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第五十話 蒼だけに

 張り切って隠れる、そう意気込んだのはいいが魔族が近づくまではいつも通り授業を受ける。今日も日差しが暖かい。


「よく教室で眠れるな」


「だって、その時が来たらお前が合図をくれるんだろ?」


「私にとっては容易いことだが、おそらくお前が気付くことはできないぞ。それでも眠るか?」


「今の姿勢が答えだ」


「なら、せいぜい私に期待しておけ。多少手荒い方法で起こしたとしても、文句は言ってくれるなよ」


「むしろ、起こさなかったときの方が激情するから安心しろ」


 俺は寝ているが分からないが、サファイアはどの授業でも寝ることはしないらしい。俺としては、こんな授業児戯に過ぎん、なんて言って堂々と睡眠を選択するかと思っていた。だが、ノートを見ると綺麗な字で見やすくまとめられている。態度こそあれだが、根は真面目な奴なのだ。学友が真摯に授業を受けていて、俺は誇らしいよ。



「さっきから、起きろと言っているだろ!」


 唐突におでこを襲った衝撃で目を覚ますと、サファイアが俺のことを上から睨みつけていた。


「お前の授業を受ける態度は素晴らしいと思う。しかし、こんな風に手荒に起こすのはいただけないな。今の俺は、安眠を妨げられたからちょっとばかし機嫌が悪いぞ」


「愚痴なら後で聞いてやるからさっさと行くぞ」


 目が合うこともなく胸ぐらを掴まれると、俺は抵抗する暇もなく教室の外へと連れていかれた。

 一見すると番長に連れ出されるようだが、実際にはサファイアにさほど握力も腕力もなく俺が自分で歩を進めているため、バカップルとした方が正しいだろう。もちろん、使い走りと言われようがバカップルと言われようが、等しく俺の逆鱗に触れることとなるが。


「そろそろ説明してもらうぞ。一体何があった?」


「そんなこと、一つしかないだろ。魔族が来た。今はまだ距離があるが、そう遠くないうちにこの学院に到着するだろう」


「マジで? さっきまで、全然そんな気配はなかったんじゃないのかよ」


「お前の言うさっきは二時間前のことだろ。それに、三時間目が終わった休み時間に、あの魔族とすれ違ってアイコンタクトをとってきた。確実に、襲撃がこれから始まる」


 いつの間にやらそんなことに。いやはや、少し熟睡が過ぎたな。

 段ボールが積まれたその後ろで反省会を開いていると、廊下からかすかにチャイムの音が聞こえてきた。


「あれ、このチャイムは?」


「四時間目の始まりを告げるものだ。そうそう、教師とすれ違った際にトイレだと言っておいたから、教師が怪しむなんてことは考えなくていい」


 男女二人が一緒にトイレに向かっているとしたら、怪しむべき事柄だろう。教師にどう思われているかは想像できないな。


「それにしても、もう四時間目か。道理で腹が減るわけだ」


「そう呑気なことを言っていられるのも今の内だぞ。着実に魔族は接近している。恐らく、十分も経たないうちに襲撃が始まるだろう」


「学外の動きはよく分かった。それで、学内の方はどうなんだ。あいつと内通者、それから幹部がいるって話だろ?」


「あいつは変装をして学院に潜り込んでいる。内通者と幹部は互いに近いところに位置しているが、私たちからは離れている。ちなみに、学院長は今日も外出しているだろう」


「離れているならそれで結構。じゃあ、襲撃が始まるまでのんびり待つとするか」


「何だか楽しそうだな」


「そりゃあ当たり前よ。こんなに大きい学校を使ってのかくれんぼなんてしたことがない。かくれんぼ好きの俺からすれば、これでテンションが上がらない方がおかしい」


 呆れられた目でサファイアに見られるが、こればかりはしょうがない。俺はかくれんぼが好きなのだ。鬼の動向をのんびりしながら観察する、これほど愉快な仕組みを持つゲームはそうそうない。


「にしても、暇だな」


「テンションが上がるなら暇なんて言うなよ」


「かくれんぼの魅力は、隠れながら鬼の様子を観察できるところにある。だというのに、鬼が視界に入らないんじゃ、退屈を感じるのが道理ってもんだ」


「そんなお前に朗報だ。あいつ以外の魔族が近づく気配がする」


「......気のせいじゃなくて?」


「間違いなく、四階を目指しているな」


「お腹痛くなってきたかも」


「露骨に緊張するな。数秒前のお前の言動が一層哀れに見えてくる」


「俺は、あの抜けっぽい魔族しか知らないんだ。襲撃を仕掛けるほどの魔族にビビらないはずがないだろ」


「これ以上怖い目に遭いたくないなら大人しくしておけ。お前は魔力を持たないし、私も魔力の反応を完璧に消している。バレる理由はどこにもない。それにあいつも言っていただろ。襲撃を仕掛ける側が空き教室に時間をかけることはないと」


「そいつは安心だ。不思議なことに地面に耳を近づけると、接近してくる足音が聞こえてくる。それでも大丈夫だよな?」


「大丈夫じゃないかもしれない」


 サファイアのか弱い返事を聞いて数秒後、他でもないこの空き教室のドアが開いた音がした。


 非常にまずい。室内は暗く、俺たちは壁際の段ボールの背後に隠れているとはいえ、現状は魔族との同室である。少し息が荒くなったり、汗が床に垂れようものなら、瞬時に見つかって最初の人質にというのもあり得る。

 勘弁してくれよ。俺は宝石泥棒を除けば、魔族に対しての悪口は何一つ言っていない、はずだ。確かに思ったよ、昼時に襲撃するなって。だって昼飯の時間が大幅に遅れることが決定的だから。けど、それだって三大欲求の一つに忠実に従ったまでだ。


 もしかしたら、宝石泥棒の一件のときに思ったかもしれないよ、魔族ごと成敗してやるって。けどほら、あの頃の俺はまだ青かったから。蒼だけにとかいうんじゃなくて、生後半日だったから。しょうがないじゃん、若いころは感情に身を任せてしまいがちなんだよ。

 でも、今の俺は生後六日くらいだもん。あと一日で一週間だ。これはもう、立派に成熟しているといえる。だから、寛大な心をもって見逃してもらいたい。


「顔を青白くする挑戦をしているところ悪いが、既に二人は退出しているぞ」


「......よ~し、落ち着いていこう」


「頼むから、体調不良で倒れることはないようにな」


五十話目をダジャレで飾る作品を読んでいただきありがとうございます。

これからも邁進するので、応援よろしくお願いします。

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