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心の犠牲者 ~目の前で起きたこと~

 私達がひいらぎ村で起きた殺人事件の捜査を開始してから一夜明けて、眠りから覚めた私は専用タブレットに目を向けていた。『その者』からの通信が来ていたのだ。


『君が言っていた男の件、こちらで調べてみたらいくつか情報が出てきた。捜査に役立ててくれ』


 私はそのメッセージを読んで、思わず首を傾げた。まさか、こんなにも早く情報を掴んでくるとは思わなかった。いつもなら、もったいぶるくせに……。

 そこで私は、ふと考えた……あの村は、『組織』にとって何か重要な存在か、もしくは重要な資産が隠されている場所なのではないかと…だから『その者』にも、情報が素早く集まるのでは……気にはなるが、今は事件解決の方を優先しよう。

 私は早速、その男について記されたファイルを開いた。すると、そこには彼がどこで何をしているのか、何歳であるのかなどの情報が記されていた。

――名前は、佐藤博。年齢は、62歳で血液型はB型。職業は、農家兼自営業。

……それらの資料に目を通した瞬間、私は衝撃を覚えた。それは昨日、私達が訪れた雑貨店の主の名前だった。

……どういうことだ? なぜ、あの店主の名前がこの資料に記されているのか? 私は混乱しながらも、さらに読み進める。すると……どうやら、彼は元警察官らしいことが分かった。しかもかなり優秀な人材だったようで、定年退職後はあの村に移住して、雑貨店を営んでいるとのことだ……つまり、あの雑貨店の主人が現在のところもっとも中沢家の殺害に関与している可能性が高いということになる。私は鬼島警部に連絡を取った。


「――なるほどな。なら、その佐藤をしょっ引けばいいじゃねぇか」


 数十分後……私の自室にて、私は鬼島警部と会議をしていた。会議の内容はただ一つ……佐藤博を逮捕するかどうかについてだ。

 鬼島警部は私から事情を聴いた後、炭酸飲料片手にそう言ったのだ。そこで私は、逮捕しようにも証拠がないと反論する。


「…んなこと言ったって、逮捕するのに気持ちが踏ん切り付かないから、アタシを呼んだんじゃねぇのかよ?」


……さすがに、そこまで耄碌もうろくしているつもりはない。

 私はもう一度話を『その者』に戻し、この情報は奴から送られてきたため、なんらかの罠の可能性もあると彼女に伝えた。すると……。


「あ~、そうかもしれねぇなぁ……だとしたら、今すぐその佐藤とかいう野郎をぶん殴れば終わりだろ?」


……そんな単純な話では――。


「まぁ、そりゃそうだわな」


 彼女はあっけらかんとした態度でそう言うと、手に持っていた缶ジュースを飲み干した。そしてゴミ箱に向かって放り投げるが、外してしまう。


「チッ……」


 舌打ちしながら、空き缶を拾いに行く彼女の背中を見て、私はある疑問を抱いた。

――なぜ、彼女は『その者』について深く聞いてこないのだろう? 普段の彼女の捜査能力からすれば、彼女がその部分を気にするのは目に見えているはずなのに……。

 そのことに思い至ると、私から彼女に対して『その者』の説明をすべきだろうか? だとすると、『組織』のことも話さなければならない気が……。

――いや、駄目だ。私は即座に自分の考えを否定する。

 仮に『組織』のことを彼女に説明したとしても、きっと信じてもらえないだろう。それどころか、私まで頭のおかしい奴扱いされるのが落ちだ。

 それに、もしそのことが『組織』にバレて彼女に危害が及ぶようなことがあってはいけない。結局、私が出した結論は現状維持だった。


「……」


 私は無言で、部屋の隅にある小さな冷蔵庫に向かう。中には数本のミネラルウォーターが入っていた。その中の一本を取り出して蓋を開けると、そのまま口を付ける。喉を潤した後、私は鬼島警部を呼び戻した。


「おう、なんだ?」


 先ほどの空き缶を捨ててきたのであろう、少し離れた距離で返事をする彼女を見つめながら、私はこれからの行動について指示を出した。

 まず佐藤に対して任意同行をお願いし、同行する場合はそのまま警察署で取り調べを行うこと。万が一応じない場合は、『その者』からもたらされた情報を元に彼に同行を求めることだ。

 残念ながら、いまだ中沢家を殺害した犯人も物証もない。今すぐにできるのはこれくらいのものだろう。

私が話し終えると、鬼島警部は眉間にシワを寄せて言った。


「それは別にいいんだけどよ…もし相手がシラ切ったらどうすんだ? こっちには殺人の証拠なんかはねぇだろ? せいぜい、佐藤が中沢と死亡推定時刻の前に会ってたってことくらいだ。それにしたって、得体の知れない相手から得た情報だろ?」


……確かに、彼女の言うとおりだ。分かってはいたが、やはりそこがネックになっている。もう少し、慎重に捜査をするべきだろうか?


「いや、とりあえずそれで行こうぜ。アンタが慎重になるのも分かるけど、今は時間との勝負だ。さっさとケリを付けよう」


 鬼島警部は私の肩をポンと叩くと、「任せとけって!」と笑顔で言い放った……大丈夫なのか、本当に……。その後、私達は鳴海刑事達を連れて仕事を始めた。


                       ※


――午後12時30分。私は、みんなとあらかた詰めの会議をして昼食を食べ終えた後、大倉刑事の運転する車に乗せられてひいらぎ村まで向かった。

 道中、私は専用タブレットに表示された資料に目を通す。そこには佐藤博の経歴や家族構成、そして彼が営む雑貨店の情報などが記されていた。そこに書かれていた情報は『その者』が寄越してきた概略程度の情報と大差なく、彼の人生には特に中沢家を皆殺しにしようとするきっかけのような出来事は起きなかったように思える。

 もしかしたら、本当に無関係なのでは……車があの雑貨店に近づくごとに、私の胸中でそのような思いが徐々に強まっていく。

 もし間違って任意同行をしてもらい、後で無実だと分かったならば謝れば済むだろう。だが……もしその一連の流れを犯人やその協力者に見られていたら……最悪、事件は迷宮入りとなるだろう。

 やはり、あの村の閉鎖的な環境が捜査を一段と困難にさせているのは間違いない。私は思わずため息を吐いた。

 なにより、この事件が『その者』によってもたらされ、今私達が任意同行を求める相手も『その者』からの情報によって決まっているという状況が、私にはどうも腑に落ちない。

 単純に『その者』が有能だからと考えるならばそれで済む話だが、『その者』はこれまでにも上層部や関係部局から必要な情報がもたらされなかった過去がある。そして、そういう時に限って苦労してきたのは我々だ。

 うまくいっている……今回は、そのこと自体を警戒すべきだろう――やがて車は目的地に到着し、ゆっくりと停車した。

 車を降りると、私は店の前まで歩き扉を開けた。カランカランというドアベルの音を聞きながら店内に入ると、昨日訪れた際に感じたような独特の匂いが鼻腔を刺激する。

 店内は相変わらず薄暗く、天井から吊るされているランタン型の照明器具だけが唯一の明かりだ。入口近くのレジカウンターには、変わらぬ様子で佐藤が座っていた。


「すみません、昨日お伺いしました鳴海です。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」


 例によって鳴海刑事が声をかける。すると佐藤は、怪しげな笑みを浮かべて言った。


「あぁ、刑事さんか。あんまりしつこいのは嫌いなんだよなぁ……」


 その言葉を聞いた瞬間、私は背筋に冷たいものが走るのを感じた――やはり、この男に任意同行を求めに来たことは正解だったかもしれない。そんなことを考えていると、背後に控えていた鬼島警部が一歩前に出て、彼に話しかける。


「そう言わずに頼むよ、ちょっとだけ話を聞いてくれねぇかな?」


 鬼島警部の言葉を聞くと、佐藤はニヤリと笑って「いいですよ」と言った。


「じゃあ、奥の事務所に来てください。そこで話しましょう」


 佐藤は立ち上がると、私達に背中を向けてスタスタと歩いていく……これは、想定外だった。どうする? 行くべきだろうか?

 ほんの少し悩んだ後、私は鳴海刑事と大倉刑事を伴って彼に付いて行くことにした。鬼島警部と加山巡査には車で待機するように指示して、私は鳴海刑事達と共に彼に付いて行く。

 佐藤は商店の奥にある住居区画の中央に置かれた応接用のソファーに腰かけると、私達にも着席するように促す。

 それに従い、それぞれ思い思いの場所に座ると、彼はすぐに口を開いた。


「さて、何について聞きたいんですかね? やっぱり、中沢さんの事件ですか?」


 私がそうですと答えると、佐藤は「う~ん」と腕を組んで考え込む仕草を見せた。

 しばらくして、何か思いついたのか、パッと表情を明るくさせて言った。


「そうだ! せっかく来てくれたんだし、お茶でも出しますよ。ちょっと待っててくださいね」


 佐藤は勢いよく立ち上がって部屋を出ていった……私はその隙に、二人の刑事に対して出されたお茶や食べ物は決して口にしないようにと厳命した。


「うむ…」

「わかりました…」


 二人が小声で了承してから数分後、佐藤は湯気が立ち昇る茶碗を持って部屋に戻ってきた。そして、私達の前に一つずつ置いて再び向かい合うように座った。

 私は、目の前に置かれている茶褐色の液体を見つめた……なんだろうか、見た目は普通のほうじ茶のようだが……。

 そのまましばらく待っていると、急須を置いた佐藤が私に向かって口を開く。


「刑事さん達も、遠慮せずに飲んでくださいよ。冷めないうちにどうぞ」

「どうも…」

「はぁ……」


 そんなことを言いながらも、私達は湯呑に茶碗に手を付けず、代わりに佐藤に対して私は事件当日何をしていたのかと尋ねた。

 しかし、彼は「ずっと店番をしていまして……何も変わったことはありませんでしたよ」と答えるだけで、それ以外のことは何も答えようとしなかった。

 その後も色々と質問を繰り返したが、結局事件の真相に辿り着くような情報は得られなかった。

 これ以上粘っても、おそらくは無駄だろう。そう判断した私は、最後に一つだけ尋ねることにした。


「へぇ……?」


 私は彼に、被害者の死亡推定時刻の間にあなたを見た人がいると彼に伝えた。彼はそう言ったきり、黙り込むが、追い込まれている様子は見えない。むしろ、その状況にあっても余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といった様子だ。

 やがて、佐藤は「ふぅむ……」と呟くと、腕を組んだままこちらをじっと見据えてきた。

 まるで、私達の真意をはかろうとするかのように。そして、たっぷり数秒の間を置いてから、ようやく口を開いた。


「そうですね……僕も、その時間は仕事で外に出ていましたから、誰か見た人がいてもおかしくないと思いますけどね……?」


 彼がそう言うと、鳴海刑事と大倉刑事は揃って目配せをした。恐らく、この二人もこの男の言っていることが嘘だと察したに違いない。

 私は、自分の勘が当たっていたことを悟った。やはりこの男が犯人だろう。しかし、ここからどうやって自白に持ち込めば?

 鬼島警部とも会話した通り、私達には彼の犯行を裏付ける証拠はない。あくまで、証言一つだけだ。いくらでもシラを切れるだろう……私が困っていると、専用タブレットに着信が入る。


「どうぞ」


 私は佐藤に断りを入れて、応答した。見ると、『その者』からの通信だった。


『上手くいっているか?』


 私は思わず眉間にシワを寄せてしまった。このタイミングで連絡してくるとは、やはりこいつには何かしらの思惑があるのだろうか? そんなことを考えていると、私の内心を見透かしたように『その者』は続けた。


『すまないが、この事件に関しては我々も深く関わっていることが分かった。だから、多少強引にでも解決させてもらうぞ』

『どういう意味だ?』


 私がそう返信すると、すぐにまたメッセージが送られてくるが、そこには資料の添付ファイルがあった。それを開くと、そこに書かれていた内容を見て私は納得した。――なるほど、そういうことだったのか。

 私は、送られてきた資料から目を離し、代わりに佐藤にその視線を向ける。


「どうしました?」


 私達の目の前で、この悪魔は平然とした様子で座っていた……私は鳴海刑事と大倉刑事に、少し二人きりにしてほしいと伝えた。二人は一瞬戸惑った様子を見せたが、それでも私の意志を汲み取ってくれたらしく、静かに部屋から出て行った。私はそれを見届けると、佐藤に向き直った。

――あなたが殺したんですね?……私がそう告げると、彼はニヤリと笑って口を開いた。


「どうして、そう思うんです?」


 私は彼に、『その者』から渡された添付ファイルの中身を彼に見せた。彼は私からタブレットを受け取って画面をしばらく見つめていると、途端に目をカッと見開いたかと思ったら小刻みに体を震わせた。


「う、嘘だ……」


 そこには、先ほどまでの余裕は微塵もなく、顔面蒼白になった佐藤の顔は、まるで死後硬直を起こした死体のようにも見えた。


「わ、私が、彼らに見捨てられるはずがない…わ、私は管理者のはずで――」


 うわずった声色で、彼はそのような言葉を口にし始める。だが、私がそれを聞いているうちに、彼の体からは力が抜けていき、やがてガクッとソファーにもたれかかった。

 佐藤さん……あなたが中沢さんを殺したんですね?――私は、目の前でぐったりとしている男を見つめて、注意深くそう言った。しかし、彼は何の反応も示さない。……しまった!

 私は慌てて脈を取るが、もう遅かった……どうやら死んでしまったらしい。彼が持っていたタブレットを見ると、そこには消えかけた真言――人を呪い殺すための呪詛の言葉が書き込まれていたのだが、私がそう判断した時にはそれはすでにチャットアプリの画面からは消え去ってしまった。

……状況から判断して、『その者』か奴の部下か協力者がやったのだろう……『堪忍袋』というものが本当に私にあるのなら、その『』はすでに切れかかっている……が、同時にあの状況ではこのような結末を迎えることも仕方なかったのかもしれないと考える自分もいる。

……とりあえず、私は佐藤の手からタブレットを取り返し、深呼吸して落ち着いてから『その者』と通信を試みる。


『相変わらず、えげつないことをするな』

『少なくとも、相手はそうする価値があったし、こうするしか方法はなかった』


 奴は今、目の前で何が起きたのかを、まるでその場で見ているかのような落ち着きぶりだった。


『すまないが、物品の回収を頼む。誰かが悪用する前にな』

『ああ』それだけ言って通信を切ると、私は彼の体をまさぐった。

……あれだけ自己愛が強い人間ならば、重要な物は肌身離さず持ち歩くか、すぐ近くに置いてあるはずだ。予想通りというべきか、ポケットの中からスマートフォンのような通信端末が出てきた。彼の腰のポケットからは、某有名ブランドのスマホがある……どうやら、私が今手に持っているのが本物のようだ。

私は『その者』と通信を再開し、通信端末の写真を撮って奴に送り付けた。少し経って、返信が来る。


『問題ない。ありがとう』


 そうして再び通信を終えると、今度は鬼島警部に連絡を入れる。事件解決の報告をするために。


「なんだ?」


 鬼島警部は電話に出るなり、ぶっきらぼうな調子で応じた。

 私は彼女に、これからしばらく私は忙しくなるので、私の代わりにみんなをまとめていてほしいと彼女に伝えた。


「……なんか、あったんだな…?」


 彼女は、察したような口調でそう尋ねてきた。私はそれにただ、そうだとしか応えられなかった。


「わかった……任せとけ。その代わり、落ち着いたら必ず説明してもらうぜ? 少なくとも、アタシだけには、な…」


 私が了承の返事を出すと、鬼島警部は通話を終えた。そして、私はふぅっと息を吐き、部屋の外から村の景色を見た。山々に囲まれたこの村は、夕焼け空の下で赤く染まっている……まるで、血の海みたいだ……。そんなことを思いながら、私はしばらくの間、その光景を眺めていた。

――また、大倉刑事に嫌われるかな――ふとそんな考えが頭をよぎり、なぜか私は微笑を浮かべた。

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