第十五話 みんな大好き
「これがこの国の金か。金貨とは、歴史を感じさせる趣ある形だな」
「これっぽっち、これっぽっちのために体力を使ったというのか」
「どうした? サイズはそこまでだが、立派な金貨じゃないか。これがあの小芝居だけで手に入ったんだから、喜ぶべきだろ」
「馬鹿言うな。これの価値を知らないから、お前はそんなことを言えるんだ。一度しか言わないからよく聞け。この金貨の価値はだな」
「この金貨の価値は?」
「駄菓子一個分だ」
「......え~と、は?」
「だから、お前が褒めたたえていたこいつの値打ちは、駄菓子一個分だ」
「駄菓子ってのは、あれか? 古き良き店で売られている、子供が好んで買う、あの駄菓子か?」
「それ以外に何がある? お前の出身地では、駄菓子という名の高級食材でもあったのか」
言い返してやろう。そんな気持ちは、ソファに倒れこんだ彼女を見て霧散した。
哀れ、虚しい、そんな気持ちが胸を襲ってくる。あれだけ周りを警戒して、痛みを伴う争いをした結果が駄菓子だなんてあまりに悲しいじゃないか。そのつらさが全身に現れている相手を見るのは、もっと苦しい。
今回の件で勉強になったことが一つある。
これは、誰もが知っていて、けれど中にはそれを受け入れられない人もいる。俺たちは、典型的な例だろう。だが、このことを忘れてはいけないのだ。どれだけ悲しくて、やりきれないと思っても、この教えを胸に刻んでおかなければならないのだ。
「正しい方法で汗水垂らせ。そういうことか」
「やめろ、それの正当性は前から知っている。だからこそ、もう何も言うな」
数分前まで希望を抱いていた二人のうち、一人はソファに身を任せ、一人は床に座って天井を眺めている。
諸行無常、この言葉がこの上なく響いた昼下がりだった。
「学院長が渡したアイテムボックス。制服まで入っているな」
完全に回復したわけではないだろうが、僅かに元気を取り戻した彼女は小さい箱をいじってそう言った。
こんな小さい箱の中に制服が入っているなんて、まるで魔法の道具だな。うん?
「これアイテムボックスなのかよ!」
すっかり忘れていた。ここは異世界なのだ。夢とロマンが詰まった異世界なのだ。
期待を裏切られると、しばらく放心状態になるのが通例かもしれないが、俺はタフな人間だ。床から椅子へと座る場所を変えて、学院長に渡された小さい箱をじっくりと観察する。まずはふたを開けずに、あらゆる角度から時々硬さも確かめながら見つめる。
一通り外見の調査が済むと、いよいよ開封の時間だ。どうせ中身は変わらないのに、すぐには開けきらず箱の中を覗き込みながらゆっくりとオープンする。
徐々に徐々にふたを動かして、ついに全開となったところで目の前に画面のようなものが現れた。
「おい、これはどうやって使うんだ?」
下手にいじって壊してから、俺何かやっちゃいました、はあまりに情けないので詳しいであろう彼女に聞く。少しの間反応を示さなかったが、何度か呼びかけるとため息をつきながらも答えてくれた。
「適当に触れ。出てくる」
「あざっす」
試しに左上のカードのマークを押してみると、取り出し可能の文字が出てきた。
「おい、これって」
「掴もうとしろ。出てくる」
「うす」
言われた通りにマークを掴もうとすると、手に感触が伝わってきた。それから、ゆっくりと手を引いてみると、マークで表示されていたカードが出てきたではないか!
「これがアイテムボックス。何てスマートな道具なんだ」
魔法の凄さを初めて実感した気がする。これまで魔法と関わった機会といえば、牢屋に連れていかれたときと、塀の中で飯が急に出てきたときと、それから檻の中で過ごしていたときだな。
最低だよ。何だこの関わり方は。相性テストしたらゼロパーセントだよ。走馬灯に出てきてほしくないランキングで、金銀銅独占だよ。
それに比べて、このアイテムボックスときたら。ちっちゃいくせしてハイスペックなんだから、虜となるのもしょうがないってわけだ。
「お前も自分のを見たらどうだ」
「他に何が入っているか、実況しながら教えてくれ。私はもう疲れてしまった」
目は開いているが、腕も足もだらんと伸ばしていて残業をどうにか乗り切った人のようだ。まあ、あれだけ落とし物に期待をしていて、その期待がまるごと全て一気に絶望に変わってしまったのだ。
それなら、実況を付けてあげるのが、運命共同体としてのせめてもの情ってやつだ。
「え~、左上にあるのはカードのマーク。これはどうやら、生徒手帳のようです。カードの上部には特別生と書かれ、いつ撮られたかも分からない顔写真もその下に付いていますね。写真の隣には、いくつか項目があります。名前や生年月日、それから当然ながら年組番号が載っていますね。って、あれ?」
おかしいな。ざっくり目を通していただけでも、この違和感のある箇所には気づけてしまった。
顔写真の時点で普通でない力が働いているとは思ったが、流石にここはスルーできない。はっきりとした間違いがあるのだ。くそ、これも誰かの陰謀か?
とにかく、まずは重要なことを確かめておかなければならない。そして、その答え次第では、俺はやり直しを強制させられることになってしまう。
平日にもかかわらず、何故か午前十一時台のアクセスが一番多かったです。
何がご利益があるのかもしれません。
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