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第四十九話 朝飯前

「四階で端の方を避けるならこのあたりか」


「隠れきることを目的とするなら、ここが妥当だろう。だが、どうにもそれでは満足できない」


「あいつには大きな借りがあるからな。ここに隠れるだけじゃ、その借りを返すことはできないだろう。そう考えると、俺たちが選ぶべき空き教室は」


「あそこだな」


 考えを共有できるパートナーとはいいものだ。借りを返すための活力が、妨げられることなくみるみる湧いてくる。

 サボらず襲撃を仕掛けて来いよ、宝石泥棒。手厚い歓迎をしてやる。


「さて、どの方法が一番効き目があるだろうか?」


「やっぱり、俺たちがやられたようにもてなすのが最適だろ」


「あの、帰ってくるなり物騒な話は止めてもらえますか。味方ながら恐怖を感じます」


「おいおい、そんな薄情なことを言わないでくれよ。お前の同盟相手が、一生懸命頭を働かせているんだ。甘いものを買ってきてくれてもいいんだぜ」


「私の立場を忘れていませんか! 私、明日襲撃してくる種族の偵察班ですよ!」


「どうせバレることはない。今のお前は、私でも気付きづらいほどに魔族の気配がないぞ。ほら駄賃だ」


「お使いに行く前に、一つ質問。バーレってのは責任感が強いタイプか?」


「そうですね、その器量の大きさが信頼を集める理由の一つだと思いますよ」


「それは素晴らしい。実に喜ばしいことだ」


「お願いですから、やりすぎないでくださいよ! お二人が目立つと、私にも疑いの目が向く可能性があるんですから」


 欲望を忠実に語った後、駄賃を受け取った魔族は部屋を出た。

 しばしばストレスが溜まることもあるが、自己防衛の願望をひけらかすあたり、やはり同盟相手としてふさわしい。


「さっきの質問と表情から察するに、相当際どい手を使うつもりだな」


「御名答。といっても、これに関してはお前の同意を得られなければ、別の手段に変えるつもりだ。何せ、相手は俺たち二人にとっての敵だからな」


「どんな手段を用いる気だ?」


「サブリーダーが責任感の強いリーダーに大きな迷惑をかける。過程はどうあれ、これは実に罪深いことだと思わないか?」


「そうなれば言うことなしだが、お前は魔法を使えない身だぞ。そのハンディを背負った上で、きっちりやり返すと?」


「むしろ、魔法が使えない俺だからこそ、効果バツグンの仕掛けをすることができる」


 しばらく目をつぶっていたサファイアだったが、やがて少し口角を上げて口を開いた。


「お前のやりたいことは何となく理解した」


「それで、お前は賛成か? 場合によっては、お前の手助けも必要になると思う」


「随分と愉快な展開になりそうじゃないか。いいだろう、全面的にお前の作戦に乗ってやる。しっかりと倍にして借りを返してやろうじゃないか」


「やっぱり、お二人とも悪党と繋がりがありますよね」


 間食、夕食を満喫すると、明日に備えて早々と眠りについた。

 作戦決行まで三日続けてソファで寝させるのも可哀想なので、器量の大きさをもってベッドはサファイアに譲った。 


 決してジャンケン三本勝負に負けたからではない。あれは単なる余興だ。



「気持ちのいい朝だ。これがベッドの恩恵か。ほら、お前も起きろ」


「どうして、ソファで寝た方が毎度遅く起きるのか?」


「開口一番おかしなことを言えるなら、大丈夫そうだな。早く支度をしろ。今日は決戦当日だぞ」


「わかってるわかってる。だが、まだ七時ちょっと過ぎだ。もう少し寝ても問題ないだろう」


「それもそうだな。ギリギリまで英気を養うとするか」


「危機感持ってくださいよ! よくいつも通りでいられますね!」


「何だ、今日は早いな」


「当たり前ですよ。何といっても、今日は魔族が襲撃を仕掛ける日なんですよ! 私だって緊張するんですから、お二人も張り詰めた空気を出してもよいのでは!」


「そう動揺するな。腹も減ったし二度寝はしないって。それに、心の乱れは動きの乱れに繋がるぞ」


「お二人の基本の動きは隠れるですよね」


「如何に無駄なく隠れ場所に移動できるか、そこで最高スコアを叩き出すために、こんな風にクールにしているんだ。俺たちだって真剣に考えているさ」


「一番避けるべきは、自信を持てなくなることだ。だからこそ、私たちはいつものように悠然として振る舞う。あ、辛子明太子おにぎり、一口くれ」


「楽しそうに朝ご飯を食べようとされたら、悠然という言葉の説得力も無くなりますよ......」


「お前も朝飯を食べて、しっかりエネルギーを補給しておけよ。俺たちの指示に合わせて、一つやってもらいたいことがあるんだから」


「それ初耳なんですけど!」


「そりゃ、初めて言ったからな。でも、何となく予想はできるだろ」


「できませんよ! 私はお二人のような考え方を、似せようとしてもできないんですから」


「では、今のうちに伝えよう。私たちが隠れ場所から出てきたら、お前は常に私たちを視界に入れておけ。それと、必ずサブリーダーと私たちの距離が離れすぎないように注意しろ」


「そこまで進めば、あとは簡単だ。適当なタイミングで、俺からお前に合図を送る。合図を受け取ったタイミングで、お前は俺が吹き飛ぶくらいの魔法を撃て。けど、決してお前が撃ったとバレないようにな」


「朝飯前に相当な無理を言っていることを理解しています?」


「大丈夫、ちょっと派手な魔法をこっそり撃てばいいだけだ」


「大丈夫の後に矛盾した内容を続けないでくださいよ」


「でも、何とかなるだろ?」


 ため息をついて、隠すこともなく魔族が嫌そうな顔をする。だが、抵抗しても無駄と悟ったのだろう。もう一度長く息を吐くと、答えを返してきた。


「......分かりました。これを制服の内側に付けていてください」


「何このはんぺんみたいなの」


「私が持っているこのスイッチを押すと、強力な風が発生する装置です。合図をいただければ、私がこのスイッチで吹き飛ばします」


「おっけー、じゃあよろしく」


「簡単に信頼しすぎでは!」


「安心しろ、俺たちのお前への信頼度はお前が思うよりも高いんだぞ」


「え、あ、ありがとうございます。まさか急に褒められるとは」


「さて、まずは朝食を味わうとしよう。それが済んだら、いよいよ私たちの舞台の幕開けだ」


「せいぜい青春しようぜ」


「青春の意味を知らない人の使い方ですよ、それ......。ですが、私も頑張ります」


 ついに始まる。俺の第二の人生の始まりを最短ルートで台無しにしてくれたやつへの、とっておきの仕返しが。


「さあ、張り切っていこうか」


次回で何と五十話目になります。

実感はありませんが、数多くの作品の中からこの作品を見つけてくれた皆様のおかげです。

改めて感謝。

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