第四十三話 金狂い
誰でも無自覚系主人公になれるわけではない。そんな厳しい現実を理解した後、だらだらと部屋で過ごし、変わらず美味い飯を食べて備えつけのおしゃれ円形風呂で温まると、何をするでもなく眠りについた。
「七時三十分ぴったり、またまた天才的だな」
起床時刻に変化はあれど、昨日と同じように二人を起こして余裕を持って朝食を食べると、学校生活二日目の一歩を踏み出した。
クラースが癒しであることも含めて、今日も昨日と同じような一日だった。とはいかず、一時間目の外国語の授業から早速変化が生じた。
「外国語か」
「またお手上げか?」
「外国語ってのは、どれくらいの時期から学ぶものなんだ?」
「個人差はあるだろうが、小学校から習うのが一般的だな」
「この学校の授業は難しいか?」
「私に聞くなど愚かなことだが、他の生徒であれば苦戦しても不思議はないな」
「最高峰の学校に受かるような生徒たちでもか?」
「難しいと感じるだろうな。授業の初めの小テストも、平均点は十点満点中四点といっていただろ。もちろん、私は満点だが」
「そっかそっか、なるほど」
満点だったな~、俺の解答。苦戦のくの字もなかったな~。何ていう言語だったかも覚えていないが、問題は簡単だったな~。
見れば分かるし聞いても分かる。書くことにも何一つ問題はない。どうして理解できるのか、そのプロセスは俺にも分からない。
まあいいか。理解できるなら、それに越したことはない。多分、白が上手い具合にこう、何かしてくれたんだろう。ならば、白に感謝しつつ、難しいことは放っておけばいい。難しいことなんざ、暇潰しまで取っておけばいいんだ。
それじゃ、言語科目の理解は完璧なわけだし、クラースを見習って寝るとするか。
「腰が痛い」
「四時間全部寝るからだろ」
「まさか、午前の授業が全て言語の勉強とは思わないだろ。おかげで、腰もそうだが、背中も肩も首も、それなりのダメージを負っちまった。クラースは何か対策をしているのか?」
「これ、私の愛用」
クラースが机上に出したものを見て、思わず固まってしまった。マヌケ面を晒したに違いないが、そんなことを簡単に上回るほどの衝撃だった。
「腰当てと枕、だと。全然気が付かなかった」
「授業が理解できないことにも、それくらい驚いたらどうだ?」
「おい、サファイア。舐めちゃいけないぞ。授業中の居眠りは、時を飛ばすというメリットがある反面、身体が痛くなる他に、教師にバレると睡眠を妨げられるというリスクを有している。だが、俺たちの目の前にいるクラースは、始めから終わりまで快眠を謳歌できる手段を、秘かに持ち合わせていたんだ。これは、昼休みの残り時間で話し足りることじゃないぞ」
「台詞が過去一うっとおしいな」
「ためしに使ってみる?」
「ありがたく試させてもらおう」
クラースの指示に従って、腰当てを制服と下着の間にセットして、枕を覆い隠すように机に突っ伏す。
「......おい、まさか寝たのか」
「それくらい、この二つは特別」
「今、俺寝ていたか?」
「五分近く眠っていたな」
「これはすごいぞ。予想を超越した。クラース、これをどこで手に入れた?」
「寮の方にあるお店で」
「そういえば、寮の近くにも店が並んでいたな。賑やかだとは思っていたが、寝具店まであるとは。でも、やっぱりお高いんでしょう?」
「お金の心配はいらない。だって、ただだから」
「この学校すごすぎない? 校内の店だけじゃなくて、寮の方までカバーしているとか。国か? この国から絶大な信頼を勝ち取っているのか」
「それもあるが、学院の外で充分な利益を上げている店が出店しているのだろう」
これが勝ち組の余裕というものか。
羨ましい、実に羨ましい。利益が上がらずとも問題ないとは、いつかそんな台詞を言いたいものだ。
「お前が考えていることには見当がつくが、多分無理だろう。たとえ余裕を持てたとして、お前がノーリターンの選択肢を気に留めるとは思えない」
「うっせ。それより、今日の放課後にでもその店に案内してくれないか?」
「まかせて」
「その行動力を別に活かせば、未来に大きな変化が生じるだろうに」
「俺は瞬間瞬間を大事にするタイプだからな。いつ訪れるか分からない未来より、確実に睡魔を呼び起こす明日を大切にするに決まっている」
異世界の快眠グッズ、これはテンションが上がるな。明日から六時間の快眠が約束されたようなものだ。これで、昼夜逆転生活に潔くシフトできる。ようやく、夜型人間の本領発揮の時間となりそうだ。
「おお、寝具店だ」
放課後すぐに訪れた寝具店の内部は、やはり見覚えのあるものだった。
「堂々と構えたベッドすらも無料かよ。金銭感覚が狂うどころの話じゃないな。一体、何に金をかけるんだ?」
「外から取り寄せたものにはお金がかかる。それと、限定品もお金がかかる」
豪勢に金を使うことに誇りを感じる生徒以外は、どんどん正常な金銭感覚から遠ざかっていくということか。豪勢に金を使う奴も金銭感覚は狂っているだろうから、これ全員狂うな。金狂いだよ、まったく。
金銭感覚に疎い、世間知らずなお坊ちゃんお嬢ちゃん。周りの生徒のほとんどがそうだと気付いて、金欠の際にはここで商人をやろうと考えるのは俺だけじゃないはず。
「腰当ても枕も、オーダーメイドで作ってもらえる。こっちは無料じゃないけど、私はそっちにした」
「すぐ払おう」
学校内外でどれだけ値段に差があるのかは分からない。他で利益が見込めない分、恐らくこっちの方が高めに設定されているだろう。
だが、それでも構わない。だって、ほとんどのものは無料で手に入るんだもの。
金銭感覚が狂う? 皆のが狂えば、俺のだって正常になる。誰一人見捨てることなく、全員で狂えば誰も異常ではなくなるのだ。故に、俺は比較も検討もせず即決する。
「オーダーメイド、お願いします」




