第五十二話 勢揃い
「やっぱり納得できないな。何故、昼飯の時間を一方的に奪われなきゃならんのか。ぜひとも、俺をこの教室に押し込んだ奴と議論をしたい!」
「静かにしろ」
「何? 念のために言っておくが、この学校はお前たちのものじゃない。俺たちの学び舎だ。だというのに、どこにお前が命令できる道理がある」
「お前がどんな主張をしようと構わないが、振る舞い次第では学友に傷を負ってもらうことになるぞ」
「衆人監視の下で脅すとは、中々いい度胸じゃないか。だが、上司の判断を待たずに脅しをしても大丈夫なのか? やっぱり魔族は野蛮だ、そのイメージを確かなものにするだけだぞ」
「貴様!」
「何事だ」
監視役の魔族が声を荒げると同時、見知った魔族が教室のドアを開いた。
「いやいや、ちょっとばかしお話をしたいと思っただけだ。何の権利があって俺から昼飯を取り上げるのかについて」
「貴様は自分が置かれた状況を理解していないようだな。僅かにでも不審な行為をとれば、お前たちの身の安全は保証できない。そして、万が一お前たちに危害が加えられるとなったとき、教師すらも助けることは不可能だ。理由はいたってシンプルだ。我々以外、魔法を使用することができないからだ」
「色々と語ってくれたが、要するに言うことを聞けってことだろ。それじゃあ納得してやることはできないな。たとえ傷を負うことになったとしても、俺は声を大にして主張する。無抵抗の俺たちから、これ以上何も奪わせねー!」
喉を酷使した甲斐あってか、それから間もなくして、新たな魔族が教室に現れた。
ただ、今までの魔族とは格が違うことがはっきりと伝わる。堂々とした立ち居振る舞いや威圧感もそうだが、何より既に教室にいた魔族たちがひざまずいている。
この様を見れば、誰でも片手間でボスを特定できるだろう。
「ようやくこの件のリーダーがお出ましってとこか。随分と待たせてくれたものだ」
立ち上がって距離を詰める。当然、魔族には警戒されるが、ここで近づいておくことが肝心なのだ。
正直に言えば、俺だって心配そうに見つめてくれるクラースの隣で我関せずの態度を貫きたい。しかし、ここで動くことこそが、きちんと借りを返すための一番の近道なのだ。
「先ほどから騒ぎになっていたが、一体何があったのだ?」
「それについては俺から話させてもらうぜ。俺の要求は一貫して昼飯を食わせろってことだ。だが、こいつらはそれを認めないばかりか、他の生徒を傷付けるという脅しすらもしてきた。そんなもの理不尽極まりないだろ。だからこそ、俺は主張したんだ。無抵抗の俺たちからこれ以上何も奪うなって」
「今の話は本当か?」
どの魔族からも、はっきりとした返事は出てこない。それも当然だ。俺が言ったこと、俺が言われたことのどちらも本当のことであり、それはこの教室の中にいる全員が聞いたことだ。
俺の発言を嘘だと言って否定する。だが、生徒たちは俺の発言を支持する。そうなれば、嘘だと主張した奴は不義理を働いたと思われても仕方がない。
信頼を寄せられている幹部を相手に嘘を告げたとなれば、その魔族の今後への希望が失われる。だから、魔族が俺の発言内容を否定することはできないのだ。
「私の部下が失礼をした。君の主張は何も間違っていない。君たちが構わなければ、水や食料の用意をしよう」
「バーレ様!」
「我々が目指す未来は、特定の種族が全てを制圧するような構図ではない。他の教室にいる者にも伝えよ、水と食料の配布を行うようにと」
「......かしこまりました」
「お願いを聞いてくれたついでに、襲撃も切り上げてほしいな~なんて」
「図に乗るな!」
バーレに向けた発言は教室を出ようとしていたサブリーダーにも届いたらしく、青筋を浮かべて俺の元へ歩み寄ってきた。
しかし、自身と俺との間にバーレの腕が入ったため、宝石泥棒は動きを止めた。
「我々の行いにより、君たち罪なき者たちに多大な迷惑をかけてしまったことは申し訳ないと思っている。だが、今はどうか我々の指示に従ってほしい。信じられないという気持ちは痛いほど分かる。それでも、異種族での共生を果たすために必要なことと割り切って、今だけは耐えてほしい」
「共生か......。そこまで言うなら、無抵抗の俺たちに危害を加えるつもりもない、そう考えていいのか?」
「もちろんだ。我々が求めているのは情報であり、流血沙汰などではない」
「なら、最後にもう一度あいつと話させてくれ。俺としても、余計な因縁をいつまでも引きずりたくはない」
「それは願ってもいない申し出だ」
上司が賛成したとなれば、宝石泥棒には断るという選択が存在しない。俺への視線は鋭いが、特に文句を言うこともなく俺の前に立った。
「すまない、バーレさんとかいったか? いったん席を外してもらえないか。もちろん抵抗するつもりはさらさらない。というか、できる状況じゃないらしいし。ただ、本音で話し合いたいんだ。お目付け役がいると、それが難しくなると思ってな」
「そういうことなら廊下で待つとしよう」
「助かる。じゃあ、遠慮なく意見をぶつけ合おうぜ」
「......わざわざお目付け役を外してやったんだ。ビビって言い出せないなんてのは勘弁してほしいからな。せいぜい感謝してくれよ。自分の脅迫に責任を持てない下っ端さん」
バーレが廊下に出る間際に、僅かに斜めに視線を向けて宝石泥棒の耳元でそう囁いた。
「調子に乗るなよ!」
「おわっ!!」
宝石泥棒が怒りに満ちた目を俺に向けたその瞬間、俺は唐突に教室の後ろの壁まで吹き飛ばされた。
「何事だ!?」
バーレは驚いているが、被害者である俺の仕事はここまでだ。仕上げは、何が起きたか理解できないように振舞っている魔族と、青い瞳を輝かせている運命共同体に任せるとしよう。
後悔してくれ、宝石泥棒。何て面倒臭い相手を巻き込んでしまったのか、とな。
次回で一区切り付く予定です。
五十三話で毎日投稿は一時中断となり、四月中旬から投稿を再開すると思います。
ですが、明日以降ジャンルは変化しても、作品の投稿は続けるつもりです。
五十話を超えても付き合ってくれた皆様に感謝を、そしてこれからも応援してくださると幸いです。




