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狂信 ~密かな想い~

 潜入調査が事実上終了してから一週間後……報告書の作成も終わり、私は鬼島警部の報告書を手に取って読んでいた。特に当たり障りなくまとめられているので、私はそれを資料ファイルの一部として保存した。

 報告書の作成をした本人はというと、今日も今日とて備品のソファの上で眠りこけている。いつもならため息の一つでもしたいが……今回ばかりは、しばらくゆっくりと休んでほしい……出来れば休暇中に。そんなことを考えながら、私は彼女の寝顔を眺める。


「……んがっ!?」


 鬼島警部は唐突にそんな声を上げると、すぐに起き上がって周りを見渡した。


「……あぁ……夢だったのか……」


 どうやら、また変な夢を見たようだ。彼女のことだから、またろくでもない内容だろう。私は彼女に、どんな夢を見たのかと尋ねた。


「あー……」彼女は頭をかきつつ、私の方を向く。

「いや、なんかアンタが人殺しをするって話を聞いてさ……それでアタシは止めようとするんだけど、アンタ全然言うこと聞かないんだよ。で、最後は拳銃で頭を撃ち抜いて自殺するっていう……」


……それは、なかなかに恐ろしい悪夢だ。だが、私自身はそんなことをするつもりはない。私はその夢の続きを話すように促す。


「えっと、まぁ、結局止めることは出来なかったけど……でも、目が覚めたら、ほっとした感じになってたかな。やっぱり、殺人なんてダメだよな……うん」


 鬼島警部はどこか照れくさそうな様子で言う……そして、鬼島警部はまたソファで眠りについた…まだ昼前だというのにも関わらず……。

 何はともあれ……ほかには誰もいない。今のうちに、『その者』にサルスや高梨について聞いておこうか…私はそう考えて、専用タブレットで奴と連絡を取った。


『なんだ?』

『サルスや高梨について、その後どうなったか聞こうと思ってな』

『そうか。彼女達は現在、我々の監視下にある』

『監視下?』

『ああ』


 私は奴のその言葉に、嫌な予感を感じた。


『まさかとは思うが……そのまま何事もなく、サルスが稼働していて、高梨も不問ということか?』

『そうだ』


……やはり、そう来たか。私は思わずため息をつく。


『また、我々に話してないことがあるんじゃないのか?』

『いや、それはない。ただ、あの後、色々と上層部を含む組織のあらゆる部局の間で政治的な駆け引きが行われて、最終的にそういったことになったんだ』奴はそう言い、私は何も言えなかった。

『だから、君が気に病む必要はない。当然、高梨を始めとしたサルスの関係者などは君達オモイカネ機関のメンバー達とは関わらせない。約束する』それを最後に、通信は終了した――。


 私は時計を見て、ふと荷物をまとめて鬼島警部に話しかける。


「んぁ? なんだ?」


 私は彼女に対して、ちょっと用事があって外すので、何かあったら連絡するようにと伝えた。


「ん、分かった……」


 そうして彼女は、再び眠り込んでしまう…今は鳴海刑事と大倉刑事は所用で出かけているため、非常に心もとないが、仕方ない。私は本部を後にして車で自宅まで戻った。

 自宅に戻ると、そこに居住している異形の者達とほどほどに挨拶を済ませて、私はガレージに併設された地下への階段を下る。

 下った先にある扉を開けて中に入り、電気を点けると、そこには私がこれまでに収集、使用してきた様々な武具や装具などが少々乱雑に放置されていた。

……最近、ここに来る機会はめったになかった。ほとんどの時間をオモイカネ機関の本部で過ごしていたし、自宅は食事と睡眠のために帰るだけというのだが、ほとんどルーティンとなっていた。

 しかし……ここ最近の『組織』の動向や、それに伴う異形の者達の処遇など、きな臭いことが次々に起こり始めている。

 そしてとうとう、今回のサルスや高梨の件で、それは臨界点を超えた。

 我々がこれまで危険な任務を引き受けてきたのは、それが世界のためになると考えているからだ。これは決して、大げさな表現ではない。

 だが……今回の『組織』の一連の決定――不審な配下組織を、別の配下組織に探らせ、まだ自分達の益になるなら何事もなかったかのように振る舞う……それは、ある種の人々にとっては、自身の職責に対する、耐えがたい侮辱に等しい。ならば…さんてん私がそれを破っても、誰も文句はないだろう。

 私はうずたかく積まれた装備品の山をかいくぐり、棚に置かれたダンボールを手に取って近くの作業台に置く。その中から、一通のファイルを手に取る。

 ファイルの題名は、『飯島佳代子について』……あの因縁の相手だ。

 もし、高梨の心理学に対する考え方が『組織』の考えを翻意にさせるほどのものなら、ぜひ…彼女と飯島のことについて話し合いたい。あわよくば――。


「何をしておるんじゃ?」

「っ!?」


 私は思わず振り返って構えた。そこには、和服を着た中学生ぐらいのおかっぱ頭の少女――ヨモツヒメのタルホがいた。


「お主の家に、このような空間があったとはなぁ…ずいぶんと強力な結界を張ったもんじゃ。よほど、大切な場所なんじゃのう」


 そう言いながら、彼女はゆっくりとこちらに近づいてくる。


「……お主、なんぞ企んでおるな?」


 当たっていた……だが、なんと返せばいいのか…すると、彼女はにやりと笑って私の腕に手を置いた。


「まあよい……お主なら、わしらにとっても悪いようにはせんじゃろ。それに……」彼女は私の耳元に顔を近づけて囁いた。

「……お主が気に病んどるのは、『組織』とやらのことじゃろ?」私は驚いて彼女の顔を見る。

「図星か……では、その『組織』とやらを潰しに行くつもりか?」


 私は、もし『組織』がこちらを潰しに来るならと返答した。


「ふむ……では、わしらも一心同体じゃな」彼女はにっこりと笑う。

「お主に死なれたら困るからのぅ……これからよろしく頼むぞ……同胞はらからよ」


……いつの間にか、私はこの世ならざる者達とそのような関係になっていたようだ。

                                

                        ※


 東京都内の、ある一件のオフィスビル…その一角のデスクで、一人の女性がせわしなくパソコンを操作している。フロアには他に人は見当たらず、その光景は女性の勤勉さを象徴しているようだった。

 そこへ、ドアが開いて別の女性が入ってくる。その佇まいは一般の会社員とはいいがたく、しいて表現するならば、歴戦の兵士という言葉がぴったり当てはまる。女性はデスクに座る女性に対して口を開いた。


「なんとか、関係部署への根回しは終わりました。色々と抵抗もありましたが……局長が用意してくださった土産にほとんどの者が食いついてくれたおかげで、流血沙汰は避けられました」


 女性からそう言われると、デスクに座る女性はパソコンを操作する手を止めた。


「よかったわ。何事も平和的に、ね…」


 この女性……一見物腰は柔らかく見えるが、そこから醸し出される気配たるや目の前にいる女性をもはるかに上回るほどの強さを持っていた。


「しかし…よろしかったのですか? 上層部が最終的に決断を下したとはいえ、局長も今回のことでそれなりにカードを失ったのでは?」

「そうね…でも、それに見合う収穫は得られたと思うわ」


 デスクに座る女性はそう言うと、引き出しの中から一枚の写真を取り出して眺め始めた。そこには、どこかの山中で撮影したと思われる親子の写真が写っている。


「これが……収穫ですか?」

「ええ……そうよ…私にとって、何事にも代えがたい収穫……」


 写真を見つめる眼差しはとても穏やかで慈愛に満ちたものだった。そこには強者としての雰囲気など、微塵も感じられない。


「……ところで、あなたの部下のあの子達は元気にしてるかしら?」

「はい。先日、一緒に食事に行きまして……その時、仕事が忙しいのは分かりますけど、たまには休みをとってくださいと言っていましたよ」

「あら……それはいけないわ……やっぱり部下の健康管理は上司の務めよね」


 そう言って微笑みかけると、女性は立ち上がり、窓際へ歩いて行った。そして、窓から外の風景を眺める。そこは高層ビルの最上階で、都内の夜景を一望できた。


「今度の『計画』は、今まで以上に大変なものになるでしょう……だから、私はどんなことをしても成功させなければならない……」

「はい……そのために、我々も尽力します。実はその件でもお聞きしたいことが…」

「あら、何かしら?」

「高梨と彼女の機関ですが…こちら側に引き込みますか?」


 女性は少し考える素振りを見せたが、すぐに首を縦に振った。


「そうね……あの子の過去を甦らそうとしたことは気に食わないけど……優秀であることには変わりないから…」

「では?」

「こちらから接触しましょう。今なら、他の部署は上層部を警戒して彼女達とは繋がりを持ちたがらないはず。それに、今ならこちらがいくら接触しても、『監視のため』って言い訳ができるしね」

「では、早速接触を開始します」

「お願いするわ」


 そう言うと、女性はデスクに戻って再びパソコンを操作し始める。


「それと……『例の作戦』の方も任せるわ。もうすぐ動き出すはずだから」

「はい。それについては、すでに準備は整っております。いつでも実行できます」

「そう……楽しみだわ……きっと素敵なパーティーになること間違いなしだもの……」


 女性は、とても楽しげに笑っていた。その表情は薄暗い室内では不気味に映り、その笑い声はこの静寂に包まれた空間では本来の意図とは真逆に、人に威圧感を与えるものだった。


「あ、あともう一つ」

「あら、何かしら?」


 笑うのをやめて、デスク側に立つ女性は向かい側の女性に対して首をかしげる。


「おひい――いえ…神牙所長から伝言です。応援を送ったことに対して『助かった』と……」

「……そう。良かったわ…」


 そう言って笑う女性の顔は、先ほどまでとは打って変わって、聖母のような慈しみを携えていた。

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