第四十四話 道
「お前、早速実行に移したな」
快眠グッズをオーダーメイドで仕立ててもらった、その翌日。俺は、腰当てと枕を相棒に、暖かい日差しに包まれた睡眠を謳歌していた。
「昨日と同じく四時間寝たはずなのに、痛みがまるでない。見ろ、肩が回る回る」
「お前の授業に対する態度は、日々最低値を更新しているな。学院始まって以来の偉業じゃないか?」
「言っとけ。俺はこいつらと自然の恵みを享受するんだ」
「でも、午後は実技」
「明日が楽しみだな」
「現実逃避をするな。今日も測定があるぞ」
困るんだよな、魔法測定。俺はバフ魔法ということで、測定で魔法が使えないことを誤魔化すが、サファイアは普通に魔法を使用する。面倒くさいのは、攻撃魔法を使えないと知られている俺も、測定に同行しなければいけないということだ。
「頼むから、今回ばかりはやり過ぎるなよ。本当に、誰も得をしない」
「お前にそう言われると、つい力が入ってしまいそうになる。不思議なものだな」
「今日は介護をするつもりはないからな」
「お前にその気がなくとも、私の手は自然とお前の足首に伸びるかもな」
過去のトラウマを脅しに利用するだけならよかった。介護するときに、垂直に立っておんぶをすることで気を晴らせばいい。
しかし、五時間目が始まって十数分後、やましい目的を抜きにしてサファイアを引きずり出す羽目に見舞われた。
「加減しろっていたよな。どうして天井に向かって、全力で魔法を撃ち抜くんだよ!」
「いやな感じがした。だから撃った」
「小学生レベルの思考を紹介してくれてありがとよ」
「口より先に、手を動かしてくださ~い! いくら魔法で防いでいるとはいえ、この先どうなるか分からないんですから」
天井の崩落を防がんと、俺たちに防御魔法をかけつつ天井にも魔法を使用する先生、マジかっこいい。これで身長が高ければ、危うく惚れていたかもしれない。よかったな先生、その身長のおかげで、ガチ恋勢を出さずに済んだぞ。
「何かありましたか?」
やっとのことでサファイアを引きずり出すと、ある人物と二日ぶりの再会を果たした。
「あなたたちは」
俺たちに杖を向けて連行しようとした結果、学院長に叱られた警備の人ではないか。
けど、実際はものすごく気遣いができる性格なんだよな。俺が金持ちになったら、執事として雇いたい人ランキング堂々の一位である。
「久しぶり、元気してた?」
「お二人に対しての無礼が、成長のいい糧となっています」
何その受け答え、めっちゃ模範的じゃん。今後のためにメモしておかねば。自分で言うとなると、寒気がするが。
「先ほど、測定室から大きな音が聞こえましたが、中で何か?」
「それが、このやつれきった生徒が魔法を暴発させたんだよ。だから、大きな音の正体は、防音装置すらも破壊できそうなこいつの魔法か、先生の魂の叫びのどっちかだろう」
「全員で三人ですか?」
「俺たちの担任が、測定室の中で被害の拡大を防ごうと頑張っている」
「お二人にお怪我は?」
「強いて言うなら空腹だが、血が出たりなんてことにはなっていない」
「では、私はお二人の担任の援護に向かいます」
凛々しいな~。部屋の中が危険なことは簡単に想像がつくだろうに、一切ためらうことなく入っていったよ。
見習いたいものだ。行動はともかくも、その心意気だけは。
「おい、今の男」
「どうした? あの人は屋台の店主さんじゃなくて、一昨日会った警備員さんだぞ」
「そんなことは分かっている。それより、いや何でもない。気のせいだったようだ」
「何かを実行される前に気づいてくれてよかったよ。それで、一人で立って歩けるか?」
「それができるなら、こんな醜態を晒しているはずがないだろ」
「へいへい。じゃあ、しばらく座って待っているとするか」
ここがただの異世界であれば、俺が歩む道は二つの内のどちらかだと思う。
一つは、初回の授業で完璧なスコアを叩き出し、二回目の授業では模擬戦でその実力を見せつける。
もう一つは、初回の授業では最低スコアを叩き出すが、二回目の授業では模擬戦で誰も理解できない力を発揮する。
しかし、俺が歩んだ道は地図にすら載らないような道に思える。
一体どこの異世界転生者が、二回続けて教室の崩壊から逃れて、廊下で胡坐をかいて待機しているというのか。しかも、俺自身は何一つ魔法を使っていない。
「俺、今も授業中に居眠りしているんじゃないか? 少しの刺激が加われば、生徒たちの視線を一身に集めることになるんじゃないか」
「喜べ、お前は今、まごうことなき現実を生きている。夢なんて、そんなちゃちなものじゃないぞ」
「俺としては、ちゃちなもの万歳の姿勢なんだがな」
魔法の存在がこんなに厄介だとは。フィクションと知りつつも関心を持っていたころの俺に、よく教えてやりたい。魔法ってのは、充分な強度を持つはずの教室を壊滅状態に導き、どうにか同級生を引っ張り出す展開へと誘導する危険性を備えた、厄介極まりないものだと。




