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餓鬼 ~後始末~

 研究所での捜索を終えた我々は、その日のうちに警視庁地下のオモイカネ機関本部へと帰ったが、結局デスクワークなどには手が付かず、その日はそのまま解散することとした。

 翌日になって報告書の作成を行っていると、専用タブレットに着信が入る。


『今回の件、上層部は君のことを高く評価していたぞ』


 そうメッセージを送る『その者』も上機嫌な様子だ……チャット画面越しでは、ハッキリとは分からないが…。


『そうか』

『ああ。まぁ、それはいつものことなのだろうがな。それと、おかげでこちらでもいくつかあの事件やその原因についての情報を入手ぅすることができた。聞くか?』

『ぜひ』


 それは、願ってもないチャンスだった。私達は、あの研究所を完璧に調べ上げたわけではないし、色々と気になっていることもある。報告書を完璧に近い状態で仕上げるためにも、奴からの話は聞いておきたかった。


『例の施設の地下、つまり君達が記録ファイルを見つけていた空間なんだが、そこから白骨化した遺体が発見された。それも、かなりの数の遺体が山積みになっていたそうだ。

 どうやら、あそこの研究所で亡くなった研究員の遺体は皆、あそこで保管していたようだな。色々と調べてみたが、家族がいた者に関しては、長期の出張扱いにしていたらしい』


 やはり……か。まぁ、隠ぺいとしてはありがちな手段だ。そこで、私は『その者』に聞くことにした。


『その遺体、食べられた痕跡があった者はいないか?』少しして、返信がくる。

『ああ。調査報告書によると、半分近い遺体にそのような痕跡があるようだな。なぜ分かった?』

『あの研究所で見つけた記録ファイルによると、実験の過程で職員にかなりの死者が出たことが分かった。そして、その死を隠ぺいしたことも記録されていた。あいにく、それらを記録していた人間はあの場で首を吊って死んでいたがな。

 そこで思ったのが、組織に属する研究機関ならば、一人くらいは死体の再利用を思いつく奴がいると思った。私達が対峙した化け物、あれは被験者なのだろう? 奴はあの事件の被害に遭った者達だけではなく、放棄された研究所の職員までも食べていた。それほど食欲が旺盛なのか、あるいは飢餓本能が発達しているのか…それは分からないが、いずれにせよ、あの被験者や他の似たような被験者を見た誰かが、死んだ職員を餌として与えていたと考えるのは不自然な事じゃない』

『なるほどな。確かに、君の言う通りだろう。実際、事件が起きてからあの研究所の生き残りを探し出して尋問したんだが、それはもうひどい有様だったらしい』

『酷い?』

『ああ。あの施設は、表向きは臓器移植の研究をしていたことになっているが、実際は人体の強化に関する研究を行っていたらしい。臓器移植は、その研究を覆い隠すための隠れ蓑だな。

 そして、その強化の方法というのが、投薬だったようだ。臓器移植を隠れ蓑にしたのは、その過程で損傷をする内臓を取り換えるのに好都合だったかららしい。そして、その副作用で多くの者が発狂したり死亡したりしたそうだ。さらに、投与する薬物の種類によっては、脳へのダメージも深刻化するらしく、記憶障害や人格変化を起こした。

 つまり、あの化け物どもは、元は人間だったということだ。まぁ、ああなっては関係ないのだろうが』

『その化け物について、詳細な情報はないのか?』

『ある。まず、君達が遭遇した化け物だが、あれは『キメラ』と呼ばれるものだ。様々な生物の特徴を持った合成獣の総称だな。一応、あれも実験の結果として誕生したらしい。まぁ、その手法は違法なものだったらしく、あの研究所で保管されていた資料を見る限り、違法薬物を大量に投与された結果、体が変質してしまった者のなれの果てだな。ほかにも、様々なタイプの被検体が誕生したが、ほとんどが廃棄処分されている。これ以上追跡しても意味はないだろう。事件も終わったことだしな』

『そうか。事件を起こしたのも、あいつか?』

『おそらくな。あの施設の地下、といっても君達が捜索した場所とは違う場所だが、大量の檻が設置されていた。被験者は普段からあそこに収容されていたんだろう。

 そして、そのうちの一つが完全に破壊されていたらしい。君達が発見した記録ファイルと、研究所が破棄された日にちを照らし合わせると、奴が今回の元凶とみて間違いない』


 なるほど……だが、最後にもう二つ、気になる疑問が残っている。


『だとしたら、奴が襲った者達に起きた肉体の変化はどういうことなんだ?』

『それに関しては、まだはっきりしたことは不明だ。だから私の仮説としては、人体強化の薬剤に汚染されていたキメラに攻撃された者は、傷口からその薬剤を吸収、時間が経つと薬剤の効果が表れる。そう考えられないか?』


 まぁ、言いたいことは分かる。ということは、私達の目の前で起きた変化は、ただの偶然だったというわけか……私は最後に、残った一つの疑問を奴にぶつけてみることにした。


『最後に聞きたいんだが、もう報告は受けているだろう?

 あの研究所の二階で焼け死んでいた男達や、キメラが点滴を受けていた部屋で亡くなっていたのはどこの誰で、なぜああなったんだ?』


 すると、『その者』は即答した。


『奴らは、あの施設の職員だった。だが、あの研究所が閉鎖されてからの動向は一切掴めなかった。というか、ほとんど気にしていなかった』

『なぜ?』

『なぜって、我々は普段から膨大な量の情報に晒されている。閉鎖された研究所の職員を調査する暇などない。まぁ、今回はそれが裏目に出てしまったわけだが』

『まぁ、そうだろうな。それで、なぜあそこであのように死んだんだ?』

『キメラがいた部屋で亡くなった者達に関しては、キメラが暴走したのだろう。それでも、点滴を受けることはキメラの脳内にもうっすらと反復行動として刷り込まれており、奴らを殺した後でそのようにしているさなか、君達に発見されたと思われる。

 焼死した二人に関しては、私にもわからない。だが、私が知っている情報では、どうやら焼死した者達に関しては、君が言っていた強化剤の被験者でもあったようだ』

『被験者? 職員がか?』

『ああ。ただ、組織には内密にしていたらしい。記録ファイルにそのような記録がないのもそのためだろう。

 私としては、あの二人が何らかの理由で生き残ったキメラをあの研究所に保管し、飼育していた。

 そして、組織によって研究所の廃棄が完了してからしばらくして、研究所時代の仲間を集めて再び研究を開始。その過程で定期的に人間を襲わせていた。理由はわからないが、おそらくキメラの実戦訓練と飢餓衝動を抑えるためだろう。

 しかし、自分達はどういうわけだが自殺、または殺害され、残りの仲間も暴走したキメラによって殺害された。最後に生き残ったキメラも君達に殺された……まぁ、こんなところか』

『ずいぶんと出来過ぎな事件だったな?』

『そうだな。だが、これで事件は終わりだ。あの研究所にいたキメラは、君達が始末してくれた。これからは、普通の日常が戻ってくる。まぁ、君達としては束の間の休息にしかならんだろうがな』

『ああ、そうだろうな』


 そんなこと、この機関に所属した時から覚悟している。だが、この仕事をやめるつもりはない。たとえ、命を落とすことになっても、だ。


『そういえば、君の部下達は大丈夫なのか? あんなものを見ては、色々と面倒が起きるだろう?』


 私は奴にそう聞かれて、目の前に見える鬼島警部達に目を向けた。

 特に、これといった変化は見受けられない。しいて言えば、あの鬼島警部でさえ、ちゃんとデスクワークに励んでいることくらいか。


『ああ。問題ない。皆、慣れている』その言葉に、奴からの返信が少し滞った。

『分かった。とにかく、また何かあったら知らせてくれ』


 そして、通信が切れた。その後も、特にこれといった変化もなくデスクワークに励むが、終業時間間際になって、私は気になってみんなに今回の事件についてどうして私に尋ねないのかと質問した。

 すると、全員が「お前なら何とかしてくれる」的なニュアンスの言葉を返してきた。まったく、馬鹿げた話だ。だが、悪くはない。

 少なくとも、これから少しの間は私達の人生に平穏が訪れる……その後にいかなる地獄が待っていようとも、今はその平穏に身を委ねよう。


                        ※


 都内のとある一等地……そこに立つ高層タワーの一室にて、一人の女性がデスクワークに励んでいた。と言っても、その様子は飄々(ひょうひょう)としたもので、その様子が彼女の有能さをこれでもかと醸し出している。

 そこへ、もう一人の女性が部屋に入り込んできた。


「失礼します」


 女性はデスクに向かって一直線に向かって進み、何かを報告しようとするが、それよりも早く、デスクに座る女性は微笑んで言った。


「うまくいったかしら?」

「はい、抜かりなく」


 女性は自分が言わんとしていることを相手に悟られていても平静を保っている。このようなことは、彼女にとって日常茶飯事のようだ。


「それにしても、ぶっつけ本番とはいえ、やってみればなんとかなったわね。

 あの子たちの目の前で遺体の術式を発動させたり、生き残りの研究員達と実験結果の怪物を使って事件を起こさせ、最後は自殺と怪物に殺害されたことにして抹殺……あの子が派手に動いてくれたおかげで、私達の関与はほとんど悟られずに済んだのだから」

「それはそうですが、あの方のご心配はされなかったのですか?」

「ええ、この程度ではね。今回は、あの子には十分に準備する時間もあったしね」

「なるほど…」


 デスクに座る女性はその後もキーボードをたたき続け、視線だけを目の前に立つ女性に向けた。


「それで、あの子の様子に変わりはない?」

「監視できる範囲では、何も」

「ということは、やはり自宅はえないのかしら?」

「はい、手は尽くしているのですが……」


 相手にそう言われて、女性は少し考えてから言った。


「いいわ。あとはこの件をカードにして研究部門からこちらの地位の保全とさらなる向上を引き出せるでしょうし、残りの研究員達もこちらに引き込めれば……ありがとう、下がって頂戴」

「はい、失礼します」


 そして女性が部屋を後にすると、もう片方の女性はデスクから立ち上がってガラス越しに外の夜景に目を向ける。


(それほどまで徹底しているのなら……しくじることはないでしょうね。できれば、そのままトラウマも乗り越えてほしいのだけれど……)


 女性はふぅと息を吐いて、再びデスクワークに励み始めた。

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