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屠殺者の末路 ~最初の犯行~

それから時間が経過すると、解剖の時間になった。

 私達は準備をして解剖室に入ると、すでに遺体が台の上に安置されていた。アシュリンも彼女の助手も、準備が整っている。


「じゃあ、始めるぞ」


 アシュリンがそういうと、解剖室にピンと張りつめた糸のような緊張感が走る。彼女の言動には、人にそうさせるだけの迫力があった。

 彼女はまず、被害者の胸にメスを入れて胸部から腹部にかけて切開した。そして、肋骨を開いて心臓を取り出すと、その状態を観察して「う~ん……」とつぶやいた。


「これは……」


 アシュリンは何かを言いかけて、口をつぐんでしまった。


「どうかしたんですか?」


 鳴海刑事が聞くと、彼女は「ううん……」と言って首を横に振って、今度は遺体の腹を縦に裂いて、内臓を取り出した。それを見てまた彼女は「う~ん……」と唸る。鳴海刑事の問いに答えることもなく、彼女は解剖を続けていく。

 そして、遺体をひっくり返して背中側を調べ、最後に頭部を切開して解剖を終えた。


「ふう……」


 彼女は大きくため息をつくと、額に滲んだ汗を拭う。そして、私達の方を向くと、神妙な面持ちで言う。


「死因は失血死で間違いない。首を右から左へ、真一文字に切り裂いている。ただ、前の被害者のものと比較してかなり切断面が荒いな。詳しいことは私の研究室で話そう。先に行っててくれ。私はここを片付けてから向かう」


 私達は彼女に礼を言うと、準備室で着替えて解剖室を出て行った。その後、私は他のメンバー達と共に言われた通りアシュリンの研究室へ向かって彼女を待った。

 もうすでに何度も行き来している場所だけあって、これだけ広大な病院にも関わらずすんなりたどり着いた。アシュリンが来るまでの間、私は部屋の中を見渡した。

 そこは以前来た時よりもさらに多くの資料が山積みになっていて、地震でも起きたらそのまま崩れてしまいそうな状態だった。


「すまん、待たせたな」


 しばらくして助手と共にやってきた彼女は私達にコーヒーを出すと、自分のデスクに腰を下ろして言った。


「さっき言った通り、死因は前の被害者と共通している。しかし今度は、傷口が荒かったことと、遺体の各所に防御創があったということだな」

「ってことは、被害者は殺される前にかなり抵抗したってことか?」


 鬼島警部がそう聞くと、アシュリンはうなづく。


「ああ。そのせいか、拷問の痕は前よりはひどくない。それと、今回は私の独断で縫合を解かずに遺体の内部を調べてみたが、やはりいくつかの臓器の一部が無くなっていた」

「だから、あんなに唸っていたんですね」

「ああ。あまりにも理解できなくてな」

「それは、まぁ……人を殺した上に臓器まで奪い取るような奴ですからな…」


 大倉刑事の言葉に、アシュリンは首を横に振る。


「違う。そういうことじゃない。私が言いたいのは、犯人の精神状態はさらに分裂しているということだ」

「と、言いますと?」

「前の被害者もそうだったが、この事件の犯人は几帳面さと残虐性が混ざり合っている。

 私も本来は専門ではないが、確か犯罪心理学的に考えて、そのような精神状態の犯人は稀にいるそうなんだ」


 私が話を促すと、アシュリンは続ける。


「前の被害者は、暴行や拷問といった残虐性の犠牲になった後、あっさりと殺されて臓器を抜き取られていた。こちらは几帳面さを表している。

 一方、今回の被害者は一見そのような兆候がないように見えるがそうじゃない。しかし、犯人は被害者に暴行を加える前に抵抗された。それでやむなく被害者を殺害した。

 それが、犯人にとってはストレスだったんだろうな。遺体の縫合や臓器の切除は、前と比較にならないほど丁寧に行われていた。そうすることによって、精神の安定を図っていたのだろう」


 なるほど……。


「それから、これは個人的な見解だが……犯人は犯行の間隔を狭めると思うぞ?」

「え、どうしてですか?」

「今言ったように、犯人は今回の殺害でミスを犯した。完璧主義の犯人なら、そのミスを取り返すためにもう一人殺そうとするだろう。まぁ、これも専門外なので断定は出来ないがな」


 鳴海刑事の言葉に、アシュリンはそう答えた。確かに彼女の言うとおりだ。私は鬼島警部に、本郷警部にこのことを伝えるように言った。


「ああ。分かった」


 そう言って、彼女は部屋を後にする。私はそれを見送った後、アシュリンに被害者達の遺体の状態から、生前の生活習慣などが分からないか尋ねた。すると、彼女はしばらく考え込んでから、「そうだな……」といって話し出した。


「わかるが、それはあくまでざっくりとしたものになるぞ? 胃の内容物に食べ物があれば生前に何を食べていたのかわかるし、体形や組織片のサンプルを調べてある程度どのような生活を送っていたのかとか……」


 私は、それでもいいので調べてほしいと言った。


「ああ、分かった」彼女はうなづいた。


 私は彼女に礼を言った。そして、鳴海刑事と大倉刑事とともに研究室をあとにする。


「あ、おいっ!」


 それから少し病院内を歩いていると、鬼島警部が慌てた様子で現れた。私がどうかしたのかと聞くと、彼女はスマホを片手に叫んだ。


「また一人やられたぜっ!」


 その言葉に、その場の緊張は一気に上昇した。

 私は急いで病院の駐車場まで向かい、車に乗り込んで鬼島警部が事件現場を聞き出し、運転席に座った大倉刑事に指示を出す。同時に、赤色灯とサイレンを使うようにも言った。


「うむっ!」


 彼はその通りにして、ダッシュボードから赤色灯を取り付けてスイッチを押し、サイレンを鳴らす。

 そして、いつもとは打って変わってかなり荒い運転で走り始めた。私は専用タブレットを取り出して、『その者』と通信を試みる。


『今、いいか?』

『なんだ?』『連続殺人の件で、何かわかったことはないか?』

『二件目の事件からは進展がない。君は?』

『三人目の被害者が出た。今現場に向かっている』

『そうか』

『犯人像だが、精神的な不安定なところがあるらしい。普段の性格は神経質で、自分の思い通りにならないと感情を爆発させるタイプのようだ』

『それは興味深いな』

『お前から見てどう思う?』


……奴からの返信は来なかった。その間も、車内は喧騒に包まれる。


「ちっ! アシュリン先生の言った通りだったな! 昨日の今日でもう殺しやがるとはっ!」


 鬼島警部が叫ぶ。私もそれに同意するようにうなづきながら、『その者』からの返信はこない。


「ですが、犯人はどうしてこうも警察の捜査をかいくぐれるんでしょう? よほど犯行計画を綿密に作っているのでしょうか?」

「だとしたら、こうも短時間に犯行に及ぶ理由が思いつかねぇ……今度こそ、なんかヘマでもやらかしてたらいいんだが……」


 鳴海刑事の疑問に、鬼島警部はそう答える。確かに、彼女の言うことも一理ある。

 しかし、私だけが知っているからというのもあるが、犯人はもう一つ、警察が手を焼く理由が考えられる。

 それは、犯人が『組織』の関係者であるということだ。一応、『その者』が犯人が逮捕された際は『組織』もちゃんと対処すると言っていたが、それもどこまで信じていいのか……。

 そんなことを考えていると、『その者』から返信が来る。


『こんなタイミングで言うのはなんだが、私が思うに、犯人候補の監視からの報告や事件の完全な解決は期待しない方が良いと思う』


 そのメッセージが来たっきり、通信は切れた……ああ、いつものことだ。


                      ※


――こうして、今私達は現場で捜査を続けている。

 この被害者は、前回の犯行からそれほど時間が経っていない段階で殺されている。なのにも関わらず、着衣の乱れや防御創などはない。おそらく、最初の犯行と同じように暴行と殺害は速やかに、そして正確に行われたのだろう。

 被害者の見た目はまだ若く、その点は前の被害者達とは違っていた……ターゲット層を変えたということだろうか?

 だが、これで一つ分かったことは、今回の犯人はアシュリンが推理した犯人像にもっとも近い人物であり、そのターゲットに年齢層は関係ないということだ。

 いずれにせよ、私は本郷警部と情報交換をしたかった。私は刑事達の人波をかき分けて、鬼島警部と話し込む彼に話しかけた。


「おう、どうした?」


 私はまず、今回の犯行について彼に質問した。


「ああ、犯行の手口とかはさっき話したな。今、ウチの若いもんが周辺で聞き込みをしてる。前の犯行からそれほど時間が経っちゃいねぇから、こんな暗くなっちまってもなにかしらの目撃証言は出るはずだ」


 本郷警部は空を見上げて言った。私はうなづく。続いて、一件目の事件と二件目の事件で、何かわかったことはないか尋ねた。すると、彼は首を横に振って「ダメだ」と答えた。


「まぁ、俺らも素人じゃねえし、犯人を捕まえるために全力を尽くしてるが、なにもわからん」


 彼の表情には疲れが見えていた。無理もない。


「ところで、あんたはどう見る? このヤマを……」


 彼が私に意見を求める。私は、少し考えた後でこれまでにアシュリンから聞かされた犯人像を本郷警部に話した。


「そうか。やっぱりあの先生もお前もそう思うか……」


 本郷警部は腕を組んで考え込んだ。

 私は彼に、今回の犯行は二件目の犯行がうまくいかなかったから突発的に行ったものかもしれないというアシュリンの考えを聞かせて、いつもよりも念入りに捜査をしてみてほしいと言った。


「おっ、そうか。仏さんには悪いが、なんとかやってみよう。あ、あと」そう言って、本郷警部は何かを思い出したような素振りを見せる。

「さっきは何もわからんと言ったが、一件目の事件では犯行の瞬間や手がかりになるようなものは見つからなかった。お前が指摘してた防犯カメラも、あの辺にはほとんど設置されてなかった。

 ただ、二件目の事件では近所の住人が男性の叫び声を聞いたらしい。それが、ちょうど犯行のあった時刻だそうだ。たぶん、被害者のものだろう。アシュリン先生の言う通り、二件目でトチッた犯人は今回の犯行でそれをチャラにしようとした……あり得る話だな」


 私は首肯した。そして、現場から少し離れて専用タブレットを取り出し、『その者』と連絡を取る。


『いま、いいか?』

『ああ』

『三件目の事件、どうやら犯人は突発的に犯行に及んだらしい。何かミスを犯しているかもしれない。そちらの方でも、可能な限り調査をしてくれ』

『わかった』短い返事と共に通信が切れる。

「おい、どうした?」鬼島警部の声が聞こえる。


 私はなんでもないと伝えて、捜査に戻った。


                       ※


――その後、捜査は進展することなく夜を迎えた。


「……どうだ? なんか見つかったか?」


 警視庁の一階ロビーにて、本郷警部は力なく私に聞いてきた。

 私は首を横に振った。実際、こちらも聞き込みや防犯カメラの有無など、やれる捜査はほとんど行ったがまったく収穫はなかった。

 それどころか、今回の事件は世間の耳目を引くこととなり、ワイドショーは今回の連続殺人事件の話題で持ちきりだった。当然、それは事件を解決できない警察への批判とセットだった。捜査中、街灯のテレビはほとんどその画面で埋め尽くされていたため、よく覚えている。

 幸い、詳しい犯人像や遺体の縫合痕についての報道はなかったため、情報が洩れているということはなさそうだ。


「くそっ! マスコミめっ!」鬼島警部は悪態をつく。


 確かに、今の状況は非常にまずい。下手をすると、捜査一課が動きにくくなるばかりか、私達はこの事件から外されるかもしれない。


「実は、こっちはいくつか気になることがあってな」


 そう言って、本郷警部は懐から一枚の写真を取り出す。そこには、証明写真などで使われる背景を背にした一人の男性が写っていた。


「こいつの名前は矢代大地やしろだいち。最近、都内のアパートで一人暮らしをしている二十歳の医学生だ」


 私はその写真をまじまじと見つめて、こいつがどうかしたのかと聞いた。


「実は、二件目と三件目の犯行現場の近くにある監視カメラに、こいつの姿が写っていた。それが妙でな。こいつの情報は匿名のタレコミで分かったんだ。

 ウチのもんがこいつのアパートに言ったら、もぬけの殻だった。大家いわく、ここ数日は姿を見せていないらしい。それで大学の方にも行ってみたら、そっちもここ数日休講中ときた」


 彼の発言を聞いて、私は本郷警部の言わんとしていることを理解した。


「つまり……こいつが犯人かもしれねぇ」


 彼は、私の想像した通りの言葉を言った。確かに、それだけ怪しければそう考えるの頷ける。

 だが私は、矢代の情報が匿名の通報によって持たされたという部分に、言い知れぬ不安を感じざるを得ない。私は、もし本郷警部が言うように彼が犯人であるなら、どうしてこんな回りくどい方法で殺人を犯したのだろうかと思った。


「さぁな。それに、こいつが犯人ってのも、まぁ、あくまで可能性の話だ。今のところはな」


 彼の言う通り、今はただの可能性に過ぎない。


「まぁ、今日はもう遅い。しょっ引くのは明日でもいいだろう。今夜は警備の人員を増やして、放送なんかで警戒の呼びかけと、ホームレスにはシェルターへの非難を呼びかければ問題ないだろうさ」


 本郷警部はそう言って、『じゃあな』と去っていく……私も、メンバー達に今日は終業であることを伝えて、帰路についた。


                       ※


 翌朝……私は自宅で緊張した面持ちでテレビにくぎ付けになっていた。テレビでは昨夜の事件以来、新たに犠牲者が出た様子はなかった。もしくは、まだ被害者が発見されていないだけかもしれないが……。


「…どうか、したんですか…?」


 私の頭上で、ガスマスクを装着した女性――サキが話しかけてくる。私は彼女に、テレビでやっている連続殺人事件の捜査について話した。


「なるほど……」


 彼女は納得したような声を出して、それからしばらく黙り込む……私はその間、ずっとテレビを見続けた。やがて、彼女の方から口を開く。


「あの、少し気になることがあるのですが……」


 彼女がそう切り出すと、今度は私がどうかしたのかと質問する。


「はい。今回の事件……もしかすると、組織の仕業ではないのでは……と思いまして」


 私はその言葉の意味がわからず、首を傾げた。すると、彼女は話を続ける。


「つまり、組織が何かの目的があって、自作自演のような形で犯行を行っているのでは?

 私も、かつてあそこにいましたから……彼らの卑劣さはよく理解しているつもりです」


 そう言って、彼女は視線を落とす……私は、彼女の発言を吟味してみる。

……確かに、『組織』ならばそのようなことも平気で行うだろう。だが……サキには申し訳ないが、それならばそれでどうしてそのようなことをするのか、見当もつかない。私はそのことについて彼女に聞いてみた。


「おそらく、なんらかの実験の実地試験とか……本来ならば隠密でやるでしょうが、その実験は今このように世間に対して周知される必要がある実験で、臓器が摘出されているのは目くらましか、その実験に関するなんらかの要素を兼ねているから、とか……」


 そんな調子で、サキは一人でブツブツと呟きながらキッチンの方へ行ってしまう。彼女も、正確にはこの事態を把握はしていないようだった。

 ただ、彼女が言った言葉は確かに我々や捜査一課とは異なる視点からの意見であり、大いに参考になった。

 そのまましばらくテレビを見ると、ちょうど朝のニュースをやっていた。


「次のニュースです。昨夜未明、東京都×区の路上で、男性の遺体が発見されました。遺体は死後一週間以上が経過しており、死因はまだ特定されていません。遺体の損傷が激しく、司法解剖の結果を待つ必要がありますが、現場の状況などから警察は連続殺人事件として捜査本部を設置し、捜査に乗り出しています」


……アナウンサーが淡々と原稿を読み上げる……どうやら、私の懸念をよそに犯人は四人目の被害者を出したらしい。

……いや、だが、何かが引っかかる……なんだろう、この違和感は?……思い出すまで待つ時間はない。

 私は手早く食事を済ませてスマホを取り出す――タイミングよく、電話がかかってきた。鬼島警部からだ。


『おい、ニュース見たかっ!』


 私は肯定の返事をした。


『どうするっ!? 迎えに行くかっ!?』


 私は鬼島警部に落ち着くように言って、鳴海刑事と大倉刑事にも連絡をして個別に現場へ向かうように言った。加えて、もし私が到着していなかった場合は、そのまま本郷警部と合同で捜査をするようにと伝えた。


『よし、わかった。でも、なるべく急いでくれ』


 私は了解と言って通話を切る。そして、すぐに支度を始めた。

 そして、準備を終えて家を出ようとしたとき、ふと背後に気配を感じた。振り返ると、そこには着物姿の二人の少女があった。


「……お仕事に行くの?」


 小さいほうの少女――アヤカが問いかけてくる。

 私は彼女に、現場にこれから向かうことを告げた。


「気を付けての。ま、お主なら問題あるまい」


 大きいほうの少女――タルホがそう言って笑う。

……この家に住む異形の存在達はまだいるが、少なくともこの事件を起こしている犯人は彼女達よりもはるかに残忍で凶悪な存在だろう。

 そう考えると……人間とは何か…人類にはこれからも生きる資格があるのか…そのようなことが頭をよぎってしまう。


「ほれ、何をぼさっとしておるかっ! 急がんと、遅刻するぞっ!」


 タルホの言葉で我に帰ると、私は二人に手を振る。

 二人はそれに手を振って返すと、家の中へと戻っていった……。

 そう、これから相対する相手は、そのような生半可の気持ちで挑むべき相手ではない。それは、おそらく私がオモイカネ機関に籍を置く限りそうだろう。

 私は車庫の車を走らせて、現場へと向かった……。


                        ※


 事件現場は、やはり人目に付きにくい都内の公園の一角だった。

 私が到着したときには、すでに野次馬が群がっており、マスコミ関係と思われる取材陣も来ていた。

 私は、規制線の外からその様子を見ていた。すると、後ろから肩を叩かれる。

 振り向くと、そこには鬼島警部がいた。私は彼女に挨拶をして、鳴海刑事達はどこにいるのか尋ねた。


「あいつらなら、一足先に聞き込みに回ってる。これで四件目だからな。そうとう追い詰められてたぜ」


……確かに、あの二人ならあり得るだろう。私は鬼島警部に、一緒に現場検証をしようと言った。


「ああ、いいぜ」


 そして、私達はブルーシートがかけられた現場まで向かう。そこまで近づくたびに、不快な臭いが鼻腔をくすぐる……大倉刑事が聞き込みに言った理由は、もしかしたらこのせいであるのかもしれない。

 やがて現場に到着すると、私はブルーシートの中へ入っていく。鬼島警部もそれに続く。遺体からは腐敗臭が漂い、それが冬場の気候も相まって私達の気力や体力を削いでくる。

 それでも目を背けるわけにはいかないため、私達は遺体の近くで膝を曲げた。

 ニュースでも取り上げられていたが、死後一週間も経っているだけあって、全身の腐敗がこれまでの被害者達よりも進んでいる。顔に至っては何か鈍器のようなもので潰されており、身元確認は不可能だろう。

汚れた衣服や腐敗した組織に紛れているようだったが、よく見ると首元はパックリと切り裂かれている。この手口は、これまでとまったく同じものだ。

……できれば遺体に縫合痕があるか調べたかったが、この遺体の状況では迂闊に触れないし、出来れば触りたくない。

 その代わりにとばかりに、私は本郷警部を探した。案の定、彼は部下に囲まれて陣頭指揮を執っている。私が彼に近づくと、彼は『よぅ』と言って聞いてもいないのに捜査情報を教えてくれた。


「ガイシャの身元は不明だ……顔があんなになっちまっているし、そもそも所持品らしいものもなかった。たぶん、これまでと同じ、ホームレスってやつだな」


 私の予想通りだった。それから、私は遺体に視線を戻す。

 遺体に残されている外傷は、先ほど説明されたとおりのものだけだ。

 もっとも、腐敗のせいで暴行痕などが消えてしまっているとも考えられるので、詳しくは解剖待ちだろう……だが、ここで一つ疑問が生まれる。

 なぜ、一週間前に殺害された遺体が、こうして発見されたのだろうか?

 私はその疑問を二人の警部に話す。


「考えられる可能性としちゃ……このホトケさんが、この連続殺人事件の最初の犠牲者ってことだろうな」本郷警部は言った。

「それで、なんらかの理由で犯人は遺体を一週間も人目につかない場所に置いておく必要があった。

 それで、もうその必要はなくなったから、こうして野ざらしにした…まぁ、俺が考えられることとしたら、そんくらいだな」

「アタシも、その意見に賛成だな」


 鬼島警部はそう言ってうなづいた。

 確かに……私も、その可能性が高いと思う。とすれば、犯人はこの一週間の間に行動の変化があったということか。


「まぁ、少なくとも昨日の夜から今日の朝まで、新たな犠牲者は出なかったっていうのは幸いだったな」


 本郷警部がそう言うのを聞いて、私は昨日聞いた被疑者、矢代大地のことを思い出した。そのことを本郷警部に尋ねる。


「ああ、あいつか。そういえば、今朝はそいつの事情聴取のために準備してたんだよな」

「それが、この騒ぎでパーってか?……ちょいと引っかかるね」鬼島警部はそう言って考え込む。

「引っかかるって……矢代への捜査を妨害するつもりで犯人は遺体を野ざらしにしたって考えてんのか?」

「もしくは、その矢代が自分のアリバイをごまかすためにそうした…とかね」


 二人の会話を聞きながら、私は考える――もし、本当にそうなのだとしたら、矢代という人間…相当な危険人物と考えるべきだろう。

 私は本郷警部に、出来るだけ早く矢代を任意同行で引っ張るように要請した。


「ああ、任せろ」


 本郷警部はそう言い残すと、他の警官達に指示を出しに行った。

 私と鬼島警部はそれを見送ると、再び現場検証を特に目新しいものは発見できなかった。

 私は鬼島警部に、先に昨日の遺体の解剖に立ち会うことを提案した。


「ああ、いいね。鳴海達にはアタシから伝えておくよ」


 そう言って、彼女はスマホを操作する。どうやら、連絡をとっているようだ。

 私達はそのまま車で神明大学附属病院まで向かうことにした。

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