第二十一話 衝撃
「お前からは一切の魔力を感じられない」
「え~と、俺からはそもそも魔力が見えないのか?」
「そうだ。だから、隠蔽の可能性も考えて魔力の反応を探ったが、全く魔力の気配がしない」
「となると、結構本気で魔力がないということか?」
「それが分かってしまったからこそ、私も言いたくなかったんだ。この世界で生きているものは、量や質の差はあれど等しく魔力を有している。部屋に飾られている観葉植物にすら、微量ながらも魔力は宿っている」
「じゃあ何か。こと魔法に関していえば、俺は観葉植物を見上げる立ち位置にいるのか?」
「どちらが下にいるかを考えると、お前の言う通りだな」
魔力を持たない転生者なんて、そんな情けない話は聞いたことも読んだこともないぞ。
保有魔力は少量だが、創意工夫を凝らして強敵を打ち破る。この展開なら知っている。何なら、こういう展開の方が燃えてくるまである。
けど、魔力ゼロて。魔法が存在する世界でそのステータスは、あまりに報われないし救われないだろ。
待てよ。彼女の口ぶりからして、確かに俺は一切の魔力を持たないのだろう。つまり、俺は魔法を使えない。だが、魔法を使うときと使われるときでは、話は大きく変わってくるのではないか?
魔法やそれに近い異能を使うことができずとも、他の誰にも使えない特別なカウンター能力を持っている。しかし、その受動的な能力ゆえに弱者だと思われてしまう。一転、周囲の誰も抵抗ができないような強敵が現れたとき、一際輝ける特別な存在へとなる。
「どうした、急に笑い出して? 毒キノコでも食べたのか?」
「俺にも光明が見えてきた」
「光明?」
「俺はお前の言う通り、魔力を持たず魔法が使えない体質なのだろう。しかし、そんな特別な体質のキャラには、異端な力が身についているのがお約束なのだよ」
「お前にも、異端な力とやらが宿っていると言いたいのか?」
「その通りだ。具体的にどんなものかは俺も分からない。ただ、ある程度の予想はできる」
落ち着け、俺。次の台詞で、俺のスペシャルな能力が明かされる。そこで噛むなんて言語道断。興奮するのはやむを得ないが、一度冷静になろう。小川の流れをイメージするんだ。あれくらい澄み切った気持ちになろう。最後に深呼吸だ。新鮮な空気で身体を満たして、邪念を振り払え。
結論を急かしてくる彼女を手で制止し、俺が主導権を握れる空間にする。あくまで、俺のペースにするんだ。今から告げることは、俺に秘められた力の正体について。決して誰かのペースに巻き込まれてはいけない。
もう一度深呼吸。
よし、主人公へと踏み出す準備は整った。俺の第二の人生、その真の始まりはここからだ。
「俺に宿った異端の力。その正体は、他人の魔法を無力化することができ」
対面に座る彼女へと勢いよく顔を向けて、そして気づいた。
無力化できてなかったーーーー!
必死にキッチンの台にしがみついていただけだったーー!
「おい、お前の頭は大丈夫か?」
「きっと大丈夫じゃないんだよ。大丈夫じゃなかったからこそ、大事なことを忘れて主人公、俺、なんておこがましい勘違いをしていたんだ」
「私が気にしたのは、お前の頭の内側じゃなくて、テーブルと衝突した頭の外側の方なんだが」
「痛くない。こんな痛み、俺が負った心の傷と比べたら、これっぽっちも痛くない」
「血が出てるから、治療室で診てもらってこい。散らされるのも迷惑だ」
「......おう」
「どうしました?」
「あれ、どうして管理人さんが治療室に?」
「今日は治療室の先生がいらっしゃらないので、その代わりに私が」
「そっすか」
「頭から出血していますね。こちらの椅子に座ってください」
「何故頭から出血を?」
「ちょっとばかしショックなことがありまして」
「それで自暴自棄になってしまったと?」
「そんなところです」
「じっとしていてくださいね」
数秒観察された後、管理人さんの指先が傷口であろう箇所に向けられた。
「はい、治りました」
「もうですか?」
「今回は魔法を使ったので、すぐに治療は終了しました。ただ、治療室の先生がいらっしゃるときには、魔法はほとんど使われません」
「その心は?」
「怪我や病気を治す際、自然治癒力という元来その人が兼ね備えた力が働きます。確かに魔法での治療は便利ですが、それは自然治癒力の働きを無視してしまいます。もし魔法での治療ばかりを受けると、やがてその働きは鈍ってしまいます。そのため、基本的には魔法による治療はあまりなされません」
「なるほど勉強になりました」
「お大事に。また何か困ったことがあれば、私でよければ相談に乗ります」
気のせいでなければ、声をかけられて振りむいた際に管理人さんの口角が微かに上がったように見えた。
全く魔法が使えないという事実に落ち込んだことは、紛れもなく本当のことだ。今でも、引きずっていないといえば噓になる。
それでも、退出する間際に見て聞いた管理人さんの微笑と言葉には、俺を前向きにさせてくれる力があったと確信している。それくらい、管理人さんの言動は俺の心を揺れ動かした。
いい感じに終わらせてみました。
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