屠殺者の末路 ~犯人像~
「まさかこの仏さん、殺された後に……わざわざ体をいじられたのか……?」遺体に残る縫合痕を見て、鬼島警部がそう言った。
「そんな……」鳴海刑事のリアクションに合わせるように、彼女は言った。
「ああ、分かってる。こんな事件は、早々起きるもんじゃねぇ」
「……ええ」
鳴海刑事はそう言ってうつむいてしまう……彼も、私と共に凄惨な事件を解決してきた身だ。それでも、慣れるものではないのだろう。
私はとりあえず、遺体に対して他に気になる点がないか確認したが、特に見当たらなかった。
そして、二人を連れて本郷警部の元に言って情報収集をする。
「被害者は何者かは分かってない。まぁ、見た感じじゃホームレスだ。死亡推定時刻は昨日の午後十一時頃。このヤマはきつくなるぜ」彼は手短にそう言った。
確かに……遺体の身元が分からないことには、捜査のしようがない。どこかに監視カメラでもあったら話は別だろうが、見た感じではこの公園にはカメラは設置されていない。
「そんなことだから、所持品なんかもなかった。とりあえず、部下達に周辺の聞き込みをさせてる」
なるほど……それならば、聞き込みの結果を待って情報を共有すればいいか。
「何か分かったら連絡する」
本郷警部はそう言って、携帯を取り出した。どうやら、電話をかけるらしい。私達はその場を去った。
その後、大倉刑事を伴って事件現場から少し距離を置き、これからどうするかについて話し合う。
「さてと……神牙、これからどうすんだ?」
鬼島警部に聞かれて、私はとりあえず聞き込みは一課の刑事達に任せて、被害者の解剖を待ちながら付近に監視カメラがないか捜索し、あるようなら映像を片っ端から解析することを告げた。
「そうだな。アタシもそれでいいと思う」
私は彼女の言葉に礼を言って、その場は解散して監視カメラの捜索を開始した。
しかし、公園周辺を見回ってみたが、カメラはおろか、それらしきものすら見つからなかった。それから数時間後、私達は都内にある神明大学附属病院に来ていた。遺体の解剖に立ち会うためだ。病院の中に入ると、すでに本郷警部達も来ていた。彼らも、私達と一緒に解剖に立ち会う。私達が到着すると、すぐにアシュリンが姿を見せた。
「どうぞ、こちらへ」
彼女に導かれるようにして解剖の準備を終えて解剖室に入ると、そこにはすでに遺体が台の上に裸の状態で乗せられていた。当たり前だろうが、念入りに洗浄したおかげで初めて見た時よりかはまだ落ち着いて観察できる。ある程度準備が終わったところで、アシュリンが口を開いた。
「午後三時十五分ジャスト。解剖を始めます」
その声が合図とばかりに、解剖室には手術道具の金属音と人体の肉が切られる音だけが支配する空間となった。解剖が始まってからおよそ二時間。遺体は切り開かれ、骨から筋肉まで全てさらけ出された。もちろん、内臓などもハッキリと見える……そして、当然ながらこの席には大倉刑事の姿はない。彼がいると、吐く可能性があるからだ。
遺体は首元の傷や縫合痕の他にも、生前に受けたであろう拷問のような仕打ちに悲鳴を上げるように、痛々しい傷跡を晒していた。それらの傷跡は、明らかに刃物でつけられたものと分かる傷跡もあった。また、体中の至る所に内出血の跡があり、皮膚の変色も見られる。激しく殴打されたのだろう。しかし、この遺体の傷で、一番私の目を引いたのはやはり胴体の縫合痕だった。
素人が見てもきれいに縫われていると分かるため、おそらく犯人は医療関係者だろう。だが、なぜそのようなことをしたのか分からない。死体損壊……つまり、遺体を切り刻んだり、遺体を損傷させることになんらかの意味を見出す者による犯行だろうか? 私はその後も、しばらく遺体を観察し続けた。
そして、さらに数時間後……解剖は終了した。
「これで、解剖は終了です。お疲れさまでした」
アシュリンはそう言って解剖室を後にする。我々も彼女の後に続いて後片付けをして、そのまま病院のロビー付近に向かった。
「それで先生。死因はやはり、あの首元の……」
「ええ、そうですね。失血死です」本郷警部の言葉に、アシュリンはハッキリと言った。
「遺体にあったその他の傷跡は、検分した限りでは生前に出来たものと死後に出来たものの複数がありました。それと……」
そこまで言って、アシュリンは周囲を気にして小声で話す。
「……縫合痕についてですが、右の肺と気管支、小腸の一部が切り取られていました。縫合はその後に行われていたものと思われます」
彼女の言葉で、その場の空気が一変する……内臓の一部が切り取られる……現場から発見されたという報告は聞いていないから、おそらく、犯人が持ち去ったのだろう。
「……臓器売買でしょうか?」本郷警部がつぶやく。
「いえ、それは違うと思います。臓器売買の場合は、内臓そのものを丸ごと切除しますが、あの遺体は内臓の一部だけを切り取られていました」
「そうですか……」本郷警部はうなずいた。
「ありがとうございました。それじゃ、我々はこの辺で…」
「ええ、さようなら」
本郷警部達を見送ると、アシュリンはこちらに向き直る。
「……あなた達は帰らないの?」わたしは、まだ気になることがあるからと言った。
「そう。それなら、私の研究室へ」
こうして、我々はアシュリンの研究室へ赴くことになった。部屋に入ると、彼女は一仕事終えたとばかりにコーヒーを淹れてマグカップ片手に椅子に座る。
「それで? 何が聞きたいの?」
私は、遺体の縫合痕について話した。
「ああ、そのこと。そうね……まずは、解剖中に私が感じた疑問点だ。
死因は確かに失血死だったけど、首元の傷は見事に真一文字に切り裂かれていた。おそらく、被害者はまともに抵抗できなかったでしょうね」
私は彼女の言葉を聞いて、被害者は不意打ちされたか、薬品などで眠らされてから殺されたのかと尋ねた。
「さぁ? まぁ、それについては遺体の組織解析をしたら分かるだろう」
私は分かったとだけ答えて、アシュリンに話を続きをするように言った。
「次は、縫合痕について。これは、無くなった臓器の一部と関連付けて考える必要があるだ」そう言って、アシュリンはコーヒーを口にした。
「……ところで、ファングは死体の縫合痕を見てどう思った?」
アシュリンの問いに、私は率直にきれいに縫われていたと答えた。
「うん、私もそう思う。おそらく、犯人は医療関係者だろう。それも、かなりの腕前を持った者だろう」私も同意見だと答える。
「それにしても、なぜ犯人は被害者の体をあんな風に傷つけたのだろうな?」
アシュリンの疑問に、私は首を横に振った。
「ふむ、そうか。まぁ……私の所見としては、犯人は被害者をどこか人目につかない場所まで連れていき、暴行や拷問を加えた後、衰弱した被害者の首を切開して殺害。
その後、遺体を切り開いて臓器の一部を摘出。そして、なぜか切開創を縫合、あの公園に遺体を遺棄した……そんな感じだと思う」アシュリンは、淡々と自分の考えを述べた。
「あの遺体の縫合痕は、そういった拷問や暴行とは違って秩序的な犯行だ。その二面性が、私には気にかかる」彼女の言葉を、私は黙って聞いていた。
「まぁ、遺体を傷つけた痕と首の切開創、そして胴体の切開創はすべて同じ刃物でやられたことは間違いない。おそらく、医療用のメスだろうな」
そこで、私は遺体の首元にあった傷のことを思い出し、彼女にそれは簡単に手に入るものなのかと聞いた。
「そうだな。病院関係者なら、いくらでも手に入れることができるだろう。その点から考えても、犯人は医療関係者の可能性が高い」
そこまで言うと、彼女は椅子から立ち上がり、私の方を見る。
「他に何かあるか?」
私は少し考えた後に、被害者の身元について質問した。
「……被害者の身元は分かってないが、おそらくホームレスとみて間違いないだろう。見た目もそうだが、内臓や体つきから考えて不健康で栄養失調がちな生活を送っていたに違いない」
……やはり、この捜査は難航する気がする。
被害者の身元が分かれば、通り魔殺人などでもない限りある程度捜査の進展が見込めるが、それが分からない以上、警察として出来ることは少ないだろう。
「さて、そろそろいい時間だし、今日はここまでにしておこう」
アシュリンの言葉に、私は同意して彼女の研究室を後にした。そして、そのまま病院を後にする。
「あ、皆さんっ!」
その声がした方に目を向けると、そこには捜査一課の我々に協力的な捜査員がいた。私がどうかしたのかと尋ねると、彼は荒い息を整えながらも答える。
「じ、実は、二人目の犠牲者が出たようなんですっ!」
※
捜査一課の捜査員から、事件の二人目の被害者が出たという知らせを受けて、私達は彼に教えてもらった場所まで車で向かっていた。
「まったく、次から次に……」車を運転する大倉刑事がつぶやく。
「だな。しかも、これで事件の解決が一層難しくなったわけだ」
「どういうことですか?」
鳴海刑事が聞くと、鬼島警部は車窓越しに外を見ながら言った。
「身元不明の被害者が一人なら、怨恨って線が考えられる。もちろん、必ずそうってわけじゃねぇがな。
だが、二人目の被害者が出てその人も身元不明だった場合……犯人の動機は、殺人そのものにあるかもしれねぇ」
「サイコパス……という奴でありますか?」
大倉刑事が眉間にシワを寄せてバックミラー越しに質問すると、鬼島警部は静かにうなづく。
「しかも、ただの通り魔的な犯行じゃなくて計画的な犯行なら……最悪、迷宮入りだな」
……私も、今はその懸念を恐れている。ただ、今この状況でも、『その者』からもたらされた『組織』の構成員の関係者が犯人かもしれないという情報に、どこか安堵していた。
良くない傾向だと自分でもわかっているが、今のところ、犯人像が外科手術に慣れた医療関係者というだけでは、そのような情報にも希望を持つものだろう。
亡くなった被害者には悪いが、今回の犯行で何か決定的な物証が残っていることを、心から願った。しばらく走っていると、車が停まる。そこは前の事件現場と同じ、あまり人の寄り付かなそうな広々とした公園だった。我々は車を出て公園内を見回す。
「どうやら、今回はここで殺されたみたいですね」
公園の中央付近には、大きな池があり、その周りには遊歩道がある。また、噴水もあり、夏場は涼しげな印象を受けるだろう。しかし、今は冬の真っ只中なので、人の姿はなく閑散としていた。
「……とりあえず、事件現場に向かいましょう」
私は鳴海刑事の言葉に肯定の返事をして、周囲を見渡す。すると、公園の一か所に人だかりができていた。
私達がそこに向かうと、案の定その場所には刑事や警察官などがあわただしく動いている。見たところ、まだ規制線は張られていない。彼らも、ここに来たばかりのようだ。
私達は警備の警察官に警察手帳を見せながら進み、公園の林のような空間に入っていく。
「こりゃあ、ひでぇな」
地面には、一人の男性が倒れていた。その見た目は前の被害者と同じようで、鑑識の人間が写真を撮ったり遺体を調べたりしている。
私は鬼島警部の言葉にうなづきながら、遺体に近づいて観察する。遺体はうつ伏せの状態で横たわっていた。
遺体の服装や髪形などは前の被害者と同じような感じで、死因なども前の被害者と一致しているように見える。そして、遺体の背中を見ると、そこには大きな裂傷があった。
……これは、前の被害者にはなかったことだ。
アシュリン曰く、あの遺体には暴行や拷問を加えた痕と死因となった首の切傷があり、それは人体を傷つけるアプローチとして相反していると言っていた。実際、この遺体も似たような状態だ。
だがこの背中の傷……この傷が、私には犯行当時の状況を物語っているように思える。
アシュリンが言っていたように、最初の被害者は抵抗できない状態で暴行を受け、その後に殺されたという。いずれにせよ、被害者は終始無抵抗だったはずだ。
しかしこの傷は……おそらくだが、犯人に対する被害者の抵抗の跡ではないだろうか?
おそらく、犯人はこの男性も前の犯行と同じように抵抗できない状態にしようとしたか、もしくはそうした。しかし、何らかの理由でこの被害者は体の自由を取り戻し、犯人の元から逃げ去ろうとする。
それに気づいた犯人が、後ろから被害者に切りかかった……これは、その時の傷ではないだろうか? だとしたら……。
私は鑑識の許可を取って、被害者を仰向けにして、首元を見る……やはり、切り裂いた傷口は前よりも荒いように見える。
しかも、胸に暴行の痕に混じって複数箇所にわたる刺し傷を見つけた。念のために縫合痕も見るが……こればっかりは、よくわからない。アシュリンに確かめてもらおう。
いずれにせよ、犯人の凶行は二件目にして綻びを生んだことになる。捜査は依然難航しているが、どうにかして手がかりを見つけたい。
「ねぇ、ちょっといいかい?」
鬼島警部が捜査員に声をかけると、彼は「何でしょうか?」と聞き返す。
「被害者の名前とか、身元が分かるものはねぇのか?」
「えっと、現状では何も……自分達も、今現着したばかりでして……」
「そうか……」
鬼島警部は残念そうにつぶやいた。私達もその話を聞いて落胆する。
薄々…というか、ある程度は覚悟していたことだが、やはり今回の被害者も身元不明のようだ。このままでは、犯人の特定はもちろん、被害者の共通点すら探れない。
むろん、犯人に医療の知識があることや被害者が二人ともホームレスと思われるということだけは分かっているが、それだけではどうしようもない。そうこうしているうちに、本格的な現場検証が始まった。我々もそれに参加する。
現場には血が飛び散っており、地面の血だまりはまだ乾ききっていないことから、殺害されたのはつい先ほどだろうと思われた。実際、検視官は遺体の状態からして死後三時間以内だと答えた。
また、遺体の各所に防御創があるとのことだった。つまり、この被害者は抵抗したのだ。彼には悪いが、解剖したら何かわかるかもしれない。
「よう」振り返ると、本郷警部がいた。
私は彼に挨拶を返して、まだ死後三時間しか経っていないため、今なら非常線を張って聞き込みをすれば何かわかるかもしれないと言った。
「なにっ!? そうなのかっ!?」
「ええ、間違いありません」
検視官がそう言うと、本郷警部はそばに控えていた部下達に命令する。
「よし! すぐに手配しろ!」そして、彼は私の方を向いて言った。
「すまないが、俺たちはもう行くぜ」
私は彼の言葉にうなづいて、捜査一課の刑事達を見送った。すると、いつの間にか鳴海刑事が後ろに立っていた。
「僕たちはどうしましょう? また聞き込みとかですか?」
私はその言葉を断って、このまま神明大学附属病院まで行って解剖に立ち会うと伝えた。
「聞き込みとかは一課に任せんのか?」私は鬼島警部の問いに首肯した。
そして、私達は徐々に集まってきたマスコミのカメラを避けるようにして公園を後にした。
そのまま病院まで向かい、アシュリンに事情を説明して素早く解剖の手続きに取り掛かった。そのおかげか、数時間後にはあの被害者の解剖を行えることになった。
私はメンバー達に休息をとるように言って、近くのベンチに腰を下ろして専用タブレットを開き、『その者』と交信する。
『今、いいか?』
『どうした?』
『事件で二人目の被害者が出たことはもう知っているか?』
『ああ』
さすが、『組織』の情報機関に属しているだけある。
『そのことなんだが、組織が把握している犯人候補は監視しているのか?』
『ああ』一瞬の間があって、返答があった。
『何か動きはあったか?』
『あった。しかし、その行動が犯行を裏付ける証拠にはなっていない』
『そうか……ちなみに、どんな行動をしていたんだ?』
『それは言えない』その返答がくるのに、かなり時間がかかった。
『それは口止めされていると考えていいんだな?』
『ああ、そうだ』
ずいぶんとあっさり認めた……『その者』としては、その指示に納得していないのだろうか?
『その候補なんだが、医療関係者なのか?』
『ああ、そうだ。なぜ分かった?』
やはり、そうか……私は『その者』に遺体の傷について説明した。
『……なるほど。よく分かった』
奴はそれだけ言って黙り込む……やはり、その犯人候補というのは手が出せないのだろうか?
『気になっていることがあるんだが、仮に今監視している犯人候補を捕まえたとして、ちゃんと対処されるのか?』
『どういう意味だ?』
『その容疑者はちゃんと法で裁かれるのかということだ。そうでなければ、なぜお前は私達にこの話を持ってきた?』
私がそういうと、しばらく沈黙が続いた……もしかしたら、この事件の捜査で『その者』と敵対することになるかもしれない…奴からの返答を待っている間、そのような考えがふと頭をよぎった。
『君の言いたいことも分かるが、今は答えられない。ただ、君達が考えているような事態にはならないと思ってくれていい。組織としては、その犯人候補が逮捕されると同時に関係者を尻尾切りするはずだ。今のところは』
『それは、逮捕した際には方針が変わる可能性があるということか?』私は慎重に質問をした。
『ああ、そうだ。だから、あまり期待しないでほしい』
『そうか……分かった。では、引き続き頼む』私は返信して通信を終えた。
結局、いつもこうなるのか……私はため息をつくと、タブレットをしまって立ち上がった。




