第十八話 特異点
思うに、この世界はどこかおかしい。王道を踏み外させるというか、お約束をことごとく破るというか。率直に言ってしまえば、異世界人にまったく優しくないのだ。
異世界に転生したその直後、限りなくチェックメイトに近いチェックを受けた。それから、見ず知らずの村人たちに軽蔑視された。その翌日、弁護士という味方がいない状況で裁判に臨んだ。
何とか切り抜けたと思ったのも束の間、どうせわざと宝石を盗まれたであろう学院長と対面する。そんな腹黒学院長は、いつの間にか元被告二名分の顔写真を確保していたことが、生徒手帳を通して明らかになった。
極め付きは、濃厚すぎる第二の人生のイントロを振り返りながら、学校の寮の一室を一人で黙々と整えていることだろう。
可哀そうなことに、絵を入れていた額縁からは、気品とか優雅さとかいうのが完全に失われてしまった。ソファもみっともなくひっくり返って、かつての面影はまるでなくなっている。魔法は恐ろしいな。
「さすが俺。一人でする作業には抜群な集中力をもって取り組める」
あれだけ無秩序だった部屋は、匠の手によってほとんど元通りとなった。一部ひびが入っていたり、ぐらぐらしていたりもするが、目をつぶっていればまるで分からない。
「まったく、こっちはものすごく苦労したっていうのに、お前はすがすがしいほどに晴れ晴れとしているな」
隠滅をしているときには気づけなかったが、外には青い空がどこまでも広がっていた。
こんなに綺麗な空を見せられてしまうと、つい窓の方まで歩いてしまうというものだ。
「雲一つないな。まさに快晴」
「......あ」
「失礼します。管理人さん、窓がいきなり壊れました」
「はい?」
「三〇四号室の窓が、突如として割れました」
「この寮の窓は、安全対策としてそう簡単には壊れないようになっていますよ」
「だしぬけに粉々になりました」
「魔法や災害にも対応できるように、厳しい基準のもとに作られていますよ」
「忽然と崩壊しました」
「そうですか。それでは、三〇四号室に参りましょう」
「お願いします」
一階から三階までの間、無言のままで時間が流れる。冷や汗が止まらないぜ、この野郎。
「そういえば、もう部屋へ入ってもよろしいですか?」
「もちろんですよ。どうぞ、目の前のドアを勢いよく開けて入ってください」
「では、失礼します」
管理人さんはしばらく何も発さず、部屋の中を見回った。
俺はといえば、特に何を言われたわけでもないが、部屋の外で立って待っていた。別にビビっているとかそういうのじゃない。三〇四号室の内装に見飽きたから、廊下のカーペットに注意を惹かれて見ていただけだ。
「終わりました」
「あ~、え?」
「もしまたご用があれば、遠慮なく立ち寄ってください」
「そっすね」
一礼をして立ち去っていくのを視界の許す限り見送ると、ゆっくりと三〇四号室の扉を開けた。
「うそだろ」
扉を開いたら、なんとびっくり。俺が隠滅のために行った室内の飾りの修正は、ほぼ完璧な状態にまで格上げされていた。さらに、どれだけ近づいて見てみても、ひび一つないまでに窓が修理されていた。
「いよいよ、神と同列という修飾語が似合うようになってきたかもな」
床や壁にはいくつもの傷がついていたはずだが、まるでなくなっている。窓に関しては、どこかの馬鹿が空に見とれて窓に手を付いたせいで、間違いなく粉々の状態にまでなった。しかし、今では何の支障もなく掃除をできるほどに、窓は元通りとなった。
「あの短時間で、どうすればこうなるんだよ。しかも、管理人さんは手ぶらだった気がする。どういうことだよ。もはやゲームの運営だよ。合法的にコスパ無視で強大な力を持てる、イケイケな立ち位置だよ」
色々と問題は残っているかもしれないが、合格点はもらえたのだろう。もし不合格だったら、今ごろ荷物一式が俺の目の前にポツンと置かれていただろう。お前荷物ないだろ、そういうツッコみができるかもしれないが、多分きっと大丈夫だろう。うん。
「戻ったぞ~。管理人さんには逆らうなよ。って、お前は何をしている」
「見れば分かるだろう。この学院の制服を試着している」
「それは当然、見れば分かる。俺が聞いているのは、俺が戻ってきたにも関わらず、どうして平気で着替えるんだってことだ」
「安心しろ。お前が悩殺されたとしても、それは私のスタイルが完璧なだけでお前の初心さとは関係がない」
「お前が案外着痩せするタイプなのは分かったが、悩殺なんて冗談でも言ってくれるなよ。周りにバナナの皮を投げ捨てている相手に悩殺できるほど、俺は器用なやつじゃない」
「私のスタイルを侮辱するか。いいだろう、表に出ろ」
「出ねーよ。何で、そんなにスタイルに自信を持っている? いいから、私服と制服のどっちかに早く着替えろ。今の格好が、絶妙にダサくて見るに堪えない」
この世界は様々な点でおかしいと思ってはいたが、やはり最大の特異点は、自身の制服姿を鏡で見て満足げな顔をしているこいつだろう。




