96 牦牛鍋。
「俺にお前への好意は全く無いが、行為をして好意が芽生える、かも知れない。お前はどう思う、トゥトク」
『“芽生えそうになってから、お願いします”』
トゥトクは書いてから言う様になり、ルーが居なくても問題は無いんだが。
『先生』
「皆まで言うなルー、する、とは言って無いだろう」
『“ですね”』
『けど、隙あらば』
「それは俺が許しての事だ。それとも何か、お前は絶対に花霞には触れないと誓えるか?」
『それは』
『“僕も常にいつでも触れたいですよ、けど外では絶対に触れない約束は守ってます”』
「で、お前はどうなんだ、花霞に許可無く触れたそうだな」
『“良いんですか?”』
『“ダメですけど”ダメだとは思いますけど、あの時は』
「牽制と憤りが有ったのは分かるが、抑えろ、理由は分かるな」
ココの文化ともアイツが居た文化とも全く違うんだ。
分かるだろう、ルー。
『はい』
更に俺が心配しているのは、アレにどれだけの経験値が有るか。
そこが分からんのだが、殆ど経験値が無いなら、本当に御法度だ。
『ハグも』
「無いですねぇ、文化圏が違うので異性は勿論、同性でも、家族とも殆ど無いですね、はい。なのでご遠慮下さい」
ルーちゃんは西洋文化圏、私はもう超長距離を保つ、と言っても過言では無い東洋文化圏。
圧倒的な文化圏の差を、始めて感じたかも知れません。
って言うか子供の頃にココへ来たなら、そりゃ寂しく思うのも。
もしかして、ずっと寂しいと思ったままで?
『あ、いえ、そこは流石に無いです』
『私も居りますからね、よしよし』
ガブちゃんは綺麗な野鳥みたいな羽を動かしもせず浮きつつ、天使の微笑みを称えながらルーちゃんの頭をナデナデ
ルーちゃんは、ちょっと期待と不安が混ざった顔。
うん、成程。
「性別不明だからですかね、妬けない」
『寧ろアナタに近いかも知れませんよ』
「妬けない」
『成程、そうですか、家族に見えてしまいますかね』
「ですねぇ」
毛色が違う、毛色が同じ、ってこんなに影響が有るんですね。
しかも自分と同じ人が居る、ココに、黒髪黒目の中に居るからこその影響。
『どうしたら、好きになれる、とかは』
「前は素敵な方に優しくされたら、とかですけど、ココで優しさについて学んでしまったので、ちょっと分かりませんね」
今思うと、何で好きだったんだろ?
とか思う様なお相手ですし。
ちょっと、それを参考にするには。
『やっぱり、居ますよね』
「まぁ、ルーちゃんの年までは確実に生きてましたからね」
言えないんですよねぇ、享年。
だって凄いおばあさんがコレ、とか、失望しか無さそうですし。
『えっ』
「例えば、ですよ」
『そうですよね、すみません』
「諦めるなら今のウチですよ、思い出が出来る前に。私はお姉さん、ルーちゃんは私の弟、って事で治めるのもアリだと思います」
『今の花霞とずっと一緒が良い』
あ、コレは。
「喋って気持ちを誤魔化しますね。と言うかハーレムの件は良いんですか?」
『子供は無理でも弟と思えば、多分。生まれ変わった弟の魂が分かれて彼らに入った、と、思おうかと』
「凄い具体的、弟さんが?」
『直ぐに亡くなっちゃったんですけど、白黒の写真で、見ました』
「因みに、お幾つの時?」
『離婚前です』
「あー、私に言い難いと思って何かを言わないのは禁止です。健康体でも運や何かで色々と起きるって、向こうの知識も含めて知ってますから、大丈夫ですよ」
『すみません』
「楽しみだったんですね」
『はい』
「名前は?」
『僕が勝手に付けてたんです、有名な本から、エミールって。本の中と同じ様に、大事にされる様にって』
「どんな風に悲しかったんですか」
『やっと仲間が出来ると思ってたのに、居なくなって、落ち込んで、悲しくて』
「ご両親を責めなかったんですか?」
『間が無かったんです、直ぐに仕事に行っちゃって、僕だけ悲しいみたいで、凄く嫌でした』
「コッチでお弔いはしました?」
『はい。ありがとうございます、すみません』
「暗い話は悪い事じゃないんですから、謝らないで下さい。良いんですよ、暗かろうが明るかろうが、話し合うべき事や知るべき事は伝えないと」
『言われたんです、疲れてるから後にしてくれって』
「好き好んで働いてらしたんですよね?なのに、なら、クソ親の見本として箱に入れて片隅に置きましょう、悩むべき時にだけ取り出せって先生が言ってましたし。ね?」
『僕がハーレムを呑むのは、僕の打算も有ります、正しい親の見本を知らないので』
「私も今世だけですよ、前のはもう逆に喧々してて全然、仮面夫婦で。私の悪しき見本ですね」
『仮面、夫婦?』
「あー、言語の、始めての単語の壁ですね。意味は仮面を付けた様に冷め切った夫婦、ですね」
『なら僕の両親も仮面夫婦ですね』
「なのに、もしかしたら良い子だからココに呼んで貰えたのかもで。でも、そのご褒美に私は、ちょっと、どうかと、外観豪華で中身が残念な福袋ですよ?」
『福、袋?』
「あ、無いのかココとデンマークには」
『どうなんでしょう、意味は良さそうですけど』
「当たり外れが大きい宝くじみたいな、宝くじも、ココ無い」
危ない、このままだと周りに異世界うっかりしちゃいますよ。
単語をココに合わせないと、串揚げ屋台の二の舞いはダメです、天才と祭り上げられるのは勘弁ですよ。
『宝くじは分かるんですが』
「あ、福袋ですね。ざっと言うと棚卸し、在庫処分で詰め合わせを作るんです、中身が見えない様に袋に入れて売るので、賭けの要素が強いんですよ」
『ガレージを売る、とかは有ったと思いますけど、有ったのかも知れませんけど、何でも買って貰えたので僕が知らないだけかも知れません』
「それ多分、罪悪感ですよ、偶に居るんですよ、お金で埋め合わせようとする親。友達が何でも買って貰ってて、恋人も途切れなかったんですよね、今生で考えると寂しかったんだと思いますよ」
『寂しいと言うか、寄す処、だと思ってました』
「心の拠り処、ですか」
『はい』
「すみません、ガッカリさせる道を選んで」
『いえ、アレから良く考えたんです。もし、僕の功績や神様の力でだけで子を成したら、それこそ花霞は罪悪感や使命感に囚われてしまうだろうなと。それにもし本当に弟達なら、絶対に良い子ですから、仕方無いって思えそうだなと、思います』
聞こえたく無かった。
花霞が思った事を、願った事を聞きたく無かった。
「あ、ごめんなさい、もしもの場合を想定しただけで」
『もし花霞の事を記憶から消したら、僕の人生の半分が消えます。ずっと考えてたんです、何処で暮らそう、どうやって暮らそう、家は、結婚式は、って』
「それは。ご趣味は?」
『無いです、早く厄災を収めて、早く身を立てて迎えに行く事だけが目標だったんです』
「趣味を持ちましょう?お仕事以外の趣味」
『僕も、両親みたいに』
「いえ、私を趣味にされるのが嫌なだけです、私が死んで腑抜けになられるのが嫌なんです。まるで道連れじゃないですか、愛してたら望みませんよ、そんな状態」
『子供が居なかったら』
「場合によっては後を追うのも吝かでは無いですが、今は生きて欲しいです」
『後追いの許可が貰える様に頑張ります』
「それから趣味もお願いしますね、一緒に楽しい事をしましょう。何か一緒にしたい事は?」
『この世の出来る事全て』
「流石、転移者は桁が違いますねぇ」
本当に太陽みたいに笑う人で。
月で星で、1番で。
『好きです、笑った顔も、全部』
「待った、待って下さい、口説くのは婚約式の後でと皆さんにお願いしてるので、はい」
『はい、じゃあ、麗江で待ってますね』
僕が受け入れたら花霞も受け入れてくれる。
余談は無い、絶対に受け入れて貰う、絶対に。
《女性の道士様と夜間に密会だなんて、淫靡ね》
『言い寄られてる様に見えたので間違い無いですねぇ』
『何処で目を付けられたんですかね?』
「いや誤解を解かせて下さい?」
花霞って、そう困る事は滅多に無いのだけれど。
良いわね、偶には困らせるのも。
《実は女色家だったとしても、今更驚かないから正直に話しなさい?》
「違うんですって、立ち寄った際に私の事を聞き付け心配して下さっただけなんですって」
《もう、冗談よ、ふふふ》
「あ、いや、女色家が嫌とかじゃなくて、本当、コレ以上はちょっと器をはみ出してしまうので」
『金雉でも流石に無理ですかぁ、女色家』
「いや無理と言うか、考えもしなかったので。あ、別に金絲雀が女色家でも大丈夫ですよ?特に気にしませんし」
『いや私も違いますって。鶺鴒は、はい、違いますよねぇ』
《私も違うわよ?》
『私も、ですけど四家ではそこそこ聞きましたよ、姉妹だとか言って』
『居ましたねぇ、けど本格的な方はそこまでいらっしゃらないかと、結局は家に戻り男性と婚姻を果たす者が殆どだそうで』
『そうなんですね、別に悪い事では無いのに』
《そうよね、誰を害するワケでも無いのだし》
「凄く卑怯で、卑しい算段なんですが」
《そうした者を受け入れるのね、麗江の地区に》
『成程』
『あ、鶺鴒の知り合いに声を、え、居るんですね、お知り合いにそうした方』
木を隠すには森。
珍しいモノを集めに集めた場所なら、確かにハレム程度は霞んでしまうかも知れないわね。
《後は、如何に居心地の良い場所にするか、よね》
『そも地区周辺ですよねぇ、どれだけ周囲に建物が有るか、そもそもどうなってるか』
『崩れてる部分も有るそうで、先陣は既に片付けをなさってるそうで』
「取り敢えずは水回りが使えれば何とかなりますって、人手も有るんですし、それまで英気を養いましょう」
『ですねぇ』
雨泽ちゃん、面倒見が良いのよねぇ。
「嬉しいわ、まだまだアンタと一緒に居れるだなんて」
『だからって絡んで来るなよ、暑いんだってば今日は』
「ご当主様とお話ししたけれど、良い方ね」
『要領がね』
「最後まで見届けるだなんて良い子に育ってくれた、って」
『アイツに育てられた覚えが無いんだよなぁ。つかさ、最後って何処よ』
「そら産むまでよ」
『いやー、どうかね、飽きて他に行ってるかもだし』
「無いわよ、居心地の良くて楽しい場所なんだもの、離れ難い筈よ」
『嫌じゃないってのと好きの違いって何?』
また難しい問題だわね。
けど、そう考えるのは良い事だわ。
「アンタ、同じ事を繰り返し何遍もする事って有る?食べ物でも、寝る事でも良いわよ」
『あー、寝るのは好き、辛い物も好きだけど、慣れって有るじゃん?』
「慣れ親しんだ物事と好き好む、の違い、ね」
『そうそう』
「大切にするかどうか。その刻や周りを大切にするか、疎かにしても何も思わないか、かしらね」
『布団と枕はどうでも良いけど、場所は静かな方が良いな、ただあんまり静かなのは嫌だし。そこで周りの手入れするかどうか、か』
「譲れないモノが有るかどうか、我慢をせずとも大して苦では無いか、手放したくは無いか」
『人には?』
「それらに加えて、喜ばせたいかどうか、かしらね」
『無いなぁ』
「でしょうね」
けれど、踏み込んだ先、よね。
体の関係になったらどうなるか、こうした子って意外と早く落ちるそうだけれど。
どうかしらね、この子の場合。
『離れ難い?』
《うん》
『喜ばせたい』
《何より優先させたい》
『疎かに出来無い、大切にしたい、譲れない、何かするにしても我慢をせずとも大して苦じゃ無い?』
《勿論、得られないなら死んでも良い》
『だから、何で?体の関係が有るならまだ分かるけどさ、何もして無いんでしょ?あ、そこか、凄そう、とか?』
《猫の木天蓼》
『あー、じゃあ何で惹かれてるのか分かんないのか』
《必要だと思ってる、もう居ないと何をしても満たされないと確信してる》
『で臘月は』
《欠けている何かと言うより、半身に近いね、居て当たり前。満たされるし離れ難い》
「そうして一心同体になりたがるのね」
《そうだね》
『そう思った事も無いからなぁ、何で抱けても無いのにそう思えんの?』
《勘》
《そうだね、と言うか体の関係が全てでは無いからね》
『そこも、してないのに言える?』
《俺は言えない》
「ふふふ、蛇は色欲の象徴とも言われてるものね」
『交尾中は絡み付いて離れない、引き剥がそうとしても無理。それ誰が試して広めたんだろ』
「そうね、確かに、相当の物好きか専門の方か」
俺、物好きなのか。
だってさ、本当かどうか知りたいじゃん。
『その専門が出掛けてんだよなぁ』
「そうね、兔子ちゃんは翠鳥ちゃんと、薔薇姫は浩然氏とお出掛け。肝心の花霞ちゃんは鶺鴒とココで女官達とお喋り中、女装して行っても良いのよ?」
《いや、我慢しておく》
『ちょっと悩みやがった』
「お昼は一緒に居られるんだものね、何を食べに行くの?」
《牦牛鍋》
「あらヤダ、精力付いちゃうじゃないの、大丈夫?」
『ヤバいじゃん、誰か付ける?』
「そうねぇ、アンタ久し振りに女装したら?」
『なんで』
《抑えるには男手の方が良いからね》
『いや大丈夫でしょうよ、ココまで来て手出しはしないでしょうよ』
いや考えるなよ。
《頑張る》
「あら残念、折角楽しくなりそうだったのに」
『はぁ、俺を巻き込むな』
いや、やっぱりプラセボって凄いですね。
《すまない》
昼餉に珍しい牦牛鍋を頂いたんですが、精力増強の効果も有るとかで。
でも私は普通なんですが。
「鼻血が出る程に元気なのは良いんですが、私、何かしてしまいましたか?」
《少し、柔らかくなったなと、思って》
あー、成程、お肉が付いたって伝わってるでしょうしね。
しかもさっき少し腕に、触れただけで、コレ?
「大丈夫ですかね、コレで致せます?」
《したい》
この人、本当に無理にでもしそうですけど。
鼻血を垂らしながらされるのは、ちょっと。
あ、私が上に、成程。
「頑張りますね」
あぁ、余計な事を言ってしまったみたいで、ハンカチが一気に真っ赤に。
《すまない》
「いえ、コチラこそ」
どうしてこんなに思えるんでしょう、何もしてないのに。
《血で汚すかも知れないから、先に帰ってくれて構わない》
「いえ、このまま馬車を呼んで涼しい所に行きましょう」
そうして近くの茶楼に行ったんですが、蓮花池園の茶楼って逢引き茶屋だったんですね。
馬車引きの方、なんつー気の使い方をして下さいますか。
《あの》
「あ、満員だそうなので、園の木陰に行きましょう」
流石に園にはイチャイチャカップルは居ませんが、あの茶楼の近くだし、ぶっちゃけ凄い気まずい。
《もう、大丈夫だと思う》
「いえ折角ですし、あ、水場は向こうに有りましたよ、行きましょうか」
《すまない》
可愛いですよねぇ、大の男が背中を丸めてしょんぼりしてると、凄く可愛い。
叱られた大型犬、若しくは飼い慣らされた熊、大人しい鬼。
そうなんですよね、身体的な脅威度は最高峰。
なのに無気力にはならない。
精神的に優位だから、信じてるから。
うん、両方でしょうね。
「ちゃんと我慢してくれる映日果が好きですよ、いつもありがとうございます」
あ、冷水のお陰で防げてますね、鼻血。




