第十九話 カルチャーショック
「とくと見よ。よく似合っているだろう」
「似合ってる似合ってる。それは認めるから、早くフルーツの残骸を片付けろ。こうやって、ゴミ屋敷への最初の一歩を刻むんだよ。その最初の一歩は永遠に取っておけよ」
ねちねち言ったおかげだろうか。嫌そうな顔はされたものの、大人しく魔力回復の糧となった果物の皮をゴミ箱に放った。
「せっかくだ、お前も制服を着たらどうだ。紺中心の色遣いは同じだろうが、男子のがどんなものか興味が出てきた」
「どうせ明日から着るものだしな。慣れるために、お前の言う通りにするか」
アイテムボックスから制服を取り出すと、早速着替え始める。別室? 俺が気にしなくて向こうも気にしない。それなら一片の配慮も必要ないのだ。
シャツやズボン、ネクタイにブレザーといった制服の基本的な単位は変わらないが、見た目には前世で通っていた公立校とは大きく異なるところがある。
レベルが高い学校にありがちな、制服の胸元に付いている校章。これが、前世ではついぞ縁のなかった種類の制服か。
うーん。校章付き制服がかっこいいというのは認めよう。だが、こうも校章と学校とのつながりが分からないと、重みも何もあったものじゃないな。
「胸元に付いているのって、やっぱり校章だよな。この学校とはどういう関係なんだ?」
「どうせ明日からその学校に行くんだ。図書館で調べればすぐに出てくる」
「すごい学校の制服なだけあって、機能にもこだわっていたりするのか?」
「何よりもまず、魔力伝導率に優れている。ただ伝導率が高いだけでなく、内側からのみ高くなるように作られている。ゆえに、この制服を着れば自分は円滑に魔法が使用できるうえ、周りからの魔法攻撃には十分な防御性を勝手に有することができる。しかし、こうした機能の問題点は、大抵魔力の吸収にある。魔力循環の潤滑化と魔法への耐久性を有する二種類の繊維をどちらも備えると、かなりの魔力が吸い取られてしまう。だが、この制服には、強い魔力の接近を感知したときのみ機能が発揮されるよう、札らしきものが埋め込まれている。加えて、魔法による攻撃がなされた場合、その魔力をこの制服が吸収するので戦闘用としても申し分ない」
「......なるほどね」
愛校心がないという点では、俺と同じだ。だが、ここまでの魔法オタクになれるかといえば、答えは当然ノー。俺には、同級生の制服をこれほど熱心に観察することなどできない。さっき痛い目を見たばかりだというのに、早速魔法を使って制服の具体的な機能を調べようともしない。
「オタ活はまたの機会にして、食堂を見に行こうぜ」
「お前の視線は気に食わないが、確かに食堂は今晩から必要不可欠なものだ」
そう言うと、すぐに私服に着替えて出発しようとした。
「結局制服は着ないのかよ」
「これの性能の高さは認めよう。しかし、やはり魔法使いたる者、このようにマントをたなびかせる格好の方が似合ってしまう。それゆえ、この制服は明日までお預けだ」
「眼帯とか包帯とかはしないのか? その方がしっくりくる」
「何故そのようなものが必要となる?」
「何故って言われてもな。あった方が封印しやすい、的な?」
「お前にそのことを話した覚えはないが、まあいい。お前の質問は私以外に対してであれば妥当だ。強大な力を持つものは、暴走のリスクを危惧して何かしらの封印を施す。だが、私は既にそんな領域を脱した。どれだけの力を持っていようと、それをコントロールできないなど笑い話だ。私は、最上の力を自身のものとして完璧に操れる。だから、眼帯だの包帯だのというのは、私からすれば邪魔以外の何物でもない」
隣の部屋では、感情をコントロールできなかった奴が何か言っている。
「おい、何だその目は。まるで憐れんでいるようで、実に腹が立つ」
「憐れんでなんかいねーよ。感服しただけだ」
確かにそうだな。外側ではなく内側なのだ。俺としたことが、外見で決めてしまうところだった。死んですぐ、外見の一切分からない相手と話したというのに。
こいつは間違いなく、中二病のエースだよ。
「流石にまだか」
一階の食堂まで向かったが、平日の午後三時ごろでは食堂には人っ子一人いなかった。それでも、食堂が広いのは当然として、調理場もかなりのスペースを確保していることからメニューの選択肢には今から期待が持てる。
「今さらで何だが、時計があるんだな」
「当然だろう。掛け時計も腕時計も、何処に行こうが目にすることができる代物だ」
中世ヨーロッパの趣のなかに、現代日本で見てきたものを発見するとどうにも冷めてしまうな。しかし振り返ってみれば、デパートにあるようなフードコートが学校の中にあったんだ。さらにいえば、管理人さんが渡してきた掃除用具一式の中には、ちゃっかり掃除機もあった。
なんだ、異世界の情緒はとっくに失われていたな。これは一本取られちゃったよ。
「急に膝に手を置いてどうした?」
「斬新なカルチャーショックを受けただけだ。問題はない。そう、問題なんて今となってはもうないんだよ」




