第十四話 決着
路上に輝くものを見つけた時点で、幸いにもイケメンはまだ曲がり角を曲がってきてはいなかった。加えて、生徒を始めとした歩行者たちも見当たらなかった。
それを理由に行動へと移したのだが、これに待ったをかけたのが今まさに隣でこけている奴だ。一向に、伸ばした左手を引っ込めようとしない。
「お前、本当にか弱い乙女か? 左手の力が徐々に強まってきてるぞ」
「これくらいで痛みを感じるようなら、お前の方がよっぽどか弱いな。ほら、私が保健室に連れて行ってやるから、右側の肩を貸してみろ」
「あいにく、右側は少し痺れていてな。左側に回りこんでくれ。そうすれば、お前の望み通り保健室に行けるようになる」
「ほう。お前、なかなかいい度胸をしているな。本物の傷を負いたくなかったら、大人しく私の指示に従え」
「心配するな。お前が傷を負わせようとするなら、俺もそのタイミングで行動を起こすまでだ。もどかしいのは嫌いだろう? 早く解放されたらどうだ」
至近距離でしばらく睨みあっていると、徐々に大きくなってくる足音が聞こえだした。
「そろそろ限界じゃないのか。か弱い少年よ」
「お前の方こそ万策尽きたんじゃないか。か弱い乙女さんよ」
何とか自らの方に獲物を手繰り寄せたいが、一向にホールドの状態が解かれる気配がしない。
まずいな、こうしている間にも着実に足音が迫ってきている。このままだと、このお宝は秩序を維持する組織に預けられることになってしまう。そうなれば、いかに自然にこけるかという思考も無駄になってしまう。
「おや、二人ともどうかしたのかい?」
ほんの一瞬だけ隣人と目くばせをして、一つの結末に持ち込む。それからうまい具合に立ち上がり、アドリブに入る。
「この男が転びそうになったから、何とか手を掴んだんだがな。流石に、こいつの体重移動を制御することはできなかった」
「そうそう、少し足がもつれちゃってな。大丈夫だとは思うが、転んだ直後だから痛みを感じるかもしれない」
「なるほどね。だから二人とも手を握っているのか。さっきまでは、そんな素振りが一切なかったから驚いてしまった」
「本当に、驚くべきことだ」
「まさかこうなるとは、思いもしなかった」
「もし痛むようなら、寮の治療室を先に案内しようか?」
「いやいや、大丈夫だ。念のためにこうしているだけで、深手を負ったとかいうんじゃ全くない」
「それなら安心だ。けど、もし痛むようなら遠慮なく言ってくれ」
「おう、助かる」
疑うことなく聞き入れてくれたようで、イケメンは今も爽やかな笑みを浮かべながら歩きだした。
「それじゃあ、まずは君たちの部屋に案内しよう」
これまた大きなゲートから敷地に入り、それから寮に入って階段を三階分昇ると前を歩くイケメンが立ち止まった。
「この三〇三号室と三〇四号室が君たちの部屋だ。どちらも違いはないので、好きな方を選んでくれ」
「案内ご苦労だった。さ、ここからはプライベートの時間だ。行った行った」
「あ、ああ......。そういえば最後に一つだけ。学院長が君たちに渡した箱の中には、明日からの学院生活に必要なものと、そのリストが入っている。何か不備があれば、明日にでも学院長に伝えに行くように、との伝言だ」
「了解了解。箱の中をしっかり見とけってことだな。それじゃ、お前は後輩たちの視線をもう一回奪ってこい」
半ば強引にイケメンを階段の方まで押して別れると、再び部屋の前まで戻った。
「さて、心配する必要はないだろうが、ひとまず部屋の中に入るとしよう」
より階段から離れた三〇四号室を自然と選択し、入室するとその設備に目を奪われる。
「すげーな。フローリングに大きな窓。それに、綺麗なキッチン、十分なスペースのあるリビングに、オシャレな調度品たち。ここに学生が住めるとは、信じられないな」
テレビでよく見る高級ホテルの部屋、という修飾がよく似合う部屋だ。これだけの部屋なら、休日でも早起きしてコーヒーの一杯でもベランダで飲めそうな気がしてくる。あと、めっちゃ雑誌読みそう。ソファに座りながら、ファッションのトレンドを追った雑誌なんかを。
「はしゃぐのは結構だが、手を繋いだままで動き回ろうとするな!」
「悪い、すっかり忘れていた」
右斜め後ろを見ると、ドアを閉めながら不愉快そうな顔をしている共犯者がいた。
しかし、今持っているお宝のおかげか、すぐに落ち着きを取り戻してくれた。
「まあいい。ちょうどそこに、良さげなテーブルがある。あそこに落とすとしよう」
顎で示されたテーブルを挟んで立つと、片方の強奪を防ぐために慎重にタイミングを計った後、ついに俺の右手と彼女の左手が離れた。
小粋な音を立てて跳ねた金貨を見た、俺と彼女の反応はまるで対照的だった。
「これがこの国の金か。金貨とは、歴史を感じさせる趣ある形だな」
俺はといえば、お宝をじっくりと見て笑顔をこぼした。
「これっぽっち、これっぽっちのために体力を使ったというのか」
そして、彼女はといえば、ソファに倒れこんで現実逃避するように腕で目をふさいだ。




