第三十一話 寝床
「何か対策は考えているのか? いよいよ、お前を雇うことのメリットが見えてこなくなってきたぞ」
「当然ありますよ。ほら、さっき言ったじゃないですか。あれですよ、空き教室!」
誰が見ても、たった今思いついた様子ではあるが、最後の抵抗に水を差すのも野暮というものだろう。
「空き教室であれば、奇襲を仕掛ける魔族も時間の無駄として何もしないでしょう。それに、寮が弱点かもとは報告しましたが、空き教室の件については完全にスルーしました。ですから、当日は朝から特にばれにくい空き教室に隠れましょう。そう、それが最善だと思います!」
テンションが高くも涙が流れている少女の様は、見ていて非常につらい。肉をくわえた犬が、水面に反射する自身の姿に吠えている様を見たときくらい、いたたまれない。
そんな感情は抜きにしても、今の提案はかなり有効な対策になるだろう。空き教室を目的にでもしていない限り、空っぽの部屋に時間を割くような真似はしない。それに、口ぶりから察するに、空き教室の大抵の位置は把握してるようだ。ならば、ここは最後の足掻きを評価してやろうではないか。
決して、縄を引っ張る手が痛くなってきたからではない。あくまで、ロジカルシンキングが導いた結論だ。
「お前の提案に免じて、駄菓子屋へつきだすのは止めにしよう。その代わり、偽金貨は全て回収して、犯人には逃げられたが一枚残らず回収したと報告はする」
「ありがとうございます! 私も、この偽金貨の処理に困っていたので助かります」
「さてと、駄菓子屋の件は明日にして、ひとまず食堂の方に向かうか。夕食には少し早いが、既に力尽きそうなのが一人いるからな」
「さっさと行くぞ。腹が、減った」
「それなら、私もご一緒してよろしいですか?」
「空腹のあまり、自分の立場を忘れてしまったのか? お前は、この学校の生徒なんかではなく、むしろ敵と認定されるような立ち位置だぞ」
「心配ご無用です。この学院の制服を念のために用意しています。さらに、この制服に問題がないことは実証済みです」
「やっぱり、自分の立場を忘れているだろ」
「そんなことありませんよ。あの時は、やむを得ない理由があったんです。一度、その日の携帯食のストックをまるまる噴水に落としてしまったので、朝昼夕全ての食事が不可能となったことがありました。私もお昼までは我慢したのですが、流石に夕食は食べたいということで、恐る恐るこの制服を着て食堂を利用しました。すると、なんということでしょうか。特に不審がられることもなく、私は温かい食事にありつけたのです」
「どうして噴水に落としたんだ?」
「周りに誰もいなかったので、たまには気分を変えて朝食をいただこうと」
「その結果、お別れすることになったと」
「手が滑ってしましまして」
こいつの人生は、何だかんだで幸せそうだ。今だって、シャレにならない失敗談を照れながら話している。
きっと、皆がこれだけお気楽になれたら、世界平和もそう遠くないうちに訪れるに違いない。ただ、その時が来ようものなら俺は全力で敵側に回るだろう。
「ばか話はとっとと切り上げて、今すぐ食堂に向かうぞ」
「見てください。この制服姿、結構似合うと思いませんか」
魔族を捕えた縄をほったらかす人間と、自分の同胞が襲う学校の制服を着てアピールをする魔族。
これは、実に勉強になる状況だ。事実は小説より奇なり。目の前に広がる光景が、そのことをよく教えてくれている。
「正義は勝つ!」
「待て! 今のは不正があった。もう一度だ」
「負けたからっていちゃもんか? こりゃ、魔法使いの底が知れるな」
「貴様、調子に乗るなよ。私が手加減をしたから、お前の方に勝ちが転がったようなものだ」
「敵の実力が分からないうちから手加減とは、戦いの基本がなっていないな。これだから温室育ちは」
「いいだろう。次は本気を出してやる。ほら、もう一度手を出せ。ぬるま湯につかっていたのがどちらか、分からせてやる」
「ここが戦場だったら、次なんて悠長なことは言ってられない。その時点で、お前の軟弱さがはっきりと分かるな」
「ここが戦場だったら、お前はそのふざけた台詞を残すことなく散っていたぞ。やれやれ、正義だのなんだのいって、結局は負けるのを恐れているだけか」
「残念だったな。俺はそんな挑発には乗らないぜ。調子に乗ることはあっても、挑発には乗らないタイプの人間なんだ。どうしてか分かるか? 挑発ってのは、負け犬が勝ちを拾うために使う手段だからだ。勝者には、そんなものに付き合ってやる理由がない」
「次もお前が勝てば、冷蔵庫に眠る私のメロンをくれてやろう」
「どうせ、口約束だからって反故にするつもりだろ。考えが甘いっての」
「どうした、やはり負けることが怖いのか? そうだな。お前の精神力も、メロンに対する気持ちも、所詮はこれっぽっちというわけだ」
「その喧嘩、買うぜ。俺のフルーツに対する思いを馬鹿にするとは、よっぽどバッドエンドを見たいようだな」
「あの~、そろそろ偵察に行ってよいでしょうか?」
「駄目だ。お前はこの男が不正をしないよう、きちんと見張っていろ」
「お前には口約束の証人という重要な役割がある。出ていかれると困る」
「分かりましたよ。その代わり、素早くお願いしますよ」
「じゃあ始めようか。勝者はベッド、敗者はソファ。寝床を決める、仁義なきじゃんけん、その第二ラウンドを!」




