第八話 井の中の蛙学校を知らず
「この馬車は今、グロリア王国の王都スパークに位置する、王立ブリリア魔法学院に向かっている」
「ちょっと待て。聞きなれない横文字が三つもあった」
「こいつのことは気にするな。さ、続きを」
「ああ......。なぜ魔法学院に向かっているのか。その理由は、今回宝石を盗まれた人物と大いに関係がある」
「スルーされたことは納得できないが、理由の方なら見当がついた。学院長、もしくはそこに近い立場の人間が、被害者ってとこか」
「その通り。学院長ブリリア様は、泥棒の逃走を阻止したお礼をするために君たちを学院に呼び寄せた」
「それにしては急だな。ついさっき、裁判が終わったばかりだぞ」
「まあ、そこがあの方の特徴とでも言おうか。ブリリア様は、何事も行動に移すのが早くてね。昨晩裁判が開かれることを伝えた際にはもう、無罪になったときのことまで考えた指示をされたものだ」
完璧超人のイケメンかと思っていたが、意外とこいつも苦労をしているらしい。苦笑いをしながら首を振る様子が、案外似合っている。
「急で申し訳ないとは思うが、どうか辛抱して会ってあげてほしい。ブリリア様は魔法学の権威で、あまり予定が空いていないんだ」
「私たちはそいつの恩人だぞ。もう少し努力してくれてもいいだろ」
「俺に関しては、知らないことがほとんどだ。なのに、いきなりトップと会うなんて勘弁してもらいたい。こっちにも都合があるんだ」
「君たちの言うことはもっともだ。けれど、あの方の豪快さは誰に抑制されるものでもない。けど、その性格は褒美の点でも同じだ。だから、期待以上のお礼がなされると思って、我慢してもらえると助かる」
「そういうことなら仕方がないな。私たち大人の思慮に感謝しておけ」
視線の交錯だけで理解してくれるあたり、運命共同体の言葉も馬鹿にはできないな。
「そうだ、君たちに一つ聞いておきたいことがあったんだ」
ソファの座り心地に満足しながら、カーテンの装飾を眺めていると、イケメンがそう切り出してきた。
「何だ、身元不明の件か? それなら諦めろ。こっちの金髪はともかくとして、俺の身元なんぞ探し出すことはできない」
「確かにそれも気になっていたが、今は別のことが気にかかってね。君たちが見た宝石泥棒、その顔は見えなかったのか、ということについてだ」
「いや、ほとんど見えなかったな。ローブのフードが顔までかかっていた」
「では、ローブが取れたときは?」
「その時は、盛大に尻もちをついて、そこから立ち上がろうとすることに必死だったからな。周りに注意を配れるようになったときには、すでにあいつの後ろ姿しか見えなかった。加えてその後ろ姿も、たいした特徴はなかった」
「そうか、協力ありがとう」
「ちなみに、昨日みたいなのは珍しいのか?」
この世界について右に出る者なき無知を誇る俺にとって、種族間の関係は想像もつかない。そこで、情報収集も目的として、シンプルな疑問をぶつけてみた。
「珍しい、そう言いたいところではあるけれどね。そもそもこのグロリア王国は、共存を掲げている国だ。その目標に違わず、長い間様々な種族が共に暮らしてきた。もちろん魔族もね」
けれど、そう言って一度説明を止めると、遠い目をして再び話し始めた。
「十年くらい前かな。突如として、グロリア王国から魔族の姿が消えた。それも徐々にではなく、一斉にいなくなった。そして、そこから魔族による事件が起こり始めたんだ。毎日のようにではないが、魔族による事件と聞いても驚く人がいなくなるくらいには、身近な出来事になってしまっている。それがこの国の現状さ」
「元はいい関係を築けていたのか」
「ああ、そうだね」
その返事を最後に、車内から発する音はソファに座りなおす音だけとなった。
耳を澄ませて馬車の走る音を聞くこと、そこから数分。馭者が、まもなく到着との報告をしてきた。その声で重くなってきた瞼を上げて、軽く伸びをしていると、真向いのイケメンと目が合った。
「どうして笑っている。寝ぐせでも付いているか?」
「いや、すまない。裁判が終わってからまだ一時間もたっていない上に、これから会うのは魔法学の権威であるお方だ。けれど随分とリラックスできているように見えて、つい」
「次にその軽口たたいたら、お前のイケてる面にグーが飛ぶからな」
「それは勘弁だね。君のそれは痛そうだ」
「どうだか。戦闘なんてしたことのない、ぬるま湯漬けの俺でも分かる。今のお前には、どう襲い掛かろうが、呆気なく鎮圧されちまうってな」
「なら、グーは飛んでこないかな」
「それとこれとは話が別だ」
「お前たち、いつの間にか仲良くなっているな」
「寝起きでボケっとしているんじゃないか。俺は、このイケメンに制裁を加える予告をしていたところだ。ていうか二度寝するな。もうすぐ着くらしいぞ」
隣では、何とか目を開けてゾンビのような脱力感で動くのが一名いたが、降りるときには人間に戻っていた。
馬車が完全に停止すると、イケメンを先頭に馬車から降りる。あくびをしながらうっすら目を開けると飛び込んできた景色に、つい口をふさぐことを忘れてしまった。
少しして、視線を右に左にずらして外観を眺めていると、思わず率直な感想をもらしてしまっていた。
「学校? そんなのどこにあるんだ?」
「何を言っている? 私たちが見ている目の前の建物こそ、目的の学校だろ」
「ああ、そうか。確かにそうだな」
異世界に対してもある程度の耐性はついたと思っていたが、俺はまだまだ井の中の蛙だったようだ。
「噴水まである中庭付きの、コの字型六階建ては学校とは言わねーよ!」
土曜日あたり、連続投稿をするかもしれません。
ビビってしないかもしれません。
がんばります。