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第五十一話 待ちに待った

 段ボールの後ろに潜みつつしばらく身体を横にしていると、サファイアの顔つきが変化した。


「いよいよか?」


「ああ、一分もすれば敷地内に入るだろう」


「気を引き締めないとな」


「お前、この状況であくびをするか? 魔族がこの教室に入ってきたときには、あれほどビクビクしていたくせして、襲撃が始まる直前ではよくまあリラックスできるな」


「少しの間とはいえ、横になったのがまずかったな」


 やっぱり、枕だけでなく腰当ても置いてくるべきだった。

 ただ、襲撃といえば轟音とともに侵入というのが定番だ。魔族の襲撃ともなれば、目覚まし時計顔負けの音くらいは簡単に出してくれるだろう。


「侵入したな」


「......あれ、お決まりの轟音は?」


「情報収集を目的とする相手が、自分たちの存在を気付かせるように侵入すると思うか?」


「それは......一本取られたな」


 静かに身体を伸ばして眠気を追い払っていると、かすかに悲鳴のような声が聞こえてきた。

 どうやら、本格的に始まったらしい。


「聞こえてくる音がだんだん大きくなってきたな。先頭はどのあたりだ?」


「既に三階にまで魔族の反応がある。しかし、魔族が一番集まっている場所は、二階の中央付近だな。おそらく、職員室をふさごうとしているのだろう」


 随分とまあ、戦略的な動きをしてくれる。高学年の生徒たちの動きから封じつつ、教員の集まるところにも人員を割く。人質が一人でもいれば、作戦は淀みなく進行されてまもなくこの学校は制圧されるだろう。


「ついに四階まで到達した魔族がいるな。少数ではあるが、どこに何があるのかを理解しているような立ち回りだ。この学院の情報が抜き取られていると考えて間違いない」


「内通者がいい仕事をしたってことか」


 襲撃は順調に進行したらしく、一つの教室につき魔族が二人配置され、廊下でも魔族が見回りをしているというのがサファイア情報だ。


「こう言っちゃなんだが、かなり呆気なかったな。もう少し生徒や教師が反抗すると思っていた」


「それが可能ならとっくにしているだろう。魔族の指示に大人しく従うほかない理由がある。この学院は結界に覆われている」


「もしかして、魔族以外は魔法を使用できないようなご都合主義丸出しな?」


「ような、ではなく魔族以外は魔法を使用できない結界だ」


「じゃあ、人質すら必要としていないのか?」


「生徒の誰かを捕縛して、というようなことは考えづらい。だが、教室に監禁して監視下に置いているのは事実だ」


「そうか......。なら、今のところ順調ってわけだ」


 特にすることもないので、実は内通者に会っていたりしてなんてことを考えながら天井を見つめる。

 やっぱり、鬼が見えないかくれんぼというのは退屈だ。


「物思いにふけっているところ悪いが、四階の探索も本格的に始まったようだ」


「四階にあの宝石泥棒はいそうか?」


「正直なところ、私は宝石泥棒野郎の気配をあまり覚えていない。それ故、奴がこの階にいるという断言はできない。しかし、どの階の探索でも毎回同じ気配の魔族が先頭にいる。それも、さっき部屋に入ってきたのとは明らかに違う」


「待ちに待った再会もそう遠くないってことだな」


 やり返すべき相手が迫りつつある、これに興奮しない方が無理というものだ。俺の口角もサファイアのように上がっていることだろう。


「準備はいいか? いつ奴の手がドアに伸びてもおかしくない距離だ」


「待ちに待った、楽しい楽しい仕返しの時間だ。準備はとっくに済んでいる」


「では、ドアが開いた瞬間に仕掛ける」


 無言でうなずいてひたすら待つこと数秒。ついに、教室に光が差し込んだ。

 その刹那、サファイアが僅かに右の人差し指を動かした。


「誰だ! 姿を現せ、四階の資料室にネズミが潜んでいることは分かっている」


「......二人か。よし、両手を挙げたままこっちに来い。お前たちの学年と組は?」


「一年二組です」


「ついてこい。くれぐれも、抵抗しようなどとは考えるなよ」


 前にサブリーダー、後ろでも魔族が見張っている状態で教室の前に到着した。


「入れ」


「......断る」


「なに?」


「俺は、指示に従ってこの教室に入るなんて断固拒否するぞ! 自由を制限されて我慢なんかできるかよ! 俺は今日も、六階の美味い飯を食べるために学校に来たんだ。その幸せをどこの馬の骨とも知らない魔族に邪魔されて、大人しく指示に従えるかって話なんだよ!」


「貴様、自らの力を過信しているのか? この空間では、お前たちは誰一人魔法を使うことができない」


「俺たちは魔法を使えない? 上等だよ! 飯ってのはな、魔法が使えないからって諦めていいもんじゃないんだよ! 俺たちは何も手出しをしていないにも関わらず、お前たちは飯の権利を奪うつもりか? 冗談じゃない、俺はそんな横暴認めないぞ!」


「お前の事情など知ったことではない」


「おい、無理矢理教室に入れるつもりか? 腕力をこんなことのために使うんじゃねー!」


「こいつには特別に監視を付ける。廊下での見回りは他に当たらせるから、お前が担当しろ」


「かしこまりました」


 無理矢理教室に入れられると、二人の監視が三人に変化した状態でドアのカギが閉められた。


 ひとまず、第一段階はクリアした。教室内を見まわしたところ、変装したあいつにも見当がついた。あとは仕掛けのタイミングだけだ。

 それまでは、手足を縛られているわけでもない。自分の席で休憩するとしよう。


「そろそろだ」


 瞼が重くなってきたころ、隣に座るサファイアにそう囁かれた。

 どうやら、ついにお出ましのようだ。


 さあ、盛大にもてなしてやろうじゃないか。


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