第十一話 ラブコメはフィクションです
「さてと、次はどうする?」
「そうだな。肉を食べたことだし、さっぱりしたい気分だな」
「じゃあ、またサンプル巡りから始めるか」
次の店の方向性が決まったため、店員達に感謝を告げて早々にステーキ店から退出する。その後、二手に分かれて探索していると、少し離れたところから声がかかる。
「ここ、良さそうだ」
近付いて指を差しているところを見るや否や、俺は首を縦に振っていた。それくらい、勧められた店は魅力的だった。
店頭に置かれたメニューを見ると、彼女はすぐに何を注文するか決断したようだ。それに続いて俺もメニューを見ると、品揃えがかなり豊富だというが分かった。しかし、俺もさして時間を掛けずに決めることができた。
「一番人気を一つ」
「俺はシェフのオススメで」
腰を下ろして直ちに注文を済ませて、雑談すること数分。綺麗に盛り付けられた二人分の料理が、ウェイターによって運ばれてきた。
「こちら、シーフードクリームパスタと、シーフードトマトパスタになります」
店員が立ち去った後、疑問に思ったことをそのまま口にした。
「クリームでさっぱりするか?」
「トマトを頼んだお前に、さっぱりが分かるのか?」
そう言われると弱い。海の幸であれば、さっぱりすること間違いなしと思いこの店に決めた。だが、シーフードを免罪符にして、目が留まったものに即決してしまった気がする。
まあ食事というのは、自分が食べたいと思ったものを食べてなんぼだ。だから、俺はトマトを選択したことを悔いはしない。実際のところ、めちゃくちゃ美味しそうだし。
「「いただきます」」
トマトとシーフードの組み合わせはたまらないな。シーフードのおかげで、トマトの濃厚さを気にせず食べ進めることができる。やはり、俺の判断は正しかったということが証明された。
ところで、さっぱりという言葉を辞書で引いたとき、対面の相手が食べている料理が該当するかは別として、とても美味しそうに食べ進めている。食品業界の広告塔にでもなれるくらいの表情たるや。言葉にはしないが、どれだけ満足しているかは見ていれば分かる。例えば、優雅にフォークでパスタを巻いているが、その速さからどれだけお眼鏡にかなったのかが伝わってくる。
「何だ? クリームとさっぱりについての考えが改まったのか?」
「そういうわけじゃない。ただ、美味そうに食うなと思って」
「もし欲しいなら、一口やろう。ただし、自らの欲するものを無償で獲得できるほど、世界は甘くない。何かを欲するのであれば、それを手に入れるために努力をせねばならない。時として、何かを失う覚悟も必要となる」
意味ありげな発言だが、要は俺が頼んだトマト味のも一口食べたいというだけだ。
自分の分から一口分を巻き取ってから視線を戻すと、餌を待つひな鳥のように口を開けている少女がいた。
「何をしている?」
「努力せねばならないと言っただろう。先に欲したお前から差し出せ」
「なら皿の端の方に置くとかでもいいだろ」
「お前はトマトの風味を堪能しようとするとき、クリームが侵食していても気にしない性格なのか」
「かなり気にする」
「それなら大人しく差し出せ」
俺の記憶が正しければ、この行為はあーんと呼ばれるものだ。当事者になることはなかったが、この行為は羞恥心との戦いだと捉えていた。そして、この場面に遭遇することこそが、ラブコメ主人公に一歩近づくきっかけになるのだろうと考えたこともあった。
だが、この気持ちは何だろうか。目の前では、俺がフォークとともにパスタを運ぶ瞬間を、美少女が口を開けて待っている。だというのに、
「ほい」
まるで胸が高鳴らない。あーんの前後で、心拍数に変化が訪れた気配が全くない。
トマトも中々いけるな、という感想を口にした相手を普通に直視できる。あれか、これがいわゆる女友達という感覚か。もしくは、ラブコメがフィクションであることを実感した瞬間だ。十秒前の場面を切り取れば、友達というよりむしろひな鳥といってもいい。
「その妙に納得したような笑みは何だ? いくらクリーム味に満足したと訴えかけても、私が差し出すのは一口分だけだぞ」
「分かってる分かってる」
「それなら、早く口を開けろ。冷まさすのは惜しい」
既に一口分を巻き終わっているようなので、大人しく口を開く。その直後、口の中は魚介とクリームのハーモニーで満たされた。
「どうだ、美味いだろう」
「何故お前がいばる。だが、流石に一番人気なだけはあるな。シーフードとクリームが互いに互いの旨味を引き立てている」
「そうだろう。やはり、私の選択は間違いなかったということだ」
相手のパスタから自身のパスタへと戻り、魅力を再確認すること数分。ほぼ同じタイミングで完食した。
「肉もいいが、こういう風に魚介類を楽しむのも悪くないな」
「ああ。しかし、あと一つ欠けているものがある」
「確かにな。この学校の店の充実具合からして、最後にそれを抜かすなんてことは考えられない。しっかりと味わないとな」
「その通りだ。それじゃあ向かうとするか。私たちの探検を締めくくる、最高のデザートを探しに」




