と言うか、勉強はどうしたんだろうか。
そうした合間に、様子を聞かせてくれる様に頼んだ筈が。
《私が好きなのはアナタだけなのに》
『好いても無い者と体を重ねられる者を僕は大嫌いだけどね』
死ねば良い。
出産の前後は人は良く死ぬ、その時まで、と思っていたのだけれど腹には何も。
だからこそ、こうして追い詰めるしか。
いや無理か、自死する様な頭も無いのだし。
《そんな風に》
『こんな風に言われる覚えが無いとは言わせないよ、と言うか君が見たと言ってる時刻は、勉強している時刻でも有る筈なんだけれど。何をしていたのかな』
《それは、その、厠に》
『子女の厠は反対側の筈だよね』
《だから、厠に行った後、様子を》
『君にそんな事をする暇は無いんだけれど、そう、そんなに農奴になりたいんだね』
《違う!》
『なら真面目に且つ必死に勉強するしか無い筈なんだけれど、様子を伺うだなんてね、そんなに弱味を握りたいんだ』
《ちっ、違い、ます》
『あっそう、もしそうなら少しは見直したんだけれど、やっぱり無理そうだね』
《そんな、ズルい》
幼稚で幼い事が可愛らしい、だなんて、どうしてそんな風に思ってしまったんだろうか。
僕に幼児趣味は全く無い、なのに、コレに惹かれてしまった。
やはり劣等感が有ったんだろうか。
あの完璧な美雨への劣等感。
『もう良いかな、仕事の邪魔だ』
《はい、すみませんでした、失礼致します》
さっさと死ぬか出て行って欲しいんだが。
いや、アレが逃げ込む先を用意させるか。
『アレに用意してやってくれ、良い相談相手を』
『はい、畏まりました』




