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第三十二話 紙がかってる

「「最初はグー、じゃんけんぽい!」」


「やはりな。私が、お前よりぬくぬくと育ってきたはずがない」 


 誰だよ。チョキとパーが戦ったら、チョキの勝ちって決めたやつは。パーを紙だとするならば、石を表すグーにも勝てないだろ。パーってのは、紙でまとめられていい形じゃないはずだ。紙なんて、そんなのじゃんけんトリオの一角を担い続けたパーが報われないじゃないか。

 ただ、ここで負け惜しみを言うことは、目の前でドヤ顔をしているのと同列になるということだ。それは俺のプライドが許さない。潔く、負けを認めようじゃないか。


「それじゃあ、早速寝心地を試すとしよう」


「ちょっと待て。何をしているんだ?」


「見て分からないか? 今夜の寝床のあんばいを確かめているところだ」


「冗談を言ってもらっちゃ困るな。いつ、どこで、誰がお前にベッドを譲ると言った?」


「お前こそ、笑いどころのないジョークを言っているのか? 私がこのベッドを使うことは、たった今、立会人の下で行われたじゃんけんで決定されただろう」


「いやいやいや、お前はとんだ勘違いをしているぞ。確かに、俺はさっきのじゃんけんで敗北を喫した。だが、トータルでは一勝一敗。つまり引き分けだ。だから、メロンを獲得することは諦めるとしても、ベッドに関してはこれっぽっちも譲るつもりはないぞ」


「寝言はソファで寝て言え。私からすれば、二度目のじゃんけんこそが決着をつけるためのものだ。これだから、世間知らずのお坊ちゃまは困るな。どの戦いも、等しく負けられない戦いなんだよ」


「自分の価値観だけで丸め込もうとは、これだから大海を知らないお嬢様は困る。そもそも、俺はファイナルのフの字も口にしていない」


「そこまで言うなら、公正なる立会人に決めてもらうとしよう」


 この展開にだけはなってほしくなかった、そんな気持ちが透けて見えてくる。

 許せ、俺だってこんな風にこじれるとは思っていなかった。情報収集の重要性は三人ともが理解している。それでも、ここだけは引けないという瞬間が誰しも訪れるのだ。


「......もう一回、じゃんけんをすればいいのではないでしょうか。二回で切り上げてしまえば、間違いなく遺恨が残ります。もう二度とこんな役回りはごめんな私からすれば、次で潔く決着をつけてもらいたいです」


「だとさ、お嬢様」


「そこまでいうのなら仕方がない。まあいい。同じように叩きのめすだけだ。泣いてくれるなよ、お坊ちゃん」


 夕食前まで自分を縛っていた縄で退屈を紛らしている立会人のもと、互いに再度牽制しあってから、臨戦態勢へと移行する。


「最初はグー、じゃんけんぽい!」



 かのフランスの軍人は言った。私の辞書に不可能という言葉ない、と。その通りだ。たとえパーが紙だとしても、石を表すグーに勝つことができるのだ!


「一応聞いておくが、今のじゃんけんに不正はなかったな」


「はい、ありませんでした。それでは、偵察に行ってきます。また明日の朝に」


「暗いから気をつけろよ」


 持つべきものは、公正な判断のできる優秀な魔族だな。ふかふかのベッドに座って、床に手を付いたルームメイトを見ていると、つくづくそう思わされる。


 それにしても、今日も濃い一日だった。半日ひたすら博物館巡りをしたくらいの疲労感がたまっている。こういう時に快適な睡眠を促すベッドがあるなんて、人生が始まった直後から理不尽な目にあってきた甲斐がある。


「明日も多分早いだろうから、俺は先に寝ているぞ」


「......おう」




「午前八時ぴったりか、天才だな」


 カーテンを勢いよく開けて寝袋に入った魔族を視界に入れた後、ソファでぐっすりと眠っているルームメイトを発見した。これだけ気持ちよさそうに寝てくれると、俺の良心もまるで痛まない。これぞウィンウィンの関係。


「ん~」


 顔を洗ってリビングに戻ると、ソファの方からかすかに声が聞こえてきた。


「寝心地は良かったか?」


「認めたくないが、疲れをとるうえで問題はなかった」


「なら結構。それじゃあ、最後の一人を起こすとするか」


 ベランダで心地よさげに眠っている魔族の肩を何度か揺らすと、うっとおしそうに首を振りながら目を覚ました。


「......もうあさですか?」


「いつごろ戻ったんだ?」


「少しだけ空が明るくなっていたので、数時間前でしょうか」


 寝ぼけた状態から脱するのを待って尋ねると、案外偵察を続けていたことが判明した。


 洗面台へと案内して戻ってくるのを待ってから、俺たちは椅子やソファに腰かけて偵察の結果を聞くことにした。敵であるはずの魔族がすっかりこの部屋に馴染んでいることには、もうツッコむ気すら起きない。


「では、昨夜の偵察結果を報告させていただきます」


 縄に縛られていない姿に新鮮味を覚えつつ耳を傾けていると、学院長が夜遅くに戻り朝早くに再び外出したことが分かった。

 しかし、そんな情報が簡単にかすむほど、重大な事実がすっかり覚醒した魔族から語られた。


「お二人は部屋でくつろいでいて大丈夫ですか? あと五分もしないうちに、学院の始業の鐘が鳴りますよ」


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