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第四十六話 条件付き

「学院は六階建てですが、隠れ場所として利用できそうな階は二階から五階です。一階、六階はほとんど空き教室がないため、一度見つかれば再び姿を隠すことは難しいことが原因です」


「ということは、万一のことも考えて三階か四階に隠れた方がいいのか。見つかったときに、上に登る選択肢も下に降る選択肢もある」


「その考えには賛成だが、一つ見落としてはならないことがある。たとえ空き教室があるとはいえ、その周りの教室までもが空き教室なわけではない。主要な教室に隣接した空き教室であれば、警戒のために魔族が確認してもおかしくないだろう」


「では、このあたりの教室などどうでしょう?」


「三階だと両端の教室、四階だと若干真ん中寄りの教室か」


「はい。三階には実験室などが中央付近にあるため、端の方で隠れた方がいいでしょう。一方、四階には各国の歴史に関するものを集めた教室が端寄りにあるので、そこは避けた方が無難かと」


 これは悩ましい。三階か四階に隠れることは確定だが、三階には実験室という重要そうな教室があるため、入念に調査をされるかもしれない。それに対して、四階の中央寄りの教室は実験室のすぐ上に位置するため、些細なことがきっかけでバレる可能性がある。


「おそらく、ここで考えても結論は出ないだろう。それなら、明日どちらの安全度がより高いかを現地で検証すればいい。隠れる場所は、どうせ私たちが通うところなんだ」


「それもそうだな。じゃあ、明日は候補地を実際に見て、それから最後の打ち合わせとするか」


「私は内通者にしつこくつきまとって、さらなる情報の獲得に努めます! それでは、早速粘着しに行ってきます」


 一人、危険な思考をお披露目していたが、ひとまず方向性は決まった。

 久しぶりの頭を使う機会が、まさかかくれんぼになるとは。しかし、これくらい全力で隠れなければ、身の安全が脅かされる。ならば、全身全霊をもって姿を消そうじゃないか。


「それにしても、少し意外だったな」


「何がだ?」


「お前の性格を考えれば、隠れてやり過ごす手段を認めはしないと思ってな。むしろ、私の魔法の餌食にしてやろう、くらい言うものかと」


「敵前逃亡であれば、私は断固拒否しよう。だが、今回の作戦は魔族の襲撃を効率的に切り抜けることが目的だ。いつ現れてどのくらい続くかも分からないことを相手に、戦う以外の方法を考えられないやつは愚か者だ」


 自らの力を過小評価していることはないと思っていたが、決して過大評価をしているわけでもない、ということか。

 サファイアも、案外まともだということの表れだな。


「さてと、頭を使って小腹が空いた。食べ損じていたメロンを、いよいよ食すとするかな」


「もう少しで夕食だぞ。間食のタイミングとしては、あまりよくない」


「もう少しって、あと二時間はあるぞ。五時間目の後にアイスを何個か食べたとはいえ、お前も腹が減っただろ」


「まあ、それは否定しないが......」


 こいつ、何か隠しているな。普段なら一切の配慮をせずに発言するサファイアだが、今はどうも奥歯に物が挟まったような口調だ。


 もしやと思うが、こいつ、やったのか? 超えてはいけない一線を、いつの間にか超えやがったのか? 


「まさか、お前、俺のメロンを食べたのか?」

  

「そんなわけないだろう。私がそんなに卑しく見えるのか?」


「目を泳がせて返事をする時点で、お前の卑しさは丸見えだよ」


「......いいか、メロンには旬がある。旬の時期に食べてこそ、魅力を最大限引き出せる。だが、お前は放置をした。冷蔵庫を開ければすぐありつけたというのに、お前はメロンの恵みを享受しようとしなかった。それは、メロンが実にかわいそうじゃないか。せっかくの旬の時期にも関わらず、その旨味を受け取ってもらえないことは報われないじゃないか。だから、これ以上メロンを悲しませないために、お前の分も私が食べたのだ」


 不自然な間、長すぎる台詞、怖いくらいに目を合わせる、どれをとっても有罪判決待ったなしだ。

 だが、食べようと思えばいつでも食べれて、かつサファイアという貪欲なルームメイトがいるにも関わらず、冷蔵庫に残していたことは俺の責任だ。だからこそ、サファイアの今後を思って一言告げておかねばならない。


「お前、今日もソファな」


 善い行いには褒美を、悪しき行いには罰を。そのことを身をもって理解してもらうとしよう。

 サファイアも食べ物の恨みについてはよく理解しているため、鋭い目つきをしながらも文句は飲み込んだようだった。



「目覚めのいい朝を迎えるには、ふかふかのベッドで寝るに限るな」


 正当な権利のもとで獲得したベッドでの寝心地は、やはり格別である。一度横になってしまえば、抗うことも忘れてこの上ない安心感に身をゆだねるほかない。


「ソファだろうと、相変わらず気持ちよさげに眠るな」


「ん......? 朝か」


「ほら、もうじき情報収集から帰ってくるだろうから、顔を洗って目を覚ませ」


 その数分後、内通者への粘着から予想通り帰ってきた。


「収穫はどうだ、と聞きたいところだが、首をゆらゆら揺らしている状況では難しいか」


「すみません、けっきょくひとばんじゅう......。ですが、めぼしいものは」


 一晩どころか、昨日の夕方から活動していたんだ。重要な情報もないようだし、今は眠りを妨げないように配慮するとしよう。


 学校へ向かう時間となったため、肩を少しだけ揺さぶってその旨を伝えたところ、思い出したように一言口にした。


「バーレさん、きたみたいです」


「「寝るなー!」」


「ちょっと待て! きたっていうのは、方角的に北にいるってわけじゃなくて、この学校に来たということか?」


「何故侵入できた? この学院の魔族対策は完璧なはずだ」


「手をかしたみたいです」


「内通者が、てことか。おいこら寝るな。バーレの見た目を教えろ」


「変装していると思います。気配を感じただけなので、どんな姿かは......」


 隠れ場所を探す際に、外見が分からない鬼がどこかにいる条件付きかくれんぼか。


 これは、中々に盛り上がってきたじゃないか。絶望的な状況ってやつが、足音を鳴らしながら近づいてきたぞ。


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