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あの夏に咲け

作者: なこ

これは音楽を残して去った青年と、その青年を模倣して音楽を始める女の子の物語。


~二人の足跡~

1.始まりの夏 23才(推定)

2.夏の終わり 24才

3.終わりの夏 25才

4.始まりの夏



花緑青が毒性のある染料だと知ったのは、だいぶ後になってからだった。

彼はその夏、命を絶ったのだろう。





クローゼットの棚に、それはあった。その古びた木箱には、手紙と日記が入っていた。


私の部屋は元々、姉が使っていた。数年前に結婚し、家を出た姉。

私の部屋より広い8畳の洋室。空いたその部屋を、趣味の部屋として使っていた。

音楽や小説、映画が好きになったのは姉の影響だ。

必要な物以外はそのまま残していったから、学習机やベッドも当時のまま。CD、DVD、ギターや洋服。よく分からない物まで残っている。


その箱を見つけたのは偶然。服を拝借しようと、クローゼットを漁っていた時のことだ。

クローゼット上部に備え付けられている棚。帽子や鞄に隠れるように、それはあった。


箱を空けると、色褪せた手帳と空のインク瓶。万年筆が2本。端が曲がっている使い込んだ革の日記帳。写真や五線譜などが入っていた。


好奇心でその手帳を捲る。

捲る、捲る。

手紙を見る。薄青い色で綴られている手紙。手帳と似たような内容だった。

海外の風景であろう写真や、音符の書かれた五線譜。歌詞だろうか?詞を綴った紙。

最後に日記を手にとった。

書き始めには、


「私にとっては今でも、貴方こそが神様に近い。」


と力強い文字で書いてあった。






1、始まりの夏と夏の終わり



出会いは雨のカフェテラス。風に揺れる一枚の詩から始まった。


彼は熱心に何かを書いていた。

気になって横目で見ていると、彼はその書き上げた一枚を屑入れへと放り込んだ。

屑入れの縁から落ちた紙が一つ、風に吹かれて転がり、私の足元にまで辿り着いて止まった。

私は紙を指先で持ち上げて机まで引き上げた。

中には一編の詩が書かれていた。


雨の日になるとよく、二人でピアノを弾きに行った。

どれだけ辿辿しく演奏をしても、弾き終わると彼は必ず小さな拍手をした。


私が例の施設広間へ行くと、彼は珍しくピアノを弾いていた。

「もう君の方が上手くなったからね」と彼が笑う。

ある日を境に彼はピアノを弾くことを辞めた。


私が詩を書く事を辞めたいと零したとき、貴方がくれた言葉を私は今でも覚えている。

「才能なんて概念は本当はここには無いんだよ。」


「僕たちは何処から音楽を見つけたんだろうね。人生を音楽に捧げたとして。僕の人生の価値は何処にあるんだろう。」

その言葉を最後に、彼は街から姿を消した。

一冊の手帳を残して。

八月だった。二人で見た花火、あの夏を忘れない。


貴方があの日、私を置いていなくなった時。貴方を探し、涙を流し、心の奥底には別の感情が隠れていた。

私は少し安堵していた。

彼が隠していた病気のことも、そう長くはないであろう身体のことも本当は気づいていた。






2、終わりの夏と始まりの夏



祖母から連絡があったので帰省した。

山間は色を変えて、秋も深く暮れた頃だった。家に何か妙なものが届いていると言っていた。

家に着くと、祖母はよく来たねと労ってから、紙に包まれた郵便物を差し出した。

少し薄汚れた妙な木箱。

紙の中、箱に入れられていたのは、数十枚の手紙と詩と五線譜に書かれた音符、何処か異国の写真。

青いインクで書かれた手紙を手に取る。一枚、一枚、読んでいく。

彼の言葉を、綴られた詞や歌を噛み締めるように。


3/14 初めての手紙

3/21 藍二乗

4/10 スウェーデンへ

4/24 詩書きとコーヒー

5/6 無題

5/15 五月は花緑青の窓辺

5/31 六月は雨上がりの街

6/15 踊ろうぜ

7/1 夜紛い

7/12 パレード

7/13 無題

8/7 八月、某、月明かり

8/25 だから僕は音楽を辞めた


「あの時触れた君の詩に、僕は月明かりを見たんだ。」

「そうだ。僕は僕の人生で作品を作ろう。エルマ、君に残す何かを作ろう。」

「エルマ、この箱に入れた詩と曲は全て君のものだから、自由にしてくれて良い。きっと僕にはもう必要ない。」


筆跡は間違いなく懐かしい彼のものだった。

彼は北欧へと旅に出ていた。そして最後はストックホルムへ戻り全てを終えるのだと。

一緒に逃げてくれたら私はどこでも付いていけた。


スウェーデン。ルンド大聖堂の天文時計、リンショーピンの街並みにガムラスタンの石畳、ゴッドランド島のヴィズビー、輪壁、フォーレ島、サンタ・マリア大聖堂。

彼を真似るように、彼の旅した街を巡ろう。


あの日から私の瞳はずっと夢を見ている。





3、終わりの夏



彼からの手紙を受け取って4か月くらい経った頃、私はスウェーデンへ旅立った。彼の部屋から盗んできた手帳と、彼を真似するように使い始めた万年筆を持って。


また夏がくる。



・様々な人種の詰め込まれた車両の外側に、潮風に揺れる新緑が見え隠れしている。


・彼を真似るように詩を書く日々が続いている。


・北東へ向かう途中、鉄道の不具合から途中の街で宿泊することになった。ヨンショーピンというらしい。この国第二の大きな湖の南にある、静かな湖畔の街。


・彼ならこう書く。わかっている。勿論、私のやっているこれは創作なんかじゃない。ただの模倣だ。


・中々雨は降らない


・雨は降らない


・あの公共施設へ向かう途中の彼を見かけたのもこんな晴れの日だった


・雨が降る気配はない。


・雨がやんだ


・フェリーの中で一人の老婆がいた


・何もかもが足りないんだよ。余白を埋める何かが欲しい。自分以外の何かになりたい。


・輪壁沿いのベンチで落ちない夕日を眺める。彼もこの景色を見たのだろうか?

明日には街を出る


・フォーレスンドへ向かう途中、あの時の老婆に出会った。教会の墓地だった。その中のひとつに老婆が手を合わせていた。


・私には何もわからない。ずっと、彼の後ろをついて回ることしかしなかった私には、今更自分で物を考えることも出来ない。


・わからないよエイミー。


・マルメ、ルンド、リンショーピン、ストックホルム、ガムラスタン、ゴッドランド島、フォーレ島。

彼の旅した街を巡る。


・夢を見た。砂浜から濡れた砂を汲みあげて、人の形を造っている。造った先から崩れていく。早くそれを造らなくてはいけないのに。苛立ちから砂を握る手に力が籠る。私は形の良い作品を造らなければいけない。

私は彼の顔をした人形を造っている。ずっと。ずっと。


・ヴィスビーに戻ると、街は人に溢れていた


・雨が降った


・何も書けない


・彼は料理が苦手だった


・何も浮かばない。


・もう彼との思い出も尽きていた。私には何も書けない。


・何も書けない。


・8月27日。街を出て、北へ向かった。舗装もされていない道を私は1人で歩いた。ふとした拍子に足がもつれて、

硬い土の上に転がった。

夏も終わりに近づいた、浅い藍色が視界に入った、その時だった。

朦朧として顔を上げた先。木々の隙間に、私は確かに彼の影を見た。

そのまま彼に導かれるように歩みを勧め、海に出る。


「終わりのない小説なんてものは詰まらない」


「人生の価値は終わり方にある」


彼の言葉が過った。私はそこにある桟橋から海に飛び込んだ。


思ったよりも簡単に体は沈んだ。泡の塊が顔に纏わりついた。

海抜0メートルを超えて視界が不鮮明に変わっていく。

桟橋の隙間から漏れ出た日光が、月明かりのように海中へと挿して、綺麗だと、そう思った。

ぼやけた視界の隅に、泥に埋まった何かが見えた。


"私はこの万年筆を知っている"


砂浜の岩陰に彼の鞄を見つけた。その中には彼がいつも使っていた手帳があった。

彼の手帳は、潮風で所々読めなくなっていた。殆ど手紙とは変わらない内容が、そこに書かれていた。

ただ最後の数ページ、そこだけは違った。

そこには手紙にはなかった詞が数編挟まっていた。

雨上がりの晴れを書いた詩。冬に眠り、夏を待つ詩。自らを負け犬と標榜する詩。

日付は疎らで、後に書かれたものは所々掠れ、薄くなっていた。

最後の1ページをめくる。

8/31の日付。きっと彼がその旅を終える直前に残ったインクで書いたものだ。


詩の題はエルマ。

彼がくれた私の名前だ。


・彼との思い出や詩がたくさん頭に浮かぶようになった。


作品の中にこそ神様は宿る。それが彼の口癖だった。

エイミー、貴方が言ったこと全部覚えてる。


「それなら君はエルマだ」


「この世で一番美しい音楽が何処にあるかわかるかい?

今、君は想像力という名前の海の中にいる。君はそこから、自分の思う宝石を取り出す方法を学ぶんだよ、エルマ。」


「それは愛すべき無駄だよエルマ。

その譜面にはない無駄から生まれてきたんだ。」


「いつか君は大きくなる。とても良い作品を書く、音楽家になれる。」


「あの時触れた君の詩に、僕は月明かりを見たんだ。夜しか照らさない。無謬の光だ。」


「君の指先には神様が住んでいる」


「君の価値を君は知らない。芸術の神様だけが本当の君を見てる。エルマ、君のしたいことは何だ?君が本当に見つけたいことは。」


エイミー、私はーーー


言葉が溢れる。思い出が廻る。もう忘れかけていた君の顔、そのしぐさ、声まで。

私の中に彼はいた。


・詩を書きました。

題名は「雨とカプチーノ」。

彼と初めて出会ったときの詩です。


・詩を書きました。

題名は「憂一乗」。

彼を追って旅をしたときの私自身のこと。


・詩を書きました。

題名は「心に穴が空いた」。

貴方がいなくなったあとの自分のこと。


・彼との思い出、彼が使った言葉。言葉は止まりませんでした。 頭の中は音符が踊っていました。


・9月7日。あの海辺へもう一度向かった。もう一つの古びた桟橋には、ギターケースが横たわっていた。ケースの中には彼のギターと詩が認められた一枚の紙。

題はノーチラス。


・私の中に月明かりなんてない。貴方の見た光は私にはわからない。

ただ、貴方を真似たものを書くたびに青空が浮かぶ。

詩の向こう側にその顔が見える。


・今まで私には芸術を肯定したいなんていう意図はなかった


・やっとわかった。


・貴方が残した詩で音楽を書きたい。彼があの日、私の中に見た月明かりを探す、永い永い旅だ。


・日記を書く事もそろそろやめよう


・街の港で船に乗った。

デッキへ登ろうとしてふと船着き場を見ると、教会で別れた老婆が見えた。

老婆は私の後ろを指さして、傍の男性に支えられながら笑った。

デッキを登り切って今、私は船の向こう側を見ている。


・彼が夜紛いと呼んだ、夜混じる夕焼けの色が、水平線を燃やしている。


あのね、覚えてる?

「誰にも見えないのに、だれもが持ってる。

誰も見たことがないのに、話をすると顔を見せる。

気分によって暖かくもなり、冷たくも成る。そして心臓を伝って、肺から登ってきて、気管を通って、口から落ちる。

声のことだよ。

その空気の振動にこそ、心は宿る。」って言ったこと。

この声も、この曲も、この詞も、この歌も。全部全部、貴方の物だから。

私にとっては君だけが音楽なんだ。さあ、二人で行こう。


私は深い眠りから覚めた。





読み終わったとき、涙が溢れて止まらなかった。

きっと世の中にありふれた、安っぽいドラマなのかもしれない。普段は意識していないだけで、どこにだってある死や別れなんだろう。

世の中は音楽で溢れ、情報に溺れている。

いつだって身近にあった物だ。

それがこんなにも苦しいなんて。

改めて、彼女の手記を辿る。


3/14 車窓

3/22 夕凪、某、花惑い

5/1 湖の街

5/28 神様のダンス

6/30 雨晴るる

7/8 歩く

7/22 森の教会

7/28 声

9/3 雨とカプチーノ

9/5 憂一乗

9/6 心に穴が開いた

9/12 海底 月明かり

9/12 ノーチラス

9/16 エイミー

9/24 エルマ


彼女はその後どうなったのか?日記は9月24日以降、書かれることはなかった。

ページを捲っていく。

最後の1ページ。



「夏草が邪魔をする」

「負け犬にアンコールはいらない」

「エルマ」

「だから僕は音楽を辞めた」


私にとっては今でも、貴方こそが神様に近い。



と丁寧な丸い文字で書かれていた。




私が上京したのは、一本の電話からだ。

「継続的に曲を聴かせて欲しい」と、とあるレコード会社から連絡があった。

大学4年の夏。

就職活動も終わり、内定をもらって、最後の夏休みを謳歌

していた。

蝉の声が耳に残る、暑い、暑い日だった。


この時の選択を、私はたびたび後悔することになる。




エアコンの効いた部屋で、姉の残したギターと、携帯電話を片手にストロークの練習をする。便利な世の中で、インターネットは私を音楽と繋いでくれた。

今まで歌は聴く専門で、弾きたいなんて思ったこともなかった。まあ、友人とカラオケにいく程度。

楽器は小学生で挫折したピアノと、授業でリコーダーを弾いたくらい。

まさか自分がギターを始めるなんて夢にも思わなかった。


大学のギターサークルに入ろうか悩んで、勇気が出ず断念。今は動画と教本が私の師匠だった。

簡単なコード以外は満足に音すら鳴らせない。1ヶ月では指が開かないし、動かない。力も入らないのだ。

「うわっ、これどーやって押さえるの?」

「音が鳴んない。ミュートになってる…」

「いやー!!0.5倍でも速すぎる…」などと、毎日ぶつぶつ言いっていた。

単音引きで弾き語って、喜んで。

イントロを、ワンフレーズを、ひたすら何回もやった。

「コードチェンジがっ!」「なんでこのコードにしたんだ」

「もう違う曲にしようかなぁ」と試行錯誤する日々。

曲なんてもっての他。スローモーションか?と思うほどのペースで、何度も練習した。

それでも楽しくて、毎日ギターを片手に練習していた。

少しずつ指の先が固くなり、コードが押さえられるようになって、なんとか簡単な曲を1曲弾けるようになる頃にはもう冬に。

3ヶ月たっていた。



全てはあの曲を弾くために。

あの頃が一番楽しかったのかも知れない。





姉に連絡すると、ワンコールで繋がった。

「はーい、どしたの?」

携帯を弄っていたのだろう、呑気な声が電話口から響いた。

「あのさ。お姉ちゃんの部屋に木箱があったんだけど、あれ何?」

「木箱?へその緒が入ってるやつ?」

「違う。なんかクローゼットの隅にあったの。日記とか手紙とか入ってたよ。お姉ちゃんの日記じゃないよね?」

「あー!あれかぁ。私もよくわかんないんだよねー」

「え?」

「なんか高校2?の時に見つけたんだよ。物置あるじゃん?」

姉の部屋にある屋根裏部屋。子供の頃は私たちの秘密基地だった場所で、大きくなるにつれてシーズンオフの物や使わない物を置く物置になっていった。

「あそこにあったんだよね。お母さんに聞いても知らないみたいで、いつの間にかあったんだって」

「そっかぁ」


昨日見つけた木箱について話し、近況を伝えあう。十分ほど話したところで、姪の泣き声が聞こえてきた。姉は「あー、起きちゃった。また電話するね」と通話を終えた。





あの電話から数日たった。

私は大きな決断を迫られていた。

両親からは「もったいない」と諭され、姉からは「一度きりの人生だから、思うようにしなよ。応援する」と言われ、泣けてきた。

自分でもわかっている。

馬鹿なことをしようとしていることは。

うまくいかなかったらと考え、このまま就職することが一番だと思った。皆と違う道に進むことが怖いし、好きなことは趣味ですればいいって思う気持ちもあった。

「成功するのは一握りだ。」

そんなことはわかっている。

それでも、今じゃなきゃダメだという焦りや焦燥感にかられていた。

諦めきれない。


「音楽で食べていきたい」と両親に言ってから、一月。

私は内定を蹴った。

気持ちは変わらなかった。

一波乱も、二波乱もあったがなんとか上京することを許してもらえた。

大学を卒業すること、祖父母の家に住むこと、バイトをすること、期限を決めることなどいくつか約束をした。

最終的に背中を押してくれたのは父だった。

「昔、バンドをやっていた。お前の気持ちはわかる」と。

姉のギターも、元々は父の物だった。


それから8ヶ月後、私は東京にいた。

親が心配して言うことは、だいたい正しいと知るのはもうすぐ。





「新曲聞きました!本当に良かったです!」

「そう…ありがとう」

ひきつる口元に手を当てた。

私はうまく笑えているだろうか?


東京には祖父母の家があり、小学生の頃は長期休暇のたびに、姉と二人で来ていた。

東京都にありながら、緑あふれる自然豊かな環境だった。

快速を使えば、一時間ほどで東京駅まで行ける距離。

通勤・通学の時間を除けば、一時間に一本しか電車が来ない田舎からきた私。

地理に不案内なこともあり、目的地につくまで2時間も

使ってしまった。私は壊滅的に方向音痴だった。

駅から徒歩10分弱のドンキホーテを冷やかし、近くにあったマクドナルドに入店した。


大学を卒業し、上京して始めにしたことは聖地巡礼。

手紙にあった地を訪ねることにした。

ここに彼らはいたのだろうか?


あの木箱を見つけてすぐ、私はインターネットを検索した。彼らが誰かを探すために。今まで私が知らなかっただけで、どこかでアーティストとして彼女が活躍しているのでは?と思ったからだった。

しかし、彼らはどこにもいなかった。





夕方になると、駅周辺の繁華街は賑わいを見せる。

仕事帰りであろうサラリーマンや、合コンをしている学生、カウンターでまったりする人などさまざまだ。

「いらっしゃいませー」

お客様の入店に合わせ、従業員が声を上げる。

私も声をかけた。


両親との約束でもあったので、貯金をするためにし始めたバイト。

繁華街にある活気のある飲食店だ。賄いが付いていることと、時給が他より少し高かったのでやってみることにした。

大学時代は近所のスーパーでレジ打ちをしていたので、初の飲食業界だった。


店長は強面だが面倒見のいい人で、常連さんからは「おやっさん」と呼ばれていた。

バイト仲間は学生が多く、ちょうど卒業で空いたところにスルッと入ることができた。

お店にはアルバイトが私を含め9人いる。店はカウンター6脚とテーブル席が1つ、座敷が3つある。平日は店長とバイト2人で回していた。

お店が暇になると、交代で休憩に入り、賄いをたべる。


「えーなんで就職しなかったんですか?留年とか?」

「大学は卒業したんだけど、したいことがあって…」


たまたま休憩が一緒になり、年齢の話からアルバイトをしている理由の話になった。


「えー?夢を追うてきな?」

「そうなりますね…」

「でも親御さんよく許してくれましたね~」


近くの大学に通う彼女は、バイト歴2年の先輩である。

今日は珍しく暇だったので、この先輩も一緒に休憩を取ることになった。


「期限付きですけど、いろいろ話し合ってなんとか」

「えー、すごい。私だったらそんな決断できないですよ。趣味を仕事にはしたくないな」

「そう思う人もいますよね。自分でも馬鹿だとは思うんですけど、諦めきれなくて」

「わかる気はしますけどぉ。うちの彼氏がバンドマンで~将来のこととか考えると不安で。真面目に働けって、思っちゃうんですよ」


だいぶバイトにも慣れてきた頃だった。


私は彼女のことがその後、何年もずっと苦手だった。





2回目のバイト代がでてすぐのこと。

家賃や水光熱費として、月に3万を祖母に渡した。

必要ないと言う祖母に「ごめん、ほんとうに少ないけど貰って」と押し付けるように封筒を渡した。

残金は6万ちょっとだった。


その頃の私は迷走していた。

週に4回~5回バイトをし、月に1回レコード会社に行く。空いてる時間はほぼギターを弾いていた。曲や詞が浮かんだら弾いて書いて、鼻唄を録音したり、独学だが作曲について学んだりしていた。

またバイトがない日は、河川敷や公園で弾き語りをする。


まだ上京して2ヶ月。そう思っても、焦る気持ちがあった。レコード会社から連絡が来ただけで、何者かに成れるような気がしていたのだ。


転機が訪れたのは、とあるライブハウスでの張り紙。

メンバーを募集していた。

ライブハウスに行くことになったのは、友人に進められたからだ。


「会社の先輩に誘われたんだけど、一緒にいかないか?」


メッセージアプリではたまに話していたが、声を聞くのは久しぶりだった。

彼は大学時代の先輩で、同じギターサークルに入っていた。当時、アコースティックギターしか弾けなかった私に、エレキギターの弾き方を教えてくれた師匠でもある。

卒業後は院に進み、東京で就職していた。














ヨルシカさんの曲が好きで書きました。

エルマの日記を引用し、私的な解釈で小説風に。妄想や脚色している部分もあります。


出典

・エイミーの手紙

・エルマの日記(全117P)

・n-bunaさんのインタビュー

・suisさんのツイート


参考文献

・7つの考察サイト

ヨルシカさんのアルバム

・「夏草が邪魔をする」

・「負け犬にアンコールはいらない」

・「エルマ」

・「だから僕は音楽を辞めた」

・「盗作」


1の始まりの夏と夏の終わりと2の終わりの夏と始まりの夏については、ほぼ手紙と日記の引用です。一部、加筆や修正をしてあります。



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