第二十六話 魔族
「むぎゃ!」
空中に投げられた縄は、しかし地面に落ちることはなく、何かを縛って静止した。数秒経つと、縄の輪の中で何かが見え始めた。最初は不鮮明だったそれも、一分が経過したであろうころには、俺たちと同じくらいの年の女の子だと認めることができるようになった。
何が起きたのかを尋ねようとする俺を手で制止して、運命共同体は捕らえた相手の耳元から黒い装置を外した。それから、ようやく声を発した。
「こいつは、おそらく魔族だろう」
「その言い方、魔族じゃない可能性もあるってことか?」
「こいつが魔族なのはほぼ確実だ。だが、純魔族というよりは半魔族、ハーフといった方が正しいだろう。こいつからは、魔族以外の気配もするからな」
「それで、どうして半魔族さんがわざわざ俺たちの部屋のベランダに?」
「それは私ではなくこっちに聞け」
「そうしたいのはやまやまだが、こいつ、捕まってもなお眠っているぞ。そう簡単に起きはしないだろう」
「なら、今のうちに持ち物を探るとするか」
経験者のような手つきで、彼女はポケットの中などを探り始めた。一通り調査を済ませると、小さな箱を手に乗せて俺に見せてきた。
「見覚えのある代物だな」
「ああ、これはアイテムボックスだな。こいつが目を覚まさないうちに、アイテムボックスの中を見てしまおう。内容次第では、魔族がこの学院に来た目的が分かるかもしれない」
「さてさて、何が入っているのやら」
未だに目を覚まさない魔族を気にしつつ、開封される様子を見守った。
「......あれ、これって?」
「さっさと目を開けろ、この偽金使いの魔族め!」
アイテムボックスの中を見た途端、静謐な空間は堂々とぶち壊された。
「なぁんですか! ねていませんよ!」
「熟睡だったろ。捕縛されても気づかないくらい、ノンレム睡眠を謳歌していただろ」
「あれ、なんか捕まっている! いつの間に!」
魔族は危険な存在だと思っていたが、こいつを見ているとそんな印象を抱いていた自分が阿保らしく思えてくる。
状況を理解できていない魔族に対して、容赦なく肩を揺さぶるのがその魔族を捕えた張本人。魔族にとってはこれ以上ない不快な目覚めだろうが、俺は激怒しているルームメイトに同情する。
「貴様が持っていたアイテムボックス。その中身を見せてもらった」
「私のが盗られている!」
「これの中身には驚かされたぞ。貴様が犯人だったんだな、学院で偽金貨を使用しているふざけた輩は!」
「返してください! って、偽金貨?」
「何でお前が首をかしげるんだよ」
「いや、そのアイテムボックスの中身はただの金貨ですよね」
「しらばっくれるつもりか? この金貨は、確かによく作られた出来だ。だが、本物の金貨と比べると、明らかに軽い」
そのことを、駄菓子屋に行く前に気づいてほしかったとは思うが、そもそもついてこさせたのは俺なため、大人しく耳を傾ける。
「これと同種の金貨が、お前のアイテムボックスの中には大量に入っていた。どうしても本物だと主張するのであれば、鑑定所に持っていっても構わない」
「ちょ、ちょっと待ってください! 本当に、全部偽物なんですか? 誤って偽金が少しだけ入ってしまった、みたいな感じではないんですか?」
「しぶとい奴だな。こうなれば、実力行使で告白させるしかないか」
「一旦ストップだ」
様々な問題を引き起こしかねない台詞を中断させて、落ち着くように促す。今制御を失われてしまうと、偽金貨入りの箱がこの部屋から飛んで行ってしまう。そうなれば、事態はより一層深刻化する。
「話し相手の交換だ。お前はどうにか落ち着いてくれよ」
異世界にきて丸二日も経たないうちに、魔族と一対一で話すことになるとはな。それでも緊張感がまるでないのは、目の前の魔族にしっかりと寝ぐせがついているからに違いない。




