餓鬼 ~屋内捜索~
翌日、私はオモイカネ機関のメンバー達を伴って、『その者』が知らせてきた研究所へ向かっていた。その研究所は、都内沿岸部の工業地帯に紛れるようにして存在するらしい。大倉刑事の運転するパトカーで高速道路を走る中、助手席に座っている鬼島警部が話しかけてきた。
「なぁ、神牙。今から向かうところって、危険なところなのか?」
私はその質問に、どうしてそう思うのかと質問で返した。
「だってよ…お前、車に乗るときになんか重たそうなバッグをトランクに入れてたろ? あれ、銃とかそんなのだろ?」
「えっ!? そうなんですか、神牙さんっ!?」
後部座席に座る鳴海刑事が驚愕の声を上げる。バックミラー越しに見える彼の顔は、まるで戦地に赴く兵士のように凍り付いていた……私は、護身のためにとだけ答えた。
これから向かう研究所では、何が起こるか分からない。一応、『その者』から研究所に関するあらゆるレベルの鍵とカードキーは昨晩のうちに本部に届けてもらった。だが、それだけでは心もとない。
そこで私は、ある仮説をみんなに話す。
あの大磯の遺体に起きた出来事は、犯人によって殺害された末に起きた出来事である。
そして、当然の推測として、その原因と考えられる研究所には今もその要因を引き起こす物質などが保管されている可能性が高い。
さらに最悪なのは、その物質に対して接触したり、もしくは摂取した人間がいた場合、我々はあの遺体のような存在と戦う羽目になる可能性があることだ。
「そりゃ……まぁ、そうか…」
鬼島警部は、なんとなくではあるが同意してくれたようだ。実際、あの怪物が相手では大倉刑事でも太刀打ちするのは難しいだろう。
『その者』いわく、研究所は事故を起こして以降に閉鎖されているとのことだが、油断はできない。それに、もう一つ懸念すべきことがある。
それは、この研究所が犯人の根城となっている可能性だ。
事件が起きてからすでに数週間……警察に悟られるずに逃亡生活を送り、なおも犯行を繰り返すには、それなりの拠点が必要だ。
もしそうであれば、我々の姿を見て逃亡するならまだしも、我々が研究所を調べている隙に、犯人はこちらに攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
そうならないよう、常に警戒しなくてはならない。私はそう告げると、全員の表情が一気に引き締まった。
「そうだな……なら、問題ねぇか…」
鬼島警部が呟く。そして、車内の空気が張り詰めていく中、私達を乗せた車は目的地へと走っていく。
それから数時間後、私たちは目的の場所に到着した。そこは、大きな倉庫が立ち並ぶ区画の一角だった。
車を降りて、周囲を見回す……周囲に人影はない。目の前に見える建物は、他の倉庫群に擬態するように存在していた。その建物の周囲には高い塀があり、錆びついたシャッターが下ろされている。その横にある入り口らしき扉は分厚い鉄製のようだ。
一見すると、特に変わった様子は見られない。しいて言えば、少し警備のしっかりした倉庫といった感じだ。だが、『その者』の情報によると、ここが今回の事件の発端となった可能性のある、いわくつきの研究所のようだ。
外観を見た感じでは、人の気配は感じられない……『その者』が言っていたように、ここはすでに閉鎖されているようだ……だからといって、誰もいないとは限らないが…。
私は目の前にある頑強な扉の鍵穴に、『その者』からもらった合鍵を差し込んで回した。すると、ガチャンと大きな音を鳴らして、扉が少し開かれる。
私は車に戻ってトランクを開け、持ってきたバッグを取り出した。そして、メンバー達に一言断って扉を開ける。
「……どうやら、中には誰もいないみたいですね」
私がバッグを持って建物の中に入ろうとすると、後ろから声が聞こえてきた。振り返れば、そこには心配そうな顔をした鳴海刑事の姿があった。
「気をつけてくださいね、神牙さん」
私は短く返事をして、再び塀の中に入っていく。どうやらここは研究所の敷地のようで、研究所はその中央にポツンとあるだけだった。私達は周囲を見回し、誰一人欠けていないことを確認したあと、研究所に向かって歩き出した。
そして、研究所の入り口に到着すると、私はまず最初に壁沿いに設置されている窓に近づき、中の様子を伺った。
窓ガラスの向こう側は薄暗い。おそらく、長い間掃除をしていないせいだろうか、ガラス越しにも室内の荒れ果てた様子が伺える。私はバッグから懐中電灯を取り出して点け、その明かりを頼りにして中を覗き込んだ。
研究所の内部はかなり広いようだ。通路の左右には様々な機器が置かれているのが見える。だが、それらは全て埃を被っているようだ……まるで何十年も放置された廃墟のように……。
私は研究所の入り口に向かい、扉の鍵穴に別の合鍵を差して回す。すると、難なく扉は開いた。私はメンバー達を従えて研究所へ足を踏み入れる。
「……なんか、気味悪いところだな」
私の背後で鬼島警部がボソリと呟いた。確かに、ここに漂う雰囲気はあまり良いものではない。あらかじめ仕入れてきた情報のせいもだろうだろうが……。
私は、大倉刑事と鳴海刑事に目配せをする。二人とも無言のままうなずいた。私は、改めて辺りの様子を確認する。
床はリノリウムで覆われており、天井には照明器具が設置されている。だが、そのどれもが点灯することはない。長いこと使われていないのは明らかのようだ。当然ながら、受付にも人の姿はない。
私は念のためにと、受付カウンターに置かれている電話の受話器を取ってみた。案の定というべきか、電話は通じていない。
しかし、これではっきりした。この研究所は、すでに『組織』の手によって完全に封鎖されている。だまし討ちの類はないだろう。脅威があるとすれば、今もこの施設に潜んでいるかもしれない何者かだけだ。
「……やっぱり、この研究所はもう使われてないのか?」
鬼島警部が尋ねる。私は肯定の返事をした。
「そうか……じゃあ、とりあえずは安全そうだな」
私は、それでも用心だけは怠らないようにと伝えた。
「ああ……」
鬼島警部が静かに答える。
そして、私は装備品の詰まったバッグを床に置いて中身をすべて取り出す。
その荷物の中から無線機と小型のライトを選別して、それを全員に手渡した。全員がそれを受け取る。続いて、私は無線機にイヤホンマイクを取り付ける。これは、万が一の時に連絡を取り合うためのものだ。
そして、私は三つの拳銃――『S&W M360』と、弾丸を一人につき二十四発手渡した。
「……なんだか、もうこういう光景にも慣れてきましたね」
「ま、どう考えてもウチは正規の部署じゃねぇからな」
鬼島警部と鳴海刑事が背後でそんなやり取りをしているのを聞きながら、私は最後に数十発のショットシェルを装備したチェストリグを身に着け、散弾銃――『レミントン M870』を手に取った。このショットガンは、アメリカで開発されたもので、その威力の高さや耐久性、信頼性などから、現在でも多くの軍隊や警察などで愛用されている。私は全員の準備が整ったのを確認して、先に進むことにした。
研究所内は不気味なほど静まり返っている。聞こえるのは、私達が歩く音と、装備している銃器が立てる金属的な響きだけ。
閉鎖されているせいで、電灯もついていない。この辺りならばかろうじて外の太陽光のおかげで見えるが、奥に行くにはライトを使わなければならないだろう。私は先頭に立って、さらに歩みを進めていく……すると、不意に何か物音が聞こえたような気がした。一瞬だったが、確かに聞こえた。
私は立ち止まり、耳を澄ませる……やはり、微かに聞こえてくる。
私は後ろを振り返った。すると、他のメンバー達の表情が強張っていることに気づく……嫌な予感がした。
私は再び前を向くと、ゆっくりとした足取りで進み始めた。しばらく進むと、どうやら建物の端まで来たようだ。
目の前にあるのは大きなシャッター。おそらく建物の裏口に繋がっているのだろうが、今は固く閉ざされている。おそらく、鍵が掛かっているはずだ。
私は、ショットガンを壁に立てかけ、シャッターを持って渾身の力を込めて開けようとした。
「うわっ!?」
後ろで鳴海刑事が悲鳴を上げる。シャッターは私の意志に反して勢いよく開き、外から眩しい太陽の光が漏れてくる。鳴海刑事はそれに驚いたらしい。どうやら、シャッターには鍵はかかっていなかったようだ。
私は再びショットガンを手にして裏口から外に出るが、そこは正面の出入り口とさほど変わらなかった。地面には雑草が伸び放題になっており、建物には所々ヒビが入っている。近くにある窓ガラスは割れていて、そこから部屋の中に雨風が入り込んできていた形跡がある。どうやら、そこは職員達のための休憩室のようだった。そして、その建物のすぐ横には、大きな焼却炉が置かれていた。
私は注意深く周囲の様子を伺った……だが、今のところは何も感じられない。ここには危険はなさそうだ。私はメンバー達に、先ほどの物音について尋ねた。
「アタシが思うに、あれは何かが落ちた時の音ってよりは、換気扇みたいな連続音だったぜ?」
「自分も、その音なら聞いたであります」
「あ、僕も……」
どうやら、あの物音は私を含めて全員が聞いていたらしい
そこで私はみんなに、建物の電灯が点いていないのに換気扇が稼働しているということは、誰かが発電機でも持ち込んで稼働させている可能性があるため、注意して捜索を開始することを伝えた。
「ああ」
「うむ」
「わかりました」
そして、私達は再び研究所の中へ戻る。シャッターはそのまま開けておくことにした。誰かに侵入されるリスクをとってでも、この太陽光による明かりはありがたい。
私はシャッターのすぐ横の扉を開けて中に入る。先ほど外から覗いた、職員達のための休憩室だ。ここも、長い間掃除されていないせいか埃っぽい。建物全体がそんな感じだ。
だが、この部屋の状態が悪いというだけで、ここに危険なものがあるとは思えない。私は手分けをして室内を調べるように指示を出した。
「じゃあ、自分はこのロッカーの中を調べてみる」
「それじゃ、アタシはこの棚の裏でも見てみるか」
「あ、じゃあ、僕はこの机の下を……」
こうして、私以外の三人はそれぞれ散らばっていく。私はその間、扉付近に待機して部屋の外を警戒しておく。
「うーん、何もないですねぇ……」
最初に調べ終わったのは、鳴海刑事だった。彼はそう呟いて、こちらへ戻ってくる。続いて鬼島警部も戻ってきた。二人とも収穫なしのようだ。
最後にやってきたのは大倉刑事で、彼も特に何事もなく戻って来る。どうやら、彼の方も手掛かりはなかったようだ。この休憩室には、異常は見当たらない。
私達は休憩室を後にして、廊下へと出る。
「……しっかし、本当に静かだよなぁ」
「ええ。こんな場所じゃ、ちょっとした物音も響きますね」
「それに、先ほどからこのゴーッという音が気になるであります……」
確かに……先ほど私達が聞いた物音もこんな感じだった。どこから聞こえてくるのだろう?
そんなことを気にしながら一階をしらみつぶしに捜索していくが、どこにも手がかりになりそうなものはなかった。
ちょっとした給湯室、個人のための研究室、それなりの広さのある会議室……一階は捜索し終えてしまったが、音の正体は分からない。
続いて私達は、二階を捜索することにした。階段を上り、廊下に出る。そこにはいくつかの扉があった。まずは手前の部屋からだ。私はドアノブに手をかける。
「……」
だが、やはり鍵は掛かっていなかった……閉鎖する際に、何者かに侵入されるリスクを考慮しなかったのだろうか? あるいは……そう思いながら扉を開ける。
しかし、そこには一階と同じで、何の変哲もない研究室だけがあった。薬品棚に目を向けるが、そこには一つも薬品がなかった。その辺りの管理は、しっかりとしていたらしい。続けて隣の部屋……そこは、倉庫のようになっていた。
ここはおそらく、隣の研究室などで使う様々な備品を保管しておくための場所だろう。中には、工具類などの道具が散乱しているだけだった。
その後も各部屋を捜索していくが、どこも似たような造りの部屋が続く。
そして……私達は、最後の部屋の前に立った。
「ここが最後でありますな」
「開けるぞ……」
鬼島警部はそう言って、ゆっくりと扉を開いた。すると、今までとは違った異臭を感じた。
「うっ!?」
大倉刑事が呻いてよろめく。私は思わず鼻を塞ぐ。
「これは……」
「くせぇな……ガソリンか?」
「ううっ……」
他のメンバー達も同じだった。私は無言で中へ入る。室内は暗かったが、持ってきていたライトのおかげで困りはしない。
中はかなり広い空間で、天井も高い。床には段ボールやら紙袋などが積まれており、まるで物置のような印象を受ける。
私は、何か役に立つものがないか探すために、室内を見回し始めた。その時だった。
――ゴオオオォッ!――何かが燃えるような、激しい燃焼音が耳に入った。
「ひいっ!」
鳴海刑事が恐怖の表情を浮かべ、私の背後で震えている。
どうやら今の音を聞いたらしい。他の二人も、同じようだ。皆の顔に、焦りの色が浮かぶ……そして。
ゴオオッ!!――先ほどから、ずっと音が聞こえている。換気扇の音ではない。
私達は全員、息を殺して様子を伺った。すると、隣の部屋から明かりが漏れているのが見えた。そして、音もそこから聞こえている。私達は迷わずその部屋の扉を開けた。そして――。
ボゥウウッ!!――今度は先ほどの物よりも、さらに大きな音だった。
同時に、私達の視界の中で、天井まで届くほどの炎が燃え上がっているのが見えた。私達は顔を見合わせる。
まさか……その言葉は自然に出た。だが同時に私は、心の中では確信に近い感情を抱いていた。
……間違いない。あの炎の中にいるのは……人間だ。




