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第二十話 初耳

 三〇三号室まで戻ると、アイテムボックスのチェックを再開した。


「これがこの学校の教科書か。おお、読める」


「随分と前から気になっていたが、一体お前はどこの生まれだ? 時々、お前の言動は天然を遥かに超越していたぞ」


 教科書をパラパラとめくっていると、向かいからそんな質問が飛んできた。教科書から視線を上げると、ルームメイトは真剣な顔つきをしていた。

 素直に答えることが一番簡単な方法だが、この世界を取り巻く価値観がどんなものかを知らない以上、下手に異世界どうのと言うわけにもいかない。まずは、この世界と前世の比較から始めるべきだろう。


「一つ聞いていいか。今は何年だ?」


「ハイリット暦三千二百五十一年だ」


「暗証番号の話か?」


「今はハイリット暦三千二百五十一年五月二十五日だ」


 これ無理だ。グレゴリウスのグの字もない世界と比較検討なんて、馬鹿らしくてやってられない。これからの方針が決まったな。


「俺はハイリット暦なんぞ知らん。王国の名前だって、今日初めて知ったくらいだ。しかし、安心しろ。これには海より深い理由がある。俺は異世界から転生してきたのだ! えっへん」


「ということは、お前は勇者だというのか?」


「え、ああその通りだ!」


「なるほど。お前は本当に異世界から来たのだな」


 ......あれ? 納得された? おかしいな。俺の考えでは、異世界人という真実をそのまま告げれば、呆れられてそれ以上追及すらされないという結末に向かっていくはずだったのだが。


「な、なあ」


「また気になることが出てきたのか?」


「まあ、そうなんだけどさ。俺、自分で勇者って認めたよな」


「認めたな」


「うそだと思ったりしないのか?」


「お前に一つ教えておこう。自身が勇者だとうそぶいた場合、どこからともなく天罰が下るようになっている。だが、お前にはそれがなかった。なら、信じがたいがそういうことなのだろう」


 おっと、この世界にはそんなシステムがあったのか。これは想定外だな。そんな便利な仕組みのせいで、ものの数秒で異世界から来たってことがばれちゃったよ。


「って、俺勇者なのかよ!」


「私が信じられないのは当然だが、お前は何故そうなる」


「だって勇者だよ、俺が」


 これまで敬意とは程遠いものと触れ合ってきたから、余計に実感がわいてこない。しかし、もし本当にそうなら、何か威光のようなものが出せるんじゃないか。勇者固有の神々しさを出せるようになれば、これからは変な出来事に巻き込まれて不利益を被ることも減るだろう。もしかしたら、周りの人から敬意を獲得できるかもしれない。


「う~ん、う~、だ~」


「行きたいならさっさと行け」


「トイレを我慢しているわけじゃない。オーラみたいなのを出せないか試しているんだよ」


「頑張らないと出てこないオーラは、本当にオーラなのか?」


「そりゃ、オーラに決まっている、か?」


 言われてみれば、確かにその通りだ。ついにオーラが出たと思った時には、酸欠が見せた幻覚っていうオチがどっしり待ち構えていそうだ。

 やめやめ。仮にオーラが実在していたとしても、引っ張らなきゃ出てこないインドア派ならそっとしておいてやろう。外に連れ出すまでに俺が疲れて、外に出てからオーラが疲れる状況はあまりに空しい。


「お前はオーラとか威光の類は見えるのか?」


「見えない、というより存在を信じていないと言った方が正しいな」


「それじゃあ、あの実力者の学院長からも特に何も?」


「ああ。奴から見えるものがあるとすれば、若干の魔力だけだ」


「魔力って見えるのか?」


「私に限らず、魔法に造詣の深い者であれば誰でも見ることができる。私が思うに、オーラや威光といったものは、皆等しく魔力が可視化されたものだ。これが真実であれば、私はオーラも威光も見えると答える。だが、はるか昔に出てきて神話に取り上げられる概念を魔力とイコールで結べる、その確たる証拠はどこにもない」


 たとえオーラが存在するとしても、これこそがオーラである、という結論に達することは不可能ということか。確かに、神話に出てくる概念がどういうものかを、現代の知見を以って判断するのは不毛というものだ。


「話は戻るが、学院長からは魔力が少ししか見れないのか? てっきり、莫大な量の魔力を有していると思っていた」


「いや、奴が大量の魔力を保持していることは間違いない。実力があるほど、隠蔽することも得意というだけだ」


「ちなみに、俺からはどれくらいの魔力が見える?」


 俺の期待がこもった質問に対して、彼女はすぐには言葉を発さず少し間を置いた。


「正直に答えていいんだな?」


「あたぼうよ。今の自分の力量を知ることが、次に向けての成長につながる。このことを知らない俺じゃないぜ。もし保有魔力が平均より少ないとしても、それを伸びしろと捉えて努力できるのが、この俺だ。一喜一憂なんて言葉は、今回の件に関していえば、俺とは全く無関係の存在だ。だから正直に答えてくれ」


 俺の言葉を聞いて一度ため息をつくと、彼女の目は再び俺の目を見た。


「お前からは魔力が感じられない」


「......は?」


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