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第三十四話 ハイスペック

「学院の制服を着た、生徒手帳を携帯していない者たちが学院に侵入しようとしていました」


「何か弁明はあったのか?」


「生徒手帳を置いてきたと。ですが、生徒手帳の携帯が必須ということは、学院に通う生徒にとって常識です。その手帳を忘れたなどと軽々しく口にする者は、部外者以外にありえません」


「そうか、では貴様に問おう。初めて訪れた地で、この土地の常識に沿っていないことを理由に追い出されたとして、貴様はその対応に納得できるか?」


「それは、向こうの話を聞かない限りは何とも」


「ならば、この二人に対しての行動を、貴様はどう振り返る。自分がされて困ることを他人に行ったことを、誇りながら上司に報告するのか?」


「い、いえ......」


「どう振り返る?」


「軽率な行為、でした」


「どのあたりがだ」


「最初から偽であると決めつけて、説明に耳を傾けず、行動を起こしてしまったところ、です」


 いくら杖を向けてきた相手といっても、流石に同情する。

 今の学院長はかなり怖い。子供を怖がらすなまはげがおびえるくらい怖い。そんな相手に詰められれば、冷や汗が出たり、顔色が悪くなるのも当然のことだ。ここは、叱ってくれる上司がいる事実を喜べというアドバイスしかできない。こんな上司がいたら、俺なら逃げ一択だが。


「すまなかったな。我が学院で働くものは、どうも魔法による判断に対して脳を働かせない傾向にあるらしい。だが、この男が頭を下げていることは、決して上っ面の謝罪をするためではない。そのあたりを理解してやってほしい」


 不平不満を吐き出すなら今が絶好の機会だろう。しかし、あれだけ恐怖の体験をした相手に攻撃するのは、いささか気が引ける。隣人を見ても、どうすべきか決めかねている表情を浮かべている。


「分かりました。色々と思うところはありますが、潔く頭を下げてくれたことに免じて、この件については忘れましょう」


「二度目のミスは許すつもりはない。ただ、今はまだ一度目のミスだ。故に、次にミスを犯すまでの間は、私も特段咎めるつもりもない」


「感謝する。せっかくだ、この男に教室まで案内してもらえ。遅刻についても、上手く誤魔化してもらうといい。お前たちは特別生なんだ、丁重に扱ってくれるさ」


 何故、俺たちが遅刻したことを知っているのか。そう尋ねたいところだが、そこまで踏み込む勇気は俺にはない。いいさ、こういうときは適度に未知とディスタンスを取っておいた方が、何かと円滑に進むというものだ。


「お二人の教室はどちらでしょうか?」


「確か、一の二、だったか?」


「では、一年二組までご案内しましょう。まだ、担任の先生は教室にいるでしょうから、私がその場で事情を説明させていただきます」


 服の着こなしを見て思っていたことだが、やはりハイスペックだ。つい数分前の件を除けば、ほとんどミスなく仕事をこなしてきた印象を受ける。かといって、さっきのことを言葉通りに忘れるつもりはない。向こうに罪悪感がある限り、俺は貸しを作ったと覚えておこう。


「少々お待ちください。私が先に伺って、事情を説明してきます」


 四階まで上り少し歩いたところで、ハイスペックが一人で二組の教室へと向かっていった。


「お前、またよからぬことを考えていただろ。表情に出ていたぞ」


「よからぬこととは失礼な。彼の良心を慮っただけだ。それにお前も、何も考えていなかったわけじゃないだろ」


「奴は私に対して、度胸あることをしてくれたからな。その勇気をどう買おうか考えていただけだ」


 俺たちの元へ戻ってくるハイスペックが、可哀そうに見えてきた。これまで真面目に働いていただろうに、こんな性格の悪い二人組と遭遇してしまうとは。運命とは残酷なものだ。


「問題なく話はまとまりました。転校生の紹介を朝の内にしたいので、すぐ教室の前まで来てほしいとのことです」


「案内ご苦労さん。じゃ、これからも学校の安全を頼むぜ」


「困っている生徒を見かけたら、しっかり助けてやるんだぞ」


「ご迷惑をかけたこと、お二人にもう一度謝罪を。それでは、失礼します」


 ハイスペックと別れて教室の方に視線をやると、先生らしき人がドアの前に立って手招きをしていた。


「あの人が先生だと思うか?」


「状況から考えれば、私たちの担任だろう。だが、悩んでしまうサイズ感だな」


「中学生、いや小学校高学年でも通じる身長だ。小ささが特徴の種族もいるのか?」


「いるにはいるが、彼女からは人間の気配しかしない。種族特有のものと考えるには無理がある」


「まあいいか。手招きしている様子も可愛らしいし」


「それが教師に対して抱く感想か。ただ、分からなくはない」


「あの~、一応聞こえていますよ」


「大丈夫ですよ。先生の表情を見ていたら、誰でも分かりますから」


「それはよかった、のでしょうか?」


「私たちの担任、ということで間違いないな?」


「はい! 一年二組の担任、ノーアと申します。これからよろしくお願いします」


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