第四十八話 決意
「よし、行くか」
クラースと別れた昼休みの残り時間で、俺たちは空き教室の探索に乗り出した。
地図を見ると、確かに空き教室の数は多いことが分かる。だが、あらかじめ目星をつけておいたため、直接見て回る必要があるのは片手で数えられる程度だ。
「ここが三階で一番端の空き教室か。この学校の広大さを思い知らされる場所にあるが、魔族がわざわざ来るとも考えにくいよさげな場所だ」
「地図と照らし合わせても間違いはないようだな。ただ、ここに隠れることには多少のリスクがあるように思える」
「その心は?」
「万一見つかったときの逃走経路が確保しづらい。この教室に隠れると、簡単に追い込まれてしまう可能性があるということだ」
「文字通り、端に位置しているからな。じゃあ、もう少し中央寄りか?」
「それが無難だろう」
実験室に戻りながら空き教室を見ていった結果、三階での隠れ場所は確定した。
学校がコの字型をしているなら、反対側に端がもう一つあるのではないかと思うだろう。だが、俺たちには両端を巡れる体力がないうえ、もう片方の端付近にはあまり空き教室が存在しない。故に、潔くスルーするのだ。
決して怠惰ではない、戦略的見逃しだ。
「では四階を周ろう、といきたいところだがここでチャイムか」
「四階なら俺たちの教室がある階だし、放課後にでもやればいいだろう」
昼休みに歩き回って失った体力を回復すべく、加えて放課後にむけて気力を養うべく、黒板にチョークが当たる音に身を委ねる。
すると、あら不思議。あっという間に六時間目までが終わっているではないか。
「それじゃあ冒険に、とはならないか」
「放課後すぐでは生徒たちが残っているからな。一度寮に戻って、しばらく経ってからまた来るとしよう」
この世界にも部活動はあるのか、ユニフォームやらケースやらをよく見かける。頑張って鍛錬したまえ。きっと輝かしい青春の一ページになるさ。それに、早く活動場所に向かってもらわねば、俺たちがただの帰宅部になってしまう。今日の俺たちは、明日のかくれんぼでの勝利を目指している帰宅部なのだ。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
部屋でのんびりしていると、同じくのんびりしている魔族から声をかけられた。
こいつの同胞が明日襲撃を仕掛けるというのだから、真実とは一見しただけでは分からないものだ。
「お二人は、襲撃があることを他の誰かに伝えないんですか? 私のことにさえ触れなければ、今後に支障をきたすこともないと思いますが」
「誰かに伝える、か。その発想はなかった。自己防衛で精一杯だったからな」
「私もその点は抜けていた。まあ、優秀な生徒たちであれば問題なかろう」
「ひょっとして、お二人って悪党の家系だったりします? そういう考えを素直に口にするところまで含めて、恐怖を感じるんですが」
「何を言う。俺たちは、この学校に通う生徒たちを信頼している。だからこそ、他の生徒たちより俺たちのことに考えを巡らしていた」
「信頼という言葉を、これほど軽く感じたことは初めてですよ。ですが、確かに大丈夫かもしれませんね」
「というと?」
「実際に伝えられたわけではありませんが、どうも今回の襲撃は学院の防衛力を確かめることが狙いのようです。一年以上この学院に内通者を忍ばせておいた割には、何一つトラブルを発生させていないのが気になります。それに、武器の調達が活発に行われた様子もありませんでした」
「つまり、明日の目的はあくまで情報収集だと?」
「はい。損壊を加えることはあっても、人的被害を出すつもりはないと思います」
「願わくば損壊も勘弁してもらいたいが、人的被害を出すつもりがないのは喜ばしい。仮に見つかったとしても、人質留まりってことだ」
「隠れているときに何らかの不具合が生じた場合、無抵抗の意を示せば危害を加えられずに不具合に対処できるわけか。それは魅力的だな」
「それでほっと一息つける度量が羨ましいですよ」
それから数分後、肩の力が抜けた状態で学校に戻ろうとすると留守番魔族から声をかけられた。
「そういえば、明日の襲撃のサブリーダーも判明したんですよね」
「さらっと初耳情報を提供してくれて、どうもありがとう。怒らないから話してみろ」
「サブリーダーはですね、ええと......。名前を忘れました」
「よし、駄菓子屋に行くとしよう。偽金貨は昨日のうちに全て渡してきたが、犯人の引き渡しはまだだったな。では、早速連れて行ってやろう」
「写真! 写真ならありますから! だから、どうか駄菓子屋だけは勘弁を」
「変装されたら元も子もないが、一応見せてもらおう。どれどれ、危害は加えないぞって顔をしているかな?」
「こちらの方が、明日のサブリーダーです」
「予想はしていたが、やはり顔を見ても分からないな。何かこいつに関する情報はないのか?」
「最近のことでしたら、ブリリア学院長の宝石を盗もうとしたっていう話を耳にしましたね。......あれ、お二人とも、どうかしたんですか?」
「ぶっ倒す。魔族側の計画を叩き潰す」
「後悔させる。隠れておけばいいものを、おかげで探す手間が省けた」
「明日の襲撃は楽しいものになりそうだ」
「せいぜい手の平で踊ってくれ」
「お二人は襲撃しませんよね!? 襲撃を隠れてやり過ごす側ですよね!」
「隠れることに変わりはない」
「ただ、少し刺激を加えるだけだ」
「お願いですから、襲撃を超える悪事を起こさないでくださいね!」




