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第五話 逆転の一手

「おいどうした、まだ俺らの弁護士がきてないだろう。にもかかわらず判決を確定なんて、そんなことは冗談でも言っちゃいけねーぞ、おじさん」


「そうそう、スーツの上から黒く長い服を着た人間がそれっぽく言ったら、皆が信じてしまう。あまりにお粗末な証拠だったことは同感だが、貴様の冗談で風評被害を受ける可能性もある。ほら、弁護の時間を待つぞ」


 まったく、質の悪いジョークだ。世界が違えば、裁判での価値観も異なるってことか。

 俺も俺の隣人も、腕を組んでにらみを利かせて不機嫌さを隠すことなく、むしろアピールしている。これで、謝罪が入って待ちの時間が始まるだろう。


「何を言っている。今回ははっきりと犯行を示す証拠が残っている。ゆえに、お前たちの弁護を請け負う者などいなかった。さて、何か申し立ては」


 真向いのおじさん、右斜め前の眼鏡スーツから鋭い目線を感じる。さらに後ろからは、そうだそうだのガヤ。


「......なあ、ひょっとしてヤバくないか」


「うん」


 隣人を見れば、さっきまでの笑みをなくし今や冷や汗をかいている。太陽も、被告を白日の下に晒そうとばかりに、俺たちのことを照り付けている。


「異議はないか」


 回を増すごとに圧が強まるおじさんの質問。あまりにピンチで、かえって笑いがこみ上げてきそうになっていると、隣人が突如顔を上げて俺に囁いた。


「思ったのだが、本当のことを言えばよくないか?」


 その発言は、俺の脳内を一気にクリアにした。

 そうだ、俺たちはまるで罪を隠そうとしているようだが、そもそも何の罪も犯していない。何なら、俺たちは窃盗事件に不運な形で巻き込まれただけの被害者だ。加えて、障壁となるのは大した証拠もないだろう眼鏡スーツのみ。これは、勝てる。


「異議があるってか。ああ、大ありだよ。最初に言わせてもらおう。俺たちは宝石を盗んだりしてない!」


 逆転、そして勝利へのBGMが流れ出したぜ。この際、後ろの群衆にもよく知ってもらおう。俺たちがどれだけ潔白か。眼鏡スーツの思惑がどれほど卑しいものかを。


「事実をありのまま話してやろう。私とこの隣のは、宝石を盗んだ真犯人とぶつかった。その結果、追っ手を恐れた犯人は宝石とマントを置いて逃げ去った。しかし、蒙昧な騎士どもは二人という人数に対して一つしかないローブという違和感に気づかず、誤って私たちを捕えた。これが、お前たちが知るべき真実だ」


 同意しかない意見を述べた隣人だが、どうやらまだ終わるつもりはないらしい。腕を組み、不敵に笑って、再び口を開いた。


「この重大な事実を踏まえるとだな、お前たちは私たちに敬意を払わなければいけない。そうは思わないか」


「裁判長、被告は罪から逃れるためでまかせを口にしています」


 たまらずおじさんに助けを求めたのだろうが、そのキャッチボールが完了するより早く、彼女の声が注目を集めた。


「私たちは、体を張って宝石泥棒を阻止した。さらには黒いローブという、その男に関する手がかりも獲得した」


 そこから一拍置いて、三方向それぞれに目線を送り声高に告げた。


「さあ、危険を顧みず泥棒から窃盗品を取り返した、我ら二人。断罪しようとせしことを詫び、そして賞賛せよ! 我ら二人こそが、正義を執行したのだ」


 かっけぇよ、俺の運命共同体。力強い言葉と振る舞いで、あっという間にアウェーの空気を一変させちまった。太陽に輝く金髪が眩しいぜ!


「一つ、質問があります」


 流石に空気の変化に動揺したのだろう。おじさんに許可も取らず、眼鏡スーツが俺たちに仕掛けてきた。

 だが、心配することはない。今や、俺らの圧倒的優位。見よ、金髪碧眼の少女を。自分が上だと言わんばかりに威張った態度に、弟子に褒められた師匠にも匹敵するドヤ顔である。何だ、と言って続きを待つ。


「この黒いローブを被った、君たちが言う真犯人の姿を、いつ視認した?」


「そんなの、視力が許す限りの距離からに決まっているだろう」


 まったく、くだらないことを聞くものだ。想像以上に中身のない質問に、つい右手を空中でひらひらさせている。興が削がれたのだ、しょうがあるまい。

 ただ、まだ諦めきれないのか黒いローブを手に取って、おじさんの方に向き直った。


「裁判長、やはり彼らは虚偽の申立をしているようです」


 何を言い出すかと思えば、実にファンタジーな結論に行き着いたものだ。思わず、俺も彼女も笑みをこぼしてしまう。

 どうやら、このつまらない話し合いも終わりか。ロジカルのロの字もない展開に入っていきそうだ。ほら、おじさんも俺らと眼鏡スーツそれぞれに視線を送っている。ようやく、自由の身になれる判決が下される。


「うむ、そのようだな」


「ようやく自由だ、って、え?」


 おかしいぞ、おじさんの話す言語が急に変わったのだろうか。まったく理解できないものとして聞こえた。

 左を見れば、ぽっかり口を開けた隣人と目が合う。おそらく、俺の顔も大して変わらないのだろう。


「ちょっと待て。私たちの話を聞いていたのか?」


 当然の質問だが、さっきとは打って変わって語尾に向かうにつれて、弱弱しい声音になっていく。組んでいた腕は解かれて両手を握り、真っすぐに相手の目を見ることもままならなくなっている。海のような碧い瞳は泳ぎ、しばしば俺の視線と交錯する。


「そうだ。あんたの発言には偏りがある、と思う」


 そよ風にすら負けそうな声で援護をするも、おじさんの表情は一切変わらない。自分で何かを言うこともせず、ただ眼鏡スーツの方に視線を送って発言を促している。


「我々が証拠として提示した、黒いローブ。これが一体どのようなものかご存じですか」


 俺たち二人、というよりむしろさらに後ろの群衆に向かって語りだす。


「これは、宝石泥棒が持っていた、ただの黒いローブではありません。魔族が身を隠すときに用いるローブです」


 そういうことか。この後眼鏡スーツが何を言わんとするか、見当がついてしまった。そして、隣の彼女も同じような結論に達したのだろう。あの威勢は輝く太陽に溶かされてしまったのか、今や手を腰に置き、雲一つない晴れ渡った空を見上げている。


 第二の人生が始まって、まだ丸一日も経ってないというのに。早くも達観の域に達しそうだ。

後書きまで目を通してくださった方、ありがとうございます。

少しでも次の展開が気になった方は、ぜひ星マークでの評価をよろしくお願いします。

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