第五十三話 そういえば
「何をした!」
「私は何も! 奴が勝手に吹き飛んだだけです!」
「では、何故いきなり吹き飛んだというのだ」
「分かりません、ですが!」
「ま、魔法を、使った」
教室に混乱が生じたところで、魔族以外に発言するものが現れた。他でもない、運命共同体、サファイアだ。
しかも、ただ意見を述べたわけではない。両目に涙を目いっぱいに溜めて、両腕を抱え込んだ状態でバーレに向けて訴えかけた。
まさか、サファイアに部屋に戻ったらイジりたくなるほどの演技の才能があったとは。
恐怖を感じつつも何とかありのままを話そうとする演技には、ケチのつけようがない。それは、俺の身内びいきではない。サファイアの発言をきっかけに、教室内の空気に明らかな変化が生じ始めた。
激高する様子を見た、風圧を感じた、発光した。そんな声がちらほらと聞こえ始め、やがて魔族をうろたえさせ一箇所に集合させるほどの力を持った。
「私ではありません! 無抵抗の相手に危害を加えない、それを破ってはいません。何より、私の魔力を感じてはいないはずです!」
ひどく動揺してはいるが、宝石泥棒は自身の身の潔白を証明するための手がかりを見つけたらしい。
「確かに、お前の魔力は感じなかったな」
どうやら、魔力は幹部を納得させる十分な材料になったらしい。
では一体何が起こったのか。本来であれば、そういう段取りになるだろう。
しかし、残念ながらそうは味方が卸さない。
「バーレ様、少しよろしいですか?」
俺たちがこの教室に入ったときから監視をしていた魔族が、バーレに声をかけて周りから距離をとらせた。
会話の内容は聞こえないが、バーレの表情が明らかに変化したことから、重要な情報が提供されたことだけはうかがい知れる。
「お前のズボンの右後ろのポケット、そこに何が入っている」
上司に指摘されたポケットを見ると、宝石泥棒の表情は絶望をありありと表していた。目は焦点が合わず、手は小刻みに震える。
ああ、宝石泥棒、なんて可哀そうなんだ。
「お前が手にした、そのスイッチは何なのかと聞いている!」
「こ、これは、違うんです! 信じてください!」
バーレは賢い。最初にこの教室に入ったとき、俺の話を聞いてものの数秒で騒ぎを鎮める方法を考え付いた。それは、俺の話を偏見なく聞いて、それから周囲の反応を観察し一番の問題点を見つけたからこそできたことだ。
では、今回の場合はどうか。当事者である二人からは、負傷と感情の高まりのために真実を判断することができない。それは、当事者でない周囲の生徒の意見にしても同じことが言える。
そうなれば、判断の根拠となるのは物だ。魔族以外が魔法を使用することを妨害する結界、自身の魔力を使わずとも魔法が使用できる装置。
それに加えて、数分前に脅されたという、誰も否定をしなかった証言。
これらを総合すれば、次の展開は自然と読める。まさか、ここまで筋書き通りに進むとは。
さあ、バーレに仕上げを任せるとしよう。思いの丈を素直に口にするんだ。
「撤退だ!」
この愚か者が! って、あれ......?
え、本当に撤退しているんだけど。宝石泥棒から虚無の表情が見て取れたのはいいけど、怒りの鉄拳は? ほとんどこっちに構わず、極めて迅速に教室から退出していくんだけど。
「マジか」
ほんの二、三分の間で、魔族たちは姿を完全に消した。結界が解かれたらしいことからも、本当に敷地の外にすら行ってしまったのだろう。
ということは、どうなるんだ?
「やったな。あの宝石泥棒が悲惨な目に遭うことは決定的なうえ、魔族の襲撃までもお前の行動により失敗に終わらせたぞ」
「......お、おう、計算通りだ」
う~ん、こうきたか、異世界。
「本当に! ヒヤヒヤさせられましたよ」
戻ってきた学院長によって敷地内に魔族がいないことが明らかになると、学校の設備を点検するため生徒たちは寮に帰された。
あまりに予想外の結末を迎えたため、ソファで呆けているとしばらくして今回の立役者が部屋を訪れた。
「中々にいい働きだった。こいつを吹き飛ばすタイミングといい、教室で魔族が一箇所に集合したときの、スイッチを忍ばせる手癖といい。今回ばかりは、自分の功績を誇っていいぞ」
「あんな危険な役回り、もう思い出したくもないですよ......。そもそも、お二人がどこで行動を起こすかすら、分からなかったんですからね!」
「だが、見事に予想を的中させたではないか」
「隠れることを止めて何かを仕掛けようとするなら、お二人に一番馴染みの深い場所でするという、自分を無理やり納得させた勘のおかげですよ」
「お前も褒めてやったらどうだ。こいつの助力なしでは、今回の作戦は成り立たなかった」
「ああ、助かった。まさか、こんな展開にまでなるとは」
「心ここにあらず感がよく伝わってきます。何かあったんですか?」
「思いもよらぬ大収穫だったとき、こういう反応になっても不思議はない。どうせ、飯を食わせれば元に戻るさ」
「飯、か。すっかり忘れていたな」
「昨日のお菓子の残りを食べながらのその発言は、ボケと捉えていいですか」
半ばサファイアに連れ出される形で、寮の近くにあるレストランに入店した。
「ありがとうハンバーグ、チーズを内包してくれて!」
「神経質を改善するセミナーにピッタリの映像になるな」
「どうした、重量感たっぷりのハンバーグを前にして動揺しているのか?」
「いや、お前の器用さに感心しただけだ。ほら、私のも目玉焼きを乗せて一口やるから、お前のもチーズを絡ませて私によこせ」
サファイアが言ったことは分からないが、美味い飯があればそれだけでいい。やはり、食事は幸福を与えてくれる。
普段より早い時間での下校となったが、のんびりと過ごしていると、いつの間にかじゃんけん五本勝負で勝ち取ったベッドで眠る時間となった。
「今日は助かった、ありがとな」
「お前が身体を張ったおかげで、私もスカッとできた。お前にも感謝をしておこう、勇者様」
「そういや俺、勇者だったな」
「忘れていたのか」
「勇者なんて意識するときがなかったからな。まあ、もし俺が名実ともに勇者なら、特定の魔族へ借りを返すだけで留まっていなかったのかもな」
「なら、魔族は、中でも魔王軍はお前に感謝すべきだな」
「ああ、感謝の気持ちを忘れずに、日々を過ごしてもらいたいものだ」
くだらない会話もやがては途切れ、部屋には穏やかな静寂が訪れた。
さほどいつもと変わらずに、魔族襲撃イベントが勃発した一日は終わりを告げた。
「実地演習が延期になった土曜日って素晴らしい」
「......ん、朝か」
眠気覚ましに軽く伸びをして、最低限身だしなみを整えて朝食に向かおうというところで来客が現れた。
「魔王軍が解体されたので、魔族領での寝床がなくなりました。なので、ここに泊めてください」
「いま、なんて?」
「寝床がなくなったので泊めてください」
「そこじゃねーよ! 一個人の問題よりも重大なことがあっただろ!」
「ああ、魔王軍、なくなりました」
「何で、そんなあっさりなくなるの! 魔王軍ってのは、最後の最後まで立ちはだかってなんぼのものでしょうが」
「そう言われましても、昨日の襲撃失敗が原因となって、完璧に壊滅しちゃったんですよね」
「よかったな、これでお前も名実ともに勇者というのに近づいたぞ」
結局、こうなるのか。
第二の人生を始めてから一週間、俺は魔王軍は壊滅させたらしい。
やっぱり、この異世界はテンプレを破らなきゃ気が済まないらしい。
次回は四月中旬頃の投稿を予定しています。
予定が早まることもあり得るので、この作品を頭の片隅に残していただけると幸いです。




