屠殺者の末路 ~微妙な問題~
「ど、どうだ、遺体の状況は……?」
居並ぶパトカーや刑事達に交じって、巨体を震わせて大倉刑事は聞いてきた。
私はその質問に、最初の事件と同様の手口と思われると答えた。
「そ、そうか……す、すまないが、自分は少し――うぷっ!?」
「ったく……あいつのあれはいつになったら治るんだ?」
私の隣で、鬼島警部はそう愚痴る。確かに、いつまでもあのままというのは、刑事としてはかなりまずい。とはいえ、大倉刑事には何かと役に立ってもらっている。それなりに大目に見てもいいだろう。
(それよりも……)
私は元々見ていた場所――茂みの方に向き直り、そこに隠されたように横たわっている遺体に近づいた。
「よぅ、お疲れさん……あいつは、また離れてんのか?」
遺体のそばには、警視庁捜査一課の課長を務める本郷警部と取り巻きの部下達。私は挨拶もそこそこに、彼から事情を聞いた。
「ガイシャはホームレス。死因は前の奴と同じ、失血死らしい」
遺体の状態は、前の二件とまったく同じことかと、私は質問した。
「いや。今回も、違ってるみてぇだ。見てみろ」
そう言って本郷警部は、遺体を指さした。
遺体の首筋はぱっくりと切り裂かれ、そこからおびただしい量の出血をした跡がある。ここまでは、前の事件と同じだった。しかし、そこからが違っていた。
傷口からさらに下に視線を下ろすと、白のTシャツにパーカーという、若者らしい装いには首元から流れ出る血と共に、体から出てきたものと思われる血痕が見えた。
私はあまり着衣を乱さないように慎重に衣服を脱がせると、その正体が露わになった。
血痕があった箇所は、丁寧に縫合されているようだ。だが、その位置は前の被害者達は違っていた。私から見て、左の肋骨のすぐ下と胸の中心からわずかに右にずれた場所に、その縫合はされていた。
「検視官が言ってたんだが、その位置は肝臓と胃なんだそうだ。まぁ、たぶん今回、解剖で分かるだろうがな……」
見ると、本郷警部は苦虫を噛み潰したような顔で遺体に目を向ける。現場の叩き上げとして捜査をしてきた彼にとっては、このような犯行は格別許しがたいものがあるのだろう。
「それにしても……どうしてこの事件の犯人は、そのような行為に及ぶのでしょうか?」
「臓器マニアとかじゃねぇか?」と、そこまで黙って現場を観察していた鳴海刑事と鬼島警部が話し出す。
「そんな……いくらなんでも…まぁ、ありえない話ではないですよね…」
「ああ。まぁ、その場合は切り取った臓器をどうやって保管するのかが問題だがな」
「一応、ウチのもんがその線で捜査してる。なんかあったら知らせるよ」
「頼むぜ」
本郷警部と鬼島警部はそんなやり取りをかわしていた。
そのはるか後方では、大倉刑事が生々しい血と臓器の臭いから逃避するように現場の警察官達から情報収集をしている。
切り取られた臓器と丁寧な縫合手術……どうやらこの事件、かなりサイコな臭いがする…まぁ、それは『その者』から連絡が来た時からある程度は覚悟していたことか……。
※
遡ること数日前――警視庁の地下にある資料保管室は、我々オモイカネ機関の本部として機能していた。
原則として、ここにはほとんど人が来ない。一応、資料保管室としては機能しているが、それは一般的には別の場所にて絶賛稼働中だ。
では、なぜこの場所が資料保管室として機能しているかというと…この部署が取り扱う事件の特異性にある。
猟奇殺人、怪異、都市伝説……挙げればキリがないが、我々が担当する事件はそのような物ばかりだ。というのも、そのような事件は本来、警察では眉唾物、またはイタズラとして処理される。あくまでも、表向きには……。
この世には、現代の科学では説明できない存在や事象が起こりうる……それは、滅多に人が訪れることのない山奥でも、あるいは都会の中心であっても変わらない。
そのような存在を逮捕――できない場合は、まぁ、退治とか封印といった手段でその脅威を取り除くこと……それが、この機関の副次的な任務である。
では、主体となる任務とは何かというと、そのような存在に関わる情報を収集し、記録、保管することである。本来のオモイカネ機関は、そのために設立されたと言っていい。
だが、時を経るにしたがって、その機能に様々な副次的任務が追加されてきた。前者の任務も、そのようにして追加された任務の一つだ。
そして私自身、これまで様々な怪異や都市伝説の存在と対峙してきた。その経験から言えることは、そこらの人間よりも、そういった存在達の方がはるかに手ごわく、侮りがたいということだ――少なくとも、この時まではそう思っていた。
その日、いつものように私の専用タブレットに着信があった。画面を開くと、そこには『その者』からのメッセージを知らせる内容が。私はさっそくチャット画面を開き、奴と交信する。
『なんだ?』私がそう打ち込むと、すぐに返事が返ってきた。
『事件だ』
その文言は、私が奴と出会った時から事件を知らせる際に発せられるものだ。そして、今回の事件も今までと同じく厄介な相手だということでもある……。
『どこで起きたんだ? 場所は?』そう質問すると、返信は早かった。
『都内だ。だが、少し面倒くさいことになっている』
『どういう意味だ?』
『あくまで今は可能性の問題だが、この事件には『組織』が関わっている』
……また……。
『ここ最近、組織がらみの事件が多くないか?』
『ああ、言いたいことは分かる。だが、あくまで今回はまだ可能性の話だ』
『ということは、犯人の目星もついているんだろう? それだったら、組織の方で事件の解決もできるじゃないか』
『それはそうなんだが、いかんせん、それが出来ないほどの微妙な状況だ。だからこそ、こうして君に話が回ってきている』
『何が起こっているんだ?』
そこで、しばらく間があった。
おそらく、その状況を文章にまとめるのに手間取っているのだろう。もしくは、私に言うべきかどうかを迷っているか……少し経ってから返信がきた。
『簡単に言えば、この事件はこれまでにあったような組織の系列組織などが起こした事件ではないが、それでも組織に連なる人員が関わっている可能性が高いんだ』
『被害者としてか? それとも加害者として? あるいは、何かそれ以外にも関与しているのか?』
『今のところはなんというか、加害者候補の関係者といった感じだ』
『具体的には?』
そこで再び沈黙が流れた……どうやら、この辺りまでが話せるギリギリのラインのようだ。まぁ、無理に聞き出そうとしても無駄だろう。
それにしても、『その者』が知らせてくる微妙な政治的状況というやつには慣れていたつもりだが、今回はかなりきわどい状況のようだ……それとも別の要因があるのか……。
『分かった。だが、状況にもよるが、あくまで我々は事件を解決する方向性で動くぞ。それで不利益を被っても文句を言うなよ?』
『ああ、分かっている。そこは心配しなくていい。だが、くれぐれも慎重に行動してくれ。場合によっては、君の手に負えない事態になるかもしれないからな』
その言葉を最後に、通信は途絶えた。
「ふぅ……」思わずため息が漏れる。
「どうかされたんですか、神牙さん?」
そんな私を見て、目の前のデスクに座る部下の鳴海刑事が、タイピングの手を止めてこちらに目を向けてくる。私は事件だと、彼以外のメンバー達にも聞こえるように言った。
「お、出動か?」
『事件』というワードを聞いた瞬間、ニュッと備品のソファーから顔を覗かせたのは鬼島警部……出来れば、彼女には普段の業務もちゃんとこなしてほしいものだ。
「車を出してこよう」
そう言って、鳴海刑事のデスクの向かい側にいた大倉刑事は巨体に似合わない俊敏さで本部を後にした。
私は専用タブレットを起動させる。そして、この本部にあるサーバーに接続した。そこからファイル共有機能を使い、警視庁内の全データベースにアクセスする。もちろん、そこに保存されている資料を閲覧するためだ。
警視庁の資料保管室には膨大な量の資料が収められている。それは、ここ数年で起こった未解決事件であったり、現在捜査中の事件に関する報告書などだ。それらの中から、この近辺で発生した猟奇殺人や都市伝説などの事件資料をピックアップする。
そこから順にページを開いていくと、あるページが目に留まる。そこには、今回の事件についてすでにいくつかの新聞記事やニュースサイトの記事が載っていた。少なくとも、もうマスコミには事件のことは知られているらしい。これだけでも、隠密性を最大限の長所とする我々にとってはやりにくい状況だった。私はとりあえず目についた記事をいくつか読んでみた。
それによると、どうやら被害者は一人。男性のようで、遺体として発見されたようだ。今が午前十時ごろだから……『その者』が事件を知らせてきたタイミングから考えて、早ければ被害者は昨日のうちに殺されたのだろう。
だが、詳しいことはそれ以上ネットや捜査情報データベースには記録されていなかった。まさに今この瞬間、事件解決のための捜査が始まったのだろう。ということは、少なくとも『その者』はこの事件が起きたことを知ってすぐか、少なくとも昨日のうちには犯人に目星をつけていた、またはそのような情報をどこからか入手したということか…。
どちらにしても、これ以上の情報は、現場に行って調べる必要がある。私が事件の概要を確認しているうちに準備が終わったらしい。本部の出入り口で鬼島警部が私を呼ぶ声が聞こえた。
「行こうぜ、神牙」
私は彼女の言葉に返事をして、早速駐車場で待っていた車で移動を開始した。車内では、後部座席に座った鬼島警部が事件についてあれこれ尋ねてきたが、私はまだ何も知らないと答えた。すると、彼女はつまらなさそうにシートに深く腰を下ろし、窓の外を流れる景色を眺め始めた。
そのまま、大倉刑事が運転する車は私が告げた目的地まで走り続けた。すると、しばらくして前方に広い公園が見えてきた。都心にはありがちな、緑豊かな――それでいてちゃんと管理されている公園だ。その出入り口にはパトカーや警官、マスコミを含む野次馬達と、耳目を引く事件にはよくある光景が目に入った。
私は大倉刑事に車をなるべく目立たない場所で止めて、そのままどこかの路肩に停めるように言った。
「分かった」
私達を乗せた車は、野次馬の海をかき分けて公園を少し通り過ぎ、ちょうどマスコミのカメラなどが見えないような位置に停車した。
私達は車から降りて、そのまま公園に入る。少し進むと黄色い規制線のテープが張られているのが見えたので、私達は警察手帳を警備の警官に見せて中に入った。すると、既に到着していた本庁の捜査一課が出張っていたのが見えた。そのまま刑事達の間を通り抜けて、公園の歩道から少し離れた地面にかけられたビニールシートまで向かう。
そこには一人の男性の遺体が横たわっており、周囲には数名の鑑識係らしき人物達が忙しなく動き回っていた。その周りには、見知った刑事達の姿があった。
「ん?…お前ら…」
そう言って声をかけてきたのは、捜査一課の課長である本郷武志警部だ。ノンキャリアの叩き上げで、始めて会った時は私達を敵視していたようだが、今ではだいぶその態度も軟化したようだ。彼は私達に場所を譲って言った。
「お前らが来たってことは見ても大丈夫だろう。俺は部下達と話してくる」
本郷警部がそう言って立ち退いた場所に私が座り込み、遺体を観察する。
この遺体は男性で、見た目は五十代半ば。髪やひげは伸びっぱなしで、身なりは…失礼ながら、あまり良いとは言えない。おそらくだが……この男性はホームレスだろう。
「ホームレスだな。この仏さん」後ろから、鬼島警部がそう言うのが聞こえた。
「所轄にいた頃、よく酔っぱらったホームレスの相手してたっけ……見た感じ、この仏さんは殺されたみてぇだな」
確かに……この男性の首元は、真一文字にスッパリと切られている。詳しいことは解剖待ちだろうが、おそらくこれが死因だろう。
しかし、遺体にはこの傷以外にもいくつか外傷があり、そこから衣服に血が滲んでいるのが分かる。もしかすると、抵抗した際についたものかもしれない。それに、胸元に刺された跡がある。ナイフだろうか……いや、刃物の種類までは分からない。慎重に衣服をめくってみると、私は思わず声を上げた。
「な、なんですか、これ?」
鳴海刑事も、うろたえている様子だ。思わず彼の方に向き直ると、いつの間にか、大倉刑事は他の刑事達や警官達と話し込んでいる……まぁ、遺体を見て吐かれたりされるよりはマシだ。それに、彼は私達を色々な場所へ運んでくれる運転手でもある。
「縫合痕……って感じか…」
鬼島警部は、眉をひそめながら言った。
そう……遺体の上半身には、複数の切開創があったのだが、そのどれもがきれいに縫合されていた。まるで、外科手術後のように……。




