表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/27

厳寒の狩場 ~林の中にあるもの~

 私がホテルの裏手にある林にて不可思議な体験をした後、私は鳴海刑事達を先に下山させて鬼島警部と共にこのホテルの捜査に乗り出した。

 さっそく私と鬼島警部はホテルの受付に戻って呼び鈴を鳴らす。しばらくして、支配人が現れた。ネームプレートには『田中』とある。


「こんにちは。ちょっと伺いたいことがあるんですが、よろしいですか?」

「えぇ、構いませんとも。何でしょうか?」

「実はですね……このホテルの裏手に林があるじゃないですか。そこでちょっと、おかしなことが起きまして……」

「ほう……それはどのような?」


 それから私は、自分が体験したことを説明した。


「……はぁ、なるほど……」田中の表情はかんばしくなかった。

「……何か、ご存じありませんか?」


 鬼島警部がただすと、田中は『ふぅ…』と息を吐いて言った。


「すいません、私は何も……」

「そうですか……」

 鬼島警部は静かに言った。

……あの林には、それなりに強力な結界が張ってあった。ただの人間があの林に迷い込めば、たちまち出られなくなるだろう。その時にあの怪物と鉢合わせしたら……。


(……)


 私は、あの林に対して何者かの漠然とした意図を感じたが……その正体は濃霧に包まれたかのようにはっきりとしない。しかし、そこに強大な悪意の存在を感じざるを得なかった。


「…神牙、どうかしたか?」


 私は、鬼島警部の問いかけに我に返った。どうやら考え込んでいたせいで、表情に出ていたらしい。私はなんでもないと言ってごまかした。


「そうか。んじゃ、とりあえずはこのホテルや敷地、関連する施設なんかをあらかた調査してみようぜ。構いませんよね、え~と…田中さん?」


 ネームプレートに目を向けた鬼島警部に名前を言われた田中は、変わらない笑顔で言った。


「ええ、もちろんです。よろしくお願いします」


 こうして、私達はこのホテルとその周辺の捜査を開始した。

 私達はホテルの敷地を歩き回り、敷地内にある建物を次々と見て回った。まず最初に訪れたのは、ホテルから少し離れたところにある従業員用の宿舎である。

 ここはその名の通りホテルの従業員達が宿泊するために建てられたものらしく、私達が泊まっている本館に比べるとかなり小さいが、それでもちょっとした近代的なアパートのような造りになっている。


「ここって、従業員達の寮みたいなもんなのか?」


 私はそうなのだろうと言って首肯した。このような山奥にあるホテルに毎回通勤するのでは、何かと不便なのだろう。誰がこの建物を建設しようとしたのかはわからないが、合理的な発想だ。


「おーい、誰かいませんか? 開けてください!」


 鬼島警部が大声でそう言うと、すぐに中から返事があった。


「はい、どちら様で?」


 出てきたのは中年の男性で、我々の姿を見て怪訝な表情を浮かべている。


「突然すみません。ウチら、こういうもんです」


 そう言って鬼島警部は警察手帳を取り出して男に見せるので、私も同じようにする。


「警察……ですか?」


 男性は我々が差し出した手帳を見て、さらに困惑の色を深めた。無理もない。こんなところにいきなり警察官が現れれば誰だって不審に思うはずだ。だが、私達が怪しい人間ではないということを証明するためにも、致し方ない。


「ええ、そうなんですよ。実はですね……」


 鬼島警部が事情を説明すると、男は納得した様子を見せた。


「ああ、あの停電。確かに、私も体験しましたよ、管理人室でね。そういうことでしたら、どうぞ」


 そして、我々は彼の案内のもと建物の内部を見せてもらえることになった。


「こちらが食堂です」


 男の案内で、まずは一階の広い空間に連れてこられた。そこにはテーブル席がいくつかあり、カウンターの向こうには調理場があるようだ。


「へぇ~! 結構立派な設備ですね」鬼島警部がそう言うと、彼は照れ臭そうに笑った。

「こんな山奥ですからね。娯楽なんてほとんどないし…せめて美味しいものでもと、オーナーが作るように言ってくれたんです」

「オーナーはどちらに?」鬼島警部が尋ねると、男はホテルの本館の方を指差した。

「この時間なら、本館にいるはずですよ。この後行ってみてください。従業員の誰かに聞けば会えると思うので」

「ありがとうございます。それじゃあ、引き続き案内してもらっても?」

「ええ、構いませんよ」


 それから次に連れて行かれたのは、従業員達の部屋が並ぶ二階だった。


「この階は主に男性用になっていて、個室になっています。女性の方々は三階に住んでいます」そう言いながら階段を上って三階に着くと、そこも二階と同じように部屋が並んでいた。

「なるほど……。ちなみに、あなたはここで働いている人なんですね?」鬼島警部が聞くと、男はうなづいた。

「ええ、そうです。申し遅れました。この寮で管理人をやっております、置田と申します」

「そうですか。では、早速聞きたいことがあるのですが……」

「はい、何でしょうか?」


 鬼島警部が質問を始める。


「昨日の夕方から今朝にかけて、この寮で何か変わったことはありませんか? 些細なことでもいいので、教えてほしいんですが……」


 すると、置田は顎に手を当てて『ん~……』と考えるような仕草をしてから言った。


「そう言われても……先ほど申し上げたように停電以外には特に何も。強いて言えば、今朝は少し騒がしかったぐらいかなぁ……みんな、どこかそわそわしていました」

「あ、なるほど。たぶんそれは昨日の停電の件でしょうね」鬼島警部が言った。

「やっぱりそうだったんだ。私も、あれは驚きましたよ。あんなこと初めてだったもので…」

「……ところで、その停電はこちらではどのくらい続いたので?」鬼島警部が続けて質問する。

「確か……そう、本当に真っ暗だったのは二、三十秒ほどだったと思います。すぐに非常電源に切り替わって、特に問題はなかったんですけどね。まあ、その時はちょっとびっくりしましたが」

「そうでしたか。その非常電源というのは、ホテルの方にあるやつですか?」

「いえ、この寮にもあるんですよ。というか、このホテルに関連する施設には全部もしもの時のために非常電源が設置されています。普段は麓から電線なんかで電力を供給してもらってるんですがね」


 置田が言ったことは、支配人の田中と一緒だ。


「ほう……この寮の非常電源は、やっぱり地下の方に?」


 鬼島警部がそう尋ねると、置田はうなづいた。


「ええ、見に行かれますか?」

「ぜひお願いします」


 こうして私達は、彼の案内のもと建物の中にある階段を下って地下へと向かった。階段を下りていくと、そこは広々とした空間になっており、壁際には鉄パイプで作られた太い柱が何本も立っていた。


「ここが、非常用発電装置のある場所です」


 彼がそう言うと、鬼島警部は彼の後に続いて部屋の中に入っていった。私もそれに続く。

 部屋の中には様々な機械が置かれていて、まるで工場のような雰囲気である。


「これは……凄いですね!」鬼島警部が感嘆の声を上げた。

「そうなんですよ。これがなかったら、私達は生活できませんからねぇ」そう言って、彼は苦笑いを浮かべた。

「ところで、発電機はどこにあるんです?」

「えっと……多分、あの辺りだとは思うんですが……」


 彼はそう言って、壁の辺りに目を向ける。そこには、ホテルの本館の地下にあったものと似たような発電機があった。


「ああ、あった。あれです」

「なるほど」


 鬼島警部は置田が指し示した発電機に近づいて調べてみるが、特に気になるものはなかったのか、早々に興味をなくしたようだ。そして再び置田の方を向くと、質問を再開した。


「それで、他に変わったことはありませんでしたか?」

「そうですねぇ……。ああ、そういえば一つだけ。停電が起こった直後、こっちの様子を見に来た従業員の間でちょっとした噂話が流れましたね。何でも、『停電は悪魔の仕業だ』とかなんとか……」

「へぇー! そりゃまたどうして?」

「このホテルの裏にある林は御存知ですか?」


 その言葉を聞いた瞬間、私の心臓がドクンと跳ね上がったような気がした……今回の一連の騒動には、あの林が関係しているのだろうか?


「ええ、もちろん。人が行方不明になるんですよね?」鬼島警部がうなづくと、置田は話をつづける。

「なんだ、すでに知っていましたか。ええ、そうです。それで、あの林の奥には、小さな祠というか、岩というか……そういうのが祀られているんです。なんでも、昔はこの辺一帯を治めていた豪族が住んでいたらしく、その豪族が使役していた神様なのだとか。人が消えるようになってから、今はもう誰も近づかない場所ですが……」

「それがどう関係しているんです?」

「実は、その祠がある場所の少し手前にはちょっとした池があるんですが、最近そこで妙なものを見たという噂がありまして……なんでも、カラスのような姿をした怪物が見えたらしいんですよ。まあ、ただの噂なので信憑性はないのですが……もしかしたら、その従業員達が言っていた悪魔はその怪物なのかなって…」

「なるほど……」


……またしてもだ…あの怪物は、どうやら私以外の人間の前にも姿を見せていたらしい。となれば、その理由が気になる。なんらかの拍子にこの世に顕現けんげんするようになったのか、あるいは元々あの土地に棲み着いていたのか…その辺りの事情が分かれば、今回の騒動の真相にもある程度の見切りをつけられるはずだ。


「……わかりました。ありがとうございます」


 鬼島警部はそう言って頭を下げると、私に目配せをする。

 私は置田に、悪魔を見たという従業員が寮に帰ってきたら聞き込みに応じるように説得してほしいことと、捜査への協力に対して礼を言って、鬼島警部と共に寮を後にした。


「……どう思う?」


 寮を出て少し歩いた駐車場の真ん中で、鬼島警部は林に目を向けながら言った……私はその問いに、無関係とは思えないとだけ言った。


「同感だぜ。おそらく、従業員が言っている『悪魔』っていうのは、アンタが見たバケモンで間違いないだろう。ただ…」鬼島警部はそう言うと、腕組みをして考え込む。

「それがホテルの停電とどう関係があるのか。それと、そのバケモンの正体が気になるな」


 鬼島警部の言葉に、私は同意する。

 もし仮に、あの悪魔がホテルの停電と関係しているとするならば、それは一体どういうことだろう?

 そもそも、置田が言っていた豪族とその者に使役されていたという神様の話が残るあの林一帯と、ホテルの停電には因果関係があるのだろうか? それとも、そこまではさすがに考え過ぎか?


「まあ、考えても仕方ねえか。まずは、あの林に行ってみようぜ」


 鬼島警部の提案に、私も賛成する。そして、私達は林に向かって歩き出した。


                       ※


 例の林の中をしばらく歩くと、木々に囲まれた開けた場所に出た。例の池がある場所だ。そこは林の中にあって、ぽっかりと穴が開いたような空間になっていた。


「ここか? 例の場所は……」鬼島警部の質問に、私はうなづく。

「じゃあ、早速行ってみるか」


 鬼島警部はそう言って、私の目の前にある池の方へと向かっていった。そして、池の周辺を調べ始める。


「……特に変わったところはねぇみたいだが……」


 鬼島警部は辺りを見回しながらそう呟いた。私は同意する。今は、あの時感じた嫌な気配がしない。そのことを彼女に伝えると、鬼島警部はため息をついた。


「はぁ…ま、しょうがねぇか。それならそれで、やばくならねえうちに祠とやらも調べちまおうぜ」


 私は同意して、彼女をその場に案内した。


「うお、これか? 今にも崩れそうだな…ボロい神社だぜ。どうせ祀ってる神様もたいしたことねぇんだろ?」


 神社を見て鬼島警部が言った一言は、もしそこにまつられている神が聞いていれば助走をつけてドロップキックでもくらわせたくなるような、ひどいものだった。

 私はそんな彼女を半ば無視する形で境内けいだいに入る。中に入ると、鬼島警部が興味深げにあちこちを見回すのが分かった。


「ほぉー……随分と荒れてんな」


 確かに彼女の言う通り、境内は酷い有様だ。草木は伸び放題で手入れなどされておらず、賽銭箱は完全に朽ち果てていて、中には何も入っていないようだ。

 屋根が半分以上崩落していて、かろうじて残っている壁には何かのシミのようなものが見える。まるで、何十年も前から放置されているかのような状態だ。

 私は周囲を警戒しつつ、彼女に目の前にある注連縄しめなわが取れかかった岩と磔にされた人形について説明を始める。すると、彼女はすぐにその話に興味を持って耳を傾けてくれたので、思ったよりも早く説明することが出来た。


「なるほどな……。この祠が今回の件とどう関わっているのか分からんが……まあ、調べる価値はあるかも知れねぇ。ちょっと待ってくれ」


 鬼島警部はそう言って、スマホを取り出すと撮影を始める。


「よし、こんなもんでいいだろ。この人形気味悪りぃし……さっさとずらかるぞ」


 鬼島警部は撮影を終えて手短にそう言うと、私を連れて足早にその場を離れる。

 それから、私達は来た道を引き返していった。


「……しかし、参ったな……」帰り道の途中、鬼島警部が呟くようにそう言った。

 何が参っているのか聞くと、「ああいや、別に大したことじゃないんだけどよ」と言ってから話し出す。

「アタシはてっきり、この事件が人の仕業かと思ったんだけど…どうもそうでもない可能性が出てきただろ? で、その場合はいつもアンタを頼ってきたわけだ。

 でも、今のアンタはいわゆる『あの世』の奴らに対抗できる手段なんか持ってきてねぇだろ? 今回の事件は、ただの遭難事件の帰りに起きたんだからよ」


 私はうなづいた。しかし、相手によっては徒手空拳でもなんとか対応はできると付け加える。


「……そいつは頼もしいけどよ。あんまり無茶すんじゃねぇぞ」


 鬼島警部の言葉に私は返事をする。そして、私達は駐車場まで戻ってきた。


                     ※


  駐車場に戻ると、そこには置田の姿があった。彼は私達を見つけるなり、駆け寄ってくる。


「ああ、刑事さん! 良かった、無事だったんですね!」


 置田の言葉に、鬼島警部は「ええ、まぁ…」と返す。


「それで、何か分かりましたか? 例の悪魔とやらは見つかりましたか?」


 興奮気味に話す置田とは対照的に、鬼島警部は落ち着いた様子で首を横に振った。


「いえ、残念ながら。確かに置田さんが言われるような池や祠なんかはありましたが、特に何も起きませんでしたね」


 鬼島警部がそう答えると、置田は明らかに落胆した表情を浮かべた。


「そうですか……」

「ただ、気になることがありまして……」


 鬼島警部はそう言って、先程撮影した写真を見せる。それを見た置田の顔がみるみると青ざめていくのが分かった。


「これは……」そう呟いて絶句する彼に、鬼島警部が尋ねる。

「これが、あなたの言っていた祠ですか?」

「さぁ、分かりません…」

「わからない?」


 置田の答えが不満だったのか、鬼島警部の眉間にシワがグッと寄った。


「え、ええ。私はあくまで話に聞いただけで直接見たわけではないので……でも、なんだかそれっぽいですね……」

「ああ、なるほど…」


 鬼島警部は納得したようで、それ以上は追及しなかった。

 そのまま置田とは駐車場で別れて、私たちはホテルの本館に戻った。部屋に戻る途中、鬼島警部がふと口を開く。


「あ、そうだ。このホテルのオーナーに会っていこうぜ。その人なら、何か知ってるかもしれねぇしよ」


 私はうなづいて、鬼島警部と共にロビーまで戻った。ちょうどそこには、受付の女性がカウンターで仕事をしているようだった。


「あの、すみません」


 鬼島警部が声をかけると、長い黒髪を後ろでキッチリと結った女性はこちらを向く。彼女は少し驚いた顔をした。


「はい、なんでしょうか?」

「今、このホテルのオーナーさんはいますか? ちょっとお話を聞きたいことがありまして」

「オーナーに……ですか?」


 女性の反応を見て、私は慌ててまだ話を聞いていないからと補足を入れる。


「はあ、そうですか…少々お待ちください」


 彼女はそう言って奥の事務室に消えていく……少し待っていると、私たちの目の前に意外な人物が現れた。


「刑事さん、何かありましたか?」

「田中さん?」


 支配人の田中が現れて、鬼島警部は少々面食らったようだ。だが、私の推測が正しければ……。

 私は田中に、あなたがこのホテルのオーナーなのか質問した。


「はい、その通りです」


 予想通りの回答だ。私も少し驚いたが、今は気にせずにしておく。


「田中さん…失礼ですが、あなたはこのホテルの裏手にある林について何か御存知なんじゃないですか?」


 鬼島警部がそう言うと、田中はゆっくりとうなづく。


「ええ、知っています。おそらく、刑事さん達も知ったのですよね? ならば、私がそのことを話さなかった理由は簡単です。私としては、そのような……人を不安にさせるような噂でホテルへの客足が減るのは容認できません。

 幸いなことに、あの林で行方不明者が続出しても、なんとかこのホテルが経営できるほどにはお客様の足が向いています。そんな時に、行方不明の原因が遭難などではなく悪魔だ怪物だの仕業なんて噂が流れたら……」田中は険しい顔をしてそう言った。

「……確かに、それはそうですね。では、あの祠についてはどうでしょう?」


 鬼島警部がそう言うと、田中の顔はさらに険しくなっていく。


「あれに関しては、私も詳しくは知りません。ただ、昔から伝わる伝承があるのですよ」

「豪族が使役していた神がどうのこうのってやつですか?」

「なんだ、それも知っていたんですか? あ、もしかして置田に聞きましたか? 従業員寮の管理人をやっている…」

「ええ、まぁ」

「そうですか。まぁ、とにかくあの祠のことはあまり詮索しない方がいいと思いますよ。私自身、あまり関わりたくありませんからね」

「わかりました。それじゃあ、最後にひとつだけいいですか?」

「はい?」

「あなたは、このホテルのどこかに悪魔が潜んでいる思いますか?」


 鬼島警部の言葉に、田中はしばし考え込んでから口を開いた。


「……実際に悪魔がいるかどうかはわかりませんが……あの世の存在のようなものはいると思います」

「ほお?」

「ここは人里離れた山奥の立地ですから、そういった不可思議な存在がいてもおかしくはないと思います。実際問題、あの林の中にある神社だってそのような存在を祀るために建立こんりゅうされたわけですし……」

「なるほど……」鬼島警部はそう呟いて、話を締めた。

「それでは、私たちはこれで」鬼島警部がそう告げると、田中は一礼する。

「また何かあればどうぞ……」


 田中はそのまま、カウンターの奥へと戻っていった。


「さて、次はどこに行くかな……」


 鬼島警部はそう言いながら、ロビーのソファに腰掛けた。私もそれにならって隣に座り、これまでの捜査で感じたことを質問した。


「んー、そうだな……」鬼島警部は顎に手を当ててから、口を開く。

「まず、ここのホテルや関連施設なんかには怪しいところはなかった。宿泊客達も不審な点は無かったし、停電以外に起きた事件と言えば、アンタが経験した怪奇現象だけだ」


 私は肯定の返事をした。鬼島警部は続けて話す。


「あとは、林の中の池や神社が怪しそうな気はするが……それが停電とどう関係あるかは分からねぇんだよなぁ…どっちかっていうと、あれは行方不明者と関係がありそうだし…」


……確かに、その可能性の方が高いように思える。私は同意した。鬼島警部はその様子を見て、言葉を続ける。


「とりあえずは、今日のところは切り上げるか……どうせまた明日もここで捜査することになるだろうし、その頃には鳴海達も戻ってきてるだろ」


 私はうなづいた。すると、鬼島警部は時計をチラリと見る。時刻は既に夜の九時を過ぎており、私は少し驚いた。意外と長時間捜査していたようだ。私は鬼島警部に、今日はもう休むように提案した。


「おう、そうだな。メシにしようぜ」


 鬼島警部はそう言って立ち上がる。私はそれに付き従い、2人でホテル内にあるレストランへと向かってそのまま食事をしていると、ふとあることに気が付く……レストラン内に併設された厨房が騒がしいのだ。

暇だからおしゃべりしているという風でもない…むしろ、声質からして緊迫した様子が伝わってくる。だが、レストラン内で私達と同じように食事をしている宿泊客や鬼島警部はそのことに気が付いていない様子だ。


(……)


 デザートを食べ終える頃には、厨房のみならずこの席から見えるホテルの受付や外の駐車場まで慌ただしくなっていた。さすがに気づいたのか、宿泊客の女性が私達に話しかけてくる。


「あの…刑事さん、何かあったんですか?」

「いえ、私たちは何も……」


 鬼島警部は素直にそう答えた。私も同様の返事をすると、女性は『はぁ……』とため息をついて不安な様子でレストランを後にしていった。


「あ、刑事さん」


 彼女と入れ替わるようにして、田中が姿を見せる。どうやら、かなり焦っている様子だ。


「何かありましたか?」鬼島警部に聞かれて田中が答える。

「ええ、実はお客様が行方不明になってしまいまして…先ほどから探しているのですが姿が見当たらず…」

「いなくなった客というのは?」

「お二人が事情聴取していた、あの夫婦です」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ