第四話 未知の世界
「えーと、今日もいい天気ですね。出かけるにはぴったりの陽気だからか、ここから飛びだして野原を駆け回りたくなりますね~なんて。ハハ」
看守の騎士に押し込められて、馬車の中には俺と看守の二人きり。何とか重い空気を振り払おうとして、渾身のブラックジョークを放つも笑いを誘うことはなく、眉を顰められてしまう結果に終わった。
「この馬車はどこに向かっているんですか? 実はあそこのベッド、硬くてね。この馬車のわずかな揺れは今の俺にとって、まさに眠りへの案内人ですよ」
真面目な質問と少しの愚痴をマリアージュさせてみたが、相変わらず穏やかな空気が流れる気配がない。それよりもむしろ、俺が発言した直後に腰に掛けている自身の剣の鞘に視線を送った気がする。次に俺がジョークの一つでも言った際には、失神させられそうな雰囲気だ。
大人しく人生初の馬車の揺れを堪能すること五分、目的地に着いたらしく揺れは完全に止まった。看守の指示に従い降りると、目に入ってきたのは睨みを利かせた群衆。次いで前方を見やると、階段がありその先にはいくつかの椅子やテーブルが置かれている。屋外のを見るのは初めてだが、俺はこの机と椅子の配置の仕方を知っている。なんならテレビとかで見た経験もある。
参った、参った。これは、疑わしき人物の罪を明らかにする、裁判所の配置だ。
後戻りしたいのはやまやまだが、看守に手錠を通して引っ張られているためそれは不可能だ。とぼとぼと階段を上がると、良からぬことを囁いているであろう群衆を背に立つことを命じられる。
俺の右斜め後ろに看守が立つと、顔を伏せている運命共同体が俺の左隣まで来て止まった。ぼそぼそと呟いてはいるが、気づいていないのか、はたまた無視しているのか向こうの看守は特に口を出してこない。
俺が憐れみを込めた視線で隣人の様子を見ていると、立派な白髭を蓄えたおじいさんが真向いの椅子に座り、黒いスーツを着て眼鏡をかけたお兄さんが俺たちの左にある椅子に腰かけた。
テーブルにはカバンから数枚の紙が出された。あの紙が、俺たちの今後を決める重要なものなのだろう。紙を眺めているとおにいさんと視線が合ってしまったため、再び隣人に視線を戻す。すると、真向いのおじいさんが声を発する直前、口角がかすかに上がったように見えた。
「おい、具合が悪いなら俺が言うぞ」
刑事ドラマで聞くような台詞が読み上げられている間にも、お隣さんは彫刻のように変わらず下を向いているばかりだ。心配になって投げかけた囁きに対して、返ってきたのは朝日を浴びた海のような輝きをもった眼だった。
「安心しろ。私はどこも悪くない。むしろここにきて、絶好調だとすらいえる」
「分かっているのか? 今から始まるのは、俺たちを裁くための裁判だ。そして、おそらくこの裁判で俺たちは、有罪判決を受ける」
左を見れば、眼鏡スーツが俺たちは一切していないようなことを、つらつらと述べて罪に問おうとしている。右を見てみれば、そんな妄言を一刀両断してくれる弁護士など存在しない。空席のままだ。
もしかしたらこの世界では、弁護士は強大な力を持ち、一筆したためるだけで状況を一変させることができるのかもしれない。だが、それなら席を用意しておく必要はないだろう。
不安と絶望を込めた視線を送るが、運命共同体の碧眼からは輝きが失われない。自身の根拠を尋ねようとすると、裁判においては証拠が最重要、との導入から彼女は語りだした。
「投獄されてから裁判までが一日。こんなものはほとんどありえない。なぜなら、証拠集めが一日で完結することなど、まずないからだ。そう考えると、今しゃべっている奴が提示する証拠なぞ大したものじゃない」
「だが、俺たちを起訴したのはあいつらだろ。ある程度の自信がなければ、そんなことはしないだろう。弁護士がつかないことも、向こうの予想通りじゃないのか?」
「それは違うな。今回の事件を素早く解決しようとした理由は、大体予想がつく。あの宝石を盗まれたマヌケは、このあたりの有力者だろう。でなきゃ、あんな立派な宝石は持てない」
「なるほど。いい顔を見せようっていうことか」
「そうだ。それと弁護士の件だが、来ないということは考えられない。右にわざわざ置いてある椅子が、何よりの証拠だ。それに、いくら疑わしくとも、群衆の前で弁護士もつかない裁判などするはずがない」
じゃあなぜ来ていないのか、そう俺が思ったことを感じたのだろう。目をつぶり、腕を組んで自信に満ちた声で言った。
「証拠集め、これに限る!」
その言葉を脳が理解した瞬間、全身からアドレナリンがあふれ出てきた感じに襲われた。
「これ、勝てるだろ。最重要事項である証拠。それをより長い時間をかけて、俺たちの弁護士は集めているってことだろ。なら、俺たちの濡れ衣なんか、あっという間にどこかに飛んでいく」
「ああ。結局のところ、欲に取りつかれた奴らなど私たちの敵ではないということだ。奴らがどれだけ足掻こうとも、最後には我ら正義が勝つ」
いよいよ我慢できずに全身で喜びを表そうとすると、外野はざわめき看守は取り押さえに来た。しかし、今はそれすら許せる。不愉快だとも思わない。俺たちのヒーローがもうすぐ来て、目にもの見せてくれる。それだけで、全てにおいて寛容になれるし、心が動いて乱れることもない。
落ち着きを取り戻し、それを理解した看守も元の位置に下がると、再び眼鏡スーツがしゃべりだした。せっかくだし、綻びのある説明に耳を傾けてやろう。
「以上のことから、被告二名に懲役十年を求刑します」
おいおい、もう終わったみたいだが大丈夫か。このままだと、俺たちの頼れる弁護士さんが来て、お粗末さを指摘されちゃうぞ。
「被告人、何か異議申し立ては? 異議がなければ、罪を確定する」
「「......え」」
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