第十六話 アンコール
生徒手帳の一点を見つめたまま黙りこくった俺に対して、しびれを切らした彼女が俺の生徒手帳を覗き込みに来た。
「どこか不備でもあったのか?」
「いや~。不備なのか何なのか」
「一体どこが気になったんだ」
「その質問に答える前に、俺も一つ質問だ。この国では、高校一年生ってのは何歳からなんだ」
「飛び級制度もあるが、基本的には十五か十六だな」
「ついでに質問、というより問題だ。今年十七歳になる俺は何年生でしょうか?」
「普通に考えれば、高二だろう」
「そうだよな、その考え方が一般的だよな」
模範解答に気持ちよく頷いた後、俺は生徒手帳のある部分を指で示した。当然、彼女はそこに注目するが、俺が言わんとすることをいち早く察するとすぐに自身のを取り出した。
「この私も、だと」
またも残酷な事実を知ってしまった彼女は、膝から崩れ落ち床に手をついた。
短い間に二度も絶望を味わった彼女を見ては、励ましてやりたくなるのが道理だ。ここは俺が、テンションを上げさせてやろうじゃないか。
「やったな! 高校生活を一年目からやり直せるぞ!」
「留年と同じじゃないか!」
「留年をそう悪く言うなって。あのイケメンも言っていただろう。この学校に留年して入学することは、決して珍しい話じゃないって。それに、一度挫折を味わった分よりたくましくもなれるさ」
「それは全て、試験を受けた者に当てはまることだろうが! 勝手に入学させられたにも関わらず、学年は一個下からって舐めているだろ! それに、特別生という称号を持つ生徒が留年と同じ状態っていうのはアウトだろ! 裏があるとしか思われない!」
「お、元気が出てきたな。それじゃあ、どんどん荷物を取り出していこう」
「今ここで魔法を撃ち込まれたいのか? 安心しろ、今なら手加減はしないでやる」
「やめろ、そういう時は手加減するものだぞ」
口だけが笑っている状態の相手が発する言葉は、皆等しく現実のものとなる可能性大なので全力で止めにかかる。活力をみなぎらせるまでは良かったと思うのだが、どうも変な方にスイッチが入ってしまったようだ。次からは気を付けないとな。反省反省。
「さあ、覚悟はいいか」
「身振り手振りも交えて説得しようとしている相手に、魔法を使うなんてのはあんまり感心しないぞ! それに、どうせ後処理をするのは俺だが、物理的な被害を受けるのはお前なんだぞ。あの夜、自分で言っていただろ! むやみに魔法を使うことはもうしないって」
「しょうがないことなのだよ」
あ、これだめだ。まず、情緒が不安定。ナイアガラにも負けないくらい、急激にトーンダウンした。それに、しれっと詠唱に入られた。しかも、でっかい魔法陣も床に展開された。こうなってしまえば、俺ができることはただ一つ。
精神が不安定な相手にも届くくらい、大きな声で思いを伝える。
「よーし、頼むからこの部屋だけで被害は留めてくれよ。窓は閉めたし、冷蔵庫の中のドリンクやキッチンにあったフルーツ、それからオシャレな椅子も隣に移したからな。くれぐれも階段側の部屋には、被害はなしで済ませてくれよ!」
ふー、これで多少は制御してくれるだろう。俺の言葉には、目すら開けなかったけどきっと大丈夫。
「我が命に従い、吹き荒れよ」
俺が自らの防御力を高めていると、ついに最後の一節が唱えられた。
その刹那、魔法陣が強く発光しそして、小さな球が出現した。
それからの有様は、まさに災いという言葉が似つかわしい。
室内を飾り立てる調度品はみな飛び交い、窓はどうにか破れないように音を立てて我慢している。当然ながら俺も無事ではなく、今もキッチンの台につかまって嵐がやむのを必死の形相で待っている。
小さな球から一度に出現した暴風は、俺が自身の握力に限界を感じ始めたころになってようやく収まった。
台風一過の四〇四号室は、もちろん見るも無残な有様になってしまったが、どうにか外への被害は抑えられたようだ。ひびが入りはしたものの、最後まで粘り切った窓を褒めたたえてやりたい。いくら生徒がいないとはいえ、窓を失うほどの威力だったら流石に誤魔化すことも厳しくなる。
「それじゃあ、ひとまず三〇三号室に行くか」
話しかけても返事は返ってこない。やっぱり、昨日の話は本当だったようだ。
俺は、この世界の魔法に関する知識に乏しい。だが、オシャレな部屋をごく短い間に壊滅させるほどの風魔法を使える存在は、そうそういないと思う。同じ年代の魔法使いと比べれば、より力の強大さが分かるだろう。
しかし、こいつには一つ、致命的な問題がある。
「ほら、そこの風魔法の被害を受けたみたいになっているの。肩を貸してやるから、隣の部屋まで移動するぞ」
こいつは、保有魔力量が極めて少ないのだ。だから、大規模な魔法を使ってしまうと、かわいそうなことに身体にひどく負荷がかかってしまうのだ。
そして、腹が減って動けなくなるのだ。
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