第六話 真打登場
「この黒いローブは、魔族が身を隠すときに用いるローブです」
「しかし彼女らは、先ほどこう発言しました。宝石泥棒を見たのは、視力が許す距離からだと。あのローブの効果を無視できる者は皆、国から聖職者の称号を獲得しています。ですが、被告二人は身分不詳。これは、聖職者であればありえないことです」
群衆のガヤが、だんだんと大きくなってきた。これも狙い通りだろう。
俺らに反撃の一手を持っていないことを確認する間をおいて、ついに王手が入った。
「ゆえに、被告二名の発言は虚偽と判定を下す他ありません」
今日一番の集団のざわめきと対照的に、真向いで黙りこくったままの俺たちを見て、この裁判において最後となるはずの台詞を言わんとおじさんが口を開く。
「判決、被告二名を」
「その判決、待っていただきたい」
凛とした声が辺り一帯に響く。自然と注がれるいくつもの視線の先には、まさに貴族と言わんばかりの、丈の長い黒い服を着た銀髪の青年が立っていた。
「ひざまずいているのもいるが、有名な奴なのか?」
一瞬で全員の視線を奪ったイケメンが気になり隣人に尋ねると、首をかしげながらも説明してくれた。
「奴は王国騎士団団長ジェントだ。王家に次ぐ力を持つ公爵家のミルタ家次期当主であり、騎士でもある変わった立場の人間だ。だが、その実力は王国随一とされている。敵と認識されたら最後、まばたきをしている間に全てが終わるという伝説がある。加えて、他国とは小競り合いすら起きないのは、奴の存在のおかげだとも言われている」
「何だ、その伝説の中の伝説は。本当に人間なのかよ」
「ミルタ家は代々人間同士の婚約しか行われていない。特に魔法に秀でた種族でもないからこそ、奴は異常だし尊敬もされる」
無双キャラの存在は、二次元だけのお話じゃないってことか。今もただ歩いているだけなのに、あのイケメンもその周りの自然すらも瑞々しく見える。欠点がなさ過ぎて、かえって主人公にしづらそうだ。
「ところで、お前は一体どこの出身だ? 奴の存在については、王国を超えて知れ渡っている。なのに、お前はまるで知らないようだ」
「気にするな。俺はあのイケメンのことどころか、国王の名前も、この国の名前すらも知らない変人だ」
「どうして胸を張れる? まあ、お前にはお前の事情があるということか」
「そういうこった。さて、我らがイケメンによる逆転劇、期待させてもらおう」
聞こえるようにはっきりと言うと、イケメンは軽く笑った後、階段を登ってついに俺たちとおっさんとの間に立った。
「突然の立ち入り、申し訳ありません。ですが、この裁判において重要な事実を発見しました。それを発表したく、無礼を承知で参りました」
「待っていただきたい。飛び入り参加を認めることはできません」
思わず待ったをかける眼鏡スーツ。だが、騎士団団長の肩書の効力か、おじさんはその異議を却下して、重要な事実についての発言を促した。
「まず、盗まれた宝石について、皆さんの誤解を解きたいと思います。騎士団には私を始め、魔力の痕跡を読み取れる眼の持ち主がいます。この裁判が始まるまで、その宝石は騎士団が保管し、そのときに魔力の痕跡を調べました」
そこまで言うと、胸ポケットから一枚の紙を取り出し、おじさん、眼鏡スーツ、最後に俺たちの順番で見せてきた。
「この書類は、騎士団、それから王国の鑑定部門の鑑定師が調査した記録を付けた公式なものです」
「それは、本当ですか? 騎士団が保管した期間は、丸一日もなかったはずです。なのに、鑑定部門までもが関与しているというのは」
「事件の真相を明らかにするために、無茶を承知で協力してもらいました。
「確かに、この書類は鑑定部門の正式な記録のようだ。右下の魔法印がそれを示している」
ハンカチで汗を拭っての眼鏡スーツの問いかけは、紙を手渡されたおっさんによりはっきりと否定された。
それにも挫けずに言葉を継ごうとしていたが、それはイケメンによって防がれた。
「宝石に関しての誤解は、無事に解けたことと思います。しかし、依然として問題が残っています。何故、彼らは特別なローブを着た魔族を視認できたのか。この疑問は、今から皆さんの前で解消していこうと思います」
僅かに手を伸ばすと、どこからともなく秤のようなものを取り出した。
「これは皆さんも見知っているであろう、物質の状態を鑑定するための魔導具、その最上級のものです」
俺にとっては初耳の情報を提示した後、眼鏡スーツにローブを秤に乗せるよう申し出る。眼鏡スーツはローブをしばらく見つめたが、やがて素直に申し出に従った。
秤に乗せられて数秒後、空中に赤色で文字が浮かび上がった。
これは転生ボーナスなのだろう。異世界の言語だろうに、難なく読むことができる。おまけに、文句なしの正確性を有しているだろう。だからこそ、空中の文字を見た俺は隣人同様に拳を握っている。
「一部に損傷を確認。最上の出来である秤は、ローブをご覧のように判定しました」
「そんな、昨日確認した時には、傷なんて一つも」
「裁判とは、成果を上げるために利用するものではありません。一切の労力を惜しまず、証拠を積み重ねて裏付けを正確に行い、公平な判断を下すことこそが裁判です」
椅子に倒れこむ眼鏡スーツと、今日一番のざわめきを生む群衆。それとは対照的に、ひたすら礼儀正しく振舞ったイケメンは、公正な判断をするようおじさんに告げて俺たちの右斜め前に立った。
「では、判決を言い渡す。被告二名は、証拠不十分により無罪とする」
第二の人生の幕開けを飾った裁判は、その台詞によってようやく終結した。
今週も、金曜日までは毎日投稿をキープできそうです。
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