厳寒の狩場 ~刑事に休息なし~
偶然泊まり込んだ山中のホテルで、仮眠をとったおかげで元気いっぱいの部下に振り回される上司の気持ちはこのようなものか……私は目の前で少女のように瞳を輝かせる鬼島警部を見てそう思った。
「さてと……とりあえずは客に聞き込みだな」
しかし、『警部』という肩書が示すように鬼島警部はそんじゃそこらの女性――ましてや、少女でさえない。当然ながら、彼女が瞳を輝かせる対象や興味は視界いっぱいに広がる花畑でも、そこに集まる蝶などではない。彼女が瞳を輝かせる対象……それは『事件』であり、『捜査』である。
……彼女はなぜか、先ほどこのホテルで発生した停電について宿泊客に聞き込みをしようとしている。別に頼まれてもいないのに……まぁ、好きにやらせてみよう。
鬼島警部はさっそくロビーから続く廊下を渡ってレストランの入り口まで行くと、そこから出てくる宿泊客達をさも当然の権利かのように足止めして言った。
「えー、自分は警視庁の鬼島警部です。ただいま起きた停電について、皆さんのお話をお聞かせ願いたい」
彼女がそう言った途端、宿泊客達からは怪訝な視線を向けられたが、幸いにも勤務中は肌身離さず持っている警察手帳を見せたおかげで私達が警察の人間であることは信じてくれたようだ。
「け、警察が、なんで……」
運悪く一番最前列にいた夫婦と思われる組み合わせの男女のうち、男の方がうろたえた様子でそう言った。
「別に。事件当時のアリバイ確認のためですよ」
「事件って……停電が起きただけでしょ?」
今度は、夫婦のうち妻と思われる女性が声を上げる。
「その停電がいかんのですよ。実は、私たちは今日の夕方ぐらいまでこの辺りで遭難者の捜索任務に就いていたのですが、まだ報告書は出来ていません。
にも関わらず、こうして宿泊先での停電という不測の事態が起きてしまった。私達の規則では、こうした事態も必ず報告書に書かなきゃいけないんです。なので皆さん、どうかご協力を」
「はぁ……?」
……もっともらしい言い訳でこの場を乗り切った鬼島警部は、そのまま宿泊客達に聞き込みを開始する。まずは一番目の前にいる夫婦と思われる男女二人組だ。
「どうですか? 停電中に何か不審なものを見たり聞いたりしませんでしたか?」
「いえ、特に何も見ませんでしたけど……」女の方が最初に答えたが、男が続けて言う。
「あ、でも、確か……ふと窓の外を見たら、変な人影があったような気がしました。明かりが消えてから目が慣れ始めた頃だから…停電してから数分後くらいかな?」
男はそう言って時計に目を向けた。今の時刻はちょうど午後八時くらい…停電があったのが十分程前だから、彼が人影を見たのはだいたい午後七時五十五分くらいということだろう。
「ふむ……ちなみにその時、奥様もご一緒に?」
「ええ、そうです」
そう言って、男は女の方に視線を向ける。鬼島警部は話を続けた。
「それで、奥さんはその人影を見ましたか?」
「いえ、私は気付きませんでした。明かりが消えて怖くなって、ずっとテーブルに突っ伏していましたから……」
「そうですか……分かりました。ところで、お二人はこのホテルにどのようなご予定で何泊する予定だったんですか?」
鬼島警部がそう聞くと、男は汗を流しながらうつむいてしまうが、女の方はきっぱりと答える。
「新婚旅行として、三泊するつもりです」
「それはまた……おめでとうございます」
鬼島警部は少し意外そうな表情を浮かべた後、質問を続ける。
「ちなみに、あなた達は結婚してどのくらい経つのですか?」
「えっと……半年ちょっとですかね」今度は男の方が答えた。
「ほう、半年と少し前に結婚式を挙げたばかりとは……仲の良いご夫婦ですね。羨ましい限りですよ」
鬼島警部の言葉を聞いて、男の方の頬が僅かに緩んだように見えた。だがすぐに引き締めると、彼は再び口を開く。
「それで……あの、もういいでしょうか? 僕達、今の騒ぎで疲れちゃって…」
「ああ、失礼しました。では最後に一つだけ……もし、今回の停電の原因について心当たりがある方がいたら教えてください」
「原因ねぇ……」
女の方が考え込むように呟いた後、何か思い当たる節でもあったのか急に大きな声を上げた。
「そういえば、さっきレストランの中で誰かが『ブレーカーが落ちていた』とかなんとか言っていたような……」
「なるほど……ありがとうございました。どうぞごゆっくりお休みください」
女の話を聞き終えた後、鬼島警部は満足げに二人を通す。続いて現れたのは一人の女性だ。
「あ、あの、私……」
女性は気弱な性格なのか、私たちの顔と床を交互に見つめる。
「落ち着いてください。とりあえず、停電中に不審なものを見なかったか、それだけ聞かせてもらえれば結構ですから」
「あ、はい……私は特に何も見てないと思います。停電になった時は怖くてずっとうつむいていましたから…」
「そうですか。では、停電中に何か物音が聞こえたりしなかったか、覚えている範囲で構いませんのでお聞かせ願えますか?」
「……う~ん、その時レストランにいた人達が何事か話していたのは知っていますけど、詳しい内容までは…」
「そうですか……わかりました。また何か思い出しましたら、いつでも教えてください」
「あ、はい、分かりました」
彼女は素直に返事すると、そそくさとその場を後にした。その後も、宿泊客に停電中のことを聞くたびに、彼らは一様に似たような反応を見せた……正直、あまり収穫と呼べるものはなかった。唯一分かったのは、停電直後にレストランにいた者達が「ブレーカーが落ちた」と話していたという情報と、停電中に窓の外に不審な人影を見たという情報だけだった。
そして、それらの証言を聞いた後、私と鬼島警部は今度はホテル関係者に聞き込みを始めた。停電中、彼らが何をしていたかを知るために……。
「皆さん、停電中はどこにいましたか?」
まずは支配人らしき人物に聞き込みを始める。鬼島警部は手帳を取り出すと、あらかじめ用意してきたと思われるセリフを読み上げるように言った。
「はい、私どもはレストラン関係の従業員以外は客室のあるフロアとは別の場所にいまして、そちらで待機しておりました」
「別の場所というのは?」
「このホテルを稼働させるのに必要な施設です。ボイラーとか電気設備とか、そのような機材が置いてある建物ですね。このホテルに直接設置されているものもあれば、別の建物に設置されて地下のパイプや電線などで供給してる場合もあります」
「なるほど……ちなみに、停電中に何か変わったことはありませんでしたか? 例えば、停電の原因になるようなものを見たとか、何か音を聞いたとか……」
「そう言われましても……停電が終わってからも特に何も起きていませんし、音も聞いておりません。私はちょうど受付の奥にある支配人室で仕事をしていまして、停電になった時に受付に行きまして、ちょうど皆さんと会った次第です」
「なるほど……そうだったんですか。ところで、こちらには長いことお勤めに?」
「はぁ、かれこれ三十年になります」
「そんなに…そうですか。ところで……あなたは、今回の停電の原因について何か心当たりがありませんか? もし何か知っているのであれば教えてほしいのですが…」
「いえ、特に何も……」
「なるほど……分かりました。ありがとうございます」
鬼島警部が頭を下げると、支配人らしき男は満足そうに微笑んだ。その後、私達は次の聞き込み対象を探す。だが、残念ながら、この時点で有力な情報は得られなかった。
だが、そのままロビーをうろついているとやがて一人の従業員の男性が正面玄関から入ってきた。ずいぶんと慌てた様子だ。
「支配人!」
男が叫ぶと、受付の奥の階段からさっきの男性が姿を見せる。
「ん? どうかしたのかい?」
「停電の原因なんですが…ブレーカーが落ちてました」
「ほう、珍しい…それで、直ったのかい?」
「直ったというか……ブレーカーが落ちてたのをまた点けただけですから……」
男性がそう言うと、支配人は顎に手を添えて考え込む。
「ふむ…わかった。あとで見てみよう。君は仕事に戻ってくれ」
「はい」
そう言って従業員の男性が去っていくと、すかさず鬼島警部が口を開く。
「すみません、我々もご一緒させてください」その言葉を聞いて、支配人は微笑む。
「ええ、構いませんよ。行きましょう」
そうして私たちは支配人についていく。彼は受付の奥に行くとそのまま階段を下りていく。どうやら受付の奥はちょっとした事務室になっているようで、そこには上がる階段と下る階段があった。私達も彼と一緒に階段を下りる。
「こちらです」
彼が案内したのは、ホテルの地下室だ。部屋の扉を開けると、そこは広い倉庫のような場所になっていて、様々な機械が置かれていた。
「これは……」
鬼島警部が思わず声を上げる。彼女の目の前にあったのは巨大な装置だ。高さは二メートルくらいはあるだろうか。そして横幅もそれと同じくらいあって、部屋の大部分を占めていた。
「これがホテル全体の電力を供給する発電機です。まあ、この大きさなので発電できる量自体は大したことないんですけどね。あくまで非常用です」
「それでしたら、普段はどうやって電気を?」
「麓から電線を引いているんです。見てませんか、電柱?」
「……すみません、不注意でした」
「いえいえ、謝るようなことではありませんよ。とにかく、普段はそちらの方から電力を供給してもらって、さっきのようなことが起きた時はこの機械でやります。ただ……」
支配人はそう言いながら機械の隣にある設備に目を向けた。そこには、いくつものブレーカーが横並びになっていた。私は支配人に、そのブレーカー群は麓からの電線から供給される電力を操作するものか尋ねた。
「ええ、そうです……どうやら、今はちゃんと動いているようですが、今回の停電はこのブレーカーが落ちたことが原因のようで…」
「なるほど……では、ブレーカーが落ちた原因は?」
「分かりません。少なくとも停電した時に私がいた受付には何も異常はありませんでした。他の場所では何かあったかも知れませんが……」
支配人は首を傾げながらも、特に何も知らないようだ。だが、私はもう一つ気になることを質問した。ブレーカーが落ちて来た従業員が、正面玄関から入って来た理由だ。
私がそのことを告げると、支配人は『あぁ……』と声を漏らして、ツカツカと迷いのない足取りで様々な設備が備え付けられている場所の隣の壁にある、少し錆びついた鉄製の扉を開けた。
「ここから、ホテルの外に出られるんです。建物の構造やここの用途の都合上、何かと運び込むことが多いものですから」
支配人がそう言って開けた扉の先を見ると、確かにそこは一面の雪景色だった…横を見ると、緩やか勾配のついたコンクリート製の坂がある。荷物の搬入に使うのだろう。
その扉付近とその坂には、確かに人間の靴跡がある……あの従業員の者だろう。私は支配人に礼を言った。
「いえいえ…」そう言って扉を閉める支配人に、鬼島警部が頭を下げる。
「……わかりました。貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございます」
鬼島警部が丁寧に礼を言うと、支配人は笑顔で応じてくれた。それから私達は、一階の受付まで戻って支配人と別れる。
「……ただの偶然だと思うか?」
支配人が受付の奥の事務室に姿を消した瞬間、鬼島警部が問いかけてくる。
私たちがたまたま泊まることになったホテルでの停電……一見、なんのことはないトラブルに思えるが、鬼島警部のホテルに来てからの言動と時折私の耳に聞こえてくる物音、さらに新婚夫婦の夫が話していた窓の外に人影を見たという証言…気にするべきかどうか、悩む塩梅だ。
私は彼女に、とりあえず今日のところは捜査を打ち切って、可能な限りの現場保存をして明日に長野県警に戻ってから詳しく調べてみようと言った。
「…そうだな」
そう言って自室へ戻ろうとする彼女に、私は長野県警に連絡を入れるので先に行くように言った。
「ああ、分かった」
彼女が階段を上がるのを見て、私はロビーに備え付けられている電話を使って長野県警に連絡を取った。
『はい、長野県警です』
電話に出たのは若い女性だった。おそらく電話番なんかをさせられている新人の警察官だろう。私は事情を説明して遭難事件対策本部の責任者の名前を出して応対してもらうように頼んだ。
『あ、はい。わかりました。少々お待ちください』
相手が同じ警察の人間だと分かったのか、少し緊張した声色を最後に保留音に変わった。少し経って、私の耳に嫌なダミ
『おう、お待たせした。ワシじゃ。それで、何か用かね?』
……対策本部で聞いた、長野県警のデカで間違いない。私が今朝からの出来事を説明すると、相手は興味深そうな反応を示す。
『ほほう……それは災難じゃったの。わかった。ゆっくり戻ってきなや。ほんじゃ』
そう言って、電話は切られた。なんというか……地方の刑事はのんきだ。まぁ、それはそれで魅力なのだろうが……。
私はそのまま三階の自室に戻る。部屋に入ると、鬼島警部がテレビを見てくつろいでいた。
「よう、ご苦労さん。なんだって?」私は相手の対応をそのまま鬼島警部に伝えた。
「んだよ、えらくのんきだな。ま、いっか」
彼女はそういうと、ベッドの上に寝転がる。そして天井を見上げながら独り言のように呟いた。
「それにしても……なんであんなことが起きたんだろうな…ただの偶然か…?」
その問いに、私は答えることができなかった……結局、私たちはそのまま眠りについてしまった。
※
翌朝、私は鬼島警部よりも早く起きて身支度を整えると、いまだにいびきをかいて寝ている彼女を起こした。
「うごぁ?……んだぁ?…朝か?」
カーテンから漏れてくる明かりに目を細めて、彼女は言った。
私が朝の七時半だと答えると、彼女はむくりと起き上がる。
「そっか……じゃあ、とりあえず朝飯でも食いに行くとするかね……」
その後、私と同じように身支度を済ませた鬼島警部と共にホテル内のレストランに向かうと、朝食を注文する。そして、二人で黙々と食べ続けた。
「――いやぁ、しかし美味かったな。このホテルのパンケーキ!」
――デザートのパンケーキを食べ終わった後、鬼島警部は満足げに言う。私はそんな彼女を見て思わず笑ってしまった。
そんな時間を過ごしながらレストラン内に目を向けると、昨日の夜に見かけたスタッフや宿泊客の姿を確認できる。だが、鳴海刑事達の姿はない…まだ寝ているのだろうか? だとしたら、もう少し寝かせてあげよう。昨日は疲れただろうから。
「それで、今日はいったん長野県警まで帰るんだろ? もう行くか?」
鬼島警部がそのように聞いてくるので、私は鳴海刑事達の準備が済み次第出発することを伝え、それまではホテル内を散策すると伝えた。
「なるほどな……じゃあ、アタシも適当に時間を潰しておくよ。何かあったら連絡してくれ」
私は了承して、くれぐれも気を付けるように言った。
「分かってるって。んじゃ、また後でな」
そう言うと彼女は、席を立ってレストランを後にした。
(……さて)
私はそれを見送った後、席を立つ。それから、受付にいる女性に軽く会釈をしながら外へ出た。
外に出ると、眩しい朝日が私を照らしてきた。眼下には一面の銀世界が見える。吐く息は、相変わらず湯気のように白い。
少しだけ目を細めつつ辺りを見回すと、昨日は気づかなかったが、このホテルはかなり広い敷地面積があるようだ。そもそも、立地自体がこの山の中にある平坦な土地に建てられている。周りには鬱蒼とした山中が広がっているが、ホテルの裏手からはちょっとした林のようなものが見えた。
(……行ってみるかな)
私はそう決めると、ホテルの駐車場から道路に出て、まっすぐ林へと向かって歩き出した。
……しばらく歩いていると、やがて開けた場所に出る。そこは木々に囲まれてはいるが、太陽の光が差し込むおかげでそこまで暗くはなかった。さらに地面は土で覆われていて、草木は適度に刈り取られている。どうやらここは人の手によって手入れされているようだ。
さらに奥へ進むと、今度は木製の柵に囲まれた池があった。大きさはそれほどでもないが、水面は穏やかで小魚が泳いでいるのが見える。
(……?)
その時、私はふと奇妙な感覚に襲われた。具体的に何とは言えないのだが、何か違和感のようなものがある。私は周囲を見回しながら、慎重に歩みを進めた。
そして、池のほとりに立つと、その中央付近に何かがあることに気が付く。
(これは……?)
そこには、直径五センチほどの球体が置かれていた。色は茶色で、よく見ると表面に小さなひび割れが入っている。
私はその物体を拾い上げると、観察した。材質はおそらく木製だ。表面は滑らかになっているが、所々に細かい傷がついている。
(……?)
私は首を傾げた。なぜ、このようなものがここに……いや、それよりも今はホテルの調査だ。
気分を切り替えて、私は再び歩き出す。そのまま道なりに進むと、遠くから鳥の鳴き声らしきものが聞こえた。耳を澄ますと、それが徐々に近づいてきているのを感じる。
「……」嫌な予感がしたので、私は立ち止まって耳をすませる――。
「……グワァアアー!!」
「っ!?」
そして次の瞬間――大きなカラスのような生き物が私の目の前に現れたっ! その巨体は二メートル近くあり、全身が黒く染まっている。
(くっ!)
私は咄嗟に臨戦態勢になってそのカラスを迎え撃とうとするが――カラスの顔面に叩き込まれるはずだった私の拳は空を切り、カラスは霧のごとく消え去ってしまった。
「な……?」
一瞬、訳が分からなくなる。なんだ今のは? 幻覚?。
周囲を見渡してみても、怪物の姿はない。聞こえるのは木々がこすれる音だけだ。
「……」
……私は警戒しつつも前進する。しかし、いくら進んでも怪物は現れなかった。
これは……特に理由もなく暇つぶしがてら散策していたら、とんでもない状況に巻き込まれたのかもしれない。
私はそのまま池を後にしてさらに林の奥へと進んでいく。すると、前方に建物が立っていることに気が付いた。木造の神社のようで、外観はかなり古びている。というか、人の手が入っていないために半ば朽ち果てているような状態だった。
(こんなところに神社なんて……)
不思議に思いながらも、私は神社に近づく。そして、中を覗き込んでみた。
「!」
……中には、注連縄がされた岩と磔にされた人形があった。人形はボロボロになっていて、全体が赤黒い染みに覆われている。さらにその周囲には、お札が大量に貼られていた。まるで、封印でもしているかのような……。
しかも、岩に施されている注連縄は、すこしほどけかかっている。不吉だ。私はその不気味な光景に圧倒される。しかし、いつまでもそうしているわけにもいかないので、とりあえずこの場を離れることにした。
「……」
しばらく歩いていくと、私はあることに気づいた。さっきからずっと同じところをぐるぐる回っているのだ。
まさか、これもあの怪物の仕業なのだろうか……そう思って周囲を注意深く観察すると、やはり同じように鳥居と社が見えてくる。どうやら、この林全体は一種の結界のようなもので囲まれているらしい。
(……)
私はその場で真言を唱えて再び歩き出す……すると、無事にホテルの駐車場まで戻れたようだ。
私はそのままホテルまで戻り、ロビーの時計を見る。時刻はまだ昼前だ。それほど探索に時間はかかっていなかったらしい。それから私は、鬼島警部がいるであろう三階の部屋へ向かい、中に入る。
「お、なんだ? 散歩はもういいのか?」
案の定、彼女はベッドの上でだらけながらテレビを見ていた。私は彼女に、鳴海刑事達はどうしているのか尋ねた。
「あいつらなら、もうとっくにメシ食って支度してるぜ。一度行ってみるか」
そう言って、彼女はベッドから出て部屋を後にする。私も彼女についていって、同じフロアにある鳴海刑事達が泊まっている部屋の扉をノックした。
「はい」
すぐに返事が返ってくる。私は扉を開けると、そこに鳴海刑事と大倉刑事がいた。
「おはようございます。準備終わりました。もう出発しますか?」
鳴海刑事がそう言うので、私はとりあえず中に入れるように言いながら彼らの承諾を待たずに部屋に入る。
「お、おい、神牙っ!」
大倉刑事の言葉は今は無視しつつ、私は部屋の中央に来てから振り返ってメンバー達を見渡すと、先ほどの出来事をなるべくゆっくりと伝えた。
「そんなことが……」
――話を聞き終えると、鳴海刑事は驚いた様子でそう言った。普通の刑事が聞いたならば信じないような話でも、この部署にいる彼らなら容易に信じてくれる。
「それで、どうすんだ? このまま捜査に移行すんのか?」
鬼島警部がそう聞いてくるので、私はある案をみんなに話した。分割だ。
まず、鳴海刑事と大倉刑事は長野県警に帰って遭難事件関連の雑務を終わらせる。そしてある程度装備を整えてから再びこのホテルに戻ってくる。その間、私と鬼島警部はこのホテルを中心とした本格的な捜査に移行するというものだ。
「分割ねぇ…戦力を割くには賛成できねぇな。特に、そんな得体の知れねぇもんがうろついている現場じゃあ…」
鬼島警部はそう言った。確かに、彼女の気持ちも分かる。だが私は、鳴海刑事達が合流するまでの間は停電関連の捜査を中心にすることを彼女に提案した。
「…まぁ、それならアタシは反対しねぇよ。もっとも、あの停電とアンタが経験した怪奇現象になんらかの関連があったら、そうも言ってられないがな」
鬼島警部は渋々といった感じだったが了承してくれた。そして、私は早速行動を開始するため、いったん鳴海刑事達に別れを告げることにした。
「分かりました。何か分かったら連絡してくださいね」
私はその言葉に強くうなづいて、荷物をまとめた二人をロビーまで見送った。そして昨日ぶりに目にする登山装備の彼らが下山するのを見届けた後、私は鬼島警部に、私が散策した林について支配人や従業員に聞き込みをしたいと告げた。
「おう、そうだな」
……よかった。どうやら彼女は瞳は爛々と輝いているようだ。