第四十五話 盲点
「なんとか一段落つきました~」
「お疲れ様です。あれ、警備員さんは何処へ?」
「ある程度片付いたところで、呼び出しを受けたと言ったのでそちらに向かわせました。正直、あの方がいなければ作業は今も全く終わっていなかったと思います。本当に、感謝しかありませんよ」
唐突に現れ、クライマックスでは既に姿を消している。これ、完全にヒーローの振る舞いだ。一昨日の正義感といい、副業でヒーロー活動をしていても驚かないぞ。その際、俺たちが完全に悪役であったことには目をつむろう。
「そういえば私、今週の土曜日の件を二人に伝えましたっけ?」
「先生にデートの予約があったっていう話なら、俺は驚きのあまり膝から崩れ落ちますよ」
「そんなんじゃありません! 実地演習のお話です」
「実地演習? 土曜日に?」
「はい、土曜日です」
「土曜日は、部屋でのんびり過ごす予定なんですよね」
「やっぱり、私言ってませんでしたよね!」
「大丈夫ですよ、少し忙しくなるだけですから」
金曜日に魔族の襲撃、土曜日に初めての実地演習。俺は魔法を使えない。
うん、忙しくなるな。とくに心臓が。どうにか、落ち着きを持ってほしいものだ。
「おかえりなさい!」
尻尾をぶんぶん振っていると錯覚するほどの勢いで、俺たちは出迎えの挨拶をされた。
「どうした、アイスの棒に当たりが書かれていたのか?」
「そんなことで喜びませんよ! もっとすごいことです」
すぐには言い出さないあたり、こっちから聞いてほしいんだろうな。期待に応えるのは癪だが、いつまでもこの態度をされるよりはマシだ。
「どんなすごいことがあったんだ?」
「実はですね、内通者の持つ紙を盗み見たところ、明後日の襲撃のメンバーが判明しました!」
「お前が上司から信頼されていないことはさておき、それは私たちにとって非常に重要な情報だな」
「そうでしょう、昨日の夜からしつこく付きまとっただけのことはありました。同族の私にすら顔を見せないほどの警戒心を持っていますが、どうにか覗き込むことができましたよ」
今回ばかりは素直に褒めてもいいのだが、どこか引っかかる。これまでの言動と、俺たちのテンションが上がったことが、賞賛を防いでくる。
「何とですね、魔王軍幹部のあの、バーレさんが現地で指揮を執るそうです」
「魔王軍幹部か、中々に気合を入れているじゃないか。それほど、この学院を重視しているのか」
「これは、とても大きな収穫ですよ。幹部すらも攻めてくるということが、前もって知れたんですから」
何となく、嫌な予感の正体が分かった気がする。それをはっきりさせるためには、一つだけ質問をする必要がある。だが、願わくば質問は避けたい。全幅の信頼だけを寄せて、何も気が付かなかったことにしてしまいたい。
けれど、それで済ませることができるほど、こいつの言動は並のものではなかった。
「すごい収穫だよ、本当に。それで、一つ聞いてもいいか?」
「何でも聞いてくださいよ。今の私に、答えられないことはありません」
「幹部とやらが来るのは分かった。で、どう対策すればいい?」
「......もしも~し、音として拾いきれなかったか?」
「お前まさか、幹部が来るという情報を入手するだけして、何も考えていなかったのか?」
「......はい」
残酷だよ、真実ってやつは。一つ違うだけで、未来への展望はこれほどまでに暗くなってしまうのだ。
「しょうがない、まだ時間はあるんだ。対策は今から考えるとしようぜ」
「まず、襲撃で来る幹部はどんな奴なんだ?」
「バーレさんは、魔族随一の炎の魔法の使い手です。魔法ばかりでなく頭脳も優れているため、魔王様からも部下からも慕われていています」
「相手取るのが、非常に面倒くさいということはよく分かった。私たちが対抗するうえで、弱点となる特徴は?」
「ないですよ?」
「おっけー、現状を振り返るとしようぜ。賢くて戦えて信頼されている相手に、俺たちは抗わなければいけない。なのに、どうして弱点がないと簡単に即答できる? その答えは、俺たちの敗北を意味するんだぞ」
「バーレさんと争おうなんて、普通は考えませんよ。それに、一つ思ったんですが、無理にバーレさんに対抗しようとせずに、ひたすら隠れていればよくないですか?」
「「確かに」」
完全に盲点だった。絶望的な状況からの劇的な立て直し、これはよく見かけるが、そもそも絶望的な状況を招かなければ立て直す必要もないのだ。
心揺さぶられる展開じゃなくて結構。安全を最優先にして切り抜けることができれば、それだけで胸熱じゃないか。
「よ~し、それじゃあ、最適な隠れ場所を探し出すとするか」
「はい! 隠れ場所なら任せてください。伊達に、この学院について地道な調査を進めてはいませんよ。」
隠れ場所と聞いて元気になる姿勢が、今はいっそ頼もしい。
魔王軍幹部だろうと、全力で隠れれば何ら怖いことなどないのだ。
来るなら来い、魔王軍幹部よ。正々堂々、俺たちとかくれんぼをしようじゃないか。




