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屠殺者の末路 ~解剖後の展開~

「しかし、この前の事件で思ったけどよ……」車が走り出してすぐに、鬼島警部が話を切り出す。

「あんた……相当に強いんだねぇ」彼女の言葉の意図がわからず、私は聞き返した。

「ほら、『組織』とやらの研究所を捜索した時のことだよ……まるで歴戦の傭兵みたいだったぜ」


 私は苦笑する。それは褒められているのか、貶されているのか……。

 だが、彼女の次の言葉で、それが後者だということがはっきりわかった。


「でも、気をつけな。あんたが強いのは、あんたが『強い自分を演じている』からだ。本当の自分をさらけ出したとき、あんたはあっという間に『弱い自分』に戻っちまう」


 その言葉は、私の心に突き刺さった。

 その通りだ。私が強くあるのは、私に期待している人がいるから。私が弱くなってしまうと、その人達が悲しんでしまうから。

 だから、私は強くあろうとしてきた。それを演じ続けてきた。

 それを、私は自覚していたのに……彼女に言われるまで、私は忘れていたのだ。って――。

 なぜそんなことがわかるのか?――私は彼女に問いただした。すると、彼女は笑って答える。


「なに……ただの女の勘だよ」


 そう言って、鬼島警部は車窓越しに都内の景色に目を向けた。

……鬼島警部の勘、侮りがたし……私はその言葉を教訓として運転を続けた。

 それからしばらくして、車は神明大学付属病院に到着した。私と鬼島警部は車を降りると、病院内に入っていく。受付で案内された研究室に入ると、そこにはすでにアシュリンがいた。

 どうやら何かの執筆中だったようで、パソコンの画面からこちらに向き直ると、スッと立ち上がる。


「……今回の事件では、よく会うな…行こうか」


 彼女にそう言われて、私達はアシュリンについていく。

 いつも通りに準備を終えて解剖室に入ると、そこにはすでに遺体が安置されている。私はそこで鬼島警部に対して、鳴海刑事達が来た時のために外で待っていてほしいと伝えた。


「ああ、分かった」


 彼女はそう言って、準備室へ戻っていく。

 そして、解剖室は私とアシュリン、その助手の三人だけとなった。


「じゃぁ、始めるぞ」


 アシュリンの言葉に、私はうなづく。彼女がメスを入れると、遺体はまたたく間に解体されていく。その手際は見事なもので、私も思わず見入ってしまった。


「……これで、終わりだ」


――数時間後。そう言って、アシュリンは解剖の手を止めた。


「この遺体も……やはりホームレスだな」


 私の目の前にあるのは、先ほどまでバラバラになっていた人間だったもの。しかし、今はそれらはすべて綺麗に繋ぎ合わされている。


「この遺体の死因は、前回と同様に頸動脈切開による失血死だ。ただ…」そこで、アシュリンはこちらに目を向ける。

「今回の切開創は、かなり荒かった。使用した刃物は同じものだろうが、力の入り方や切開の仕方が杜撰ずさんだな」


 私は彼女に、やはり犯人は二件目の犯行の不手際を挽回するためにこの被害者を殺害したのかと質問した。


「ああ、私はそう思う」


――そう言って、アシュリンはため息をつく。


「まったく……とんだ面汚しだな」


……どうやら、アシュリンの脳内では犯人は医療関係者ということで決着がついているらしい。私も、矢代の件があってその思いが強くなっていく。


「あの、先生……」

「ん? どうした?」


 そこで、少し席を外していた助手が戻ってきてアシュリンに何事か耳打ちする。


「ああ、わかった」そう言うと、彼女は私に告げる。

「これから、四件目の遺体が搬入されるそうだ」


……驚くことはない。この事件は、すでにマスコミの注目を浴びて日本全国に情報が流れている。警察としても、速やかに事件解決したいのが本坊だろう。いつもなら遅々として進まない解剖手続きも、今回は異例のスピードで進んだようだ。私はさっそく解剖を頼んだ。


「ああ、分かった」


 アシュリンがそう言って助手と一緒に準備に取り掛かると、私は遺体が運び込まれる前に鬼島警部に連絡を取り、追加で解剖をすることになったが、鳴海刑事達は来なくていいと伝えた。


『了解』


 彼女からの返信はそれだけだった。

 そして、約十分後に四体目の遺体を運んできたトラックが到着したようで、アシュリンと助手はその場からいなくなる。この場で待っていていいと言うので、しばらく待つことにした。

 それからさらに十五分ほど経った頃……普段、私達が使う出入り口とは違う通用口から、一台のストレッチャーが運ばれてきた。途端に、部屋中に腐敗臭がまき散らされる。

 その不快な臭いの海と共に現れたのはアシュリンとその助手で、彼女達は手早く解剖の準備を進めていく。私が何か手伝おうかと聞くと、アシュリンが首を横に振った。


「いや、大丈夫だ」


 そう言って、彼女はテキパキと準備を進めていく。彼女と助手の二人はいわゆる死体袋をストレッチャーから解剖台の上に置き、そのまま袋を開ける。


「――っ!?」


 私は、絶句してしまった……覚悟はしていたが、先ほどから漂っていた不快な臭いは一層強度を増していく。

 換気扇はフル稼働しているのか、耳障りと言えるほどにゴォーッという音が頭上から聞こえてくる。だが、それでもこの強烈な悪臭を完全に遮断することはできないようだった。


「……っ」


 私は、こみ上げそうになる吐き気を抑えながら、なんとか遺体の顔を確認する。それは、確かにホームレスの男性だった。

 ただ……その顔は肉体と同様にひどく腐敗していて、生前の顔がどのようなものだったかはおぼつかない。かろうじて判別できるのは、髪や髭が伸びっぱなしだったということくらいだ。

……ひどい……思わず呟いた私に、アシュリンが反応する。


「……ええ。少なくとも、この遺体はこの連続殺人においてもっとも損傷の激しい遺体のひとつね。もっとも、腐敗しているということを込みでの話だけど」


 彼女はそう言いながらも、テキパキと解剖の準備を進めていく。助手も同様だ。

 この空間にいると、改めて自分の無力さを痛感する……怪異相手ならば気を付ければどうにか対処できる自信があるが、こうした場面では彼女達の力を借りずに事件を解決することは不可能だ。

 それは一見当たり前のようにも思えるが、それなりにこの世界の裏を見てきた身としては、どうしても納得できない。目の前にいる二人がその道のプロであることを差し引いても、私の胸中には無力感が容赦なく襲ってくる。

……落ち着いたら、解剖に関わる資格でも取ろうか…そう思っている間に、準備が整ったようだ。

 アシュリンが小さなシャワーヘッド片手に話しかけてくる。


「じゃ、始めるぞ」


 私はそれにうなづく。すると、彼女は遺体をシャワーで洗う。

 私はその行為について大丈夫なのかと質問したが、彼女は作業の手を止めることなく言った。


「ああ、問題ない。この遺体の場合は、むしろ洗浄しないとまずいわ」


 そう言うと、アシュリンは遺体についている汚れを落とし始めた。

 その傍らでは、いつの間にか準備したのか、見たことのない機械に囲まれている助手が作業をしている。私は、今は何をしているのかとアシュリンに質問した。


「見ての通り、遺体の洗浄だ。証拠を探すという点ではそのまま解剖した方が良いのだろうが、色々とそうもいかないんでな。

 ここまで遺体の腐敗が進行していると、むしろ一度ちゃんと洗浄してから解剖した方がいい。もちろん、激臭がするから覚悟しておくように」


……なるほど。アシュリンの言葉に、私はうなづいて理解したことを伝えた。


「よし、こんなところかな」


 少し経ってそう言うと、彼女は蛇口をひねって水を止めて、遺体の衣服を脱がせていく。それを、助手が別の台の上に置いていった。あれも、当然ながら重要な証拠品として扱われるのだろう。

 やがて遺体が全裸になると、アシュリンはまた洗浄を始めた……それからしばらく、彼女の作業は続いた。

 その間、私はずっと立ち尽くしていた。正直、見ているだけで気分が悪くなりそうな光景だったが、そんなことを気にしてはいられない。それに、これくらいの現場には幾度も立ち会ってきた。

――そして、数分後。


「これで終わりだ」


 そう言って、ようやく遺体が綺麗になった。といっても、腐敗はそのままだったが。そして、いよいよ解剖作業に移る。

 アシュリンは助手からメスを受け取り、遺体の胸部を切り開いていく。すると、さきほどよりも腐敗臭が強くなった。私は彼女達と同じようにマスクをしていたが、それでも息苦しくなるほどの悪臭だ。だが、助手やアシュリンは淡々と作業を続けていく。

……それから、約二時間。アシュリンは遺体を細かく切り分け、必要な臓器を摘出していく。今回は特に腐敗がひどく、かなり手こずったようで、ときおり切開にてこずったのか、アシュリンの口から『チッ……』という恨めし気な舌打ちの音が聞こえてきた。

 しかし、それでもやはりプロというべきか、解体された遺体は今は丁寧に元通りになり、摘出された臓器類は整然と部位ごとに並べられている。


「……ふぅ」


 後片付けを終えて準備室を出ると、アシュリンがため息はついた。助手もそうだ。二人とも、どこか疲れたような表情を浮かべていた。無理もないと思う。今回も相当な重労働だったはずだから。

 私が労いの言葉をかけると、アシュリンは少し照れた様子を見せた。


「ありがとう。だが、まだ知らせたいことがある。来てくれ」


 彼女がそう言うので、私は彼女と助手に付いて行く。

 そのまま入念に清掃をしていつも通りの服装に戻り、アシュリンの研究室にお邪魔すると、彼女はいつものようにコーヒーを淹れたマグカップ片手に席に座る。私も、近くのソファに腰を下ろした。


「早速だが、一件目と二件目の被害者の体内から、多量のアルコール成分が検出された」


 アルコール……被害者は殺害される直前に酒を飲んでいたのだろうか?……そのことをアシュリンに質問すると、彼女は静かにうなづく。


「ああ、間違いないだろう。しかもその量から考えて、おそらくかなりの量を摂取しているはずだ」


……つまり、犯人は被害者を暴行や殺害する前に大量のアルコール――おそらくは酒だろうが、それを飲ませた。そして、酩酊状態になった被害者を暴行、殺害。遺体を切り開いて臓器を摘出し、発見現場に遺棄したということだろうか……?


「ああ、おそらくな」


 私の話を聞いたアシュリンは深くうなづいた。


「二件目の被害者は、かなりアルコールに強い体質だったんだろう。無力だと思った相手に暴力を振るったら逃げ出したので、やむなくそのまま殺害した……まぁ、そんなところだろうな」


 私はアシュリンに、三件目の被害者からも同様の成分が見つかったのか質問した。


「いや、そちらはまだ検査待ちだ。まぁ、この分ならおそらく見つかるだろう」


 そう言って、彼女はコーヒーを一口飲んで話を続けた。


「ここからは今日の遺体についてだが、三件目は二件目までと大した違いは見当たらなかった。やはり、四件目の遺体が妙だな」


 四件目……死後一週間が経過した遺体が、突然都内の公園に姿を現すなど、普通では考えられない。


「あの遺体だが、殺害方法はこれまでと同じで頸動脈切開による失血死だ。縫合もしたようだし、おそらく、ちゃんと検査すればどこかしらの臓器が欠損しているだろう。少なくとも、完全に摘出された臓器はなかった。一応、臓器が原型をとどめる程度の腐敗具合だったのが功を奏したな」


 そう言ってニッと笑うアシュリンを見て、私はあの不快な空間を思い出して息をのむ。


「まぁ、私が気にしているのはそこじゃない」


 彼女はそこで真剣なまなざしで言った。


「これはあくまで私の勘だが……あの遺体、おそらく犯人が最初に殺害した人間だろう――」


 その瞬間、研究室のドアが勢いよく開け放たれる――何事かと思って目を向けると、そこにはオモイカネ機関のメンバー達が勢ぞろいしていた。

 私はただ事ではないと感じて先頭の鬼島警部にどうしたのかと質問すると、彼女は息切れしながらも叫んだ。


「は、犯人、犯人が、自首してきやがった!!」

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