狂信 ~カウンセリング~
高梨がカウンセリングの相手に私を指名し、私が了承の返事をすると、彼女はニコッと微笑んだ。
「そうですか。分かりました。では、神牙さんはこちらの診察室へ来てください」
いよいよか……私がそのように考えていると、高梨は椅子から立ち上がって部屋の奥へと歩いていく。私は彼女が後ろを向いているすきに、出来るだけ鬼島警部とアイコンタクトをとった。
「……」
鬼島警部は力強くうなづく……彼女は大丈夫のようだ。
私は彼女のその様子を確認して高梨に付いて行き、部屋の奥にある扉を開けて中に入る。すると、そこには白衣を着た一人の女性が部屋の中央で立っていた。
「こんにちは、神牙さん。今日はよろしくお願いしますね。私、神牙さんのカウンセリングを担当することになった三河と申します」
三河はそう言って微笑む。私は弱々しく挨拶をして頭を下げる。
見たところ、彼女の年齢は20代後半くらいだろうか? 背丈や体格は平均的な女性の平均といったところだ。愛嬌のある童顔の狸顔は、見ていて人を安心させる効果があるように思える。髪の色は栗色でセミロングヘアーの長さをしている。瞳の色も茶色に近い感じだった。
その姿は、バリバリのキャリアウーマンと言った感じの黒石やどことなく妖艶で陰のある高梨とは違ったタイプの美人だ。
彼女は私に『どうぞ』席に着くように促した。私が言われたとおりに席に着くと、高梨は笑みを浮かべて話す。
「それでは神牙さん。あとは彼女とお話ししてください。大丈夫。心配しなくていいですよ」
……案の定、私が不安げな様子を醸し出していると、彼女は私の肩にそっと手を置いて部屋を後にした……高梨は、鬼島警部の方を担当するのだろうか?
「それじゃあ、カウンセリングを始める前にいくつか質問させてもらいますね」
私が考えをまとめる間もなく、目の前にいる三河は笑顔を浮かべたままそう言った。
私は小さく返事をしてうなづいた。そして少し緊張気味に三河に目を向ける。
彼女はスタイルもいいようで、胸も大きく腰回りも引き締まっていた……いや、スタイルは別にどうでもいいか。白衣を着ていることからして、彼女は医者か研究者だろう。
「……どうかされましたか? 私の格好について何か疑問でも?」
私がじっと見つめていたことに気づいたのか、彼女はそう尋ねた。私は慌てて視線を逸らしてなんでもないと伝える。
「そうですか。ならよかったです」
彼女は相変わらずにこやかな表情のまま、淡々と話を続ける。
「あなたは今、心に深い傷を負っていますよね? それも、かなり深刻なレベルの。あなたはもう、自分の力だけでは立ち直れないところまで追い詰められてしまっているはずです」
「……」私は黙ったまま彼女の話を聞く。
「それで、これからカウンセリングを始めるにあたり、過去のつらい記憶を呼び覚ませてしまうかもしれません。それでも、それは神牙さんのために必要な措置であることを、どうかご理解ください」
私はその言葉に力強くうなづいて、よろしくお願いしますと言った。
こうして私は、彼女と二人きりでカウンセリングを受けることになった。ふと、机の上を見ると、カルテのようなものが置かれていた……そこには、私の名前や生年月日、身長体重などの個人情報が書かれている。もっとも、その大半は偽物だ。
「さて、それではさっそく始めていきたいと思います。まずは、神牙さんの置かれている状況について教えてください」
私は分かりましたと答えて、自分の過去について語り始める。もちろん、『その者』を中心とした支援チームの入念なリサーチに基づいた、架空のものだ。
「ああ、思い出したくないことは言わなくてもいいですよ。あくまで、今の状況を簡単に教えてもらえればいいだけです」
色々と語るうちに私が言葉を詰まらせると、彼女はそう言ってボールペンを走らせる手を止める……なんだか、悪い気分だ。私は慌てて口をつぐんで謝罪する。
「いえいえ、謝る必要なんて全くありませんよ。それにしても、そんなひどい体験をされるなんて…災難でしたね……」
「はい……」
「でも、安心してください。私と一緒に、ちょっとずつ良くしていきましょうね」
彼女はそう言うと、優しく微笑みかけてきた。
「……」
私も同じように笑い返す……正直、彼女の笑顔を見ていると潜入調査をしている自分が後ろめたく感じてしまう。どうか、彼女が無実であってくれ……場所柄と行為のせいか、今日の私はいつになく感傷的だ。
「――なるほど、ありがとうございました。それでは、次にこの絵を見てください」
私があらかた話し終わった後、三河がそう言って見せてきたのは、抽象的な絵画がプリントされた用紙だった。かなりの量がある。
「今から、神牙さんにはこれらの絵をすべて見てもらいます。絵を見て最初に感じた印象を下の空欄に書いて頂けますか?」
私はうなづいて、三河からボールペンを受け取る。
「それでは、始めてください」
私は言われるままに、一枚目の紙に目をやる。
「……」
そこに描かれていたのは、何とも形容し難い不思議な生き物の絵であった。一見すると、人のように見えるのだが、頭部は猫のような耳がついているし、尻尾らしきものも生えている……さらに、体中に毛が生えており、腕や足は人間のものよりも明らかに長く、まるで昆虫のようだった。これは、いったいなんなのだ……。
「……」
私が悩んでいる間も、三河は黙ってこちらに目を向ける。
このまま悩んでいたのでは埒が明かないので、私は空欄を埋めていく。次の紙をめくると、今度は犬の顔をした人間と思しき生物が描かれている。その後も、次々と奇妙な生物の描かれた絵を見せられた。私はその都度、感想を書いていく。
しかし、最初の一枚を除いてはどれも同じような見た目のものばかりなので、私もだんだんと飽きてくるが、ここで手を抜くわけにもいかないので、なるべく真面目に取り組むように心掛ける。
「――お疲れ様です。これで終わりになります」
私がすべての絵に対する設問の空欄を埋めると、三河はそう言ってペンを置いた。私は『ありがとうございます』と言って頭を下げる。
「それでは、結果が出次第また呼びますので、しばらくこちらの部屋でお待ちください」
彼女はそう言い残すと、部屋の奥にある扉を開けて部屋を出て行った。
「ふう……」
私は小さく息をつく……とりあえず、今のところ怪しまれるような行動はしていないはずだ。
そして少しの間ぼんやりしていると、部屋の奥にあった扉が再び開く……三河が戻ってきたようだ。
「お待たせしました。気分はどうですか? 辛くないですか?」
彼女はそう尋ねてきた。私は笑顔を浮かべて大丈夫だと伝える。
「それはよかったです。それでこの後の予定なんですけど、実は今日のカウンセリングはこれでおしまいなんです」
私が少し悩む素振りを見せて理由を聞くと、三河はよどむことなく答えた。
「実は、今日のカウンセリングは患者さんの精神状態をより正確に知るためのテストだったんです。あの絵を見て感想を書いてもらい、それをもとに私達が今その人がどういった精神状態にあるかを知るためだったんです」
「……」私は黙ったまま話を聞いている。
「ですので、神牙さんの今日のカウンセリングは終了となります。この後、鬼島さんも同じカウンセリングを受けてもらうので、その間暇になっちゃいますよね?」私は困ったように「はい……」と答えた。
「それでしたら、せっかくだしこの施設の見学をしてみませんか? ちょうど今なら案内役のスタッフがいるはずなので」
……案内ならば、石川や高梨にもしてもらったが……断らない方がいいか。私は了承の返事をした。
「それじゃあ、行きましょうか」
私は彼女に促されるままに部屋を出ると、三河は鬼島警部に話しかける。
「鬼島さん。神牙さんのカウンセリングが終わったので、お部屋に入ってください」
「あ、はい……」
鬼島警部は、初め不可思議な様子で私達を見ていたが、私と一瞬だけアイコンタクトを取ると、心得たとばかりに席を立つ。
「それでは神牙さん。今係りの者を呼ぶので、ちょっとこの部屋で待っていてくださいね」
私がうなづくと、三河と鬼島警部は隣のカウンセリングルームに姿を消す。
「……」
私は一人になったので、部屋の中を見渡す……特に変わったところはない。普通の診察室といった感じだ。
「……ん?」
ふと、机の上を見ると、カルテのようなものが置かれていた。そこには、私の名前や生年月日などの個人情報が書かれている。どうやら、三河が置き忘れていったようだ。
「……」
私は気になってそれを手に取ると、適当に目を通す。そこには、私の経歴について書かれていたが、そのほとんどが嘘八百であった。当然だ。私が『その者』と協力して作り上げた経歴なのだから。
「……」
私は無言のまま書類を元に戻すと、椅子に座って待機する……それから少しして、廊下側のドアが開いた。
「あ、もういらっしゃっていたんですね」
現れたのは、見知らぬ女性だった。彼女は私の姿を見て、笑顔を浮かべる。
「それじゃ、神牙さん。お連れの鬼島さんのカウンセリングが終わるまで施設の見学をしましょうか?」
私はあらかじめ三河にそう言っていたので、了承の返事をして彼女に付いて行く。
「このあたりは、もう案内されていたんでしたっけ?」
女性は廊下を歩きながら頭の上で人差し指を刺しながらグルッと回す。私はそうですと返事をした。
「そうですか。それでしたら、今日はここ以外の場所を案内しますね」そう言うと、彼女はエレベーターの前に立つ。
「ここは1階なんですけど、他にも食堂や大浴場なんかもあるんですよ」
そう言いながら、彼女はエレベーターのボタンを押す。私は思わず、階段は使わないのか尋ねた。
「あぁ、そっちの方がよかったですか? 一応使えますけど、めんどくさいですから」
そう言って、年若い女性は年相応のはにかんだ笑顔を見せる……どうやら、本気でそう思ってエレベーターを使おうとしたらしい……私の気の回し過ぎだったようだ。
「……そういえば、神牙さんっておいくつなんですか? 見た感じ、結構若そうですけど?」
女性がそう尋ねてきたので、私は少し考えた後に21歳と答えた。もちろん、これは私が決めた架空の設定である。
「あ、そうなんですか? やっぱり、見た目通りですね」そう言って、彼女は笑う。
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私はこの施設で主に入院患者さん達のお世話をしている看護師で、鈴木と申します」
彼女はそう名乗ると、ぺこりと頭を下げる。私も、彼女に『よろしくお願いします』と言って頭を下げた。
「あ、着いたみたいですね」話しているうちに、エレベーターが1階に着き、扉を開く。
「では、こちらへどうぞ」
私は彼女に従って、一緒にエレベーターに乗る。そして鈴木は、二階のボタンを押した。扉はすぐに閉じて、動き出す……そしてすぐに、2階のフロアに到着した。エレベーターを降りると、目の前には広いロビーのような空間が広がっていた。
「ここはロビーです。この階は主に入院患者さん達のための病棟になります。このロビーは患者さん達や職員達が自由に過ごせる場所で、患者さん達はここでお友達を作ったりしていますよ」
「……」私は黙ったまま彼女の話を聞いている。
「このエリアは、比較的おとなしい患者さんが生活しています。ちょっと症状が重かったりして日常生活を送るのが難しい患者さんは、あの隔離病棟の方にいます」
そう言って鈴木が指し示した廊下の先には重々しい鋼鉄製の扉があり、そのネームプレートには『隔離棟B』と銘打たれていた。「あちらの方に行くのは基本的に許可が下りた人だけなんです。神牙さんは通院患者さんですから、あまり近づかないでくださいね?」私はうなづく。
「それじゃあ、行きましょうか」
鈴木はそう言うと廊下を進む。私はその後に続いた。
「――ここには、リハビリを行う運動スペースや図書室などがあります」
やがて、病棟を進んで隔離棟のあるエリアとは反対のエリアに来ると、そこでは確かに運動をしている患者や本を読んでいる患者がいた。当然のように、そばには看護師達が付き添っており、中には誰かが暴れた時のためなのか、屈強な男性看護師もいた。
「……あっ、そうだ」
すると、そこで何かを思い出したかのように鈴木は立ち止まる。
「神牙さんは、読書は好きですか?」
突然の質問に私は困惑したが、とりあえずうなづいておいた。
「そうですか。それなら、今度私がオススメの本を何冊かご用意しておきますね。ここは通院患者さんも使えますから」
私は、ありがとうございますと礼を言う……しかし、内心は複雑だった。本を読むのは好きだが、ここで読むつもりはない。
「これくらいですかね……神牙さんは通院患者さんなので、この施設にいる間使える場所はそれくらいになります」エレベーターに乗って、再び一階に戻ると、彼女はそう言った。私はうなづく。
「ほかにも、許可を得れば見学が許されている場所もあるんですけど……」そう言うと、彼女は時計を見る。
「そろそろ鬼島さんのカウンセリングも終わる頃でしょうし、戻りましょうか」
そう言うと、彼女は歩き出したので、私もそれに従う。それから、私たちはカウンセリングルームの手前にある待合室に戻ってきた。先ほどよりも、人が減っている……時計に目を向けると、まだ午前十時頃だった。私は鈴木に、この施設はいつまで開いているのか尋ねた。
「基本的には朝の九時から夜八時までですけど、職員は二十四時間ずっと常駐してますよ。どうしてですか?」私は読書がしたいからとボソッと答えた。
「ああ、そういうことですか。大丈夫ですよ。通院患者さんも、さっき言った時間内で利用することができますから」そう言うと、彼女は微笑む。
「あ、もうすぐカウンセリングが終わりますね」
鈴木がそう言うと、ちょうど三河と鬼島が部屋から出て来た。
「あぁ、お待たせしました」
三河は私を見つけてそう言うと、鈴木と入れ替わるようにして私の前に立つ。
「それでは、私はこれで失礼します」
鈴木はそう言ってその場を後にした。おそらく、仕事に戻るのだろう。去り際に三河と軽く会釈する。
「さて、これで今日のカウンセリングは終わりです。どうします? まだ終業まで時間がありますし、どこかで暇つぶしでもします?」私は少し考える素振りを見せてから、首を振った。
「分かりました。それでは、また明日会いましょう」
三河がそう言った時、カウンセリングルームよりも奥の扉から高梨が姿を現した。
「あら?」彼女はこちらに気付くと、笑顔を浮かべて近づいてくる。
「こんばんは。カウンセリングはもう終わったんですか?」
私と鬼島警部が肯定の返事をすると、なぜか高梨は『そう……』と言ったきり、私に意味深な視線を向けて来た……私がたまらず、どうかしたのかと尋ねると、高梨はハッとした表情を浮かべていつもの聖母のような笑みを取り繕った。
「ごめんなさい、なんでもないんです。引き留めてしまってごめんなさいね?」
そう言うと、高梨は私に背を向け、歩いて行ってしまった。
「……さ、行きましょうか」
私達の後ろで、三河はそう言った。私達はとりあえず高梨の様子について考えるのを後回しにして、彼女に付き従って施設の玄関に行く。
「それじゃ、次のカウンセリングは明日の午後三時からになりますけど、よろしいですか?」
「はい……」
私も鬼島警部と同じように返事をする。明日は日曜日……妥当な時間帯だろう。
「どうぞ」そう言って、三河は扉を開く。私達は彼女にお礼を言って外に出た。
「ああ、そうだ。言い忘れていましたが、この施設は基本的に出入り自由です。ですから、ここに来る時は事前に連絡する必要はありませんよ」
その言葉を聞いて、私は驚いた。だが、同時にそれは情報収集のチャンスが増すという意味で、ありがたいことだった。
「それでは、今日はこれにて失礼します」そう言って、三河は施設の中に戻っていった。
私達はそんな彼女の立ち去る背中にお礼を言って頭を下げ、そのまま施設内の駐車場に停めてあった車まで戻り、そのまま発進させる。
やがて県道を抜けて国道に出たところでスマホに目を向けると、電波が通じていた……やはり、妨害電波は国道までは通じていないようだ。明日は県道付近で試してみよう。
そのまま、鬼島警部と共に後続に尾行の車が付いてきてないかを確認して、いつものコンビニの駐車場に車を停めて盗聴器の有無を調べる。問題がないと分かると、ふと安堵した。
それから二人でコンビニで夕食を買い、近くの公園で食べた。鬼島警部が缶コーヒーを飲みながら、唐突に口を開く。
「それで、どうだ? 何か気になるものはあったか?」
私はとりあえず特に思い当たらないと伝えると、「そうか……」と言って黙り込んでしまった。それからしばらく沈黙が続く……。
私は、意を決して彼女にカウンセリングはどうだったのかと質問する。すると、彼女は少し考え込むような仕草をしてから答えた。
「……正直なところ、アンタと同じであまり収穫はなかったな。なんか、アタシの経歴のことで適当に話した後、なんか変な絵が描かれたイラストを渡されて、それについて感想を書くっていうのをやったけど……」
やはり、鬼島警部もあのテストを受けたようだ。私は彼女に、自分も同じ内容のテストを受けたと話す。すると、彼女は不思議そうな顔をして、首を傾げた。
「あんたも受けたのか……? そういえば、あのテストは患者の精神状態を調べるためって言ってたな……大丈夫か? アタシ、いたって普通だぞはてな」
彼女はそう言うと、空になった弁当容器の蓋を閉める。私もそれに倣ってゴミをゴミ箱に捨てながら、おそらくは問題ないと告げる。
「そっか……それで、この後はどうする? まだ深夜ってわけでもねぇから、鳴海達と合流するか?」
……私はしばし考えた後、アパートに戻って鳴海刑事達と連絡を取り、大丈夫そうならどこかそう遠くない場所で合流したいと伝えた。
「分かった」
鬼島警部はそう言うと、立ち上がって車の方へ戻る。
そのまま私達はアパートに帰り、自室に戻って盗聴器の有無を調べた。念には念を、というやつだ。幸い、盗聴器などは仕掛けられていなかったため、鬼島警部に鳴海刑事達と連絡を取るよう頼む。
そして、私自身は鬼島警部に断りを入れて自室を後にし、アパートの廊下に出てすぐ左隣の部屋に入った。
「……」
ここは、私専用の部屋である。主に『組織』の関係者や『その者』、あるいはオモイカネ機関のメンバー達以外の、私個人の協力者達との連絡や、もし何かあった時のための避難所として確保している。もちろん、今は誰もいない。
私は専用タブレットで『その者』と連絡をとった。すると、すぐに応答がある。
『なんだ?』
『サルスに通院患者として潜入できた。報告するぞ』
『ああ』
そして私は、サルスに関するこれまでの出来事や施設の構造などを『その者』に教えた。
『なるほどな。お前はこれからどうするつもりだ?』
『余裕があるなら、施設の連中と仲良くなって情報を集めるつもりだ。そこで、できれば組織の人間とコンタクトをとりたいと思っているんだが……できるか?』
私の質問に対して、少し間があった。おそらく、考えているのだろう。しばらくして、『その者』から返信が来る。
『残念だが、組織の人間――つまり、この場合は我々の味方ということだが、コンタクトをとるのは無理だろう。サルスでは、誰が味方か敵かもわかっていないんだ』
『私達に話が来る前にも、組織の人間をあの施設に潜り込ませたはずだ。そいつらはどうなった?』
『……全員行方不明だ』
……その文言が、改めて今回の捜査の危険性を如実に表していた…今すぐにでも、鬼島警部はこの捜査から外そうか?……そう考えている間も、『その者』からはメッセージが来る。
『我々も手を尽くしているが、外部からの支援が精一杯で、内部の状況をどうこうすることは出来ないだろう。何か必要なものはあるか?』私はしばらく考えてから、返信する。
『明日、色々と仕掛けてみる。もしそれで危なくなるようなら、鬼島警部を全力で保護しろ』
『わかった。他には?』
『明日から、なるべくサルスに対して様々な圧力をかけてくれ。同時に、外部から可能な限り調査や探りを入れてほしい』
私がそうお願いすると、しばらく沈黙が続いた。やがて、再び『その者』からのメッセージが届く。
『……分かった。できるだけやってみる。他には?』
私は考え込む……今のところは、特にないな……いや、一つだけあった。
『施設の職員達なんだが、出来るだけ多く、詳細な情報をくれ』
『了解した。他にも気になることがあったらいつでも言ってくれ。それじゃあ、またな』
そして、『その者』との通信が切れる。私はタブレットの電源を落としてから、部屋の電気を消して鬼島警部のいる部屋に戻った。
「終わったのか?」
……鬼島警部の言葉に、私は首を縦に振る。どうやら、彼女は私の行動についてお見通しのようだ。
「そうか。それじゃ、もう寝るか」
そう言って、彼女はベッドの方へ姿を消す……どうやら、先に家事は済ませていたらしい。私も食事や入浴を手早く済ませて、自分のベッドにもぐりこんだ。静かに目を閉じて……そして、眠りについた。