第九話 学院長登場
イケメンに続いて馬車から降りると、飛び込んできた景色に思わず声が漏れる。それを聞いたイケメンが、歩きながらブリリア魔法学院についていくらか説明をしてくれた。
百年以上の歴史を持つこの学校では、王国で最上級の教育を受けられる場として、国中から将来有望な生徒たちが集まってくるらしい。かくいうイケメンをはじめとする、騎士団所属の騎士たちの半分以上はここの出身だとか。
上空から見下ろすと、コの字をしているというブリリア魔法学院。そのコの字のへこんだところから校内に入り、階段を上がって廊下を少し歩いたところで、前を歩くイケメンが立ち止まった。
「このドアの向こうに、学院長ブリリア様がいらっしゃる。極端に礼儀を重んじる方ではないから、緊張する必要もないよ。まあ、このアドバイスは君たちには必要ないか」
「しょうがないだろ。カーテンといいこのドアといい、こんな豪華かつおしゃれな装飾は見たことがない。見ろよ、このドアの青と金を基本とした装飾を。大きいくせに、細部までこだわっている。至近距離で見ざるを得ないだろ」
「ドアもそうだが、この窓も大したものだな。衝撃に対してはもちろん、炎などの魔法に対しても完璧な備えがされている。加えて、それらの魔法陣自体に干渉しようとしても、これほど精巧な魔法陣なら、まず崩されることはないだろう。流石に、最高峰の学び舎と呼ばれるだけのことはあるな」
「窓に魔法陣? 俺には全く見えないんだが」
「私は、そこらの有象無象とは違うからな。この魔法陣ごとき、目をつぶっていても感じ取れる」
信じられないが、こいつならできるのかもしれない。昨日地面を這っていた理由を聞いて分かったが、これは良くも悪くも常識を超えている。かといって、腕を組んでどや顔をされると、無性に腹が立つ。しかしそれを口にすると醜い争いに発展する未来しか見えないため、聞こえないふりをしてやり過ごす。
「さて、そろそろいいかな」
イケメンは、幼子を相手にするような目を向けて尋ねてくる。それを感じた金髪と同様に目を細めてからうなずくと、イケメンが立派なドアにノックをした。
「ブリリア様、宝石泥棒を阻止した方々をお連れしました」
「入れ」
イケメンを先頭に、いよいよ学院長の部屋に入った。
まず目に飛び込んできたのは、片手に持つ書類から僅かに視線を逸らした、眉目秀麗なお姉様。
「君たちには随分と助けてもらったな」
桃色の髪を払い、俺たちのことを真っすぐに見つめてそう告げた。
「それでは、君たちには特別生として、ブリリア学院に入学してもらおう」
小鳥が合唱し、木の葉が戯れ合い、若者たちの賑やかな声が聞こえてくる。しばらくの間、その心地よい調和を誰一人として乱すことなかった。
「よし、最初からやり直すか」
「ああ、何が起きたのか分からない。いや、まだ何も起きていないのだろう」
息を合わせて百八十度回転した俺たちだが、イケメンの待ったによって、前進することは叶わなかった。
「ブリリア様、このお二方は今朝まで拘束されていたため、あまり事情を把握できておりません。まずは、順を追って説明をお願いします」
学院長は眉をひそめはしたが、手に持った書類を置いて説明を始めた。
「宝石を盗んだ魔族の逃走を阻止した。この事実は私にとって良いことだ。その礼として、お前たちを無償でこの学院に通わせることに決めた。理由は二つ。一つ、今回の件でお前たちが魔族に目を付けられる可能性を考慮し私の監視下に置くことを決めた。二つ、私は優秀な人材の成長を好む。以上だ」
「やはりこの女はおかしい。一つ目の理由はともかく、二つ目に自己中心的な性格がにじみ出ている」
「それに一つ目の理由でいった、監視。正直なところ、これほど嬉しくないお礼はない」
前もって褒美に期待しろと言われたものだから、よりこの提案が魅力に欠ける。願わくば、もっとありがたみを実感できるお礼を得ようと考えていると、学院長が説明を付け足した。
「学生のみが住むことのできる寮では朝食、夕食が無償で提供される。なおかつ部屋は広さも設備も十分だ。それに、この学院の食堂も無料で利用できる。ちなみに、どちらの食堂にも腕利きを揃えている。それと、もし足りないものがあれば、大抵のものは申請を通して無料で手に入れることが可能だ」
「よろしくお願いします。一生懸命、勉学に努め励みます」
「優秀な生徒がさらなる成長を遂げる様子を、よく目に焼き付けておいてくれ」
スムーズに進行する対話ほど、心穏やかになれるものはそうそうない。充実、この言葉を俺は今、身をもって理解した。
「さてと、これで決めるべきことはことは全て決まったな。それじゃあ、私は散策でもするか」
「この学院に通う以上、迷子になるのは避けたい。敷地はかなり広大だろうし、今のうちに探索しておかないとな」
またも待ったをかけようとしたイケメンだったが、しばらくしたら呼ぶという学院長の一声で、俺たちは何にも妨げられずに部屋を後にした。
「まず目指すのは一階か?」
「匂いはしなかったが、相場は一階だろう」
「なら、さっそく向かうか。食堂へ」
この国最高峰の学院で、腕利きが作る料理。唾液の分泌を感じながら、階段を下って前後左右に細心の注意を払いながら廊下を進む。広大な敷地を有しているだけあって、教室の数も種類も豊富だ。しかし、この先には俺たちを快楽へと導く聖域がある。その希望が、最後の食事が冷たいパン一切れとスープだけだった俺たち二人を、前へ前へと進ませた。