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屠殺者の末路 ~誰が相手でも~

 その後、我々は警視庁の地下にあるオモイカネ機関本部にいた。つまり、仮の資料保管室だ。

 その中では、テレビにくぎ付けになった鬼島警部を中心に私を含めた全員が緊張した面持ちになっている。テレビ画面からは、そんなことなどお構いなしとばかりに続々とニュースが舞い込んできた。まず最初に流れたのは、逮捕された男の氏名だ。

 名前は、小此木真治。年齢は四十歳。職業は、医師。そして、彼はこう名乗っているらしい。

『連続殺人犯・小此木 真治』――と。


「……ちっ、まさかこんな結末になるとはなぁ…」


 鬼島警部の恨み節が聞こえてくる……普段ならたしなめるところだが、今は私も同じ気持ちだった。ただし、私としては『なぜ、今になって?』という疑問の方が強いが……。


「えぇ、本当に。でも、これで良かったのかもしれませんよ」

「ああん?」


 鳴海刑事の言葉に、鬼島警部はヤンキーそのものといった調子で振り返った。


「だって、これでもう事件は起きないわけですから」

「けっ! 冗談じゃねぇぜ!」


 鬼島警部は吐き捨てるように言う。

 そして、再びテレビの方に向き直ると、苛立たしげにチャンネルを変えた……すると、ちょうどニュース速報が流れるところだった。内容は、逮捕者の続報である。


『先ほど、警視庁によりますと、殺人容疑で現行犯逮捕されました小此木容疑者は、取り調べに対し、『自分がやった』と容疑を認めているようです。また、事件発生から一週間近くが経過しており、捜査の難航が予想されていましたが、今後は余罪の追及も視野にいれて慎重に進める方針とのことです。続いてのニュースは……』


 ニュースキャスターは淡々と原稿を読み上げる。

 その後も鬼島警部は手元のリモコンで次々とニュースを切り替えていくが、どれも似たような報道ばかりだった。

……私はメンバー達に、今日はもう帰ってゆっくり休むように言って、専用タブレットを取り出して『その者』と連絡を取った。すると、向こうからすぐに返事があった。


『なにが言いたい?』


……その文面を見ただけで、私は奴がすでにニュースを知っていると分かった。

 もっとも、『組織』の情報機関に所属している『その者』ならば、そのようなことはニュースになる前に知っているだろうし、なんだったら警察にそうするように仕向けることだって可能だろう。とりあえず、私は奴にメッセージを送った。


『もう事件は終わったのか?』返信はすぐにあった。

『さぁ……どうだろうね。君はどうする? このまま続けるのか? それとも……やめるのか? 決めるのは君自身だ』


 そのメッセージを目にして、私はしばらく考え込む。そして、結論を出した。


『やめない。まだ、終わっていない』


 そう送信すると、今度は即答ではなく、少し間を置いてから返ってきた。


『わかった。それなら、今からちょうど十五分後に警視庁の一階ロビーに向かうといい。次のことはその時に話そう』


 私は『了解』とだけ返信して、その時を待った。


「神牙さん? 帰らないんですか?」


 見ると、すでに帰り支度を済ませたオモイカネ機関のメンバー達がいた。私は鳴海刑事に、私はまだ用事があるからと言った。


「ああ、そうなんですか。わかりました。では、お先に失礼します」

「お疲れ様。お前も、ゆっくり休むんだぞ」

「管理職ってのは大変だな。ま、おつおつー」


 皆はそれぞれ挨拶をして去っていく……最後に残ったのは私だけだった。そして、時計を見ると、あと十分ほどで『その者』が言っていた時間になる。

 私は急いで帰る準備をし、それから一階の受付まで向かった――そこで待っていると、やがて見覚えのある人物がやってきた。

 それは、本郷警部だった。しかし、その傍らには年若い男と警察の制服を着た壮年の男性がいた。私はそのうちの若い男性の顔に見覚えがある……確か、彼は矢代大地だったはずだ。彼らは、私のそばまで来ると、立ち止まった。


「神牙……」


 本郷警部はなんともいえない表情を浮かべてそう言った。


「なんだね? こいつも、君の部下か?」

「いえ、違う部署の人間です」


 制服姿の男性に問われて、本郷警部が言った。

 どういうことだろうか……あの本郷警部がこれほど低姿勢で相対する相手とは、いったい何者なのか。そんなことを考えていると、男性は私に話しかけてきた。


「私は警視庁刑事部捜査第一課の管理官をしている警視の矢代だ」


 彼は警察手帳を見せながら自己紹介をした。私は……適当なプロフィールで自己紹介をした。


「神牙…ふん、聞かん名だな」矢代はそう言って若い男性の方に目を向ける。

「お前ら下の者がウチの息子にあらぬ疑いをかけたようだがな…犯人は別人だったわけだ。この落とし前は、必ずつけてもらうぞっ!」


 そう言って、矢代は若い男性――に『来いっ!』と命令して警視庁を後にする。それを本郷警部は終始申し訳なさそうにしながら見送っていた。

 その様子を見て、私はようやく理解した。おそらく、これは矢代警視が仕組んだことだろうと……。


「神牙……すまない」


 見送りが済んだのだろう。警視庁の正面玄関から戻ってきた本郷警部は私に向かって謝った。

 私がどうしてと質問すると、彼は言った。


「俺がもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかったかもしれない……」


 本郷警部は本当にすまなそうにしている。だが、今回の件に関しては本郷警部に非はないだろう。

 なぜなら、彼がこの事件に対して、いつも通りに全力で解決しようとしていたからだ。刑事たるもの、そうでなければならないだろう…私が言えたことではないが。

 だから、私はこう答えた。


『あなたは何も悪くない。これからも頑張ってください』


 本郷警部は驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうな顔で『ありがとう』と言ってくれた。


「まったく……お前と話していると、まるで新人だった頃に戻ったみたいだな…」


 本郷警部はそう言って『じゃあな』と手を振って自分の住処――捜査一課まで戻っていった。

……

『面白かっただろう?』


 奴はこのことを予見していたのだろう。私はすかさず返信した。


『少なくとも、本郷警部を不憫ふびんに思った』

『なんだ。君達はもう関係が改善していたのか? てっきり、喜ぶかと思ったんだが』

『少なくとも、この事件について今何が起きているのかは理解した』

『ふむ……それなら、まぁ、いいだろう。それで、君はどうするんだ?』

『当然、捜査を続ける。それが、私の役割だ』

『もうわかっているとは思うが、矢代警視を敵に回すことはリスクがあるぞ。それでもやるか?』


 私はその文言に、迷わず答えた。


『少なくとも、奴の息子は殺人鬼だ……であれば、相手が組織の人間だろうと逮捕する。オモイカネ機関の本来の存在意義とは異なるが、少なくとも今現在与えられている任務の一つだ。遂行して見せる。どうせお前も、私がそうすると踏んで情報を与えたのだろう?』


 すると、『その者』は『そうだ』とだけ返信してメッセージを送ってきた。


『思いっきり暴れるといい。後始末は私が引き受ける』


 私は『その者』とのやり取りを終えると、すぐに動き出した。

 まず、本郷警部に連絡して、矢代大地の逮捕に備えて捜査一課に根回しをすることにした。それから、次に矢代親子の自宅を調べることにした。あの様子では、矢代大地と矢代警視は同居している可能性が非常に高い。

 私はそう考えながらあえて警視庁のデータベースにアクセスした。するとやはり、彼らは都内の住宅地にある一軒家で生活していることが分かった。

 ちなみに、私がオモイカネ機関のサーバーではなく警視庁のサーバーでその調べ物をやったことには理由がある。

 もし、矢代大地が真犯人ならば、矢代警視は自分達について調べまわっている人間を極度に警戒しているはずだ。『組織』の一員で警視庁の管理官ポストにいる人間ならば、子飼いの人間も警視庁内には数人はいるはずだ。

 警視庁のデータベースを使用して彼らのことを調べていれば、その情報網から彼に連絡が入り、彼は私の存在を認識するだろう……少なくとも、これで本郷警部率いる捜査一課は安泰だ。同時に、この事件はこれ以上鳴海刑事達と共に捜査するわけにはいかない。

 ここから先は、やはり『組織』内部の抗争に近いものに発展するはずだ。そのような現場に彼らを同行させる必要はないと思う……ただ、一応は『その者』に連絡をしておこう。


『どうした?』

『鳴海刑事達のことだが、この事件が片付くまでそちらで保護していてほしい』

『ああ、そのことか。心配するな。すでに信頼できるチームに警護させている』


 さすが、仕事が早い。私は『その者』に礼を言って、今夜矢代宅を見張ると告げた。


『ああ。その方が良いだろうな。父親に叱責されたとあれば、そのストレスは尋常ではないだろう。今夜中にでも、また犯行に及ぶ可能性は高い』

『わかった』

『くれぐれも気をつけろよ』

『お前こそ、後始末でしくじるなよ』

『わかっている。君に言われたくはないが……まぁいい。健闘を祈る』


 そして、私は警視庁を出て準備に取り掛かった。


                        ※


――深夜1時30分。

 準備を終えた私は矢代邸を張り込みながら、あることを考えていた。それは、今回の事件に関してのことだ。

 そもそも、今回の事件はあまりにも不自然なのだ……なぜなら、今回の事件の被害者であるホームレス達は、若い男性を除いて残念ながらいまだに身元が判明していない。おまけに、そのほとんどが内臓の一部を摘出されている。

このような異常な殺人事件の場合、本来は異常者による犯行を疑うわけだが、今回の事件に関しては『その者』が初めから『組織』との関連を伝えてきている。

 それも、これまでとは違って、『組織』そのものの不手際ではなく、あくまでもその構成員の関係者――今となっては身内となるわけだが、そういった存在が引き起こした事件であることはすでに明白だろう。

『組織』はなによりも秘密を重視する……いらぬトラブルで自身の存在が少しでも世間にバレるような危険性がある今回のような事件が起きた時、本来であれば『組織』としては報道管制と並行して犯人を秘密裏に処理するはずだ。

 だが、今回に限ってはそのようなことは一切起きていない……これは、どういうことだろうか?

 かつて、『その者』が言っていたこと――上層部の怠慢や腐敗と関連しているのだろうか? だとすれば、矢代大地の存在は『組織』にとってどのような意味を持つのだろうか?……そんなことを思っていると、矢代家の玄関が開いた。中から出てきたのは、矢代大地だ。

 彼はそのまま自分の車に乗り込むと、どこかへ走り去っていった……私は彼の後をつけることにした。

 矢代大地の車は住宅街を抜けて、郊外まで走っていった。しばらく走ると、彼はとある廃工場の中に入っていった。

……私はそこで、嫌な予感に襲われた。

 失態――それこそ、世間にバレれば死刑になってもおかしくない失態を犯した息子の深夜の外出を、両親は止めなかったのだろうか?

 私はそう思いつつ、周囲に人がいないことを確認した上で車を目立たない位置に停車して、装備を整えた。拳銃――サイレンサー付きのM1911カスタムとプレートキャリア、それにコンバットナイフ……鬼島警部が言うところのイカレた野郎を相手にするならば十分な装備品だろう。そして、念のために『その者』にも連絡を入れる。


『なんだ?』


……毎度思うのだが、奴はいつ寝ているのだろうか? まぁ、連絡を入れるような奴が気にすることではないか。


『自宅から矢代大地を追跡して、今は郊外の廃工場に入っていた。場所は――』


 私は工場の場所を伝えると、奴から返信が来る。


『この時間に息子を外に出すとは、随分とお粗末な親だな。やはり、矢代警視は焦っているのか。それとも、別の理由か……どちらにせよ、そのまま監視を続けてくれ』

『了解した』


 私はそれだけ返事をすると、矢代大地が入った工場の入口が見える物陰に移動した。

 それから数分後、特に動きは見られない。私は意を決して工場に潜入することにした。工場内は当然ながら真っ暗だったが、月明かりのおかげで視界は確保できそうだ。私は気配を殺しながらゆっくりと工場内に足を踏み入れた。

 そして、工場の奥へと進んでいく……すると、人の声らしきものが聞こえてきた。


「……――」


 その声は話し声というよりも、何かブツブツとつぶやくような声だった。


「……――」


 私はその声を辿って、さらに奥に進む。

 そして、ついにその人物の姿を確認した……それは、矢代大地だ。

 しかし、その表情はまるで別人のように狂気じみており、目も虚ろで焦点があっていないように見える。


「――あぁぁぁぁぁぁぁ……」


 その時、突然彼が叫び始めた。そして次の瞬間には、私の方に突進してきたのだ!――私は咄嵯に身を翻したが、脇腹に違和感を感じた。どうやら、刃物か何かで切られたらしい。ただ、プレートキャリアによって防がれたようだ……私はすぐに反撃に移る。

 相手は素人……しかも、錯乱状態になっている以上、その攻撃は大振りで避けやすいものだ。私はそのまま相手の懐に入り込むと、相手の腕を掴みながら一本背負いで投げ飛ばした。


「ぐっ!」


 矢代大地は背中を強く打ち付けたようで、苦しそうなうめき声を上げた。私はそのまま彼を後ろ手にして結束バンドで拘束した。


「お、お前、僕にこんなことしてただで済むと――」


――うるさいのでうまく顎に膝蹴りをかまして矢代を気絶させた後、私は『その者』と連絡を取る。


『矢代大地を確保した』

『どうした? 尾行がバレたのか?』

『いや、近づいたら、いきなり襲い掛かってきた』


 私はそこで、矢代がいた空間に目を向ける。

……そこには大量の血痕と白骨化した…おそらく小動物などの遺体が散乱していた。種類はまちまちで、猫や犬、鳥などが中心のようだ。


『それで拘束したということか。それなら、今から組織の者を向かわせよう』


 ついでに、私は目の前の光景についても奴に教えておく。


『それと、ここに調査班を寄越してくれ。おそらく、ここが矢代大地の最初期の犯行現場だ』

『了解』


 それだけ返信が来ると、『その者』からの通信が切れる。さて、これから忙しくなりそうだ……。

――1時間ほど経った頃だろうか? 工場の入り口の方から複数の人間の足音が聞こえてきた。


「……――」


 やがて、暗闇の中から数人の男女が現れた。

 その中でたった一人の女性は、私が幾度も出会った茶髪のボブカットの女性だった。彼女は私を見るなり話しかけてくる。


「お久しぶりです、神牙所長」


 私は彼女に挨拶をして、まだ意識を失っている矢代大地を引き渡す。


「彼が犯人ですか?」

 私はうなづいた。すると女性は、男たちに指示を出して矢代を引き取っていく。そして、残った女性――おそらく、『その者』が所属している『組織』の情報機関に属する調査員の女性が、口を開く。


「……――それで、ここで何があったんですか?」


 彼女の質問に対して、私は簡潔に答える。


「……なるほど。彼はここで小動物を相手に殺害行為に及び、その対象が人間にエスカレートしたと……」


 私は無言のまま、首肯する。


「わかりました。では、我々はこれで失礼します。また、何かあればご連絡ください」


 そう言って、彼女は部下たちを連れて工場を後にする。

 そして、その場には私だけが残された。私は再び『その者』と連絡を取る。


『今、お前の部下に矢代を引き渡した』

『ああ、こっちでも確認している。よくやった。ありがとう』

『それはいいんだが、結局、矢代の事件は解決したという解釈で良いのか?』

『そうだな。とりあえずは一件落着ということで構わないだろう。まぁ、君の仕事はこれからも続くだろうがね』


……確かに、私の任務はこれからも続くだろう。私自身、それで構わないと思っている。


『ところで、この廃工場はどうするつもりだ? このまま放置しておくわけにもいかないだろ』

『それに関しては、こちらで処理する予定だ。君は帰って休んでくれ。今日は本当に助かったよ。感謝する。お疲れ様』

『……了解。それじゃあ、また何かあったら呼べ』


 私はそれだけ言うと、工場を立ち去った。

 こうして、今回の事件もひとまずは幕を閉じることとなったのである……ふと上を見上げると、いつの間にか空が明るくなっていた……睡眠時間が確保できるといいんだが……。

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