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第十話 勝ち確

「そして、ついに待ちに待った食堂に到着。そんなハッピーエンドが待ち受けている、そう思っていた」


「どれだけ注意を払っても、視界に入るのはひたすらにドア。その内側には、必ず黒板と前を向いている座席。食材を成長させる設備は、これっぽっちも見当たらない」


「しょうがない、こうなれば聞き込みしかないだろう」


「じゃあ、この後ろの教室から始めるとするか」


 そう言うやいなや、ノックもせずに堂々と入り込む。その後に続いて俺も入ると、黒いドアを閉めて電気のスイッチを探す。しかし、二人で探しても見当たらないため、机の上の照明だけを頼りに教室内を探索する。


「まったく、この教室ときたら。床に散らばるほどに紙があるくせして、校内の案内図はまるでない」


 勝手に入った口ぶりとは思えないが、確かにこの教室が役に立たないだろうことについては同感だ。

 なによりもまず、暗い。この教室の主は寝る間も惜しんで悪だくみをしている、そう言われても納得してしまうくらいに光がない。加えて、床に散らばっている紙のせいで、油断すると足を取られる。

 トラップになりかねない紙からは、何かの構造について分析をしていることが読み取れる。紙の数からしてかなりのサイズだろうが、どうにもこの学院の食堂へたどり着く方法とは縁がないようだ。


「しょうがない。別の場所で情報を集めるか」


 ため息をついて退出する彼女に続いて、室内の状況を変えないようにして外に出る。ドアに寄りかかって次の手を考えていると、あのイケメンが来た。


「ブリリア様がお呼びだ。もう一度、あの方のお部屋へ来るようにと」


 早いうちに食堂を見つけておきかったが、せっかくの機会だ。学院長に聞けば、間違いはないだろう。

 もう一度部屋に入ると、テーブルの上に見た目が同じ二つの箱が置かれていた。


「必要なものはこの中に入っている。それと、寮への案内はこいつに任せている。何かあったら、そいつに聞け。では、私はそろそろ次の予定がある。さらばだ」


 合いの手一つとして入れさせずに、足を組んで座っていたはずの学院長はあっという間に姿を消した。  


「あ~、それじゃあ寮へ向かうとしよう」


 イケメンはそう呼び掛けたが、動こうとしない俺たちを見て、もう一度声をかけようとしてきた。だがその直前で、虚空を見つめていた彼女が一言だけ口にした。


「空腹だ」


「なるほど、理解した。そういうことなら、僕についてきてくれ」


 イケメンの案内で残り少ない体力で四階分の階段を登ると、二つの丸まっていた背中は途端に床に対して垂直となった。


「ここが、理想郷か」


 すっかり瞳に輝きを取り戻した彼女がそう言うのも無理はない。

 階段を登りきったその先には、様々な看板、様々な香ばしい香りを漂わせる飲食店が立ち並んでいた。


「フードコート、お前が英雄だよ」


 歩みを進めると、視界にはハンバーグ、ピザ、パスタ、加えて寿司や炒飯のサンプルたちまでも目に飛び込んでくる。


「じゃあ僕は、中庭で待っているよ。好きなだけ食べたら中庭まで来てくれ」


「これは予想外だ。前世のフードコートに酷似しているばかりか、西洋風の国で和食を目にすることができるとは。ひょっとすると、第二の人生における勝利が、今まさに決まったかもしれない」


「まずは何を食べるとするか? 東の料理も気になるが、まずはやはり肉か」


 それぞれ自由に回って店を見ていたが、やがて二人の足は、一つの店の前で止まった。


「ステーキ。この響きの美しいことよ」


「店構えで分かる。ここならば、最強の肉を最高の作りで食べられる」


 二人して不敵に笑うと、勢いよくドアを開けて、一番近くのテーブルを挟んで腰を下ろした。


「Tボーン、三百」


「サーロイン、三百」


 他に客はいないため、肉が焼かれる音だけを取り込みながら、ただひたすら大人しく待機する。

 空腹を紛らすために水を飲むこと四杯分、ついにこの上ない見た目、音、においを伴って二人分の肉がテーブルの上に鎮座した。


「「いただきます」」


 厳かに手を合わせた後、ナイフとフォークを構える。一口大に切って、いよいよ最上の料理を口にする。


「......染みる」


 口に入れた瞬間に広がる、サーロインの旨味と香り。そして、一度噛むだけでとろけるにも関わらず、口の中が瞬時に油の絶妙な甘みで支配されていく。この風味を知ってしまえば、もう後戻りはできない。ナイフとフォークは休むことなく働き、それとともに身体全体が牛によって満たされていく。

 やがて、久しぶりに水に手を伸ばした時、目の前から小さな声がこぼれた。声の主の視線を追うと、活力を失った鉄板がちょこんと置かれていた。そのまま自分の獲物へと視線を移すと、最後の一口分だけが大人しくしていた。


 流石に、置いていかれた子犬のような眼をした相手に対して、最後の望みを奪ってしまうのは気が引ける。


「これ、食うか?」


「感謝する」


 鉄板から視線を外したのはほんの一瞬だったが、その刹那の時間で鉄板の上から肉は完全に消えた。


「さてと、次はどうする?」


「そうだな。肉はたらふく食えたからな」


「次はさっぱりしたものだな」


「じゃあ、またサンプル巡りから始めるか」


 異世界で感動を覚える場面といえば、魔法やドラゴンといったファンタジー満載のところかもしれない。

 だが、俺は今胸を張って言える。俺の感動はフードコートに詰まっている!


 その思いを胸に抱きながら、俺は再び探索を開始した。

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