第三十八話 魔法
先生の魔法で、ある程度カオスが解消された後、お話し合いの時間となった。
「まずは、そうですね。サファイアさんは本当に大丈夫ですか?」
「少しの間、身動きが取れないだけだ。何も問題はない」
「そうそう、ちょっと動けないだけですって。それで、この後はどうしますか?」
「正直なところ、測定室がこんな惨状になったところは見たことがありません。ひとまず、そうですね。他の測定室に空きがないか確認してきます」
他にも測定室が作られているとは、余計なことをしてくれる。一つだけであれば、先生は慌てて、サファイアは空腹で動けなくなる。そして、俺はのほほんと測定をスルーして、まったりとしながら過ごせるというのに。
「一室使えるそうです」
「それはグッドニュースですね。しかし、ここで先生にバッドニュースをお伝えします」
「また何かあったんですか!? 今度は床に問題でも!?」
「いや、そんな大事じゃないですよ。ただ、この後の測定について一つ。俺、多分魔法を使えません」
「......え?」
「よく分かりませんでしたか? 魔法を使えない、別の言い方をすると」
「意味は分かります! けど、どうしてかが分からないというか」
「その答えは、ものすごくシンプルなんです。ついさっきまでで、使い切っちゃいました」
「え〜と、ごめんなさい。今度は意味が理解できませんでした。使い切っちゃったんですか? 一体いつ?」
「数分前ですかね。ほら、ど派手な魔法が披露されたときですよ」
「確かに、そのど派手な魔法は私も目にしましたが、発動したのはサファイアさんですよね?」
「魔法を使用したのは、間違いなくサファイアです。ただ、あの魔法にはサファイア以外の魔力もこもっていたんですよ。覚えてませんか、先生? この測定が重要なものだと聞いて、俺は緊張して」
「力がこぼれる」
「その通りです」
「それで、さっきのサファイアさんの魔法を、図らずも援護する形となったってことですか?」
「お恥ずかしながら。制御が効かなかったもので」
「けど、それで全ての魔力がこぼれるとは、いや、あの威力の魔法であれば」
しばらく独り言を呟いていた先生だったが、やがて一つの納得できる結論に達したらしい。
すまないな、余計なエネルギーを使わせてしまって。
「はい、一応整理は付きました。それでは、測定はまたの機会にして、クラスの皆がいる体育館に向かいましょう」
先生も充分に落ち着いてくれたようだ。
残る問題はただ一つだけ。横たわって動かないサファイアを起こし、肩をかして所在地不明の体育館に連れて行くことだ。
「私も肩をかしますよ!」
「その気持ちは嬉しいが、どうしても無視できない点があるから遠慮させてもらおう」
「どこが、あ〜、分かりました。そうですよね、迷惑ですよね」
「サファイアだって感謝をしているんです。だから、背が小さいからって落ち込まないでください」
「お前、あえてそれを口にするか」
「私なら大丈夫ですよ。この身長とは長い付き合いですので」
先生が肩を落としながらポジティブに振る舞う様子は、見ていて非常につらい。
誰だよ、先生の身長が小さくなる運命づけをしたのは。まあ、小走りの様子とか可愛いから、そこまで責めはしないけどさ。
「よおクラース、測定が終わったぞ」
「はやかったね」
「少し気合を入れすぎてな。それより、随分と眠そうだな」
「体力をつかうから。ついうとうとしちゃう」
「でも、その割には豪快に的を破壊しているじゃないか」
「いつもどおりじゃない?」
「何の魔法を使ったら、コンスタンスに的を木っ端みじんに破壊できるんだ?」
「うーんと」
俺の問いかけに答えは返ってこず、かすかに寝息だけが聞こえてきた。
立ったまま眠ることすら驚きなのに、それを実技の時間に成し遂げるんだから尊敬の念すら湧いてくる。
「蒼くん、サファイアさん。二人に一つ知っておいてもらいたいことがあります」
「その真剣な顔つき、真面目な話の始まりですね」
「クラースについて、だな」
「はい。クラースさんが使用する魔法について、重要な話です」
「クラースさんは、初級魔法しか使うことができません。中級以上の魔法を使おうとすると、魔力が暴走してしまいます」
「じゃあ、この的の破壊のされ具合は」
「初級魔法を彼女なりに精一杯コントロールした結果です」
なるほど、これで理解できた。
クラースに会ってから、まだ一時間くらいしか経っていない。その中で疑問に思ったことの答えに、何となく予想が付いた。
まったく、魔法ってのはそんなに重要なものかね。これじゃあ、この世界の支配者が完全に魔法ってことになっちまうじゃないか。
ただ、これでやるべきことが決まった。
ひとまず、サファイアには座ってもらおう。流石にしんどくなってきた。




